高校生の中には大学を「偏差値」で選ぶ人がいますが、大学院を「大学の偏差値」で選んではいけません。なぜなら、アカデミアで研究者を目指す場合には、大学院の名前よりも、実際に出した論文業績で評価されるからです。どこの大学であろうが、科学者になるための十分なトレーニングがちゃんと受けられて、そのうえで、研究成果をしっかり挙げられるいいラボを選ぶ必要があります。
博士号取得後のポスドク先選びも、これからの数年間をどの研究室で過ごすかで研究者のキャリアが決定付けられるので大変重要です。しかし、ラボ選びは、難しいものです。
ラボ選びが正しい選択だったかどうかは、結果論になるでしょう。将来アカデミアで研究者を目指す人が、大学院やポスドク先の研究室を選ぶときに気をつけるべきポイントを考えてみたいと思います。
研究テーマを自分で選ぶラボかテーマが上から与えられるラボか
研究室の主宰者(PI,教授)の方針によって、学生がどのように研究を進めていくかは大きく異なります。両極端を言えば、自分でやりたいことがわからないままラボに入ってしまった学生が完全に放置されてしまラボ、その逆で、自由度ゼロで与えられたテーマをやらないとボスとの関係が損なわれて半ば奴隷のように働かされるラボ。どちらも存在します。
- この研究室は 大学院生は先生にテーマをもらって、その下で働くといったタイプのところではありません。
- 自分で『こういうことを考えたい、わかりたい、やりたい』という 強い研究動機、目的を持っていることが期待されます。
- 「知識の蓄積、修得」 を主目的にしている方は当研究室には向いていません。
- うまく難しい問題を解けるという方よりも、新しい問題を作るといった方に向いています。
(引用元:大学院金子研究室志望者への注意)
理論系か実験系かで大きくかわると思いますが、生物系・実験系の分野のラボであっても両極端が存在します。大抵の場合はその中間のどこかのスタンスではないかと思いますが、そのあたりの見極めは非常に大事です。ひどい場合には、入る前と後でボスの言うことが変わっていることすらあります。
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テーマの与えられ方に関しては、立場(学部学生の卒研か、大学院修士課程の学生か、博士課程か、ポスドクか)の違いで、ボスがテーマを配慮することもあります。博士課程であれば筆頭著者論文が必要なので、それなりの大きいテーマになりますし、卒業研究や修士の学生の場合は、努力賞で卒業させてしまえるので、リスキーなテーマを与えたり、逆に先輩のお手伝い仕事的なテーマだったりと、いろいろなパターンがあり得ます。
表面的にはボスがテーマを提案してくれたとしても、実は全くモノにならないしょうもないことでしかないということもあります。その場合には、自分でモノになるテーマにスイッチするか、モノになるところまで持って行くかといった自主性が求められるので、上の言うことをただ聞くだけの人にはかなりのハードルの高さだと思います。
違う大学(院)に行くか同じ大学・学科に進学するか
学部学生であれば卒業研究で配属されたラボにそのまま大学院も行くのか、それともこれを機会に他大学や他学科に行くかという選択があります。修士課程の学生も、博士課程進学を機に他に移るかどうかという選択があります。快く送り出してくれない教授もいるので、余計に、悩むところでしょう。しかし、自分の人生なのですから自分の研究者としてのキャリアにもっとも望ましい選択が何かという観点で選ぶのがよいと思います。
正論を言うなら、自分が興味を持っている研究分野を牽引する一番のラボを選ぶべきです。それが海外の大学にあるのなら、海外の大学院も視野に入れるべきでしょう。
自分が大学院を選んだときは、自分のいた学科の大学院にはあまり活気を感じなかったのと行きたいラボが見当たらなかったため、他大学の大学院に目が行きました。だからといって、他大学の大学院にどんな先生がいるのか自力で調べる能力もなかったので、話しをしやすかった先生に聞いてどこの大学ならどの人が研究を活発にやっているのか、何人か挙げてもらいました。
研究室ウェブサイトの情報を鵜呑みにしないこと
ラボのホームページには教育的なことがたくさん書いてあるのに、なぜかそのラボからは研究者がほとんど巣立っていないというラボもあります。批判的な態度でウェブサイトをチェックするのがよいでしょう。
ラボの運営方針
ラボの教育方針、指導方針がつらつらと書かれていてとても参考になる場合がありますが、「その教授が当然のこととして期待する学生像」と「あなた」との間にズレがある場合には、ウェブサイトの言葉をそのまま受け取っても誤解が生じる恐れがあります。ウェブは、情報収集のひとつの手段と考えるにとどめ、いろいろな人にラボの評判を聞いたり、実際にそのラボを訪問したりして、実際に見聞きして感じた自分の感覚を信頼しましょう。
研究の興味
研究の興味の項目に、面白い内容が書かれていたとしても、実際のそのラボにその研究テーマを遂行するだけの力や実験ノウハウ、研究費、人間がそろっていないこともあります。研究の興味に沿った論文実績が実際にあるのかどうかは重要なチェックポイントです。
論文業績
論文業績がもっとも客観的な指標ですが、そのラボで行なわれた仕事かどうか(筆頭著者の所属がそのラボか)、誰がやった仕事か(筆頭著者は大学院生か、ポスドクか、ファカルティか)、どのような研究体制共同研究者がいる場合、コレスポンディングオーサーが誰か)かなどに注意を払う必要があります。
過去の一連の論文業績を見る場合には、そのラボがその研究分野をどのように切り開いてきたのか、今後どの方向に向かうのかを考えながら見る(読む)ことも大事です。分野を変える場合には結構大変かもしれませんが、そのラボから出ているめぼしい論文を一通り読んで、そのラボやその研究分野の数年後(=自分の姿)を予測することが必要でしょう。
研究室を訪問してから決めること
メールのやり取りだけで決めてしまわずに、遠かろうが海外であろうが必ず現地を訪れて教授(PI)に会い、ラボメンバーにも会って、話をしてから決めることをお勧めします。ポスドク先の場合には、オフィシャルな場所でのトークを要求されたり(旅費を出す都合などもあると思う)、アンオフィシャルなセミナーをラボ内でやったりするのが普通だと思います。ラボのメンバーには、ラボの運営体制
- 院生とポスドクがそれぞれ何人いるか、
- 中ボスがいる場合の研究グループの体制がどうなっているのか、
- 研究テーマをどうやって決めているか、
- ボスと研究の相談をどれくらいの頻度でしているか、
- 論文は誰が執筆しているのか、
- 何時から何時まで働いているか、
などを聞いて、自分が本当に納得して研究ができるラボかどうかを判断しましょう。見学のときにはとても歓迎されたのに、いざラボに入ってみるとそうでもないということは起こりえると思います。仕事の厳しさを考えれば当然のことなのかもしれませんし、釣った魚に餌をやらないということかもしれません。やっぱりできないやつという判断を一瞬で下されてしまったのかもしれませんし、ラボメンバーが競争心を抱いているのかもしれません。様子見をされているのかもしれません。そのような違和感を後で覚えなくて済むように、また、自分の新しい研究生活がイメージできるように、いろいろと話を聞きましょう。
ラボのメンバーが多くて、ラボの研究の興味が狭い場合には、研究テーマが他のポスドクや大学院生と競合する恐れがあります。他のメンバーが現在どんな研究をしていて今後どんな研究の構想を持っているのかも聞き、ボスとよく話をして、自分がどのような研究テーマをやれそうかを明確にする必要があります。
そのラボの研究費獲得状況は?
科学研究費助成事業データベースや、NIHのサイトでは誰がどれだけの研究費をどの期間獲得しているかが調べられます。これは、ポスドクを雇用するお金があるラボかどうかの判断材料にもなりますし、そのラボが今後数年間の間にどんな研究をやりたいのかもわかるため、非常に重要な情報です。ただし、一般的に、そのラボの財源全てを部外者が把握するのは無理だとは思いますが。ポスドクの人件費はボスの研究費以外にも、研究所や大学、国の制度によるもの、民間の奨学金によるものなど、いくつかの可能性が考えられるので、そのような機会を逃さないことも大事です。こういったことは、直接PIとコンタクトを取って、聞くのが一番です。
ボスの研究費の財源でポスドクとして雇用される場合には、研究費がとぎれるとクビになる恐れが強いので、できるだけフェローショップや国、研究所・大学からの財源で雇用される方法を考えたほうがよいでしょう。フェローシップを自分で取れたらラボに来てもいいよというボスがいた場合、それはボスがケチだからではなく、本人のためにもなっているのです。
ポスドクを募集しているか?
ポスドクにアプライするのに、ポスドクの募集が現在かかっているかを考える必要は必ずしもありません。わざわざ募集をかけなくても年中希望者が殺到している人気ラボでは、ポスドクの公募を出していないことがあります。本気で考えているのであれば、できるだけ早い段階で直接PIとコンタクトをとって、ポスドクのジョブの機会が(いつ)あるかどうか質問してみるのがよいでしょう。
自分のやりたいことができるラボか?
これまでの研究テーマにはとらわれずに、ポスドクで外に出ようと決めたときに悩むのは、どういう基準で行き先のラボを決めればよいのかということです。自分が当時知り合ったPIにこの質問をぶつけてみたときに返ってきた答えは、
「自分のやりたいことができるラボに行く」
という言葉でした。言われてみれば当たり前ですが、現実的には、そう簡単でもありません。どこのラボに行けば本当に自分のやりたいことができるかなんて、そうたやすくはわからにのです。
まずは、自分は一体何をやりたいのか?を明らかにしないと、行きたいラボを絞れません。研究分野を変えようというときは、360度どっちの方向にでも行けるわけですから、自由度が大きすぎて悩みます。本当に心から面白いと思えるクエスチョンは何なのか?悩みどころです。
仮に自分の興味とラボの興味が一致するようなラボが見つかったとしても、実際に自分がその研究テーマをやらせてもらえるか、わかりません。自分の能力で実現可能かという問題もあります。特殊な実験手技が要求される場合には、事前にどこかのラボでその技術を習得しておくという準備がポスドクにアプライする前に必要かもしれません。
教授(またはPI)の人柄は良いか?
大学院選びは、親を選ぶようなものです。研究の世界で生きていく限り、関係を切ることが難しいのです。
成功している研究者は概して外面が非常に良いので、学生が教授の真の人格を見抜くのは難しいでしょう。それでもとにかく会って話しをしてみることです。表面的な調子の良さに騙されずに、その人の性格や考え方を理解する必要があります。尊敬できない、感覚的に合わないと感じるのなら、自分の直感を信じましょう。
教授は聖人君子だから教授になったわけではなく、多くの場合、好き勝手に研究をして業績を挙げた結果その地位についています。ですから、人のことをケアする感覚が欠如した子供みたいな性格のままで大人になってしまったようにしかみえない人も一定数存在します。
「毒親」の本で紹介されているようなパターンは、教授にも見られます。
過干渉タイプの教授:部下や院生が今どんな実験をやっていてどんな結果が出たかを逐一把握しないと気が済まないタイプ。もちろん最初はそのほうが良いと思いますが、1人で実験ができるくらいに習熟したのにいつまでもこうやって進捗状況を管理されると、ストレスに感じる学生もいるはずです。
支配型の教授:自分が一番偉いということを常に確認しないと気が済まない、BOSSYな性格。ちょっとでも自分の指示とは異なることをやろうものなら、臍を曲げるのが特徴。研究テーマに関しても一切自由がなかったり、結果的に、学生やポスドクの自立心を妨げます。
放置する教授:ラボ見学のときは満面の笑みで迎えてくれて話を聞いてくれたのに、いざ引越しをして研究室で仕事を始めたら、なぜか完全に無関心で放置する教授。もともと忙しすぎて下の面倒を見る時間がとれないのか、そもそも教育に興味がないのでしょうか。
どれかのパターンが良い悪いというよりも、学生やポスドクの成長に合わせて対応の仕方を変えていくのが理想的だと思います。
ボスは尊敬できる人か?科学者としても、人間としても尊敬できる人であれば理想的です。
ボスは付き合いやすい人か?ボスと仲良く付き合えること、良い関係を築くことは自分のキャリアを考えたときに重要な要素です。
人間的にも素晴らしくて、なおかつ研究のアクティビティも高い人というのは非常に少ないのではないかと思います。学部学生がそういう判断をするのはほぼ不可能でしょう。信頼できる先生に聞きまくるしかないのではないかと思います。
SUPPORTIVEなボスか?
ボスが自分が雇った部下をサポートするのは当然のような気がしますが、現実として、性格のせいなのかなんなのか、ラボに入ってきた学生やポスドクに対して無関心だったり、意地悪だったり、いろいろな人がいるようです。ラボ見学に行ったときには、本人と話すだけでなくラボメンバーとも良く話しをして、給与、研究費、人員配置、研究テーマ、研究の進め方、論文作成、次のジョブハントなどにおいてどれくらい手助けしてくれる人なのかを見極める必要があります。
人で選ぶか研究テーマで選ぶか?
全ての条件を満たす理想的なラボはなかなかありません。研究テーマや業績を優先するか、ボスの人柄を優先して決めるべきかで悩むことがあるかもしれません。
ボスに放置されても、必要なことはラボメンバーに聞いて自分で何でもできるタイプの人は、業績重視のラボ選びでいいかもしれませんし、精神的なサポートを重要視する人は、ボスの人柄を最優先したほうがいいでしょう。コミュニケーション能力の高さでカバーできる部分もあるため、正解は人によって異なると思います。
決断する際の基準は、研究テーマにするかメンターにするかという選択肢があります。自分は後者を強く勧めます。良い科学者は興味深く重要なテーマに関して研究するので、良いメンターはテーマに関する条件はすでに満たしています。大学院生としてのあなたの目的は、科学的手法を使いこなせるようになることであり、それはどんなプロジェクトを遂行することによってでも成し遂げることが可能だからです。(訳:当サイト)
The decision can be based either on the topic of research or on the mentor. I would strongly recommend the latter (BOX 1). Good scientists work on interesting and important topics, so a good mentor has this covered. Your goal as a graduate student is to become an expert in wielding the scientific method, and this can be achieved pursuing any project. (How to succeed in science: a concise guide for young biomedical scientists. Part I: taking the plunge. Nat Rev Mol Cell Biol. Jonathan W. Yewdell Author manuscript; available in PMC 2009 May 21.)
教授(またはPI)と自分との相性は良いか?
同じラボに所属していながら、ハラスメント行為を受けて人生をめちゃくちゃにされた人がいる一方、別の人は、優遇されて順調にキャリアを積んでいくということは、めずらしくありません。他人にとっての正解が自分にとっての正解とは限らないし、他人にとっての不正解が自分にとっての不正解とも限らないのです。相性が良いと思えるかどうかを自分で判断するしかありません。
学会やラボ見学などでほんの数時間しか会ったことがない人を判断するのは実際にはほとんど不可能で、残念ながら、博打的な要素はどうしても残ります。
その教授にはそもそも研究能力があるのか?
学生が指導教官を評価するのは不遜な態度かもしれませんが、ラボ選びの際には必要なことです。自分が研究者としてのキャリアを築いていきたいのであれば、研究者として優れた人間の下で研鑽を積まないことには始まりません。一流誌にコンスタントに論文を出しているラボのボスの経歴を見ると、若いときに筆頭著者として一流誌の論文が数報出ているのが普通です。自分で一流誌に論文を出した経験が皆無の人が大学院生を指導してそのような大きな仕事をさせられるとは考えにくいと思います。自分のボスとなるかもしれない人が、どんな論文をこれまでに書いてきたのかを知ることは、その人の研究者としての生き様を客観的に見ることができます。
教授「非常に残念ではあるが、今の日本の大学の教授職に就いてる奴の中には、きちんと論文を書き上げられるだけの能力のない奴が一定数いる。そんな奴の下にいたら、いくら原稿を書いても論文にはならんよ」(教授だって人間さ 教授と僕の研究人生相談所 第71回 BioMedサーカス.com 2017年3月27日)
下で紹介する柳田先生のブログによれば、ラボの研究業績が立派なものであっても、それがボスの能力を必ずしも反映しないようです。
その研究室を訪問して、ボスも含めてメンバーとしゃべれば誰が真の牽引者であるかははっきりわかります。でも、それはあまり公に大声では言えないのですね。中間的なポスドクや助手、助教授、室長クラスが頑張っている場合が多い。さらには大学院生クラスにすごいのがいたりすることがあります。学部の卒業研究生や修士院生なんかが一番頑張っている国立大学なんかは日本に沢山あるのです。ボスは名ばかりで、論文すらも書けない人達だったりします。(無能なボスでも 2006年 08月 04日 生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ mitsuhiro.exblog.jp)
PIが出してきた論文を辿ってみること。新しい研究室だと、まだ論文業績があまり出ていないかもしれませんが、研究室主宰者(PI)には論文業績があるはずです、とケンブリッジ大学の分子生物学者Michael Imbeault氏は言う。彼が勧めるのは、PIの過去の論文業績をチェックし、そのPIがアイデアを論文にする力があるかどうかを見極めることだ。(和訳、太字強調は当サイト)
Follow the paper trail. A new lab might not have much of a track record, but the principal investigator (PI) will, says Michael Imbeault, a molecular biologist at the University of Cambridge, UK. He recommends checking the PI’s publication history to make sure they can turn ideas into papers.
(Why a new lab can be a valuable destination for postdocs and graduate students nature.com 11 JUNE 2018)
最近その研究室から論文が順調に出ているか?
その研究分野のパイオニアの人だけれども、定年が近いためかラボのアクティビティが落ちていて、どれだけ研究環境が良いのかわからないということもあります。また、ボスが仕事に厳しいかわりに論文業績が順調に出ているラボもあれば、雰囲気は楽しそうだけれども業績が低迷しているラボもあります。ひどい場合、中の人は馬車馬のように働いているのに、なぜか業績が全然出ていないラボもあります。
研究室のホームページを見たときに、学生やポスドクがたくさんいるのに、その人数に見合う数の論文が順調に出ていなければ要注意です。PIが若くてラボを立ち上げたばかりの場合はまだそのラボからの論文はないでしょうから、そのボスの過去の業績を参考にします。名選手が名監督になるとは限りませんから、「賭け」になりますが、これから発展するラボなら良いテーマに恵まれて、濃密なトレーニングが受けられる可能性が多いにあります。
その研究室の中の誰が論文を出しているのか?
毎年、学生が筆頭著者となる論文がよい雑誌に出ているのなら、大学院生がちゃんと教育されている客観的な証拠といえます。学生が筆頭著者になっている論文がほとんどなくて、助教やシニアポスドクなど中間管理職的な(グループリーダー)が筆頭著者の論文が多い場合は、学生が労働力としてのみ使われていてその対価(=論文に対するクレジット)を受け取っていないという可能性もあります。いつも同じ人が論文を書いているラボよりも、毎回異なる人が筆頭著者になっているラボのほうが、ラボがうまく機能しているといえます。
そのラボを出た人はステップアップしているか?
そのラボで学位を得た人が、さらに良いラボでポスドクをやっているかどうか、そのラボでポスドクとして仕事をした人が良いジョブ(PIの職)を手にいれているかは非常に重要なポイントです。ラボの卒業生がキャリアアップしていないのは、下の人間を育てる意識が教授に欠如しているからかもしれません。学位取得者や論文を出した人の人数が極端に少ない場合には、研究室がトレーニングの場としてまったく機能していないことが考えられます。
ポスドクをやったあと、テニュアトラックなどの職を得て、独立してラボを持ちたいと考えているのであれば、それを支援してくれるだけの力と熱意があるボスを選ぶ必要があります。できればそのラボの卒業生にコンタクトをとって、就職のときにどれくらい力になってくれたのかを聞いてみるとよいでしょう。
ボスが部下に対してサポーティブなことは決して当たり前ではありません。厳しい競争にさらされて研究の世界で生き残ってきたボスに人格者であることを求めるのはあまりにもナイーブすぎます。下のブログで紹介されているようなボスは、普通にいると思います。ラボを出る人が研究テーマを持って出られるかどうかは、ボスの一存で決まるものであって、研究業界にルールや倫理があるわけではありません。
ボスはポスドクが独立していくのを、嬉しくは思わないようです。反対に、レイバーが失われるので嫌なようです。パパがえるが、快く送り出せばいいものを、と同僚がポジションを取ったときに言っていました。(パパがえるが研究室を去りたい理由 2006-08-30 04:59 かえるの子育て kokaeru.exblog.jp)
ポスドク先を選ぶときに,そのラボの出身者がどういうキャリアを築いているかを参考にするといいかと思います.(海外ポスドクから現地企業研究者への道 生物工学会誌第94巻第1号 PDF)
志望するラボのPIは今、研究者人生のどのステージにいて、研究室の体制はどうなっているのか?
人間に人生のステージがあるように、研究室にもステージがあります。独立したての若い准教授がPIとしてラボを主宰しており、まだ学生も研究員も少ないラボ、業績が出始めて、人気ラボになり入るのにも競争が生じるラボ、研究が安定していてあるていど大所帯になり中ボスが中を仕切っているラボ、ボスが定年間近でアクティビティが落ちてきているラボなどなど。若いPIが数年後にもっと研究環境の良い大学に移動するということは頻繁に起こるため、そういうPIを選んだ場合には自分が入ったあとでラボの引っ越しに巻き込まれる可能性も頭の片隅に入れておいたほうがいいでしょう。
そのラボの”年齢”は、大学院生がどのような扱いを受けるかに大きく影響します。例えば、PIがテニュアトラックをとりたてのラボで、あなたがはじめての大学院生だった場合、そのボスが自分の命運を賭けた一番面白い研究テーマをやらせてもらえるかもしれません。そのかわり、そのボスも生き残りを賭けているのでしっかりと働くことが期待されるでしょう。大所帯のラボだと、教授は直接学生の指導をしておらず、助教などの中間管理職の先生があなたの直接の指導教官になってトレーニングを行うことになります。研究テーマや研究の進め方も、自分がついたその中ボスの意向で決まります。あるいは、修士で入った学生は、博士課程の学生の下につけられて、お手伝い仕事から入ることになるかもれません。大きなラボで先輩の学生に配属された場合、結局はその中の小さな人間関係の中に囚われる可能性もあります。こういったことは予測不能で、飛び込んでみないとわからないリスクがあります。
大ボスのところに留学したつもりが、気がついたら小ボスのラボのポスドクになっていたということは珍しくないですから。小ボスが優秀なら問題ないんですけど、小ボスの研究能力が低くて論文が出ないなんてことはよく聞きます。(ポスドク座談会 2011年6月15日 BioMedサーカス.com)
研究室で最後まで存在し続けるのは教授だけです。その下で働いている准教授、講師、助教の先生は、どんなに優秀で教育的で、この人のもとで研究をやりたいと思ったとしても、半年後や1年後にあなたがいざ大学院に入学したりポスドクとしてラボに来たときに、まだそこにいるとは限りません。ですから、中間管理職の立場の人の研究内容や人間的な魅力をラボ選びの基準として考えるのはやめたほうが無難です。あくまでも最終決定権を持つ教授と自分との関係性を考慮して決めるべきです。
ボスがラボをひたすら拡大したいタイプなのか、あくまでも自分が直接面倒をみられるように、目が行き届くていどの人数に抑えてたいと考える人なのかという違いもあります。ひたすら拡大路線をたどるラボだと、放置される可能性もあるでしょう。
定年間近の教授だと引退してしまって自分のキャリアアップを助けてくれる存在にならないかもしれません。強力な推薦状が得られなくて、就職活動のときに困る可能性があります。
その研究分野の中心的なラボか?
その分野のトップのラボ、その分野を牽引しているようなラボで仕事をしたほうが、同じ努力の量ではるかに高いところまで行くことができます。実験結果が出たあと論文を発表するときにも有利に働くことでしょう。
ラボの雰囲気が自分に合うか?
ボスがとんでもない人だと、ラボの雰囲気は悪かったり、白けたかんじになっているかもしれません。逆にダメなボスをフォローするために下の人間が一致団結して頑張っていて、むしろ良い雰囲気に見えるかもしれません。ボスが部下に同じ研究テーマを与えて競争させているようなラボなら、険悪なムードが漂っていることでしょう。ラボの雰囲気は、そのときの在籍メンバーでもかわってきますが、ボスがきちんと人間を見て部下を選んでいるのであれば、たとえ人が入れ替わってもある程度はラボのカラーというものが存在すると思います。
ラボ内での共著論文が出ているか?
これはラボの研究の進め方にもよりますが、ポスドクとボスの二人しか著者がいない論文を出し続けるラボもあれば、多くのラボメンバーが共著になる進め方をするラボもあります。自分がファーストで書く以外にも、共著論文が自然に生まれるような、協力的な仕事の進め方をするラボのほうが、業績を挙げるためには大事でしょう。
自分の自由に研究を進められるか?
望まないテーマを強制されたり、自分の研究成果を中ボスや上の立場の人に奪われたりすると、良い研究ができません。
その大学や研究所は研究の世界でメジャーな場所か?
田舎の大学に非常にいいラボがある例もあるので絶対ではないのですが、概して、良い大学・研究所に良い研究者が集まります。良い研究機関ほど設備が充実していたり、研究コミュニティの活動が活発だったりするので、研究者としての修行を積む上ではプラスに働くことが多いでしょう。著名な科学者がひっきりなしに訪れてセミナーをしているのが聴けるのも、メジャーな場所ならではのアドバンテージです。
海外のメジャーな場所には日本人ポスドクも多数集まるので、現地において日本人同士の気楽な付き合いが得られたり、その後の末永く続く人間関係が得られるというメリットもあります。
技術、方法を学びに行くか、研究テーマで選ぶか
テクノロジーが日進月歩なので、新しい技術を学べるラボという観点で選んでしまうと、その技術が数年後には新しい別の技術に取って代わられている可能性があります。最新のテクノロジーが学べるラボよりも、普遍的な、良いサイエンスのやり方(=トップジャーナルに通る論文の書き方や出し方)が学べるラボのほうが良いのではないかと思います。
研究不正が行われてはいないか?
捏造ラボかどうかを事前に見分けるのは不可能です。しかし、捏造するラボは捏造を繰り返す傾向があること、捏造を指摘されてごまかすために、出版後に論文を「訂正」することが多いことは手がかりになります。PubPeerなどで論文データの疑義が指摘されているのに、釈明もせずに黙殺しているラボがあれば、関わらないのが賢明です。データ捏造が行なわれているラボで研究者になるための良いトレーニングが行なわれているとは考えにくいです。ハラスメントが横行している可能性が高いと思われます。
ある若手研究者が教授との共同研究を論文に発表する際、教授から「グラフのゆがみをならしてシンプルにするように」 と要求された。若手研究者が拒否したことで関係が悪化し、結局、この人は科学の世界から去ることになったという。(研究室のボスによる部下への不正強要、パワハラなどについて
2013-08-12 02:17:30 世界変動展望)
インターネットで研究不正の可能性が指摘されているにもかかわらず黙殺しているようなラボは、まったくお勧めしませんが、自分で情報を集めて適切な判断をしてください。
自分が業績を挙げられる場所か
ポスドクをやる一番の目的は、次に独立できるだけの業績を挙げることです。自分がそのラボでポスドクをやったときに、トップジャーナルに論文を出せるのか?と自問自答する必要があります。良い論文にまとめあげる過程は、ボスの論文執筆能力に依るところが大きいため、そのラボからコンスタントにトップジャーナルに論文が出ているのかどうか、ここの論文は誰が執筆したのか(さいしょの原稿をポスドクが書いて、それをボスが手直ししたり、ボスが最初から全部書いたり、いろいろなパターンがあると思います)、などに注意を向けるといいでしょう。良い問いの立て方、データから良いストーリーを作るやり方、具体的な論文の書き方など、一流の仕事をしているボスからは学ぶことが多いと思います。
自分にあっているか?
軍隊のような規律をもってスパルタ式で学生を訓練する教官、完全放任主義で学生の自主性に任せる教官、学生とのコミュニケーションを重視する教官など、教官の指導方法は千差万別です。それぞれの研究室のスタイルもまた、理論を 主体とする研究、実験を主体とする研究、数値シミュレーションを主体とする研究、現地観 測を主体とする研究等々、千差万別です。… ここで重要なことは、できる限り情報を収集し、自分の頭で考えて判断し、自分に あった研究室を選ぶということです。研究室のスタイルや方向性に共感できるかどうかはとても重要です。 (海洋環境研究グループ(内山研)への所属を考えている学生さんへ )
参考(ツイッター)
下のツイートは、クリックすると一連のツイートが表示されますが、ラボ選びの観点が多数紹介されていました。
参考
- Choosing a Lab and Applying Successfuly. Compiled by Maya Schuldiner, Senior Scientist and Tslil Ast, First year Masters student. Dept. Molecular Genetics, Weizmann Institute of Science PDF
-
- 大学院教育 その恐るべき実態 ~ 私の体験談 ~ :”大学院重点化が叫ばれる中で、その教育環境の不備による悲劇はあまり省みられていません。私もその被害者の一人でしたが、これまでは悪夢を忘れたいと思い、できるだけ避けようとしていました。同じ様な体験された人も、殆どは泣き寝入り状態なのです。しかし病んだ大学院教育の中で、人権すら踏みにじられ悲惨な目に遭う学生が沢山いることを知るにつけ、これは傍観できない問題だと感じました。”
- https://abetterscientist.wordpress.com/2013/11/26/11-things-you-should-look-for-in-a-postdoc-position/
- https://www.ascb.org/compass/compass-points/oh-the-places-you-will-go-tips-for-choosing-a-postdoc-lab/
- https://bitesizebio.com/35706/great-postdoc-position/
- http://blogs.nature.com/naturejobs/2015/04/07/the-postdoc-series-finding-the-right-lab/
- ポスドクが考える研究室選びのコツその2 (生物・実験系・学位取得を目指すひと向け) つなぽんのブログ 2016-03-03