卓越研究員制度は雇用不安を改善できるか?

新たに創設される「卓越研究員」制度(2016年公募開始)は、博士研究員(ポスドク)や任期付大学教員の雇用不安の改善に貢献できるのでしょうか?

2016年3月29日追記:

文科省の卓越研究員事業のウェブサイトで、卓越研究員受け入れ先全リストが公開されました。

一覧化公開ポスト

本事業の対象となる、各機関からの提示ポストは以下のとおりです。

* * * * *

関連記事 ⇒ 卓越研究員の受け入れ先が募集要項を公開 2016年3月28日 JREC-INに123件が掲載される

2016年度から新たに「卓越研究員」制度が始まります。

文部科学省は優秀な若手研究者が大学や国立研究開発法人、企業を自由に選んで研究に専念できる新制度を2016年度から導入する。国が毎年100~200人を将来性や論文から「卓越研究員」に認定する。各機関が人件費を負担し終身雇用を保証する。…( 「卓越研究員」16年度から導入 文科省、終身雇用を保証 日本経済新聞 電子版 2015/7/27 2:00

卓越研究員になるための過程は、

  1. 大学や研究開発法人、企業などが卓越研究員枠のポストを提示
  2. 40歳以下の任期付き助教やポストドクター(博士研究員)などの若手が大学や国立研究開発法人、企業から希望するポストを複数選び、国に申請
  3. 国が将来性や論文を考慮し書類審査や面談を経て毎年100~200人を卓越研究員に認定
  4. 大学や企業などの受け入れ機関を最終的に決定
    (参考:http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1437957970/ ソース元は日経新聞の記事)

卓越研究員制度を簡潔に紹介しますと、「受け入れたい大学は手をあげろ」「大学・研究機関外の公的機関が人を審査する」「マッチングで割り当てる」「割り当てた人は無期雇用にせよ」「人件費は基本大学持ち」… (東大総長参戦! 日本の科学を考えるガチ議論 2015.11.27)

MEXT20151022_7-5
経済産業省 第4回 理工系人材育成に関する産学官円卓会議(平成27年10月22日) 資料7-5「博士人材の多様なキャリアパスの確保に向けた文部科学省の取組」PDF10ページ)

 

卓越研究員制度に関しては、卓越研究員制度検討委員会で議論が重ねられてきました。2015年3月の時点で公表された「卓越研究員制度の在り方について」(卓越研究員制度検討委員会平成2 7 年3 月2 7 日)では教授レベル、准教授レベルといったシニアクラスの卓越研究員制度というアイデアもありました。下の表に見るようにポスドクや任期付助教の高年齢化が進んでおり、若手ということで40歳以下という年齢制限を課してしまうと、チャンスを得られない人が相当数存在する可能性があります。

ninkituki文部科学省中央区養育審議会第125回大学分科会(平成27年11月10日)配付資料3-3

ポスドク一万人計画で創出されたポスドクは2008年現在で数千人の規模で35歳を超えている。ウィキペディア ポストドクター等一万人支援計画

近藤:20年前に大学院の重点化を進めたことで、現在40歳前後のPDがたくさんおり、非常に厳しい就職難になっています。この年齢層に対する何らかのケアは可能でしょうか?
生田:難しいと思います。財政当局の視点からすると、その年齢層の研究者に対して、大学院重点化を通じて高額の投資を したという解釈になっており、その人達をケアするための別途の予算措置は理解を得られないのではないでしょうか。本来であれば、産業界が、その人材を吸収 するはずだったのですが、産業界と大学とのミスコミュニケーション、さらには90年代からの不況がそれを不可能にしたのではないでしょうか?アンケート結果への科学政策改革タスクフォース戦略室長・生田知子さんのコメント 日本の科学を考える ガチ議論 2015.10.24

また、当初は「国家が卓越研究員を雇用する」という発想だったようですが、これも「受け入れ機関が雇用する」ように変わっており、このような新制度が果たして本当にうまく機能するのか、注目されます。

koyoseidokaikakuイノベーションに適した国とするための人材戦略 卓越大学院・卓越研究員制度 2014/11/19 東京大学 大学院理学系研究科長 教授 五神 真)

 

2015年3月の時点では、『卓越研究員』制度の案は、以下のように、「教授相当の卓越研究員」など非常に興味深い内容を含んでいました。2016年度からとりあえず新制度が始まるわけですが、その後どのように改善・発展していくのかが期待されます。

(2)概念設計
上記(1)を踏まえると、卓越研究員制度としては、以下のような仕組みの認定制度が一案(注1)として考えられる。【図12~14】
① 受入希望機関は、受け入れポスト・処遇等について事前公表(注2)。国又は中立的な公的機関が一覧化公開(注3)。
② 研究者は国又は中立的な公的機関に直接申請。その際、希望機関として3機関程度を申請。国又は中立的な公的機関によるピアレビューにより、卓越研究員を認定(注4)。その後、受入機関とのマッチング・調整を経て、受入機関において雇用(注5)。各受入機関において雇用経費を負担(ただし、国立大学法人運営費交付金との関係については別途検討)。
③ 卓越研究員は、受入機関による雇用開始時又は開始後6年程度までの適切な時期(注6)に、受入機関の審査を経て、年俸制(無期)に移行。
④ 卓越研究員に対するインセンティブは、テニュア相当の無期雇用が可能となるポスト獲得と、受入機関による魅力的な研究環境等の提示。
⑤ 受入機関に対するインセンティブは、卓越研究員の受け入れによる卓越した研究の進展と、卓越研究員に選ばれることによるステータス向上。
(注1)本案は、学術コミュニティーにおいて、我が国全体を見通した中長期的な観点に立って、卓越した研究者を選定することができる機能を有していることが前提。
(注2)受入希望機関の受け入れポストの調整に当たっては、単に既存分野の後継者選びとせず、学長等のリーダーシップの下、中長期的な観点に立って、戦略的に当該組織にとって真に必要な研究分野を選定することが前提。
(注3)受入希望機関の受け入れポストの公表・一覧化公開は、毎年度実施することにより、卓越研究員が自ら希望するタイミングで、産学官の枠を越えて、更に好条件の処遇・研究環境を提示する機関に異動可能な仕組みとする。
(注4)既存の人事システムにピアレビューによる認定を組み込むことによって、人事システムの透明性の向上につながるとともに、博士号取得者の採用を希望する民間企業にとっては、採用に当たっての有効な指標の一つとなる。
(注5)受入機関とのマッチングを担保する方策については要検討。また、国又は中立的な公的機関のピアレビューによる認定の後に受入機関とのマッチング・調整を実施する場合、研究者(申請者)にとっては、ピアレビューを通じて、真に公正で透明性の高い審査プロセスによってテニュア相当の無期雇用が可能となるポスト獲得が可能となる一方、受入機関にとっては、独自の人事権が制限されることになる。新たな「第3のポスト」として明確に位置づけるため、制度導入へのインセンティブとそれを担保する財源への留意が必要。
(注6)職階に応じて3段階(①助教職相当、②准教授職相当、➂教授職相当)でエントリーポイントを設け、①助教職相当については、原則テニュアトラック助教として、②准教授職相当及び➂教授職相当については、受入機関による雇用開始時に年俸制(無期)として雇用することが望ましい。

卓越研究員の規模については、大学における毎年度の採用教員数の合計が約1.1 万人(教員数合計約17万人・研究者数合計約89 万人)であること   国立大学における毎年度の定年退職教員数が約1,500 人(国立大学教員数合計約6万人)であること  優秀なポストドクターに対するフェローシップ制度(特別研究員PD)の毎年度の採用者が約350 人であること  テニュアトラック制導入のためのモデル事業(テニュアトラック普及・定着事業)による毎年度の採用者が約50~100 人であることを踏まえ、本制度が定常化した段階で、毎年度約200 人程度(恒久的な制度と仮定すれば総数約6千人)を認定することが適当ではないか。なお、受入機関の配分の内訳については、産学官の受入希望機関の総数や機関毎の割合に依存するが、民間企業や独立行政法人も含め、特定の機関に偏ることなく、我が国全体で卓越研究員が活躍することが望ましい。卓越研究員制度の在り方について 平成2 7 年3 月2 7 日 卓越研究員制度検討委員会 PDF19ページ)

新制度に対しては、期待、懐疑、疑問さまざまな反応があるようです。

卓越研究員はあくまでポスドク、PIではない。支給される研究費もラボを立ち上げるほどではないのでしょう。ホストラボの機材などに依存せざるをえない。 ホストにしてみれば、自分の研究とは異なる研究員がいきなり現れ、サポートを強いられる。お互い良好な関係を築くことは難しい?(「卓越研究員」制度を語る「卓越研究員」制度を語る TOGETTER 2015年7月27日

この企画、需要を確かめて始めようとしてるんですかね? してますよね?卓越研究員、走る パンとサーカス 2015-07-29)

「日本の科学を考える」ウェブサイトでも、研究者の生活を保障するための制度に関する提言がなされています。国の雇用、移動も可能というアイデアは「卓越研究員」制度の議論の途中段階にはあったようです。

問題はキャリアパスが崩壊していることではないかと思います。それが研究自体にも大きな影響を与えています。キャリアパスとは、それを職業として自分や家族が安定した生活を送る未来が描けるかどうかということですが、それが非常に厳しくなっています。…私の理想に近い形は、ポストは終身個人に与えられて、条件が合えばそれをどこにでも持って行けるというフランスのシステムに似たものです。終身雇用と人材 の固着は、実は切り離すことができます。終身雇用への転換に伴う財源に関する批判に対して、現状でも出処が違うだけで支払われているという指摘もありま す。また、「安定性と競争性を担保する日本版テニュアトラック制度」では、最低限の給与を公的機関(国)が保証し、自ら獲得した研究費の間接経費からも加 算する方法が提案されています。これは現在の仕組みを変えて行く具体的な方法の一つであると思いますが、私自身は公的機関の研究職は国家公務員資格と同等 なものとして扱う仕組みがあればいいと思っています。(研究は、結局、最後は人である 日本の科学を考える ガチ議論 国立大学准教授 2015.11.05)

参考

  1. 卓越研究員募集taketsuflyer
  2. 東大総長参戦!(日本の科学を考える ガチ議論2015.11.27 ):”当初の構想の本質はどのようなものだったのか、どのような議論を経て現状案になったのか、このような制度設計時に研究者コミュニティが後押しできることは何か、などなど。研究者発案の制度がどのように実施まで運ばれるのか、克服するべき課題はどこか、などが明らかとなるインタビューでした。現在、詳しい内容を当日会場でVTRコメントとしてご覧いただけるよう準備をしています。東大総長参戦でますます盛り上がるガチ議論!ぜひ会場にお越しください!”
  3. BMB2015 第38回分子生物学会年会 第88回日本生化学会大会 合同大会 2015年12月1日~4日 神戸ポートアイランドガチ議論 日時: 12月3日(木)18:45~20:45 会場:第14会場(神戸国際会議場 1階 メインホール)
  4. ”国立大の教員は97000人くらいです。PDの数が全部で16000人だそうです。これに、35歳以上で当然テニュアを取れているレベルの業績がある人、という具体的な条件を付ければ、どんなに多く見積もっても10000人を切ると思います。”(ガチ議論コメント
  5. 産学連携や若手研究者育成、国が数値目標 科学技術政策 (日本経済新聞 2015/11/26):”…第5期科学技術基本計画の答申案を26日開いた総合科学技術・イノベーション会議の専門調査会で示した。…イノベーションを進める原動力となる若手研究者は任期付き研究者が多く、長期的な研究に取り込みにくくなっているため、40歳未満の大学教授や准教授などの教員の数を1割増加させ、将来的に全体の大学教員に占める割合が3割以上となることを目指すとした。40歳未満の大学教員数は2013年度で約4万4000人で今後5年で4400人増やす。優秀な若手研究者を増やすため、テニュアトラック制や卓越研究員制度の活用をあげている。”
  6. 内閣府 第14回基本計画専門調査会(平成27年11月26日)配布資料
  7. 内閣府 第13回総合科学技術・イノベーション会議(平成27年11月24日)議事次第
  8. 文部科学省 中央区養育審議会 第125回大学分科会(平成27年11月10日) 配付資料 資料3-3
  9. 経済産業省 第4回 理工系人材育成に関する産学官円卓会議(平成27年10月22日)
  10. 「日本再興戦略」改訂2015を閣議決定(政府広報オンライン):”平成27年6月30日、デフレ脱却に向けた動きを確実なものにし、将来に向けた発展の礎を再構築する「『日本再興戦略』改訂2015」を閣議決定しました。”nihonsaikosenryaku日本再興戦略改訂2015の概要 PDF
  11. 平成27年03月27日 卓越研究員制度の在り方について (文部科学省 卓越研究員制度検討委員会 報告等)
  12. 第3回卓越研究員制度検討委員会(平成27年度3月9日)議事要旨 配布資料
  13. 第2回卓越研究員制度検討委員会(平成27年2月27日)議事要旨 配布資料
  14. 第1回卓越研究員制度検討委員会(平成27年2月9日) 議事要旨 配布資料
  15. イノベーションに適した国とするための人材戦略 卓越大学院・卓越研究員制度(2014/11/19 東京大学 大学院理学系研究科長 教授 五神 真)(33ページPDF)
  16. 経済産業省 理工系人材育成に関する産学官円卓会議
  17. 内閣府 科学技術イノベーション総合戦略
  18. 内閣府 基本計画専門調査会 (議事録 配布資料)
  19. 文部科学省 中央教育審議会 大学分科会