沼 正作 博士 (1929-1992) :沼研の伝説的なエピソード

沼正作博士は、神経伝達物質の受容体やイオンチャネル等の一次構造を次々と決定していき、脳内で働くさまざまな神経機能素子の分子的実体や構造機能相関を明らかにすることにおいて多大な貢献をした科学者です。あの怒涛の業績を産み出した沼研では、どのように研究が進められていたのでしょうか?当時、京都大学医化学教室(医化学第二講座) 沼 研究室で活躍された研究者の方々が語るエピソードには、非常に興味深いものがあります。

 

研究に対する厳しさ

  1. 大学院に入って数日後に「君,もう大学院をやめなさ い」と言われました。当時私の研究していた酵素は室温で数秒で失活する酵素で,私が不安定を言い訳の材料にしたことに沼先生は激怒しました。  (医 化 学 教 室 と 私)
  2. フラコレが夜中にとまって活性画分を失ったとき:
    何でや。
    「フラコレがとまっておりました。」
    君なんでみとらんのや。フラコレなんて故障するにきまっとる。夜中じゅう起きてチェックするのが当然で私はいつもそうしてますよ。」 (医 化 学 教 室 と 私)
  3. コンピューターに間違いはつきもの。ヌクレオチドシークエンスをアミノ酸に読み替えるのは,目で全部チェックしないとコンピューター間違えますからね。今までずっとそうしてきましたから。そのおかげで,これまでの論文1つも間違いがありませんわ。」 (医 化 学 教 室 と 私)
  4. 沼 先生が風邪を引いたヒトに向かってよく言っていたことですが,「緊張感が足りないと風邪を引きます。緊張感を保って ACTH を分泌するようにしておけば風邪は引きませんよ。従って私は風邪を引いたことがない。」それが昂じて,風邪で病院に行っていてプログレス報告会に遅れたヒ トに先生からの一言「公私混同すべきじゃない。」 (医 化 学 教 室 と 私)
  5. ほぼ毎日夜10時ころ沼先生が研究室へおりてこられ,「きょうの実験は如何でしたか?」と質問され,わたしがデータを説明すると,「では明日はどこそこまで進みますね。」,なにかミスがあると,「なぜすぐやり直さないのですか。」といった調子でした。 (医 化 学 教 室 と 私)
  6. 共同研究者に対して:
    もうほかの部分全部できてて,あと先生のアラインメントだけができてないんですわ。いつできますか?
    「あさってくらいには」
    いや,こっちはずっと待ってるんですよ。
    「それではあしたには」
    もう他にすることないんですわ。
    「じゃ,今からすぐ やります。」
    今晩遅くまでいますから。ほなよろしく。」 (医 化 学 教 室 と 私)
  7. この精製された ACTH-mRNA の純度を調べるべく当時東大におられた本庶先生のところへ教えて頂きに行くことになり,第6研究室から本庶先生にお願いしましたところ,都合がついたら Tel しますと言われ待っていました。3~4日たったところで,沼先生が,「北さん」東大行きはどうなりましたか?? 本庶先生からの御連絡を待っています,と 答えましたところ,突然,「あなたに熱意を感じない!!以前から,あなたは,時々土,日曜日に labに来ていない事に気付いていましたが,研究に対する努力は無限ですよ!!」 (医 化 学 教 室 と 私)
  8. ある時竹島先生が沼先生に少しだけ口答えしたらこう言われたそうだ。『私は戦争に行って上官の 言うことを聞かなかったやつを見て来た。戦場で頭を下げろと言われて逆らったやつは次の瞬間、首がなかった』 (努力は無限/竹島先生のこと Yoshimura Lab 2007-7-7)
  9. 留学するという最後の日,挨拶にうかがった時,先ず出たお言葉は,「君はこれまで私に対して数々の無礼があった」であった。これは,また2時間説教か,と思った瞬間,「まあ,ええけどな。頑張れや」ときた。(医 化 学 教 室 と 私)
  10. 厳しかったですねえ。たとえば、お昼に本庶研と沼研が合同の論文抄読会をやっていて、大学院生が論文を発表するのですが、論文の紹介の仕方が悪いと両巨頭 の前で叱責されるんです。…沼先生は他人に厳しいだけでなくご自分にもものすごく厳しくて、研究室を帰られるのが朝の5時ごろ、サイエンスにすべてを 捧げる生活をしておられた。 (テルモ生命科学芸術財団 インタビュー)
  11. 沼教授室の明かりは毎晩午前2時ごろまで消えることがなかったという (月刊 化学 2015年10月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回)

 

論文発表に対する厳しさ

  1. 沼先生に「これから始めるからな」といわれたら, 筆頭著者はその瞬間から論文原稿を書き終えて出版社に郵送するまで, 沼先生との2~3週間にわたる一対一の濃厚な毎日, さらにその最後はほとんど徹夜の数日間が続くことを覚悟しなければならなかった. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  2. ペーパーワークに睡眠なし。夜中の3時か4時頃ようやくデスマッチがおわり,かえって寝られるかと思いきや,「君は今から文献やって,明日朝9時には秘書さんにこれとこれやるように指示しとけよ。」 (医 化 学 教 室 と 私)
  3. その後論文を書いて,教授に持って行き,その後2週間に渡る「デスマッチ」が始まりました。数日経った頃でしょうか,「北さん,あなたの英語は,中学生以下です!!」といわれ私の論文をビリビリに破られました。(医 化 学 教 室 と 私)
  4. 「中学生以下ならましですよ, 僕は”幼稚園児“とまでいわれた」と語ってくれた友人もいる. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  5. 沼先生の論文の書き方は基本的に「英借文」だった. 極力オリジナルの表現を排除して先行文献の表現を借りてくるよう指示した. 先行文献も英米人が一流雑誌に書いた表現でなければ採用されず, しかも一つでなく複数の先行文献で使われていることをしめさなければならなかった. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  6. それどこに例がありますか」と言うのがペーパーワークでの沼先生の口癖でした。 (医 化 学 教 室 と 私)
  7. 新しい知見や考え方が含まれている場合には当然オリジナルな文章を「英作文」せざるを得ない. 沼先生は筆頭著者が書いた原稿を, 声をだして読むように指示した. 沼先生はそれを聞きながら, 「ここは文章が続かんな」とか「これはうちで使った文章じゃないな」といったコメントを発した. (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  8. 論文は外国に遅れたらしまい。1日でも早く投稿すること。そのためには,出来上がった原稿を火曜日の午後1時までに大阪中央郵便局に持参し,窓口で今日の 便に間に合いますかと確かめて投函すること,そうすればその日の夜の便でロンドンに水曜日には到着し木曜日には Nature のオフィスに届く。万一遅れても金曜日には着くのでその週にまにあう。 (医 化 学 教 室 と 私)
  9. 原著論文作成の時の沼先生の気合いの入れようは,経験したものでないと分からない,一種独特な世界があった。私などはペーパーワークの経験が乏しかったた め,ペーパーに関するいろいろな調べものを命令されたりしたとき,何事につけても要領を得ず,かつ対応が遅かったため,たびたび叱責された。沼先生は教授室から電話でお叱りになることが多く,医化学第3研究室の黒い電話のベルが鳴るたびに「また先生に叱られるのではないか」という思いから一気に心拍数が上昇し,身体が固くなり,冷や汗が噴き出すという条件反射が形成された。 (医 化 学 教 室 と 私)
  10. 教授室でのデスマッチのやり取りは一対一であり、筆頭著者の証言に頼るしかないが、ある友人は「あなたは傲慢なうえに嘘つきです。嘘つきは決して研究者にはなれません」といった厳しい言葉を浴び、激昂した沼先生が椅子を蹴り倒したのを目にして血の気が失せたと語ってくれた。 (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  11. 当時はもちろんパソコンなどない. … そのため膨大な量の配列データを手作業で整理し, 電卓で図上の長さを計算し, B4サイズの紙に原図を書いていった. 原図を受け取った秘書はロットリングを使って作図し, できあがったものを論文上でのサイズに縮小コピーした. 沼先生はそれに定規を当てながら確認していき, 1mmの数分の一でも違っていると思ったら原図にもどっての書き直しを指示した。図のプロポーションが気に入らない場合も同じだった. … 沼先生は基本的にホワイトを使った修正を認めなかったので、何度かの書き直しの末、ようやく大きなマルチプル・アラインメントの図が完成した. ところが確認していくと1か所だけ本来破線であるべきところを実線(同じ種類のアミノ酸であることを意味する)にしていたことがわかり, 一同は落胆した. 今回ばかりはホワイトを使おうかとみなが思ったとき, 若い秘書の流した涙がこぼれ落ちて図をにじませた. これで否応なく書き直しになったという話である. (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)
  12. 研究者にとっての論文というのは, 画家にとっての絵と同じなんですわ. 納得がいくまで何度でも書き直すんです. 最後の一筆まで力を抜いたらあかんのですわ.」 (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

 

24時間365日

  1. 日曜の朝6時に沼先生に「PstI はありませんか?」と電話をかけられ起こされた (医 化 学 教 室 と 私)
  2. 12月31日に仕事を終え,医化学でのほんの少しの仕事を 沼先生に引き継いで頂き,自宅に戻り元旦を久しぶりに家族でゆっくり過ごしました。明けて2日の 昼頃でした。さて郷里の明石に帰って2~3日ゆっくりすごそうと準備していると,突然電話がなりはじめ愚妻が取り上げると沼先生からだとの事。これを聞いて小生が電話口にでると,「沼ですが(しばし沈黙)。正月は休むと言っていましたが,もう2日です。いつから研究室に来るのですか?」  (医 化 学 教 室 と 私)
  3. 医化学第二講座の故沼正作教授とアセチルコリン受容体の研究を共同でされておられた時に,沼教授が深夜でも電話をかけてくるとこぼしておられました.久野先生のほうから,沼教授に夜中は応対しないと告げられたそうで,それからは,そのようなことはなくなったそうです.(PDF 久野宗先生追悼のことば 東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野 八尾寛)

 

沼 正作 博士の言葉

  1. 「努力は無限ですよ。」 (『二人の偉大な研究者との出会い』筑波大学医学群医学類 副学類長 桝 正幸 医学医療系 分子神経生物学教授
  2. 「何をやっても時間がたつのだから、出来るだけ大事で、意味がある仕事をやりなさい。」京都大学大学院医学研究科神経・細胞薬理学教室 メッセージ
  3. 「目の前の100人を治療する医師も重要だが、将来の100万人の治療に役立つ基礎研究も重要である。」 (京都大学ウイルス研究所 増殖制御学分野 影山研究室 影山教授からのメッセージ)
  4. 「私が憂えているのは、今の日本の若い研究者が比較的早く論文の書ける ようなテーマしかやらないことだ。私は日本人に独創性がないとは思わない。欠けているとすれば、思い切って難しいことに挑戦しようというチャレンジ精神だ と思う。ヒマラヤ登山なら失敗すれば命がなくなるかもしれないが研究で失敗しても命はなくならない。多少のリスクは冒してでも、これは大切と思うテーマに は賭(か)けられるような若い人を養成してほしい。これが私の言い残したいことだ」 (産経新聞 平成4年3月14日朝刊 / 1991(平成3)年度修士学位記授与式式辞 1992(平成4)年3月26日 平成3年度修士学位記授与式式辞 学長 鈴木 正裕 / 『神戸大学学報』No.427 1992〈平成4〉年4月)
  5. 世の中には重箱のすみをつつくような研究をしている学者がいっぱいおるんですわ. そんな研究は時間の無駄やから私はやりません. そして研究テーマは世の中の流れに対して早すぎても遅すぎてもいけません. 一歩早いと早すぎます. 半歩早いテーマを選ぶことで成功するんです.」 (月刊 化学 2015年8月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回)
  6. 少しは酒も飲めた方がええんですわ. 人生には酒でまぎらわさないと耐えられないようなつらいことがありますから.」 (月刊 化学 2015年10月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回)

 

参考

  1. 医 化 学 教 室 と 私
  2. 京都大学医化学教室 沼教授時代[昭和43(1968)年2月1日~平成 4(1992)年2月15日]
  3. 伝説の生化学者 沼正作物語 第1回 こうして誕生したデンセツの京大医化学第二講座 ●柿谷 均  (月刊化学 2015年6月号 化学同人):”京都大学医学部に沼正作(1929-1992)という伝説の生化学者がいた.幾多の優れた業績からノーベル賞候補にものぼり,自らもノーベル賞を強く意識していた.だが,大腸がんという病魔に襲われ,志なかばの63歳という若さでこの世を去った.これは,ありし日の沼先生を語る実録・沼 正作物語である.” “沼先生は教室員に元旦以外休みを取ることを許さなかったという「伝説」で有名だが, 実は厳格な論文作成の作法こそが最も際立った特徴であったように思う.” ”…この成果はNature誌のアーティクルに掲載され, 雑誌の表紙を飾った. 1979年春のことである. このとき沼先生は50歳, 世界の表舞台にデビューする年齢としてはかなり遅かった. 周囲は「遅咲きの研究者」という見方をしたが, あとから振り返ればここに至るまでの十分なトレーニングと準備を重ねていたということだろう, 沼先生の快進撃はここから始まった.”
  4. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回 論文作成をめぐる壮絶をきわめたデスマッチ ●柿谷 均  (月刊化学 2015年7月号 化学同人
  5. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回 ぶっちぎりのアセチルコリン受容体 ●柿谷 均 (月刊化学 2015年8月号 化学同人
  6. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第4回 病を隠して研究の陣頭指揮をとる ●柿谷 均 (月刊化学 2015年9月号 化学同人
  7. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回 沼 正作先生が遺したもの ●柿谷 均 (月刊化学 2015年10月号 化学同人
  8. 山田財団のご援助に感謝(山田財団2005年年報)(東大医学部生化学・分子生物学 教授 清水孝雄):”7年間の早石研究室での修行を終えて、私は希望に燃えながらパスツール研究所かカロリンスカ研究所への留学という贅沢な悩みを抱えていた。パスツール研で は娘のための日本人学校まで探してくれていた。タンパク化学をしっかり身につけていた私に期待されているのは当然、アセチルコリン受容体の精製である。神経科学をしっかり勉強する良いチャンスだと思った。しかし、不安もあった。留学すると最初は半年くらいフランス語を勉強しないとサラリーが出ないというこ と、それよりさらに問題だったのは、当時沼研で成功し始めた遺伝子工学による神経科学への接近であった。私の留学の半年ほど前に、沼教授はつかつかと私の横に来られ、「アセチルコリン受容体の材料は何が良く、それはどの様に入手できるか」と聞かれた。私はシビレエイの研究をされていた岐阜大学の先生をご紹介したが、「これは下手をするともろにぶつかるのではないか」という不安がよぎった。私は治安や言葉のこと、また、北欧への漠然とした憧れにより、最終的 にカロリンスカへの留学を決めた。この決断は、脂質メディエーターの研究から離れることが出来なくなった運命的な留学となったが、私の予想は的中し、出発から1年も経たないうちに沼研から受容体クローニングのネーチュアアーティクルが大々的に発表された。分子神経生物学の誕生の日であり、世界中が興奮したが、私の安堵感は誰も知らなかったはずである。”
  9. Beam et al., Function of a truncated dihydropyridine receptor as both voltage sensor and calcium channel. Nature 360, 169 – 171 (12 November 1992); doi:10.1038/360169a0
  10. Heinemann et al., Calcium channel characteristics conferred on the sodium channel by single mutations. Nature 356, 441 – 443 (02 April 1992); doi:10.1038/356441a0
  11. Tanabe et al., Repeat I of the dihydropyridine receptor is critical in determining calcium channel activation kinetics. Nature 352, 800 – 803 (29 August 1991); doi:10.1038/352800a0
  12. Mori et al., Primary structure and functional expression from complementary DNA of a brain calcium channel. Nature 350, 398 – 402 (04 April 1991); doi:10.1038/350398a0
  13. Adams et al., Intramembrane charge movement restored in dysgenic skeletal muscle by injection of dihydropyridine receptor cDNAs. Nature 346, 569 – 572 (09 August 1990); doi:10.1038/346569a0
  14. Tanabe et al., Regions of the skeletal muscle dihydropyridine receptor critical for excitation–contraction coupling. Nature 346, 567 – 569 (09 August 1990); doi:10.1038/346567a0
  15. Tanabe et al., Cardiac-type excitation-contraction coupling in dysgenic skeletal muscle injected with cardiac dihydropyridine receptor cDNA. Nature 344, 451 – 453 (29 March 1990); doi:10.1038/344451a0
  16. Mikami et al., Primary structure and functional expression of the cardiac dihydropyridine-sensitive calcium channel. Nature 340, 230 – 233 (20 July 1989); doi:10.1038/340230a0
  17. Stühmer et al., Structural parts involved in activation and inactivation of the sodium channel. Nature 339, 597 – 603 (22 June 1989); doi:10.1038/339597a0
  18. Takeshima et al., Primary structure and expression from complementary DNA of skeletal muscle ryanodine receptor. Nature 339, 439 – 445 (08 June 1989); doi:10.1038/339439a0
  19. Tanabe et al., Restoration of excitation—contraction coupling and slow calcium current in dysgenic muscle by dihydropyridine receptor complementary DNA. Nature 336, 134 – 139 (10 November 1988); doi:10.1038/336134a0
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  23. Fukuda et al., Molecular distinction between muscarinic acetylcholine receptor subtypes. Nature 327, 623 – 625 (18 June 1987); doi:10.1038/327623a0
  24. Noda et al., Expression of functional sodium channels from cloned cDNA. Nature 322, 826 – 828 (28 August 1986); doi:10.1038/322826a0
  25. Mishina et al., Molecular distinction between fetal and adult forms of muscle acetylcholine receptor. Nature 321, 406 – 411 (22 May 1986); doi:10.1038/321406a0
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  27. Sakmann et al., Role of acetylcholine receptor subunits in gating of the channel. Nature 318, 538 – 543 (12 December 1985); doi:10.1038/318538a0
  28. Noda et al., Primary structure of Electrophorus electricus sodium channel deduced from cDNA sequence. Nature 312, 121 – 127 (08 November 1984); doi:10.1038/312121a0
  29. Mishina et al., Expression of functional acetylcholine receptor from cloned cDNAs. Nature 307, 604 – 608 (16 February 1984); doi:10.1038/307604a0
  30. Noda et al., Structural homology of Torpedo californica acetylcholine receptor subunits. Nature 302, 528 – 532 (07 April 1983); doi:10.1038/302528a0
  31. Furutani et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for ovine corticotropin-releasing factor precursor. Nature 301, 537 – 540 (10 February 1983); doi:10.1038/301537a0
  32. Noda et al., Primary structures of β- and δ-subunit precursors of Torpedo californica acetylcholine receptor deduced from cDNA sequences. Nature 301, 251 – 255 (20 January 1983); doi:10.1038/301251a0
  33. Noda et al., Primary structure of alpha-subunit precursor of Torpedo californica acetylcholine receptor deduced from cDNA sequence. Nature 1982 Oct 28;299(5886):793-7. (Pubmed)
  34. Kakidani et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for porcine beta-neo-endorphin/dynorphin precursor. Nature 1982 Jul 15;298(5871):245-9.
  35. Noda et al., Isolation and structural organization of the human preproenkephalin gene. Nature 1982 Jun 3;297(5865):431-4. (Pubmed)
  36. Noda et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for bovine adrenal preproenkephalin. Nature 1982 Jan 21;295(5846):202-6. (Pubmed)
  37. Nakanishi et al., The protein-coding sequence of the bovine ACTH-beta-LPH precursor gene is split near the signal peptide region. Nature 1980 Oct 23;287(5784):752-5. (Pubmed)
  38. Nakanishi et al., Nucleotide sequence of cloned cDNA for bovine corticotropin-beta-lipotropin precursor. Nature 1979 Mar 29;278(5703):423-7. (Pubmed)
  39. 「天才は有限、努力は無限。」(マラソンの瀬古選手らを育てた陸上競技指導者 中村清氏の言葉)
  40. Obituary  Shosaku Numa 1927–1992 (Osamu Hayaishi Osaka Trends in BIochemical Sciences)