Monthly Archives: April 2016

バイオ論文20621報中782報で画像使い回し

生命医科学論文20,621報のうち782報(3.8%)で、同一データ画像を論文中の他の実験の図にも使用していることが判明

同一画像を不適切に使用した生命医科学論文の蔓延ぶりを、スタンフォード大学の研究者らが2016年4月20日にbioRxivにて報告しました。

この報告の内容の一部をまとめると、

  1. 1995年から2014年の間に40の学術誌(14の出版社)に掲載された、ウエスタンブロットの実験を含む20,621報の論文をピックアップし、論文中の画像データを目視により調べた。
  2. 調査対象とした20,621報のうち、782報(3.8%)の論文が、同一の画像データを論文中の別の実験の図においても使用していた。
  3. 同一画像データ重複使用論文のファーストオーサーおよびラストオーサーの他の論文を調べたところ、やはり同一画像データの重複使用を行っている割合が有意に高かった。
  4. カテゴリーI:単純な重複使用。典型的な例は、ローディングコントロールとして用いたβアクチンの画像の使いまわし。ケアレスミスの可能性もあるが、実験をせずにデータを捏造した可能性がある。(下図参照)
  5. カテゴリーII:位置をずらしての再利用。位置をずらしたり、回転させたり、反転させたりして利用。意図的な行為と考えられるため、研究不正の可能性が高い。(下図参照)
  6. カテゴリーIII:画像データに変更を加えて再利用。意図的な行為と考えられるため、研究不正の可能性が高い。(下図参照)
  7. 782報の”問題あり”論文のうち、230報(29.4%)がカテゴリーIの単純な重複を含んでいた。356報(45.5%)がカテゴリーII,196報(25.1%)がカテゴリーIIIの問題を含んでいた。

論文:The Prevalence of Inappropriate Image Duplication in Biomedical Research Publications. Elisabeth M Bik, Arturo Casadevall, Ferric C Fang

カテゴリーI(単純な再利用)の例

2016_Bik_CategoryI
(引用元:)

カテゴリーII(画像の位置をずらして再利用)の例

2016_Bik_CategoryII(引用元:)

カテゴリーIII(画像に変更を加えて再利用)の例

2016_Bik_CategoryIII(引用元:)

調査した論文数および、同定された画像再利用論文数の雑誌別まとめ

Journal Title Publisher Impact Factor 2013 Screened Papers with ID % ID
PLOS ONE PLOS 3.53 8138 348 4.28
PLOS Pathogens PLOS 8.06 406 9 2.22
PLOS Genetics PLOS 8.17 362 4 1.10
PLOS Biology PLOS 11.77 233 6 2.58
PLOS NTD PLOS 4.49 317 17 5.36
Journal of Clinical Microbiology ASM 4.23 595 11 1.85
Applied and Environmental Microbiology ASM 3.95 292 8 2.74
mBio ASM 6.88 175 3 1.71
Infection and Immunity ASM 4.16 1070 30 2.80
Journal of Virology ASM 4.65 421 11 2.61
International journal of cancer Wiley 5.01 226 10 4.42
Clinical Microbiology and Infection Wiley 5.20 199 1 0.50
Journal of Applied Microbiology Wiley 2.39 200 3 1.50
Environmental Microbiology Wiley 6.24 189 5 2.65
Microbiology and Immunology Wiley 1.31 358 3 0.84
Letters in Applied Microbiology Wiley 1.75 123 2 1.63
BioMed Research International Hindawi 2.71 77 8 10.39
Evid Based Compl Alternat Med Hindawi 2.18 96 10 10.42
BMC Microbiology BMC 2.98 340 23 6.76
Genome Biology BMC 10.47 105 1 0.95
Breast Cancer Research BMC 5.88 403 20 4.96
BMC Cancer BMC 3.32 145 8 5.52
Diagn Microbiol Infect Dis Elsevier 2.57 115 3 2.61
Lung Cancer Elsevier 3.74 317 11 3.47
Cytokine Elsevier 2.87 464 28 6.03
Journal of Autoimmunity Elsevier 7.02 150 6 4.00
Appl Microbiol Biotechnol Springer 3.81 230 8 3.48
Breast Cancer Res Treatment Springer 4.20 206 12 5.83
Cancer Chemotherapy and Pharmacology Springer 2.57 542 29 5.35
Molecular and Cellular Biochemistry Springer 2.39 800 43 5.38
Growth Factors Informa 3.09 166 10 6.02
Cancer Investigation Informa 2.06 220 13 5.91
Leukemia & Lymphoma Informa 2.61 404 13 3.22
International Journal of Oncology Spandidos 2.77 89 11 12.36
Science AAAS 31.48 681 9 1.32
Nature Nature 42.35 750 12 1.60
Nature Oncogene Nature 8.46 150 7 4.67
Cancer Cell Cell Press 23.89 188 6 3.19
Journal of Cell Biology RU Press 9.79 329 1 0.30
PNAS NAS 9.81 350 19 5.43
合計20621 合計782 % ID 3.79

(引用元:)

上の表を見ると、特定の出版社のジャーナルで同一画像データの再利用頻度が極端に高いことが見て取れます。

日本人の論文が占める割合が気になりますが、PLOS ONEの論文に限った解析が国別にまとめられています。青い線より上に来ているのは、”問題あり”論文の割合が普通以上に多い国。日本は論文数でイギリスやドイツと同程度ですが、同一画像の再利用の頻度は少ないほうでした。中国、インドが突出しており、日本やオーストラリアはまだましなほうです。

ProblematicPapersByCountry

(引用元:)

”同一画像の不適切な使用”という表現は、一般の人にはわかりにくいかもしれません。わかりやすい言葉に言いかえれば、”データ捏造という犯罪的な行為”です。ただし、 本当にうっかりミスによって、違う写真を図に用いてしまった可能性もあります。その場合には、本当に該当する実験が行なわれていたのかを当人が実験ノートや生デー タを呈示することによって証明するまでは、意図的なデータ捏造であった可能性が拭えません。

研究室では、ウェスタンブロットやRT-PCRの アクチンコントロールの写真を他の写真と差し替える事が頻繁に行われていきました。教授は、「ベータアクチンはやらなくてよい。大学院生のCさんがきれい な写真を何枚も持っているのでそれをレーンの数を合わせて使うように。1サンプルあたり500円もかかるので何度も失敗していては金がかかりすぎる」と指示し、全員にその写真が配られました。B教授からは、アクチンは何度やっても同じように出るので、見栄えのよいものを使えばいいと言われていました。 (ある大学で起きた研究不正についての実例 warbler’s diary 2013-12-07)

「実験ノートがない=研究不正」という常識がすべての研究者、研究機関で共有されない限り、実験が行なわれた証拠が提出されなかったので研究不正とはみなさない、などというおかしな裁定がいつまでも繰り返されることでしょう。

「サイエンスの世界には、サイエンスに関してウソをつくような人間に居場所はない。」(There is no place in science for people who lie about science.) (ヴィッキー・ヴァンス(Vicki Vance)博士)

参考

  1. Our image duplication project on bioRxiv (Posted on April 22, 2016 by eliesbik  Microbiome Digest – Bik’s Picks A daily digest of scientific microbiome papers, by your Microbe Manager Elisabeth Bik, laboratory of David Relman, Stanford University – Twitter: @microbiomdigest)
  2. One in 25 papers contains inappropriately duplicated images, screen finds (Retraction Watch)
  3. Problematic images found in 4% of biomedical papers – Giant survey suggests journals should pay more attention to detecting inappropriate duplications. (Nature News by Monya Baker 22 April 2016 Corrected:25 April 2016)
  4.  匿名AdipoR0 • あまり話題になっていませんが、私とほぼ同じのマニュアルな手法で800報の酷似画像を見つけたという論文報告がスタンフォード大学から数日前になされ、NatureやRetraction Watchで紹介されています。(捏造問題にもっと怒りを http://scienceinjapan.org コメント欄)

類似画像関連記事

  1. 酷似する画像を含む生命科学論文がインターネット上で大量に指摘される
  2. 東京大学が類似画像論文に関する予備調査結果を発表: ”不正行為が存在する疑いはない”論文12報のリスト
  3. 大阪大学、類似画像データ論文の調査を打ち切り 本調査を行わないことを決定
  4. 投票アーカイブ インターネット上で指摘されていた類似画像論文に関する予備調査結果を東大が2015年7月31日に公表し、不正行為が存在する疑いはないと結論付けました。この調査内容や判断は妥当だと思いますか?
  5. 投票アーカイブ 画像データの類似性をネット上で指摘された論文著者・大学は、生データ・実験ノートを開示する等説明責任を果たして欲しいと

沼研の伝説的なエピソード:沼正作(1929-92)

沼正作博士(1929-1992)は、神経伝達物質の受容体やイオンチャネル等の一次構造を次々と決定していき、脳内で働くさまざまな神経機能素子の分子的実体や構造機能相関を明らかにすることにおいて多大な貢献をした科学者です。あの怒涛の業績を産み出した沼研では、どのように研究が進められていたのでしょうか?当時、京都大学医化学教室(医化学第二講座) 沼 研究室で活躍された研究者の方々が語るエピソードには、非常に興味深いものがあります。

注)ここで紹介するエピソードは、昭和の時代のものです。令和の研究倫理の基準に照らし合わせると、すべてがアカデミック・ハラスメントに該当すると思います肯定も否定も礼賛もしません。単純に、凄いラボだったんだなあという気持ちで紹介しております。

研究に対する厳しさ

大学院に入って数日後に
君,もう大学院をやめなさい
と言われました。当時私の研究していた酵素は室温で数秒で失活する酵素で,私が不安定を言い訳の材料にしたことに沼先生は激怒しました。  (医 化 学 教 室 と 私)

コンピューターに間違いはつきもの。ヌクレオチドシークエンスをアミノ酸に読み替えるのは,目で全部チェックしないとコンピューター間違えますからね。今までずっとそうしてきましたから。そのおかげで,これまでの論文1つも間違いがありませんわ。」 (医 化 学 教 室 と 私)

フラコレが夜中にとまって活性画分を失ったとき:
何でや。
「フラコレがとまっておりました。」
君なんでみとらんのや。フラコレなんて故障するにきまっとる。夜中じゅう起きてチェックするのが当然で私はいつもそうしてますよ。」 (医 化 学 教 室 と 私)

沼 先生が風邪を引いたヒトに向かってよく言っていたことですが,
緊張感が足りないと風邪を引きます。緊張感を保ってACTHを分泌するようにしておけば風邪は引きませんよ。従って私は風邪を引いたことがない。
それが昂じて,風邪で病院に行っていてプログレス報告会に遅れたヒ トに先生からの一言
公私混同すべきじゃない。」 (医 化 学 教 室 と 私)

ほぼ毎日夜10時ころ沼先生が研究室へおりてこられ,
きょうの実験は如何でしたか?
と質問され,わたしがデータを説明すると,
では明日はどこそこまで進みますね。」,
なにかミスがあると,
なぜすぐやり直さないのですか。
といった調子でした。 (医 化 学 教 室 と 私)

共同研究者に対して:
もうほかの部分全部できてて,あと先生のアラインメントだけができてないんですわ。いつできますか?
「あさってくらいには」
いや,こっちはずっと待ってるんですよ。
「それではあしたには」
もう他にすることないんですわ。
「じゃ,今からすぐ やります。」
今晩遅くまでいますから。ほなよろしく。」 (医 化 学 教 室 と 私)

この精製された ACTH-mRNA の純度を調べるべく当時東大におられた本庶先生のところへ教えて頂きに行くことになり,第6研究室から本庶先生にお願いしましたところ,都合がついたら Tel しますと言われ待っていました。3~4日たったところで,沼先生が,
「北さん」東大行きはどうなりましたか??
本庶先生からの御連絡を待っています,と 答えましたところ,突然,
あなたに熱意を感じない!!以前から,あなたは,時々土,日曜日に labに来ていない事に気付いていましたが,研究に対する努力は無限ですよ!!」 (医 化 学 教 室 と 私)

ある時竹島先生が沼先生に少しだけ口答えしたらこう言われたそうだ。
私は戦争に行って上官の 言うことを聞かなかったやつを見て来た。戦場で頭を下げろと言われて逆らったやつは次の瞬間、首がなかった』 (努力は無限/竹島先生のこと Yoshimura Lab 2007-7-7)

留学するという最後の日,挨拶にうかがった時,先ず出たお言葉は,
君はこれまで私に対して数々の無礼があった
であった。これは,また2時間説教か,と思った瞬間,
まあ,ええけどな。頑張れや
ときた。(医 化 学 教 室 と 私)

厳しかったですねえ。たとえば、お昼に本庶研沼研合同の論文抄読会をやっていて、大学院生が論文を発表するのですが、論文の紹介の仕方が悪いと両巨頭の前で叱責されるんです。…沼先生は他人に厳しいだけでなくご自分にもものすごく厳しくて、研究室を帰られるのが朝の5時ごろ、サイエンスにすべてを捧げる生活をしておられた。 (テルモ生命科学芸術財団 インタビュー)

沼教授室の明かりは毎晩午前2時ごろまで消えることがなかったという (月刊 化学 2015年10月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回)

 

論文発表に対する厳しさ

沼先生に
これから始めるからな
といわれたら, 筆頭著者はその瞬間から論文原稿を書き終えて出版社に郵送するまで, 沼先生との2~3週間にわたる一対一の濃厚な毎日, さらにその最後はほとんど徹夜の数日間が続くことを覚悟しなければならなかった. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

ペーパーワークに睡眠なし。夜中の3時か4時頃ようやくデスマッチがおわり,かえって寝られるかと思いきや,
君は今から文献やって,明日朝9時には秘書さんにこれとこれやるように指示しとけよ。」 (医 化 学 教 室 と 私)

その後論文を書いて,教授に持って行き,その後2週間に渡る「デスマッチ」が始まりました。数日経った頃でしょうか,
北さん,あなたの英語は,中学生以下です!!
といわれ私の論文をビリビリに破られました。(医 化 学 教 室 と 私)

「中学生以下ならましですよ, 僕は”幼稚園児“とまでいわれた」と語ってくれた友人もいる. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

沼先生の論文の書き方は基本的に「英借文」だった. 極力オリジナルの表現を排除して先行文献の表現を借りてくるよう指示した. 先行文献も英米人が一流雑誌に書いた表現でなければ採用されず, しかも一つでなく複数の先行文献で使われていることをしめさなければならなかった. (月刊 化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

それどこに例がありますか
と言うのがペーパーワークでの沼先生の口癖でした。 (医 化 学 教 室 と 私)

新しい知見や考え方が含まれている場合には当然オリジナルな文章を「英作文」せざるを得ない. 沼先生は筆頭著者が書いた原稿を, 声をだして読むように指示した. 沼先生はそれを聞きながら,
ここは文章が続かんな
とか
これはうちで使った文章じゃないな
といったコメントを発した. (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

論文は外国に遅れたらしまい。1日でも早く投稿すること。そのためには,出来上がった原稿を火曜日の午後1時までに大阪中央郵便局に持参し,窓口で今日の便に間に合いますかと確かめて投函すること,そうすればその日の夜の便でロンドンに水曜日には到着し木曜日には Nature のオフィスに届く。万一遅れても金曜日には着くのでその週にまにあう。 (医 化 学 教 室 と 私)

原著論文作成の時の沼先生の気合いの入れようは,経験したものでないと分からない,一種独特な世界があった。私などはペーパーワークの経験が乏しかったた め,ペーパーに関するいろいろな調べものを命令されたりしたとき,何事につけても要領を得ず,かつ対応が遅かったため,たびたび叱責された。沼先生は教授室から電話でお叱りになることが多く,医化学第3研究室の黒い電話のベルが鳴るたびに「また先生に叱られるのではないか」という思いから一気に心拍数が上昇し,身体が固くなり,冷や汗が噴き出すという条件反射が形成された。 (医 化 学 教 室 と 私)

教授室でのデスマッチのやり取りは一対一であり、筆頭著者の証言に頼るしかないが、ある友人は
あなたは傲慢なうえに嘘つきです。嘘つきは決して研究者にはなれません
といった厳しい言葉を浴び、激昂した沼先生が椅子を蹴り倒したのを目にして血の気が失せたと語ってくれた。 (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

当時はもちろんパソコンなどない. … そのため膨大な量の配列データを手作業で整理し, 電卓で図上の長さを計算し, B4サイズの紙に原図を書いていった. 原図を受け取った秘書はロットリングを使って作図し, できあがったものを論文上でのサイズに縮小コピーした. 沼先生はそれに定規を当てながら確認していき, 1mmの数分の一でも違っていると思ったら原図にもどっての書き直しを指示した。図のプロポーションが気に入らない場合も同じだった. … 沼先生は基本的にホワイトを使った修正を認めなかったので、何度かの書き直しの末、ようやく大きなマルチプル・アラインメントの図が完成した. ところが確認していくと1か所だけ本来破線であるべきところを実線(同じ種類のアミノ酸であることを意味する)にしていたことがわかり, 一同は落胆した. 今回ばかりはホワイトを使おうかとみなが思ったとき, 若い秘書の流した涙がこぼれ落ちて図をにじませた. これで否応なく書き直しになったという話である. (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

研究者にとっての論文というのは, 画家にとっての絵と同じなんですわ. 納得がいくまで何度でも書き直すんです. 最後の一筆まで力を抜いたらあかんのですわ.」 (月刊化学 2015年7月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回)

 

24時間365日

日曜の朝6時に沼先生に
PstI はありませんか?
と電話をかけられ起こされた (医 化 学 教 室 と 私)

12月31日に仕事を終え,医化学でのほんの少しの仕事を 沼先生に引き継いで頂き,自宅に戻り元旦を久しぶりに家族でゆっくり過ごしました。明けて2日の 昼頃でした。さて郷里の明石に帰って2~3日ゆっくりすごそうと準備していると,突然電話がなりはじめ愚妻が取り上げると沼先生からだとの事。これを聞いて小生が電話口にでると,
沼ですが(しばし沈黙)。正月は休むと言っていましたが,もう2日です。いつから研究室に来るのですか?」  (医 化 学 教 室 と 私)

医化学第二講座の故沼正作教授とアセチルコリン受容体の研究を共同でされておられた時に,沼教授が深夜でも電話をかけてくるとこぼしておられました.久野先生のほうから,沼教授に夜中は応対しないと告げられたそうで,それからは,そのようなことはなくなったそうです.(PDF 久野宗先生追悼のことば 東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野 八尾寛)

 

  1. 研究室メンバーに向けて書かれた恐ろしい手紙 2016年1月23日 アレ待チ

 

沼研のやり方はパワハラだという見方が、現在では一般的だと思います。しかし、研究者という職業がどいういうものかを考えさせる言葉を、合わせて紹介しておきたいと思います。

「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。」(佐藤幹夫)

数学は体力だ!木村 達雄 / 【研究者の適性】自分が研究に向いている人か生き残れるかを占う30の質問

ちょっと私見を書きます。

実験系の研究室では、長時間労働がやむを得ない状況もあり得ますが、自分がアメリカ留学中に見聞きしたラボでは、必ずしも労働時間が長いわけではなく、大学院生もポスドクも朝9時か10時に来て、夜は一番遅い人でも9時には帰っていて(日本人ポスドクは例外で、夜もっと遅くまで働いている人が多かった)、それでいてネイチャー、サイエンス、セルもしくはそれらの姉妹紙のトップ誌にコンスタントに論文が出るという状況でした。 夏休みやハロウィーンやクリスマスはしっかりとホリデーモードでリラックスした雰囲気があり、悲壮感を漂わせて仕事するという感じでもありませんでした。自分は大学院は、わりと「軍隊」と揶揄されるようなラボにいたので、日米のこの落差には結構驚いたものです。

そうはいっても、実験科学では思った通りの結果がそうそう得られないというのは、どんなラボでも変わらないと思いますので、いかにして必要なデータが得られる実験をデザインするかという部分で差がつくのかもしれません。ラボ内で競争が生じることもありますし、運不運に左右されることもあることは、世界のどこにいても同じです。

実験で得られたデータから何がいえるのか、取り組んでいる仮説の検証にあとどんなデータが必要なのか、データをどう組み合わせると魅力的なストーリ―になるのかと言ったことに関しては、非常に頭を使っていたと思います。

自分の個人的な考えですが、1日に何時間働くか、週末の時間をどう使うかは、個人が自分の自由意志で決めている限り問題はないのではないかと思います。ラボのボスが、部下や大学院生の事情を無視して強制するというのが一番問題で、今それをやると確実にパワーハラスメント、アカデミックハラスメントでしょう。

最悪なのは、サイエンティフィックにあまり重要ではない問題に、長時間労働をもって取り組み、体力や精神を消耗してしまうことです。それでは研究者としてのトレーニングにもなりませんし、キャリアアップのための実績づくりにもなりません。そのあたりの配慮は本来、PIの責任だと思いますが、多くの場合、PIが大学院生やポスドクのことをそこまで考えているとは思えません。そんな状況で、見通しをもたずにいきなり大学院生が研究を始めてしまうのは大変危険です。この問題は、当たり前なのに意外とラボでは議論にならないのが自分は不思議でなりませんでした。しかし、『イシューからはじめよ』という本にそのあたりのことがズバリ指摘されているのを読んで、我が意を得たりと思いました。

  1. イシューからはじめよ【書評】

 

沼 正作 博士の言葉

沼先生は、怖い先生だと聞いていましたが、私達の話を聞いて、にこやかに

教科書で得る知識も大事だが、実際に実験をしてみないと生きた知識にはならない。実験をしながら考えることがもっと重要だ。

と諭され、実験をすることを勧められました。(プロフェッサーがヒヨコの頃 第3回 筑波大学医学群医学類 副学類長 桝 正幸 先生 国立大学医学部長会議

「努力は無限ですよ。」 (『二人の偉大な研究者との出会い』筑波大学医学群 桝 正幸 教授

「何をやっても時間がたつのだから、出来るだけ大事で、意味がある仕事をやりなさい。」 (京都大学大学院医学研究科神経・細胞薬理学教室 メッセージ

「目の前の100人を治療する医師も重要だが、将来の100万人の治療に役立つ基礎研究も重要である。」 (京都大学ウイルス研究所 増殖制御学分野 影山研究室 影山教授からのメッセージ)

「私が憂えているのは、今の日本の若い研究者が比較的早く論文の書ける ようなテーマしかやらないことだ。私は日本人に独創性がないとは思わない。欠けているとすれば、思い切って難しいことに挑戦しようというチャレンジ精神だ と思う。ヒマラヤ登山なら失敗すれば命がなくなるかもしれないが研究で失敗しても命はなくならない。多少のリスクは冒してでも、これは大切と思うテーマに は賭(か)けられるような若い人を養成してほしい。これが私の言い残したいことだ」 (産経新聞 平成4年3月14日朝刊 / 1991(平成3)年度修士学位記授与式式辞 1992(平成4)年3月26日 平成3年度修士学位記授与式式辞 学長 鈴木 正裕 / 『神戸大学学報』No.427 1992〈平成4〉年4月)

世の中には重箱のすみをつつくような研究をしている学者がいっぱいおるんですわ. そんな研究は時間の無駄やから私はやりません. そして研究テーマは世の中の流れに対して早すぎても遅すぎてもいけません. 一歩早いと早すぎます. 半歩早いテーマを選ぶことで成功するんです.」 (月刊 化学 2015年8月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回)

最初のテーマには、痛みを感じる時に分泌される神経ペプチドであるサブスタンスPを選びました。ACTHの成功例から考えて、サブスタンスPの遺伝子をクローニングして調べれば、きっと新たな神経ペプチドが発見できる。そうすれば、痛みのメカニズムがより詳しくわかるだろうと思ったのです。この狙いも的中し、サブスタンスPとよく似た神経ペプチドを発見し、これをサブスタンスKと名付けました。この研究も世界的に高く評価され、新しい研究室を無事スタートしたとほっとしたのですが、ある時、沼先生から「君を教授にしたのは、あんな研究をしてもらうためではない。もっと新しい道を進むべきである」と言われました。(サイエンス・ライブラリーNo.53 中西 重忠 JT生命誌研究館

 

少しは酒も飲めた方がええんですわ. 人生には酒でまぎらわさないと耐えられないようなつらいことがありますから.」 (月刊 化学 2015年10月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回)

  

参考

  1. 医 化 学 教 室 と 私
  2. 京都大学医化学教室 沼教授時代[昭和43(1968)年2月1日~平成 4(1992)年2月15日]
  3. 伝説の生化学者 沼正作物語 第1回 こうして誕生したデンセツの京大医化学第二講座 ●柿谷 均  (月刊化学 2015年6月号 化学同人):”京都大学医学部に沼正作(1929-1992)という伝説の生化学者がいた.幾多の優れた業績からノーベル賞候補にものぼり,自らもノーベル賞を強く意識していた.だが,大腸がんという病魔に襲われ,志なかばの63歳という若さでこの世を去った.これは,ありし日の沼先生を語る実録・沼 正作物語である.” “沼先生は教室員に元旦以外休みを取ることを許さなかったという「伝説」で有名だが, 実は厳格な論文作成の作法こそが最も際立った特徴であったように思う.” ”…この成果はNature誌のアーティクルに掲載され, 雑誌の表紙を飾った. 1979年春のことである. このとき沼先生は50歳, 世界の表舞台にデビューする年齢としてはかなり遅かった. 周囲は「遅咲きの研究者」という見方をしたが, あとから振り返ればここに至るまでの十分なトレーニングと準備を重ねていたということだろう, 沼先生の快進撃はここから始まった.”
  4. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第2回 論文作成をめぐる壮絶をきわめたデスマッチ ●柿谷 均  (月刊化学 2015年7月号 化学同人
  5. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回 ぶっちぎりのアセチルコリン受容体 ●柿谷 均 (月刊化学 2015年8月号 化学同人
  6. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第4回 病を隠して研究の陣頭指揮をとる ●柿谷 均 (月刊化学 2015年9月号 化学同人
  7. 伝説の生化学者 沼 正作 物語 最終回 沼 正作先生が遺したもの ●柿谷 均 (月刊化学 2015年10月号 化学同人
  8. 山田財団のご援助に感謝(山田財団2005年年報)(東大医学部生化学・分子生物学 教授 清水孝雄):”7年間の早石研究室での修行を終えて、私は希望に燃えながらパスツール研究所かカロリンスカ研究所への留学という贅沢な悩みを抱えていた。パスツール研では娘のための日本人学校まで探してくれていた。タンパク化学をしっかり身につけていた私に期待されているのは当然、アセチルコリン受容体の精製である。神経科学をしっかり勉強する良いチャンスだと思った。しかし、不安もあった。留学すると最初は半年くらいフランス語を勉強しないとサラリーが出ないということ、それよりさらに問題だったのは、当時沼研で成功し始めた遺伝子工学による神経科学への接近であった。私の留学の半年ほど前に、沼教授はつかつかと私の横に来られ、「アセチルコリン受容体の材料は何が良く、それはどの様に入手できるか」と聞かれた。私はシビレエイの研究をされていた岐阜大学の先生をご紹介したが、「これは下手をするともろにぶつかるのではないか」という不安がよぎった。私は治安や言葉のこと、また、北欧への漠然とした憧れにより、最終的 にカロリンスカへの留学を決めた。この決断は、脂質メディエーターの研究から離れることが出来なくなった運命的な留学となったが、私の予想は的中し、出発から1年も経たないうちに沼研から受容体クローニングのネーチュアアーティクルが大々的に発表された。分子神経生物学の誕生の日であり、世界中が興奮したが、私の安堵感は誰も知らなかったはずである。”
  9. Beam et al., Function of a truncated dihydropyridine receptor as both voltage sensor and calcium channel. Nature 360, 169 – 171 (12 November 1992); doi:10.1038/360169a0
  10. Heinemann et al., Calcium channel characteristics conferred on the sodium channel by single mutations. Nature 356, 441 – 443 (02 April 1992); doi:10.1038/356441a0
  11. Tanabe et al., Repeat I of the dihydropyridine receptor is critical in determining calcium channel activation kinetics. Nature 352, 800 – 803 (29 August 1991); doi:10.1038/352800a0
  12. Mori et al., Primary structure and functional expression from complementary DNA of a brain calcium channel. Nature 350, 398 – 402 (04 April 1991); doi:10.1038/350398a0
  13. Adams et al., Intramembrane charge movement restored in dysgenic skeletal muscle by injection of dihydropyridine receptor cDNAs. Nature 346, 569 – 572 (09 August 1990); doi:10.1038/346569a0
  14. Tanabe et al., Regions of the skeletal muscle dihydropyridine receptor critical for excitation–contraction coupling. Nature 346, 567 – 569 (09 August 1990); doi:10.1038/346567a0
  15. Tanabe et al., Cardiac-type excitation-contraction coupling in dysgenic skeletal muscle injected with cardiac dihydropyridine receptor cDNA. Nature 344, 451 – 453 (29 March 1990); doi:10.1038/344451a0
  16. Mikami et al., Primary structure and functional expression of the cardiac dihydropyridine-sensitive calcium channel. Nature 340, 230 – 233 (20 July 1989); doi:10.1038/340230a0
  17. Stühmer et al., Structural parts involved in activation and inactivation of the sodium channel. Nature 339, 597 – 603 (22 June 1989); doi:10.1038/339597a0
  18. Takeshima et al., Primary structure and expression from complementary DNA of skeletal muscle ryanodine receptor. Nature 339, 439 – 445 (08 June 1989); doi:10.1038/339439a0
  19. Tanabe et al., Restoration of excitation—contraction coupling and slow calcium current in dysgenic muscle by dihydropyridine receptor complementary DNA. Nature 336, 134 – 139 (10 November 1988); doi:10.1038/336134a0
  20. Imoto et al., Rings of negatively charged amino acids determine the acetylcholine receptor channel conductance. Nature 335, 645 – 648 (13 October 1988); doi:10.1038/335645a0
  21. Fukuda et al., Selective coupling with K+ currents of muscarinic acetylcholine receptor subtypes in NG108-15 cells. Nature 335, 355 – 358 (22 September 1988); doi:10.1038/335355a0
  22. Tanabe et al., Primary structure of the receptor for calcium channel blockers from skeletal muscle. Nature 328, 313 – 318 (23 July 1987); doi:10.1038/328313a0
  23. Fukuda et al., Molecular distinction between muscarinic acetylcholine receptor subtypes. Nature 327, 623 – 625 (18 June 1987); doi:10.1038/327623a0
  24. Noda et al., Expression of functional sodium channels from cloned cDNA. Nature 322, 826 – 828 (28 August 1986); doi:10.1038/322826a0
  25. Mishina et al., Molecular distinction between fetal and adult forms of muscle acetylcholine receptor. Nature 321, 406 – 411 (22 May 1986); doi:10.1038/321406a0
  26. Noda et al., Existence of distinct sodium channel messenger RNAs in rat brain. Nature 320, 188 – 192 (13 March 1986); doi:10.1038/320188a0
  27. Sakmann et al., Role of acetylcholine receptor subunits in gating of the channel. Nature 318, 538 – 543 (12 December 1985); doi:10.1038/318538a0
  28. Noda et al., Primary structure of Electrophorus electricus sodium channel deduced from cDNA sequence. Nature 312, 121 – 127 (08 November 1984); doi:10.1038/312121a0
  29. Mishina et al., Expression of functional acetylcholine receptor from cloned cDNAs. Nature 307, 604 – 608 (16 February 1984); doi:10.1038/307604a0
  30. Noda et al., Structural homology of Torpedo californica acetylcholine receptor subunits. Nature 302, 528 – 532 (07 April 1983); doi:10.1038/302528a0
  31. Furutani et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for ovine corticotropin-releasing factor precursor. Nature 301, 537 – 540 (10 February 1983); doi:10.1038/301537a0
  32. Noda et al., Primary structures of β- and δ-subunit precursors of Torpedo californica acetylcholine receptor deduced from cDNA sequences. Nature 301, 251 – 255 (20 January 1983); doi:10.1038/301251a0
  33. Noda et al., Primary structure of alpha-subunit precursor of Torpedo californica acetylcholine receptor deduced from cDNA sequence. Nature 1982 Oct 28;299(5886):793-7. (Pubmed)
  34. Kakidani et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for porcine beta-neo-endorphin/dynorphin precursor. Nature 1982 Jul 15;298(5871):245-9.
  35. Noda et al., Isolation and structural organization of the human preproenkephalin gene. Nature 1982 Jun 3;297(5865):431-4. (Pubmed)
  36. Noda et al., Cloning and sequence analysis of cDNA for bovine adrenal preproenkephalin. Nature 1982 Jan 21;295(5846):202-6. (Pubmed)
  37. Nakanishi et al., The protein-coding sequence of the bovine ACTH-beta-LPH precursor gene is split near the signal peptide region. Nature 1980 Oct 23;287(5784):752-5. (Pubmed)
  38. Nakanishi et al., Nucleotide sequence of cloned cDNA for bovine corticotropin-beta-lipotropin precursor. Nature 1979 Mar 29;278(5703):423-7. (Pubmed)
  39. 「天才は有限、努力は無限。」(マラソンの瀬古選手らを育てた陸上競技指導者 中村清氏の言葉)
  40. Obituary  Shosaku Numa 1927–1992 (Osamu Hayaishi Osaka Trends in BIochemical Sciences)

 

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【研究者の適性】自分が研究に向いている人かを知る30の質問


研究に向いている人ってどんな人なのかは、研究者という職業に興味がある学生が知りたいことだろうと思います。

ノーベル賞取った人の半生記の話を聞いたり読んだりして、「よし、俺も!」と思える人は向いていると思います。自分は一生かけてこれを究明したいと思えるものがすでにある人も向いているでしょう。ただ、研究テーマは、実際に研究を始めてみてだんだん絞れていくものかもしれません。利根川博士の話を聴くと、分子生物学という武器を手に入れてその武器を最大限生かせる面白い領域(免疫学、ついで、脳科学)に飛び込んでいったように見えます。

  1. 利根川進博士のぶっちゃけ話:研究者として成功できた理由および成功戦略
  2. 科学研究で結果を出すマインドを養うための4冊

 

研究者の適性がない人が博士課程に進学してしまうと大変です。しかし、適性があっても指導教官に恵まれないと、やはり大変なことになります。逆に良い指導教官に恵まれると、自分で思った以上に伸びるもいることでしょう。大学院生と教授との相性の問題、コミュニケーションスキルの問題というものは常に存在します。本人の能力や性向だけでなく、そういったことも含めて、一体、プロの研究者になるために必要な素養とは、どんなものなのかを考えていきたいと思います。


 

研究の適性と学校の勉強とが無関係な理由

高校や大学時代の学業成績の良し悪しと、研究者としての向き不向きとはあまり関係がありません。なぜなら、学校のテストでは、必ず正解がある問題他人から与えられ、数十分間のうちに自分の頭だけを使ってそれを解いて解答用紙に書き記すことができるかどうかが試されるのに対して、研究においては、正解があるかどうかすらわからない問題自分で考えついて、数か月から数年間にもわたる他の研究者と協同した取り組みによりそれを明らかにし、さらに論文として発表する能力が求められるからです。両者では、頭の使い方が全く違うため、学校の勉強ができた人が研究もできるとは限らないのです。もちろん、ある程度の基礎学力があることは前提となります。専門分野の知識に加えて、論文を書くための英語運用能力も必要です。

大学時代の成績は本当に悪かった」という。当時、落第点をつけた旧制高校の物理学の教授が「小柴は大学で物理に行かないことだけは確かだろう」と話すのを聞き、発奮した。(引用元:小柴昌俊さん死去 科学発展の名伯楽 会員限定有料記事 2020年11月14日 東京朝刊 毎日新聞

東大の物理学科はビリに近い成績で出ました。… ただし留学した米ロチェスター大学では研究漬けの生活を送り、1年8カ月で博士号が取れました。(東洋経済)

  • 1944年3月 神奈川県立横須賀中学校(現・横須賀高等学校)卒業
  • 1945年4月 旧制第一高等学校(現・東京大学教養学部)入学
  • 1948年4月 東京大学理学部物理学科入学 1951年3月 同卒業
  • 1951年4月 東京大学大学院理学系研究科入学(修士)
  • 1953年9月 米国ロチェスター大留学1955年6月Ph.D.

(参考:小柴昌俊 ウィキペディア

  1. たった11個の「ニュートリノ」で人類は宇宙に近づいた 村山斉 幻冬舎plus
  2. 小柴 昌俊『物理屋になりたかったんだよ―ノーベル物理学賞への軌跡』 (朝日選書)  2002/12/1  (朝日新聞出版)

自分は大学院に進むべきか?

学部学生が大学院に進学すべきか否かを悩んでいる場合には、下の動画が参考になります。大学院進学に関して、かなり基本的な部分を語っています。博士課程進学というテーマの動画ですが、学部学生が修士課程にいくべきか悩んでいる場合にも参考になるでしょう。修士号や博士号の取りやすさは、行く大学院の規定や研究室の教授の考え方によってかなり大きな開きがあることも念頭に入れる必要があります。

博士に向かない人の特徴3選 もろぴー有機化学・研究ちゃんねる

上の動画でも解説されていましたが、「修士号は努力賞」という言い方を聞くことがあります。これはネガティブデータしか出なくて論文発表できなくても、大学院に提出する修士論文が書けさえすれば修士号は出しましょうという意味です。博士号に関しては、ピアレビューの学術誌への英文論文掲載が要求されるのが普通です。ただし、和文論文を認めるか、論文掲載が学位論文提出より遅れることを認めるかなどは、大学院、学部によってルールが異なります。上の動画の3つ目の話(3:45-)は、「そういう考え方の人が世の中にいるのか?」と自分が思ってもみなかった新鮮な話題でした。

さて、博士課程まで進学してそのあとアカデミックキャリアを目指さないという生き方ももちろんあるわけですが、ここでは、博士号を取得して、研究者として生きる人生について考えてみたいと思います。プロの研究者になるために絶対に必要な素養とは、何でしょうか?どういう人が研究者として生き残るのでしょうか?進路を迷っている人向けの、ネット上の参考になりそうなアドバイスをまとめて、条件全30項目チェックリストを独断と偏見によりつくりました。

 

あなたは研究者として生き残れるか:研究者の適性診断30項目

1.運がいいか?

成功した理由を聞かれたとき、「自分は運が良かった」と多くの人が言います。

松下幸之助氏は社員面接の最後に必ず「あなたは運がいいですか?」と質問したという。

そこで「運が悪いです」と答えた人は、どれだけ学歴や面接結果が良くても不採用にした  (運が良い人、悪い人~松下幸之助が問いかけた「運」の意味  10mtv.jp)

「運」というと、なんともとらえどころがないもののように思えますが、桜井章一『ツキの正体 運を引き寄せる技術』(幻冬舎)という本に、運に関する解説があり、なるほどと思ったので少し紹介します。

  • には大別して3種類あります。
  • 天から授かる「天運」。これは、何の理由もなく、降って湧いたように訪れる運です。
  • 同じように人を選ばないのが「地運」であり、これは場所につく運です。
  • 天運、地運という、いわば「自然」から与えられる運に対して、人が作り出す運があり、これが3つ目のの運、「人運」です。
  • つくかつかないかは、実は人運によるところが大きいのです。
  • ついていないと嘆いている人の周りにも、よく見ればツキは漂っているのです。問題は、それを感じられるかどうか、そして、きっちり摑まえることができるかどうか。

(桜井章一『ツキの正体 運を引き寄せる技術』幻冬舎新書 2010年5月30日 15~18ページ)

運を3つに分ける考え方はしっくりきました。宝くじに当たったり、交通事故にあったり、病気になったりするのは「天運」であり、自分にはどうしようもないことなので、それよりも「人運」を上げることを心がけたほうがいいのでしょう。地運というのは、よく言う”in the right place at the right time”でしょうか。

 

研究者のキャリアにおける運と言った場合、自分を引っ張り上げてくれる人に恵まれる運の良さと、偶然何か大きな発見をするという運の良さと、2種類あるのではないかと思います。

人との繋がりにおける運

「運」と聞いてがっかりした人が多かったかもしれませんが、「運を上げる方法」は、↓下の ブログでも解説されていました。非常に興味深い内容だと思います。運という捉えどころのないものの本質が何なのかが理解できます。自分は運が悪いと思っている人にお勧め。

同じようにやっても大学教員に成れる場合もあれば、なれない場合もあります。結局、決定的な要因は運なのです。…

運が巡ってくる確率を上げる方法はあります(どうすれば大学教員になれるか 長束・鈴木研究室 ブログ)

運は人から与えてもらう以外、得る方法はない。ー アイン・ランド(マーク・マイヤーズ『運をつかむ人 16の習慣』三笠書房)

Talent alone is helpless today. Any success requires both talent and luck. And the “luck” has to be helped along and provided by someone. (Ayn Rand)

(quotefancy.com)

あなたがとことん追求した結果が、 単に独りよがりではなく、時空を越えて、誰かに共感され、評価され、貢献をすること。

もうだめだと思った時に、「こいつを埋もれさせるのは惜しい」と思う誰かに救われること。

この人生の賭に勝ち抜き、生き残ること。こうなれば、あなたは学者――教授と限らない――になれるのである。 (エッセイ あなたは学者に向いているかPDF 東京大学 松田研究室)

生まれつきの大天才は別として、ほとんどの人は偶然や運やめぐり合いによって、人生が大きく展開していく。

私たちは、無意識のうちにさまざまな選択をしながら日々行動しているわけだが、その選択・行動パターンによって、運や偶然をつかむ人とそうでない人がいる。

その人が磨いてきた能力に加えて「正しいときに正しい場所にいる」ことが重要で、それは突き詰めて言えば、誰かの心に印象を残し、大切なときにその誰かから誘われる力なのである。 (梅田望夫 著『ウェブ時代をゆく-いかに働き、いかに学ぶか』/ 「正しいときに正しい場所にいる」幸運にめぐりあう答えは現場にあり!技術屋日記)

科学研究において発見をするための運

研究者として生き残るためには、研究においてそれなりの発見をしたり、何かを成し遂げる必要があります。それが出世作の論文となり安定したポジションを得られるというのが1つの典型的な生き残り方法です。

le hasard ne favorise que les esprits préparés ー Louis Pasteur (引用元:ウィキペディア

chance favors only prepared minds (グーグル翻訳)

幸運は、準備していた者にしか訪れない ー ルイ・パスツール

It was a matter of good luck to have been in the right place at the right time, trying to do the right thing, first alone, and then with the right students and collaborators. (クルト・ヴュートリッヒ 2002年ノーベル化学賞受賞  peerj.com)

Everybody in science works very, very hard, and everyone makes important contributions, and you’ve got to be lucky to make a contribution that also has a medical or clinical impact.

In some sense that’s the skill of choosing, and in another sense that’s the luck of being at the right place at the right time. I’ve always felt that I’ve been at the right place at the right time. (Arnold Levine がん抑制遺伝子p53の発見者 rockefeller.edu

17万光年離れたところに存在する銀河、大マゼラン星雲の中で起きた超新星爆発により発生したニュートリノを検出したことにより2002年ノーベル物理学賞を受賞した小柴博士は、運がよかっただけではという言われ方をされたときには、こう言い返したそうです。

あのニュートリノは地球上の60億の人たちみんなに降り注いだんだ。それを見つけられたのはちゃんとその準備をしていたからだ(小柴 昌俊)(引用元:NIPPON STEEL MONTHLY 2007

大谷選手も夢を達成するための「運」の必要性を高校時代に認識していたようです。

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2.褒められるのが嬉しいからという理由で道を選ぼうとしてはいないか?

子供の頃からもともと勉強が得意で、しかも親や周りが褒めてくれるのが嬉しかったからという理由で研究者への道に進もうとしている人は、一度立ち止まって自分自身に問い直したほうが良いでしょう。

勉強を頑張ると親とか先生に褒めてもらえたり、同級生から「すごいねー」と認めてもらえたりするので、中学・高校の時は嬉々として勉強していました。もう、テストで点数を取るのが楽しくて仕方がありませんでした。大学に合格してからも、最初の学期はせっせと出席して、真面目にレポートを書き、AやAAを集めていました。ところが、良い成績をとっても、もう誰も褒めてくれる人がいないことに気づきます。(承認欲求は強すぎると自分も周りも疲れる。|承認欲求との付き合い方 2019年6月21日 UTENA BLOG)

Q:承認欲求が研究の第一のモチベーションになっていないか? MESSAGE→他人からどう思われるかではなく、自分が自分の研究をどう思うかが大切。(『なぜあなたの研究は進まないのか』 佐藤雅昭 著 メディカルレビュー社

価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない。その表現の仕方が研究だろうと、スピーチだろうと、絵画だろうと、価値の判断基準は常に自分の内部にあり、その基準に基づいて自分の考えや思いを外に問うのが表現だ。 …

君がもし表現者になりたいのだとしたら、精神的な背骨を手に入れる必要がある。それはどんなものでも良い。私が君をどう思うかではなく、君が君をどう思うかそれが重要だ。(価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない  発声練習)

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3.大学までの勉強と、大学院における研究との違いを理解できているか?

教科書から学ぶ立場だったのが、教科書に新たな1行を書き足す立場にまわるのだという自覚が、まず必要です。下の動画は、必見です!研究に向く人向かない人が、とてもわかりやすくまとめられています。

須藤 靖「科学の役割と物理学的世界観」(2017年度学術俯瞰講義「物質のはじまりとはたらき ―フェムト、ナノ、エクサの世界」第1回) 2020/04/14  OCW UTokyo

難しいのは、勉強の出来る優等生への指導ですね。彼らは勉強と研究を混同してしまいがちなので。知識が豊富なせいか、新奇性の高い研究には後ろ向きになってしまうようです。

「今の研究テーマをデータベースで検索したら、ほとんどヒットしませんでした」と不安そうに訴えてくることも。ほとんどジョークのような話なのですが、本人は至って真剣。先人達が切り開いた道をなぞるのが「勉強」で、新しい道を切り開くのが「研究」だと言ってもすぐにはピンときてくれない。(【特別鼎談】博士後期課程から社会へ -三者の歩んだ奇跡ー Part 2 博士の選択

優秀な学生でも、しっかり訓練されたサルと変わらないやつがあまりに多すぎる。教わったことはなんでも知っている。ーーーだがそれだけなのだ。(数学者ショレム・マンデルブロ Szolem Mandelbrojt 1899~1983 ベノワ・B・マンデルブロの叔父)

(引用元:参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 239ページ)

どんな真理も、ひとたび発見されてしまえば理解するのは簡単だ。問題は、発見できるかどうかである。(ガリレオ・ガリレイ)

All truths are easy to understand once they are discovered; the point is to discover them. Galileo Galilei

Tutte le verità sono facili da capire una volta che sono state rivelate. Il difficile è scoprirle. Galileo Galilei

長い間学校教育を受けていると、すべてのことに、正解があるのだというような錯覚におちいるのは、収斂能力だけを磨かれているからである。そういう頭で、満点の答えのない問題に立ち向かうと、手も足も出なくなってしまう。自分の考えを打ち出すことはできないが、教えてもらった知識を、必要に応じて整理するのは巧みであるという学習者が優等生として尊重される。グライダー人間である。(外山滋比古『思考の生理学』ちくま文庫1986年 p207 拡散と収斂)

「研究をする」ということは,どういうことだか知っていますか? 今までやってきた(使ってきた)「勉強する」とは,どこが違うのでしょう。

大学院は,主に研究をする場所ですので,これに対して答えられないのならば進学はやめておいたほうが無難です。なぜなら,入学した早々から,「私は何をすればいいの」というドツボにはまってしまう可能性が高いからです

(大学院のことなど 院希望者,院生へのお説教 nanzan-u.ac.jp/~urakami

3年生までの学生実験は、テキストがあり、そのテキスト通りに実験をすれば、事前に確かめてある実験結果が得られる訳ですが、研究室での実験は全く異なります。

うまく行くか、どうかわからない実験をするのです。むしろ、大半が失敗する実験です。研究を進める上での目標があり、その目標に向かって試行錯誤するのですから、失敗して当然(目標が達成できないことが、ほとんど)であり、どれだけ手を動かして、どうすれば目標を達成するのか考え抜いていくのです。

実験が失敗に終わってショックを受けている学生に言いたいことといえば、ショックに浸っている暇はないこと、次の考え抜いた実験がうまくいくと信じきれる事、それを失敗しても、次から次へとアイデアを生み出すこと、こんな環境が、理系の研究室だと思います。(日本大学文理学部物理学科研究室 十代研究室ウェブページ

自分は過去の天才たちが考えた過程をトレースするのが好きなだけで 誰も知らないことを追求するのには向いていないんだと思う。 (僕は中学受験の頃から算数が好きだった  はてな匿名ダイアリー)

論文や資料を見て、他にも同じような製品の研究をしている奴がいたといって安心しているようではダメなのだ。他にもいるということは、とりもなおさず独創性にかけるということなのである。それよりもむしろ、誰もとりかかっている者がいない、自分一人がやっているようだという認識に立った時、むしろそれを誇りに思うべきなのだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 p26)

勉強は「既にわかっていることを勉強する」ことで,一方,研究は「まだわかっていないことを研究する」ことです.このことは何を意味するかというと,勉強ができない,嫌いだからと言って研究者になる道を諦める必要はなく,逆に,勉強ができるからと言って優秀な研究者になれるとは限らない,ということです.(勉強と研究 似て非なるもの 境有紀のホームページ)

数学オリンピックで金メダルを獲得しても、数学の研究における成功が約束されているわけではないと、先述したハーバード大学のマクマレンは言う。「こうしたコンテストでは、すでに誰かが巧妙な解決法をもっている問題を入念につくりあげている。だが、研究においては、問題に対して解が存在するとは限らない」。(とびきりの想像力が、女性初のフィールズ賞数学者を生んだ:マリアム・ミルザハニ WIRED)

研究者からみれば、学部生までは勉強にすぎなくて、大学院ではじめて研究に触れるー未解決問題の問題解決能力をトレーニングするーのだということがあまり知られていないですね。だからこそ博士の教育はすごく大事で、一般的価値があるのだという認識も広まってほしいです。@masahirono

実際にアカデミアで成功する人は”下克上を生き残る戦国武将” or ”金儲けの達人”といった過酷な競争を生き残れる能力者です。つまり、どこに研究の種があり、どのタイミングで飛びつくかを虎視眈々と狙っている感じ。…この才能には学歴はほとんど関係ありません。例えば、成功した起業家に学歴を問うのはナンセンスなのと同じです。(研究者としての適性  ぽろっ all or something)

「問題解決力」という言葉からは、「問題はどこかから・誰かから与えられる、それを解決する」というような意識を感じます。おそらく、大学受験、大学院受験までは、そういう能力を鍛えるように訓練されているのだと思います。でも、大学院以降は、一流の研究者になるためにも、博士号取得者として違うキャリアパスを目指す場合も、「<問い>を立てる力」つまり「問題発掘力」や「問題設定力」が重要なように思います。(価値ある博士号取得者に必要なのは「問題解決力」以上  大隅典子の仙台通信)

研究者としては、実際に計算したりする能力よりも、新しい問題を見つけ出す能力、つまり企画力が重要になることが多いのです。素粒子論研究室に興味がある人の為の良くある質問集 hokudai.ac.jp

一般的な意味では優秀と呼ばれるような人たちが研究生活をドロップアウトしていく理由…

それは、こうした人々が「答えのない問い」に対して非常にアレルギーというか、苦手意識をもっているのではないかということです。…

答えのない世界というのは例えば、いま自分が解こうとしている問いにそもそも適切な答えがないかもしれないという可能性を排除できないまま、何年にもわたって実験を繰り返していくということだったりするのですね。…

本来科学者とは、こうしたことに対してむしろワクワク感とか知的な興奮を味わう種類の人種であって、はなっからやり方がわかっているようなことなどには見向きもしないという性質をもっている人たちなのです。…

答えのない問いに対して魅力を感じるかどうかというのが、研究の向き不向きを決めるリトマス紙になるというのが私の考えです。(研究に向く人と向かない人を見分けるためのたった一つの質問  ポスドク転職物語)

卒論と修論で先生の言うとおりにしかできない人なら、研究者としての能力は無いと判断できます。先生に言われなくても研究をどんどん進められる、或いは言われたこと以上の成果を出せる、というような能力が無ければ研究者としてはやって行けません。(研究者の向き不向き 発言小町)

博士課程はもともと『教育制度』ではありません。ここにはいれば指導教授にしかるべき教育を受け、『卒論として博士論文を書き、これがパスして博士の学位をもらえる』という『教育の仕上げ』ではもはやありません。 ここでは基本的に自分で研究して(当たり前!)、独創性豊かな研究成果を上げるのです。(2015-07-12 大槻義彦の叫び

研究者の能力は、1つの研究テーマをまとめて論文にしてはじめて評価できます。1つ2つ実験をしてうまくできる、できないは研究者の能力とは言えません。本当に研究者としての能力を見たいなら、最低自分で論文を書くところまでして考えましょう。(九州大学 釣本先生の進路相談室)

どのような方法で解答にたどり着くことが出来るのか,そもそも解答は存在するのかさえも分からない問題にアタックするのが「研究」です。だから,「先生はきっと解答を知っているのだろうから,困ったときは先生に相談して,教えてもらおう」というメンタリティーでは,研究者には絶対になれません。 (小川研究室のアドミッションポリシー)

学生実験は「上手くいくのが普通」、研究は「上手くいかないのが普通」。つまり、毎日毎日、朝から晩まで、失敗を重ね続けることになる。当然、失敗を糧に して改良・改善をするけどね、そう簡単にはいかない。マジで精神的に参ってしまうのでは、と思ってしまう。このプロセスに馴染めない学生は、研究をやるのに向いていない。(成績は優秀だが「研究に向いていない」学生のタイプ  JCAST 会社ウォッチ

博士に必要なことは未解決の課題に挑戦して、失敗を重ねるうちにこうすれば良いという解決方法を見つけることです。それを論文にして発表させる、というのが私の教育法でした。博士は失敗の連続に耐えられる強さを持っていないといけません。研究は失敗するのが当たり前だからです。 (「大学はもっと元気を 政府に言うべきことはきちんと」第2回「博士の育成・就職は教授の責任」元総合科学技術会議議員、元東北大学総長 阿部博之 氏 JST Science Portalインタビュー )

他人の数学がよくわかるという能力と、自分の数学が創れるという能力は、あまり相関が大きくないようである。 …

学校で教わった流儀ではどうしてもわからなかったので、自分流にわかるように務めたら、このような仕事ができたといわれる大数学者は少なくない。(小松彦三郎 新・数学の学び方 小平邦彦 編 岩波書店 2015年 139ページ)

臨床のお医者さんは、ある程度知識が揃っていないとダメなんですが、研究者というのは必ずしも全部の知識が必要ではない。生化学者だって、生化学の教科書を全部知っている人は何人もいないでしょ。1ページか2ページ知っていればそれでいい。(早石 修 第10研究室 研究者の向き/不向き われら六稜人【第26回】科学を志す人のために )

たとえば半導体の開発をしている時、物理畑の人から見ればとても迂遠なやり方をしていると思われたとしても、それを何とも思わなかったということだ。かえって専門知識がない方がうまくいく場合だってあるのだ。 … 

普通なら専門家に馬鹿にされるようなことでも、私は平気でやれた。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 pp31-32)

幸いなことに私には常識などというものがなかった。だから、別に量子力学など学ばなくても、半導体は理解できると考えていたのである。それはどういうことかというと、要は、量子力学に代わる別の「言語」でもって物の性質を理解してやればいいということだ。

では、別の「言語」とはいったい何なのか。私にとってそれは、実験結果以外の何者でもなかった。実験結果を深く深く考えること。これが私にとってのものを理解する道具だったのだ。(同 p76)

 

理論物理に向く人向かない人

ざっくり言えば、基礎方程式を出発点にしてそこから生み出される多様性に興味を持つ人が工学系向き、一方で、その基礎方程式は一体どこから来たのか、あるいはほかの別な基礎方程式と何か関連はあるのか、もしやそれら2つをいっぺんに導けるようなもっと基礎的な法則があるのではないか、と疑問に持つのが理学系向きと言えます。

ひとつの問題をじっくり考えること、あれを思い出せは解けるはずと思ったら、それを思い出すために自分がわかるところまで戻り、ひとつひとつ導いて思い出す、そういったプロセスが重要になってきます。それと同じくらい大事になるのが、疑問からあれこれ考える一連のプロセスが好きか嫌いかです。

また物理の中でも理論物理学を専門にしようとするならば、量子力学を学んだ時の印象が一つの基準になります。量子力学は古典力学で培った物理的直感は違った概念を与えます。その議論を正確に展開するために、線形代数や複素関数などの数学をフルに使います。これまでにない新しい概念、あるいは原理から出発して数学的な整合性を利用して計算を行い、物理現象の予言を行う、そういったプロセスがしっくりくるかこないかは、理論物理向きかどうかの判断の材料になると思います。(hep.s.kanazawa-u.ac.jp

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4.良いメンター(師匠)を見つけられるか?

本人の能力がどれほどあったとしても、それを発揮し、伸ばす環境に恵まれないと研究者としての成功はおぼつきません。「良いメンターを見つける」は、「指導者がいる研究室に大学院生として入る」と、ほとんど同義だと思います。大学院がいまひとつだった場合には、おくればせながら、「良いメンターを見つける=良い研究室でファーストポスドクをする」ということになろうかと思います。しかし、外から見たそのラボの教授と、中に入ってみた場所から見えるそのラボの教授の人物像が大きくかけ離れていることもあるため、ラボ選びは博打的な要素があって大変難しいものです。人間と人間なので相性の問題もあり、特に人間的にクセのある教授(ボス)だった場合は、他人にとっていいボスが、自分にとってもいいボスとは必ずしもいえません。もちろん人柄的に、誰にとってもとても良いボスという人もいます。

指導教官は、論文を僕に書かせる必要性を感じていなかったようだし、いろいろな申請書の添削のときも僕の科学的思考の欠陥を指摘せずに優しく?してくれたし、とにかく毎日実験室で実験することを僕に最優先させ、‥  (せっかくの博士課程が無駄になった気がする 2023年4月15日 18:23 塩  note.com)

「師に仰ぐならノーベル賞級の人の下に就け。研究者としての君の将来は、全く違ってくるはずだ」(元 東大総長 有馬朗人 氏の言葉 / 林周二 著「研究者という職業」)

研究というのはノウハウです.あなたがいかに優秀であっても質の低い研究室に入ったらよい研究はできません.(学生時代をどう過ごすか –  京都大学 物理 篠本 滋

ただ一つ確信的に言えるのは、大学院は、「どこの大学、どこの研究科」に入るかよりも、「誰のところで、何をするか」に尽きるということである。だから、大学院選を選ぶときには、事前に、自分が何をやりたいのかをよく考え、師事したい先生と直接会って考えを聞くことが必須である。(大学院で何を学ぶか、何を教えるか、、と言う話  こんどうしげるの 生命科学の明日はどっちだ!?

残念ながら、研究者として成功するための十分条件を明確に規定することはできません。しかし、その必要条件は明らかです。それは大学院生時代を過ごすラボは、一流のラボに行け、ということです。大学院生のときの教育がその人の科学者としての基盤を形成することは明らかです。 (「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 九州大学 教授 中山 敬一)

優れた(自然科学系の)研究者になるにはどうしたらよいか? … 結局は,かの久保田競先生が10年以上前に書いた次の一文に全てが集約されている(久保田競編 『脳の謎を解く』(朝日文庫,1995)より抜粋)。 よい指導者の大学院へ進んで院生になり,研究の訓練,指導を受けて,よい学位論文を書いて発表することです。これがよい脳研究者になる一番の近道です。しかも,唯一の道といってもよいほどで,他の道は限られています。よい指導者ではない脳研究者の大学院生となって指導を受けて,よい研究者になれる確率はほとんどありません。 … この文章は「優れた脳研究者になるには?」というタイトルの文章中の一節だが,脳研究者に限らず,自然科学系研究者に広く通じるものである。 (優れた研究者になるには 脳科学者はかく稽ふ)

私が受けていた彼の講義の最後に口述試験があり、彼はAをくれてこう告げた。「君は私のもとで博士課程に進むべきではないと思う。私への尊敬の念がたりないから」。(パコ・アクセル・ラゲルストロム(1915-89)が博士指導教官を探していたベノワ・マンデルブロに言った言葉)

引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 210ページ

若い研究者にとって、何よりも大切なのは、メンターの選択です。研究経験が豊富で、面談、資金の提供、研究者の紹介の労を厭わず、創造性や独立性を尊重し、学会発表、論文、研究費申請で若い研究者を立ててくれるような指導者を見つけられるかどうかが研究者としての将来を決定すると言っても過言ではありません。

引用元:Hulley, Cummings, Browner, Grady, Newman. Designing Clinical Research. 4th Edition. 医学的研究のデザイン 第4版 木原&木原 訳 メディカル・サイエンス・インターナショナル 2014 25ページ

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5.人一倍強い好奇心があるか?

(動画12:29~)  科学研究で成功するために必要となる条件は何でしょうか?

スティーブン・チュー:一番大切なことは、興味を持つということです。心からの興味を持っていることが必要です。好奇心がなければなりません。

Steven Chu: Well, I think the first thing is they have to be interested in it. They have to be genuinely interested. They have to have some curiostiy.

Steven Chu – Conversations with History (Uiversity of California Television (UCTV) YOUTUBE 57:14)

研究者になるということにおいて一番重要なのは、やはり、何か知りたい、不思議だなという心を大切すること。それから、教科書に書いてあることを信じないこと。常に疑いを持って、本当はどうなってるんだ?という心を大切にする。つまり自分の目でものを見る、そして納得する。そこまで諦めないこと。(参考:本庶佑 京都大学名誉教授・特別教授のノーベル賞受賞記者会見【動画&書き起こし】)

やはり第一条件は好奇心旺盛だということでしょう。あとは根詰めて考える力や簡単にはあきらめない粘り強さが必要。それは、普段まじめに勉強することである程度身に付くと思います。

あとは、コミュニケーションの能力もかなり必要ですね。問題はそこからうまく閃いてくれるかどうかという所なのだけれども、そこはコミュニケーションをたくさん積み重ねることで出てくるものだと思います。資質というよりは訓練して身につけるという感じがありますね。 (野本 憲一 教授 天文学専攻 専門:宇宙化学進化論 学生必見!! 東大教授の素顔に迫る!)

「これを研究したい。卒論のテーマにしたい」と思ったけれど、何をどうしたらいいのか、全く分かりません。そこで、学科内の先生方に相談して回ったんです。すると先生は全員がこう言いました。「無理、無理。マナティーなんて日本にいないし、希少動物はそう簡単に手を出して研究できるものじゃない」。

 「いやいや、あなたには無理でも私には無理じゃない」と、私は思っていました。だって、無理とおっしゃる先生方は、やったことがないんですから。(周囲に「無理、やめろ」と言われ続けた36歳の研究者 2018年7月12日 wol.nikkeibp.co.jp)

私が研究者に必要だと考える資質はたったひとつです。それは、「まだこの世界のだれも知らないことを、自分の手で明らかにしたい」という欲求です。これを備えた学生であれば、研究室に入りたての時に多少論文読むのが下手くそでも、当初与えられたテーマをぜんぜん自分のものにできていなくても、指導者の力次第で、「研究によって新たな発見をし、それを発表する」ことを自力でできるレベルまで持っていけると考えています。 (自分は研究者に向いていない? 〜研究者に必要な資質とは〜  つなぽんのブログ)

今の学生は設備がないと研究できないと言うけれど、そんなものなくてもできるんですよ。要はアイデア。そして、本当にやろうと思う熱情ですね。情熱を超えた熱情です。

情熱があれば一定のところまで行けるけれども、物事を成し遂げるためには、どうしても自分でやってみたいという心の底から湧き上がってくる熱情が必要です。

僕が取り組んだ問題も、60年以上も多くの研究者が取り組んでうまくいかなかったテーマですから、情熱だけじゃ足りません。うなされるような取り組みが必要ですよ。(変わらない熱情で、中胚葉へと変わる過程を見る 浅島 誠 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

いろんな資質が必要かもしれませんが、私自身が一番大事かなと思ってるのは好奇心じゃないかと思いますね。…研究ではやっぱり「何をやるか」が一番大事じゃないかと思うんですね。…

この「何をやるか」。それがまず分かれ目じゃないかと思います。…

「How」の前にやっぱり「What」が一番大事じゃないかと思います。そこが分かれ道。これをそこの前の青色LEDっていうのは一番最初に言いましたが好奇心がそこに来るということではないかと思います。 だから好奇心が一番大事な資質かなという気がします。実際には、「What」が大事で、その次に「How」が来る。そういう具合に考えるんです。(赤﨑勇氏 研究者に必要な資質は何? ノーベル賞の山中・赤﨑両教授が学生の質問に回答 ログミー 

私も好奇心というのが非常に大切で。私の最初の実験のお話をしましたが、本当に簡単な実験で、どうでもいいような実験なんですけれども、血圧を上げると思っていた薬が逆に思いきり下げた。

そのときにやっぱり人間のタイプが2つに分かれると思うんですね。どっちもいいと思うんですが、「予想どおり血圧が上がったら非常にハッピー な人」つまり、予想が外れたらがっかりしてしまうタイプと、そうじゃなくて、予想どおりだったら「まあこんなもんか」と思って、逆のことが起こったときに ものすごい興奮するタイプ。こっちが僕なんですけど、この2つに大きく分かれると思うんですね。 …

でも僕は明らかに後者だったんですね。 そのときに自分は研究者、研究をやっていこうと思いましたから。だからやっぱり、好奇心だと思うんです。「なんでこんな予想が外れたんだろう?」という好奇心が、自分でも予想以上にあったので、そのあとずっと研究してきましたから。 やっぱり研究者というのは向き不向きがあると思います。そういう意外な結果に興奮するかどうかというのが、1つのものさしじゃないかなと思います。(山中伸弥氏 研究者に必要な資質は何? ノーベル賞の山中・赤﨑両教授が学生の質問に回答 ログミー 

医者は決められたことをものすごく正確に確実にやるのが仕事で、突飛なアイデアがあったとしても、すぐには試してはいけない。研究者はその逆で、ちょっと変だろうが自分の閃きから新しいことを生み出すのが仕事です。(未知なる「オートファジー」を解明する~臨床医から転身した異色の研究者~基礎医学研究者・水島昇さん SEKAI INTERVIEW 23

優秀な研究者の最も顕著な特徴は、特定の学問に執着する熱意です。人一倍の熱意があれば、どんなに業績が少なくても、後に大化けする可能性があります。「この分野を極めたい」と強く思い続けられることは、それ自体が貴重な能力なのです。 逆に、特定の分野への執着がないという人は、たとえ優秀で何でもそつなくこなせたとしても、あまり大成しません。(College Cafe by NIKKEI 研究者という職業(2)どんな人が向いているの? 「マニア」ではダメな理由 authored by 中田亨 産業技術総合研究所主任研究員)

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6.自分の頭を使ってものを考えているか?

指導教員の言うことをなんでもかんでも聞いているようでは、はっきり言って研究者じゃないよ。そりゃ成果も出ないでしょうね。この部分は正直、指導教員のタイプによるところもあるけど、指導教員があるていど暇で手取り足取り逐一指導してくるタイプじゃない限り、必ず行き詰まる。だって自分で考えてないもの。(勉強」しかできない優等生は研究に向いてない。2017年6月20日 リケジョゆうきの活動記録)

実験や研究のことが何もわからない初心者の学生の場合、かつ、指導者が本当の意味で非常に教育的な場合は、指導者の言うことを何でもよく聞いて、それが多少不合理な内容を含んでいたとしても言われた通りに実行するということが最も望ましいという段階があります。

「素直」であることと「自分の頭を使う」ということが一見相反するように思える場面もあるのですが、両方とも大切なことです。

自分自身でモノを考える力 これさえあれば後に述べる資質は全て時間の経過と共に身につきます。修士と博士を分ける境界はここにしかないと考えています。この力がないと、どこかで研究者として行き詰まります。 (大学の研究者になりたい人たちへ  暮標)

最後に一つだけ伝えたいことを選ぶとするなら、「自分の頭で考えて欲しい」ということです。最悪なのは何も考えず、言われたままに流されていく生き方です。(春から研究室に配属される理系新四年生のための心得  ミームの死骸を待ちながら)

「本に書いてあるから正しい」「先生が言ってるから正しい」という受け身の姿勢を「自分の頭で考えて自分が正しいと判断したから正しい」という自立の姿勢に切り替えその判断の根拠をきちんと言葉にして他者の下に開く (セミナーの意義 数学書の読み方について  竹山美宏)

「論文のとおりやったのに、できません」でおしまいなのである。それで平気な顔をしているのだ。さも、自分はきちんと言われたとおりやったのに、できないのは論文が悪いのだと言わんばかりだったのだ。

これに対して、地方大学の落ちこぼれは、私が論文など読む必要がないと言うと、その通り読まなかった。そして、私と適当に会話しながらp型半導体を作り上げてしまったのある。しかも、論文などに書いてはいないような方法で完成させてしまった。

私はすでにその作り方を想像していたわけだが、彼は私の発想を会話の隅々で直感することによって、つまり勘を働かせてp型半導体の作り方を学んでしまったのだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 p213)

真実を捜し求める者というのは、古い書物から学ぶ際に、書かれていることを性格的に信頼してしまうような人間ではなく、むしろ、自分が書物を信じてしまうことに疑いを持ち、書物から集めた事柄に問いかけるような人間である。

論拠や実演には従うが、あらゆる種類の不完全さや欠陥でいっぱいの人間の言葉には従わないような人間である。このように、科学者の書いたものを吟味する人間の義務というのは、もし真実を学ぶことが目的なのであれば、読んだこと全てを敵にまわすこと、書かれた内容の中核および周辺に注意を向けながら、あらゆる側面からその書物に挑むことである。

また、読んだ内容を批判的に吟味する際には、自分自身を信用しないようにしなければならない。そうすることにより、偏見や甘さに陥ることを避けることができよう。(イブン・アル=ハイサム, 965-1040 訳:当サイト)

The seeker after the truth is not one who studies the writings of the ancients and, following his natural disposition, puts his trust in them, but rather the one who suspects his faith in them and questions what he gathers from them, the one who submits to argument and demonstration, and not to the sayings of a human being whose nature is fraught with all kinds of imperfection and deficiency. Thus the duty of the man who investigates the writings of scientists, if learning the truth is his goal, is to make himself an enemy of all that he reads, and, applying his mind to the core and margins of its content, attack it from every side. He should also suspect himself as he performs his critical examination of it, so that he may avoid falling into either prejudice or leniency. (イブン・アル=ハイサム, 965-1040. https://en.wikiquote.org/wiki/Alhazen)

「君、何でもちょっとずつよう知ってるね」と言われ、ものすごく傷つきました。それを契機に、自分でアイディアを考えることが重要だと気づきそれに専念する事にしたのです。(常に問いを立て続けて—免疫・嗅覚・そして次は 坂野 仁 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

いざ研究をやめる事にしようと思ったとたん、悔いの残る研究生活だったということに気がつきました。それまで自分で主体的に研究について考え、なにかアイデアを思いついてそれを展開させるというようなスタイルでは研究活動を行ってきていませんでした。

「どうせ研究生活をやめるのであれば、その前に一度自分の思うとおりに実験してみよう。それでだめなら、それまでよ」そんな開き直った、なかばやけっぱちな気持ちで、何かを自分で考えて研究することにしました。…

こうした論文をさかのぼる作業によって、ある種の興奮状態にある私は、ふと「もしも今の自分がその時代に存在していたら・・・」と夢想を始めたのです。…

実験の詳しい手法や過程は述べません。結果としていくつかの新しい発見をすることができました。(自分で考えればおもしろくなる 広島大学  古本 強 研究者への軌跡)

わからないことに挑み、新しい原理を見つけていくのがサイエンス。そのためには、現状を知って、突き詰めてものを考ていく。そうすると、案外パーンとあれっと思うようなことが出てくる。それには相当考えなければだめ。考えることに尽きます。

新しい側面が少しずつ解明されて、ある時ようやく全貌がわかってくるのであって、それまでは雲の中です。だから、見つけた現象を自分のもっている知識全部で説明できるかどうか。説明できないとすると、どこに問いがあるのか。それを一つ一つ明らかにすることが基本ですね。そうやって全然予期せぬことが見つかった時は、本当に興奮します。それを一度経験したらやめられない。(自分の頭で考える ~ウイルス研究からがん遺伝子の発見へ~ 花房 秀三郎  JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

そのような苦境下で、ふと気付いたのが自分の素朴な考えを大切にし、自分独自に考えるということでした。おもしろいことにそれを契機にして、自分なりの研究の組み立てや、結果の考察が楽になり、優れた学問とはいかなるものかが徐々にわかるようになりました。

そして、自分の個性的な考えを日毎にレベルアップし、万人が認めるまでに高めることができれば、それは立派なサイエンスであることと、自分と他人の考えを明確に区別し、決して追従しない誇りがサイエンスには大切であることを悟りました。(半田 宏先生からのメッセージ 半田 宏 東京工業大学 生命理工学部 生命科学科、生命工学科 「東日本大震災」復興と学び応援プロジェクト 今こそ、学問の話をしよう あらゆる学問分野で活躍する大学の先生たちから、中高生へのメッセージ わくわくキャッチ河合塾)

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7.コミュニケーションの大切さを理解しているか? 人と関わることの重要性を認識し、実践できるか?

一人前の研究者になるために必須、と考えるのはディスカッションの力だ。人とディスカッションをすることで、自分の論理は正しいのか、どんな修正が必要なのかを明らかにできる。(研究は情熱と覚悟でできている 国立遺伝学研究所 教員インタビュー 荒木 弘之 教授)

他人と関わるには動かねばなりません。学会や研究会、勉強会など人が集まる場にコミットする必要があります。研究室に居るだけでは、あなたを知るのはあなただけです。

「コミットする」とは、参加だけを意味しません。討論で質問したり、懇親会で話をしたりを含みます。そこであなたの存在は他人の記憶に刷り込まれます。他人に認知されて初めてあなたは何者かに成るのです。(どうすれば大学教員になれるか 長束・鈴木研究室 ブログ)

研究は独力で進展するものではありません。実験研究や製品の開発研究では共同研究者たちと一緒に研究したり、チームを作ってシステマティックに進めたりし ます。

ひとり黙々と頭の中で考える理論研究でさえ、他の研究者と多面的な議論をすることは研究を深化させるのに役立ちます。理論家と実験家のコラボがとて も重要で、その成果の論文が高く評価されます。

どんな種類の研究でも、指導者、助言者、先輩、同僚、共同研究者、後輩、部下、学生、ときには競争相手などとの付き合いは不可欠です。その良否が研究の成否を決めると言っても過言ではありません。(研究者としてうまくやっていくには 長谷川修司 ブルーバックス )

いまから考えると、まことに赤面のいたりだが、教養部時代のある日、アポイントメントもなしに、木原先生の研究室のドアを突然たたいた。…

「私は遺伝学にたいへん興味をもっているが、率直な感想を申し上げますと、私は遺伝学はもうすることがないんじゃないかと思います」と一席ぶったのだ。…

木原先生は机に向いたまま、黙って私の言葉に耳を傾けていたように見えた。ややあって、ふっと顔を上げると、「君、なんていったっけ?志村くんか。そんなことはないよ。遺伝学は終わりじゃないんだ。むしろこれから出発するんだよ」と答えてくれたのだ。

訳のわからないことをほざいた私のような学生に向かって、木原先生のような高名な先生がよくまともに応対してくれたものだと思う。先生はさらにこう付け加えてくれた。

「これからの遺伝学は、物質のレベルで遺伝子の正体とか働き方というものを解いていくことになっていくと思う。そういう遺伝学はまだ全然なされていないから、君はその方向に進んでみたらどうかね」(私のサイエンス・スタイル「直感的創造力」志村 令郎 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)

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8.競争に勝つマインド(心構え)があるか?

サイエンスというのは、最初に発見した者だけが勝利者なんです。発見というのは、一回だけしか起こらない。同じものをもう一度見つけても、発見とはいわな いんです。

一ヶ月のちがいでも、一週間のちがいでも、早い方だけが発見なんです。サイエンスでは二度目の発見なんて、意味がない。ゼロです。だから競争は熾烈です。(精神と物質 立花隆 x 利根川進)

1954年5~6月頃楊振寧、ロバート・ミルズとは別に一般ゲージ理論の研究を完成させ、京大基礎物理学研究所で開催された小さな研究会で口頭発表していたが、1954年10月の楊(ノーベル物理学賞受賞者)とミルズの論文に対して発表が遅れたためにプライオリティは得られなかった (内山龍雄 ウィキペディア)

研究の現状は、フロンティアめざして進む西部開拓者のようなものである。所有権のない土地を誰よりも先に見つけ、発見したあとは他人に侵されないよう垣根を作り、侵略者がいれば実力でもって追い出さなければならない。どれ一つとして気弱ではつとまらない仕事である。(小松彦三郎 新・数学の学び方 小平邦彦 編 岩波書店 2015年 139-140ページ)

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9.頑張ってしまわないか?

強い意思を持って困難に当たるというような力の入ったことでは、遅かれ早かれいずれ力尽きる。むしろ、なによりも研究が好きで、客観的には大変な困難な道を歩いているように見えても、本人はそれを困難だと感じないというぐらいでなければ続かない。(研究者になるには  Taka Matsubara, Nagoya Univ.)

グロタンディエクの数学に賭ける執念、バイタリティーはすさまじいものだった。 … 

人から見ると血と汗のしたたるような苦労をしても、一度として彼は、苦労を苦労として感じたことはなかったのではないか。 … 

人は、何かに夢中になっている時は、たとえ苦労であっても、苦労を苦労と思わないのだ。(広中平祐『生きること 学ぶこと』 集英社文庫 1984年)

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10.周りで何が起きようとも研究に没入し、解決すべき問題に集中し続けることができるか?

原子核、量子電気力学ノコトヲ 一刻モ忘レルナ(湯川 秀樹)(No.58 2021.07.28 ザッツ・京大

自己ノ全力ヲ自己ニ最モ必要ナル事柄ニ集中セヨ(湯川 秀樹)(No.58 2021.07.28 ザッツ・京大

 

If I have ever made any valuable discoveries, it has been owing more to patient attention, than to any other talent. (Isaac Newton)

やっぱり研究には、朝から晩まで時間をとられるんで、両立は無理だね。特に能力のない者はね、時間で稼ぐしかないんで。(戸塚洋二先生の「二十歳の頃」)

「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。」(佐藤幹夫)数学は体力だ!木村 達雄

起きている時間は、ほとんど全部、科学のことを考えています。九時から五時までの職業とは違いますから。科学者として成功するためには、本当に、時間のある限り考えぬいて、眠っているときにさえ、無意識のうちに問題に挑み続けていることを願わなくてはなりません。

答えが出るまで、まるで獲物に食いついて放さないテリアのようなものです。これは、人を完全に没頭させる、一日二四時間の職業です。 (マイケル・バーリッジ (細胞生物学者) の言葉『科学者の熱い心―その知られざる素顔』[pp.276-277] より 「気ままに創薬化学」

The only thing that kept me going was that I loved what I did. – Steve Jobs (Stanford commencement speech 2005)

私が知っている「幸せで成功している人」というのは、好きなことを仕事にしているだけではなく、自分の仕事に心を奪われているんです。 …

犬とテニスボールで遊んだことはありますか? テニスボールを手に持って見せただけで彼らはものすごく興奮します。そして投げた瞬間興奮して走り出し、ボールに向かって一直線、リードが持っていかれたりしますよね? そう、これが幸せに成功している人々の姿です。皆さんもこんな気分になれるものを見つけて欲しいと思います。(「人生のコツはたったの3つ」Dropbox創業者ドリュー・ヒューストンの卒業スピーチが感動的  logmi.jp)

日本では我慢とか忍耐の重要性が強調されますが、我慢して何かをしてもそれは良い人生にはつながらないと思います。我慢しなければ一生懸命実験できないようなら、それは単に自分が研究には向いてないという事だと思います。夜遅くまで実験するのは「楽しいから」であって、「いつかはこんなつらい状況を抜け出すため」ではありません。…

そして自分が好きなこと(それに伴うつらいことが苦にならないくらい好きなこと)を見つけられれば、その結果成功しなくても気にならないし、でも、好きなのでどんどん努力するため成功の確率は上がると思います。(“Don’t be trapped by dogma”〜人生とは、生きる価値とは〜 山下 由起子 University of Michigan  全世界日本人研究者ネットワーク 留学体験記)

自分はこれに賭けたいという研究テーマを自ら見つけて、それにのめり込むことが重要です。この「自ら」というのが大事です。自ら決めることで、頑張れるのです。何とかして次の扉をこじ開けたい、と昼も夜も考え、悩む中からブレイクスルーが生まれるのです。九州大学 今井研究室 教授挨拶

働くことをエンジョイできるか否かは自分次第だ。自分のアイデアで仕事をしていけば、仕事もエンジョイすることができる。また、そういう人間は苦痛もエンジョイすることができる。(本田宗一郎)(『本田宗一郎の人の心を買う術』)

もう頭の中は四六時中、青色のことばかりになっていたのだ。… 改造しても改造しても窒化ガリウムの膜ができないのはなぜなのか。私は、くる日もくる日もそのことについて考えた。この時の状態を妻に言わせると、まさしく何かに取り憑かれたようだったという。

しかし、だからといって徹夜までして研究に没頭するなどということはしなかった。夜の八時には家に帰り、家族とともに食事をした。研究に熱中するあまり不規則な生活を送っても、結果が出ないことを知っていたからだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 pp151-152)

 

生きていれば人生においてはいろいろなことが起こります。自分の周囲や社会でも様々なことが起きます。しかし、周りで何が起きてもそれに気を取られることなくやるべきことに没頭し続けることが大事なんだと思います。

本当に職業として研究者を続けいけるかどうかは、能力ではなく、性質によると思う。それは、世間で何が起こっていようと、寝ても覚めても1つのこと(自分の研究)を脇目もふらず考え続けることが出来るような性質である。‥‥ 

寝ても覚めても1つのことだけを考え、研究に集中出来ない限り、どんなに能力があってもトップになることは難しい。論文を書いている時、実験をしている時、テーマを練っている時。あなたはそのことだけに思いっきりワクワクして、本気でのめり込んでいるだろうか? それとも他のことに思いを巡らしてしまっていないか?‥‥ 

必須の原動力は研究そのものである。(研究者に向いている人・向いていない人 Nori

1945年3月9日夜半から10日未明、あの東京大空襲の日、被災者百万、その内十万もの人が一夜で亡くなりました。私はあの時、東大の赤門から50m離れたところにあるアパートに住んでいた。なんとか持っているものを取り出すことはできたんです。本とかなんとか…。そして、その夜が明けて10日の朝8時、当時の物理実験第一という講義を受け持っていた田中務先生はいつもと変わらず授業を行い、われわれは戦禍を忘れ、物理学の世界に没頭し、必死になってノートをとりました。田中先生は何にも言わずいつも通り授業をなさったのです。何があっても学ぶことに第一の価値を置けと教わったのです。江崎玲於奈氏に聞く 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点)

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『精神と物質』は書籍タイトルが内容を表していません。中身は利根川博士の研究人生です。ノーベル賞授賞対象となった研究成果がどのようにして得られたのか、研究者として成功するためには何が必要なのかなど、研究を志す人間にとってはバイブルとなるようなことが書かれています。自分が研究に向いているかどうか悩んでいる人は、一読してみると答えが得られるかもしれません。

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11.職業選択に迷いはないか?

悩む人はもうそれだけで「向いていません」。米国の指揮者・作曲家の故レナード・バーンスタインがおっしゃっていました。わたしはよく 「私は音楽家になれるでしょうか?」と聞かれます。私の答えはいつも誰に対しても即座に「駄目です」です。… 

音楽家は好きや嫌い、なれるかなれないかに悩むものではありません。他になるものがあるなどということを考えつかない者がなるものです。芸術家はみんなそういうものですが、研究者も芸術家と同じです。 (研究者に向いている?向いていない? 教えて!goo)

研究者になりたいのですがどうしたらいいでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

と聞く人は実は研究者には向いていません.(大学院新入生のための数学学習の手引 宇澤 達)

本当に何かが好きで成功する人って、周りが何と言おうとやっているんですよね。「好きなものを見極めよう」と思っている時点で、実はもう向いていないんですよ。

引用元:【独占】ひろゆきが語る「“天才”と“狂気”を分けるもの」 ひろゆきの仕事哲学【前編】 2019年07月18日 05時00分 霜田明寛,ITmedia

結局は、好きで仕方がない、勉強・研究するなと言われてもどうしてもしてしまうというような人が生き残る世界なのではないかと思う。(河東 泰之 新・数学の学び方 小平邦彦 編 岩波書店 2015年 65ページ)

ひとつは(能力や実力以前に)研究が好きだということです。言い換えるなら(ちょっとネガティブな言い方になりますが)それ以外は向かない、できない、ともいえます。他人と比べて向いている、向いていないという意味ではありません。あくまでも自分自身の中での話です。仮に研究能力が高くても、いろいろなことに興味や能力がある人なら、別の道へ進んでいることも多いと思います。(もし、研究を続けたいと思ってるなら  卒業生からのメッセージ)

僕: 今回の僕の相談はズバリ、このままバイオ系の分野の研究者になっていのか、ってことなんです。


教授: バイオ系研究者になりたければなればいいし、なりたいと思わなければならなきゃいいじゃないか。
教授と僕の研究人生相談所(1)

研究者に向いているという問題でなく、研究者になるつもりがどれくらいあるかの問題です。釣本先生の進路相談室

研究者は職業ではない、生き方だ@piyota0

研究者という仕事は、研究そのものに強くやりがいを感じている人間でないと続けていくことは難しいと思います。研究者というものは、要求される能力が高い割に待遇はあまり良くありません。研究そのものが楽しいのでない限り、辞めて他の職に就いた方がきっと幸せになれます。(私が研究者を辞めた理由 2015-02-20 塞翁失馬、焉知非福

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12.正念場で頑張れるだけの体力、気力、忍耐力、意志の強さはあるか?

明日カラ、夕食後モ学校ニ居ルコト九月中庭球絶対ニヤラヌ」(湯川 秀樹)(No.58 2021.07.28 ザッツ・京大

 

ひとつの問題を検証するのに昔はわずかなことを確認すれば良かったのが、今は膨大な情報の中からあらゆる可能性をさぐり、テストしなければ論文にならなくなった。1報の論文を書くのに以前と比べて10倍くらいの時間を使わないといけないんです。

しかも、電子化によってサプリメンタルデータを付けなければならなくなり、論文全体としてより高い 完璧性が要求されます。技術が進歩して昔できなかったこともできるので、やれることはすべてやりなさいというわけですね。

論文を書き上げた後も、レビュワーから1論文に対して5-6ページくらいの追加実験リストが送られてくることが珍しくない。難しいジャーナルほどそのリクエストが多く、全部こなすにはまさに飲まず食わずで実験しないといけません。

ですから、論文1つ出版するのにもの凄いエネルギーがいるんです。頑張れる人だけが達成できる。頭脳だけではどうしようもなく肉体労働ですね。 (細胞のメカニズム解明から医療へ。発生・再生科学の今  理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター センター長 竹市雅俊氏 トムソン・ロイター 研究者インタビュー )

Reviewer(査読者)からの追加実験要求が近年とても厳しくなってきたことが研究者を苦しめている。「追加実験の内容だけで、10年前なら一つの論文が書けてしまうデータ量になる」というようなことが珍しくなく、また、一つの論文を発表するための追加実験だけに1年以上かかるということも今では普通のことになってしまった。

しかも、このような傾向は今後も続くことが予想されるため、自らの研究成果を多くの人に知ってもらうための研究発表に要する時間と労力は、今後も増加し続けるであろう。(バイオの研究者を目指す学生が知っておくべき7つの項目 2017年2月6日更新 BioMedサーカス.com

細かい議論を長々とするには、実は忍耐だけでは不十分です。一番大切なそして難しいことの一つは、このルーチンワークのような議論の積み重ねをすれば、必要なことができると見抜くことです。さらに、単に見抜いただけでは不十分で、その「見抜いた」ことが正しいことを確証するために、実際に長いルーチンワークに耐え、最後まで手をぬかずやり抜かねばなりません。

議論が面倒であればあるほど、自分の見抜いたことに対する確信とそれを貫く意志が必要になります。忍耐を支えるのは、自分のこうやればできるはずだという感性に対して築きあげた自信なのです。(深谷賢治 小平邦彦 編 『新・数学の学び方』)

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13.素直さがあるか?

人が成功するために一つだけ資質が必要だとするとそれは「素直さ」(松下幸之助)(小宮一慶 著 社長のための「お客さま第一」の会社のつくり方: 明日から職場を変える行動プログラム)

(Q. どういう人に来てほしいですか?) 私たちが重視する素質は、素直なことです。周りから愛され、伸びていくことでしょう。熊本大学 寺沢 研究室

研究者は常に自らバージョンアップを繰り返していく必要があります。そのためには、人の意見や研究に素直に耳を傾ける謙虚さが必要となります。(大学院入学希望者へ  広島大学 町田 研究室)

創薬研究に携わる者には、好奇心・探求心が旺盛であることや、実験が好きでロジカルに解析できることなどは当然求められる資質です。その上で更に大切なことは、データを、先入観を持たずに素直に見る姿勢です。サイエンスは決して嘘をつきません。思いもよらぬ結果がでた時、それをダメと思うか、それとも、面白いと思えるか。つまり細胞や動物が何かしらのメッセージを発信している時、それを素直に感じ取ることができる感性を持った研究者が必要なのです。 JT医薬総合研究所・大川滋紀所長に訊く

大切なのは、特に自然科学は実験結果を透明な眼鏡で見るといいますか、色眼鏡で見ないということですね。どうしても自分の仮説があったら、その仮説どおりになってほしいという希望があったりして、真っ白な心で見れないので。 そうすると真実を誤認しますから、いかに自分の目を透明にするか、真っ白な心で結果を見れるかということが非常に大切だと思います。(山中伸弥氏 研究者に必要な資質は何? ノーベル賞の山中・赤﨑両教授が学生の質問に回答 ログミー

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14.野心はあるか?

新シキ時代ノ代表者トナレ(湯川 秀樹)(No.58 2021.07.28 ザッツ・京大

私は学者として生きている限り、見知らぬ土地の遍歴者であり、荒野の開拓者でありたいという希望は、昔も今も持っている。(湯川秀樹『旅人』5ページ 角川文庫)

研究の世界に限らず、どこの世界でも、ある業界で一人前の人間として大成するためには、向上心や野心が必要です。 研究とは、まだ誰もやっていないことをやるものであり、常に失敗するリスクをはらんでいます。 そうした不安や孤独に耐えて地道に努力を続けられる、タフさも重要です。 また、研究の価値で重要視されるのは独創性、新規性です。単に教科書を読んで勉強して、それで満足しているような人は研究者には向きません。 何か新しいことをやってやろう、世界を驚かせてやろう、そういう野心や山っ気も大切です。(大学院進学希望の方へ 東京大学 戸谷 友則 教授

四十歳より内は、知恵分別を除け、強み過ぐる程がよし。人により、身の程により、四十過ぎても、強みなければ響きなきものなり。(『葉隠れ』) (中略)

研究者は、知識を増しすぎてチャレンジ精神がなくなるよりも、知識を減らしてでも障壁に果敢に立ち向かっていく気迫が大事である。

(吉田善一『企業研究者のキャリア・パス: 物づくりのリーダーへの道』 冨山房インターナショナル 2008年 pp142-143)

ただ運がいいだけでも、懸命に研究しているだけでもダメなのです。野心も重要です。…

ノーベル賞は、不可能だと思われていたことを成し遂げたことに対して贈られます。

例えば、私がまだ学生だった頃、皆DNA塩基配列決定法など達成できないと言っていました。でも、フレッド・サンガー(Fred Sanger)はそれを成し遂げました。

もう一つ例を挙げるなら、リボソームです。複雑すぎて、結晶化することがないため、リボソームの構造を完全に解き明かすことは不可能だと教えられました。たとえ結晶化したとしても、データが多過ぎて解読できないと言われていました。大変手ごわい問題でしたが、人々はそれに取り組みました。現在、我々はリボソームがどんな形で、どのような仕組みなのかを見ることがほぼ可能となっています!

ですから、ある程度の野心は必要です。不可能と言われていることに取り組んでもいいのです。でも、中に入り込んでいくためのとっかかりとなる隙間が見つかるまで待ちましょう。 (ノーベル賞受賞者でも掲載拒否を受けることはある ティム・ハント博士/ノーベル賞受賞者  editage Insights)

 

ほかの人には無秩序な混乱としか映らないような、具象的で現実の領域に、一定の秩序を見出す最初の人間になるという興奮を味わってみたい。数世紀前にケプラーは合理的な数学的構造という要素を物理学の世界に持ち込んだが、私もそのような構造をどこか別の領域に持ち込む、という興奮を。

引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 196ページ

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15.緻密な論理的思考能力があるか

生命科学者に求められる第一の資質は、意外に思われるかも知れませんが、「論理性」なのです。つまり、突飛なアイデアではなくて、A→B、B→C、故にA→Cというような、確実で緻密な思考能力が要求されます。「幻の原稿」始末 九州大学 生体防御医学研究所 分子医科学分野 教授 中山 敬一 )

論理の連鎖のただ一つの輪をも取り失わないように、また混乱の中に部分と全体との関係を見失わないようにするためには、正確でかつ緻密な頭脳を要する。紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。

 しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者であり朴念仁でなければならない。… つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。 (科学者とあたま 寺田寅彦  aozora.gr.jp)

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16.楽天的か?

これから学問を志す人に老婆心ながら述べたいことがあります。 それは次の性格条件を満たしていることです。… 

  1. 知的好奇心が強烈。
  2. 野心(ambitious)が強烈。
  3. 執拗な性格。
  4. 楽観的な性格。

1.はどうしてなのかと、問題についていろいろと発想を工夫する性格。 2.は良い意味でも悪い意味でも他人に抜きんでたい性格。 3.は飽きることなく追求する性格、たとえば誰が最初にこの仕事をしたのか論文を追跡して調べるなど。 4.は直感的に解ける問題を見分けて時間を費やす。 解けない問題は結局時間の浪費に終わるからである。 どんな難しい問題でも、これは解けるという直感があれば、必ず解けるという信念を持つことです。集団遺伝学 第1回 自己紹介

「果てしない楽観」も現在の研究者に求められる資質であると私は思います。確率・統計的に考えれば、「研究者を目指す人たちの中で、成功する(ラボ主宰者PIとなって独立的に研究できる)期待値はかなり低い」ことが自明なのに、自分がそれに当たると考えている人が多いです。(研究者の資質2bioresearcher.net

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17.孤独に耐えて、自分の価値を信じ切れるか?

四面楚歌、奮起せよ(湯川 秀樹の日記より)(No.58 2021.07.28 ザッツ・京大

研究者は孤独です。実験の種類にもよりますが、ひとりで離れ小部屋にこもって一日誰とも会わずにひたすら測定に明け暮れることはめずらしくありません。自分の研究の意義は指導教官にすら理解してもらえないかもしれません。論文を学術誌に投稿して、差読者やエディターからいろよいコメントをもらえた時点でようやくラボ内が色めきたつということもあります。

ボス知らず 差読者が知る 我が思い (詠み人知らず ラボ川柳)

さらに、PIになったらなったで、あらゆる重要な決定を1人で行わなければなりません。また、時代を先取りした研究は、評価されるまでに数年~数十年を要するかもしれません。

ハーバードビジネスレビューが最近公表した孤独感に関する職場調査の結果では、研究者・科学者とエンジニアが最も孤独な労働者ランキングの最上位を占めた。

The Harvard Business Review recently published the results of a workplace survey on loneliness, and research scientists and engineers topped the list of most lonely employees (falling only behind lawyers as the loneliest profession). (biospace.com)

私も、ラボで誰かに会うことも話すこともなく1日が過ぎるような日々を送りました。

I, too, have spent entire days in lab without seeing or talking to a single person. (Lab loneliness: Coping with science research isolation MARCH 21, 2017 BY MELISSA GALINATO QUARTZY)

教育やキャリアの構造は個人が達成したことが中心となっている。博士号は、グループで努力した結果に対して授与されるわけではない。科学の専門分野における個人的な貢献に対して授与されるのである。

The entire educational and career structure is very centered on individual achievement. You don’t get a doctorate for a group effort; it represents an individual’s unique contribution to the scientific discipline. (20 May 2010 Are scientists lonely?)

「自分の人生にはある種の目的がある」と思うことができれば、我々は孤独感を持たないで生きていくことができるのである。(wakuwaku-lotus.com)

孤独は天才が通う学校である (actionplanet.tv)

あなたが自分の人生における友達だと思っていたほとんどの人は、最終的には赤の他人以外の何者でもなくなるであろう。

Most of the people that you have ever considered friends in life will eventually be nothing but strangers to you. (newtohr.com )

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18.人間力があるか?

大学院生活をはじめてとして、研究者としてのキャリアを歩む過程には何かと不条理に感じることが多いものです。そんなときでも自分の目的を見失わずに、当初は敵かと思えた人間すら味方に変えて、自分のクレジットを確保しつつ研究プロジェクトを達成することが必要となります。

このような「人間力」が最初から備わっている人は少ないでしょうが、さまざまなことを経験する中で自然と身につけていくことが、研究者になるためには必要でしょう。

教授から与えられた研究テーマが気に入らない学生はどうすべきか … 

上から言われるままに受身的な「歯車」として働くのではなく、プロジェクト全体のなかでの自分のミッションの位置づけを認識し、そのなかで全体にベストフィットするための創意工夫をしながら能動的に回る「歯車」として働くことで個人的にも成長できる … 

周りを巻き込みながら、方向性を持って他人の力を結集して研究なり仕事なりを進める力、いわば人間力と呼ばれている力が研究者にも重要です。 (研究者は「研究以外」のビジネス感覚がないと一流になれない! 研究室という「組織」でうまく生き抜く 長谷川修司 2016.01.07 gendai.ismedia.jp 太字強調は当サイト)

今の二十代を見ていて感じるのは「人間力」が弱くなっているということ。あとは好奇心が弱い。私が言う人間力とは、東大総長も言われていることですけれども、生きていくための力。人とのコミュニケーション力や壁にぶち当たったときに自分の気持ちをコントロールできるといった、勉強以外の人間としての力です。 ( 「人間力のある若者を育てたい」 紫綬褒章を受賞して 生田幸士先生に聞く  東京大学 先端研ニュース 2010/12/20)

サイエンスは実力主義で結果がすべての世界なので、どんなにコミュニケーションが苦手でも、立派な仕事をすれば勝てます。しかし、プロジェクトの運営は、そうはいきません。研究者といえども、人間力、コミュニケーション能力を磨かなければ。スキル(技術)だけで人を納得させることはできないのです。

僕の考える「人間力」の重要な要素として、2つ挙げる事ができます。

ひとつは、「この人は自分にないものをもっている」と意識しながら相手を見ること。自分にはない、飛び抜けた能力やプロフェッショナリティに対して敬意を払うことが、相手を信頼することにつながっていきます。

もうひとつ僕が心がけているのは、「誰に対しても裏表が無く、フェアに接する」こと。(物事を究極に成し遂げたいなら、他人をいいわけにするな  高井 研 WIRED 2013.01.17 THU 15:17)

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19.一生スキルアップが必要と心得ているか

研究者になるために必要なスキルは、日常的な鍛錬を自分に課して獲得する必要があります。また、常に新しい技術が開発されそれをいち早く自分の研究に取り入れることは、研究者として生き残るために必要なことです。

勉強を続けていると,かつて分かりっこないと思っていたものが分かるようになり,やがて腹に落ち,ついには誰も知らない研究の領域にまで至ります。大切なのは続けることです。

研究の現場は日々,勉強です。毎日のように新しい技術が登場する機械学習の最先端では,誰にも分からないことがたくさんあります。しかし,勉強を続けていれば,フッと道が拓ける時があります。(園田 翔 受講者へのメッセージ SkillUp AI

基礎学力

尾崎教授が心掛けているのは、「研究室は教育室であれ」ということ。1989年の研究室開設以来、基礎学力、人間力、研究力の三つの柱を大切にしてきた。スポーツ選手が試合に勝つために基礎練習を欠かさないように、研究者にとっては物理・化学・英語など基礎学力が重要だという。

また、人間力や国際性を高めるために積極的に留学生を受け入れてきた。(研究室で人間性を育み28年─分子分光学の世界的拠点を目指して 尾崎幸洋研究室 関西学院大学 広報室 2017年4月26日)

語学力

語学力は、あらゆる作業の出発点になります。できる限り早く、自己鍛錬を開始することをお薦めします。英語が不得意な学生の一部は、日本語の表現力が劣っていることが原因です。日本語を鍛えることにより、語学力全体が向上します。(http://ocw.kyushu-u.ac.jp/menu/faculty/20/6/1.pdf

論理的思考能力

「トレーニングをしていない社会人」は「トレーニングをしている生徒・学生」に負けることがあります。… ロジカルシンキングは「学歴」には、あまり関係がありません。高学歴でも、アンロジカルなオッサンは腐るほどいます。

要するに「やっているか、やっていないか」「フィードバックを受けてきたか、こなかったか」だけの話です。

なるべく早い段階から、ロジカルに考える習慣や癖を持ちたいものです。(http://www.nakahara-lab.net/blog/archive/7823

人間力

総合的な「人間力」(抽象的でわかりづらいですが、例えばコミュニケーション能力とか、発想力とか、忍耐力とか、そういうものをすべてひっくるめたものです)も高める必要があります。 (総合的な「人間力」を! 加藤 真悟 さん 生命科学部7期生 大学院博士課程修了 (細胞機能研究室、現・極限環境生物研究室) 国立研究開発法人 海洋研究開発機構 (JAMSTEC) 特任研究員 東京薬科大学 卒業生メッセージ)

新たな知見

勉強,勉強などと大声で言わずとも,勉強は,(研究者であるならば誰もが)当たり前のように,自発的に,死ぬまで,毎日行っていることです。(小川研究室のアドミッションポリシー)

新技術

目標を達成するためには他の研究分野の手法を取り入れることを臆さないことです。http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/ohmiken/Lab%E3%83%A1%E3%83%A2/memo%203.html

 『細胞分子生物学』から25年の間に生命科学は成熟し,研究の対象も細胞から動物個体,そしてヒトへと広がってきた。それを支えたのが遺伝子組み換え技術をはじめとするバイオテクノロジーである。PCR (ポリメラーゼ連鎖反応) 法の発明(1985年),自動DNAシークエンサーの発売(1987年),特定の遺伝子だけを人工的に破壊したノックアウトマウスの作製技術(1989年)など,この25年間に導入された革新的な技術を抜きにして,先端的な実験生命科学は存在し得なかった。http://www.nikkei-science.com/page/sci_book/bessatsu/51177-maegaki.html

ビッグデータ時代にはこれまでの科学技術におけるデータに対する考え方を変える
必要があります。http://www.lifesci-found.com/docs/doukou-tyousa27.pdf

大学院における教育 専門教育の充実を十分に図るべきである。その基本となる DNA の扱い、特に遺伝子組換え技術、急速に発達した顕微鏡を中心としたバイオイメージング技術、コンピュータによる情報科学などを十分に教えるべきであり、その教員の補充や教育プログラムの充実を図る必要がある。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-h-2-1.pdf

21世紀の生物学ではヒトゲノムプロジェクトによって2つの大きな変革がもたらされました。まず、第一に、ヒトおよびマウス、ハエ、酵母等モデル生物のゲノム塩基配列が全て明らかになり、生命を構成する因子が少なくとも有限なものとなりました。第二に、全ゲノムレベルでタンパク、DNA、RNA、代謝物、さらにそれらの相互作用を解析するための網羅的計測技術が開発されました。

これらの技術は日進月歩の進歩を遂げており、さらなる先進的な測定技術の登場やデータベースの充実化へとつながっています。そして、現在の生命科学では、こういった膨大かつ多様なデータを統合的に解釈し、多角的に丸ごと生命現象を捉えモデル化するデータ駆動型の研究を行うことが可能となりました。http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/

異分野との融合研究を展開する力

それまで予想もしなかった方向に研究が発展することがあり、また、複数の専門分野(しかも類似の専門分野とは限らない)の研究が高いレベルで融合することによってはじめて新たなブレイクスルーが生まれることが多くなるであろう。

こうした状況において、個々の研究者に特に求められるのは、自らの専門分野にいたずらに閉じこもるような蛸壺的な専門性ではなく、周辺の専門分野や全く異なる専門分野を含む多様なものに関心を有し、既存の専門の枠にとらわれないものの見方をしながら自らの研究を行っていく能力であろう。 (世界トップレベルの研究者の養成を目指して -科学技術・学術審議会人材委員会 第一次提言- 平成14年7月 文部科学省)

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20. 百人百様の中に潜む共通項:単純さ、純粋さがあるか?

長々と紹介してきましたが、これらは必要条件というわけでも十分条件というわけでもありません。個人の能力や個性に合わせた、多種多様な研究スタイルというものが存在します。

K:研究者に必要な資質は、どのようなものとお考えですか?
橋本先生:ある意味では、人は誰でも研究者じゃないですか。だから、それぞれの方がそれぞれの資質を生かせるように研究をすれば、それでよろしいと私は思います。…

今、皆さんいろいろとうまくいっているわけですね。そうしたら自分の資質はどのようなものかを考えて、それを伸ばしていければいいのではないでしょうか。(教授に聞く 橋本祐一教授 分生研ニュース2006.9 PDF

ケンブリッジで育ったので、ノーベル賞受賞者は数多く知っていますが、最も強く感じているのは、受賞者は多種多様だということです。才気あふれた人もいればそうでない人もいる、謙虚な人もいれば傲慢な人もいる。彼らは、多種多様なことを多種多様な方法で研究してきました。

皆の人柄の奥深いところを見てみると、何か単純さと言えるようなものがある、ということが唯一の共通点です。 (ノーベル賞受賞者でも掲載拒否を受けることはある ティム・ハント博士/ノーベル賞受賞者  editage Insights)

実験科学のこれらの偉大な仕事は、がまん強い人、頑固な人、直感力に富む人、創意ゆたかな人、精力的な人、不精な人、幸運な人、偏狭な人、器用な人など、さまざまなタイプの人々によって成しとげられた。(バークレー物理学コース1 力学 上 2ページ 今井 功 監訳 丸善株式会社)

多様な成功者の中に共通するものとして、単純さ、純粋さがあることが指摘されています。

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21.結果が出るまで努力を続けられるか

実験をしていると、ほとんどの目論見は外れます。作業仮説を立ててそれを検証する実験をし、期待通りいかなかったときに、新たに作業仮説を立ててまた検証する、そんな繰り返しでもめげずに頑張れるかどうか。

目的とする物質の探索や、方法論の開発なども、忍耐が強いられます。宝物を見つける一歩手前でやめてしまうのか、見つけきることができるのか。

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22.論文という形にするところまで持って行けるか?

どんなに面白い現象を発見したとしても、それを論文として発表しない限り、何もやらずにサボっていた人となんら変わりありません。論文の形にして世に出すというところまでやり切れることは、とても重要な資質です。

研究というのは、それをまとめて論文として発表しない限りただの自己満足です。素晴らしいデータがあっても、それを論文にできない人は数多といます。それは時間の無駄遣いでもあり、税金の無駄遣いでもあります。研究者としての第一の評価は論文です。

(引用元:国立・東京医科歯科大学AIシステム医科学 【Shimizu Lab】

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23.人の言うことが気にならないか

長々と書いてきましたが、これらを読んでも暗い気持ちにならず、むしろわくわくしてきたとか、なんとも感じなかったとか、何言ってんの?くらいに流したなどという人は、研究に向いてなくはないでしょう。

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24.なりたいか やりたいか

研究者に限らず、どんな職業であれ、なりたい人間が勝手になるのです。能力があるからとか、資格があるからとか、ふさわしいから、ではありません。

小学校に訪問した時に、まずきちんと勉強をしようと伝えた後に「サッカー選手になりたい人~?」って手を挙げさせるんですが、その後に「全員なれないよ」って言います。そんなに甘くないよって(笑)。… それで諦めるようなら、仕方がないです。「あ~、なんか内田言ってるな~」くらいの気持ちじゃないと、プロサッカー選手にはなれない。(内田篤人 REALSPORTS 2020/4/14(火) 12:10 YAHOO!JAPAN)

理論物理学の中でも素粒子物理学は特に潰しのきかない学問領域のようですが、普通の職業からみた研究職というアナロジーで言えば、職業選択に関しては同じ原則が成り立つと思います。

よく僕の所に相談に来る学生が「将来素粒子やりたいんですけども就職のことこう考えて」とかって言うんだけども、その段階で君向かないからやめた方がいいよって言う訳。 先輩見てもDoctorとって就職できない人がたくさんいて優秀な人もたくさんいる訳。それ見てたら自分がそれと比べていいか悪いか普通は考えちゃう訳だ。 そういう人は来ない訳よ。やっぱり面白いから、俺はやりたいから来る。それだけなんだよね 。(柏太郎助教授2001年度ニュートン祭パンフレットより転載。higgs.phys.kyushu-u.ac.jp

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25.研究の世界の厳しさを理解しているか

最後に、覚悟しておくべきことは、研究の世界で生き残ることの難しさ、苛酷さです。優秀で才能のある人達同士での生き残り競争に勝てるかどうか。パーマネント職に就けるまでは、研究者は非常に経済的に不安定な状態に置かれます。家族はたまったものではありません。家族の理解は必須でしょう。

学者の夢は一流大学で終身在職権を獲得することだ。私は最終的にこの夢を実現したが、タイミングはぎりぎりでーーー私は75歳になった 

参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 452ページ

どんな人間ならば研究者として雇われるのか、募集要項を見てみて、自分がそこにフィットする人間かどうか考えるのも一つの方法です。もちろん、人間は成長するので、自分が成長していくさまが想像できるか、という問題です。

【募集職種】
職  種:研究員

【応募資格】
博士号取得者または着任までに取得見込みの方で、協調性、積極性、冒険心、高い向学心、幅広い好奇心、柔軟な思考、明朗な性格、鋭い洞察力、爆発的な瞬発力、驚異的な持久力、信念宿る強靭な肉体、不屈の精神、そして散り際の潔さ、これら全てを兼ね備えている方、またはこれらの項目の内、幾つかを有している方。

【待  遇】

単年度契約の任期制職員で、評価により採用日から7年を迎えた年度末を上限として再契約可能。‥ 平成25年(2013年)4月1日以降、当研究所との有期雇用の通算契約期間が10年を超えることはありません。

(web.archive.org)(内容の一部のみ転載。太字・下線強調は当サイト)

いかがでしょうか?こんなスーパーマンのような完璧な人間であっても、限られた期間内に結果が出せなければ、それでお終いです。寺田寅彦が『科学者とあたま』で、「科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。」と述べていますが、まさにそういう場所です。さて、こんな世界に飛び込んでみたいと思いましたか?

 

68 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)18:06:05 ID:Tbi ×
研究に向いている人ってどんな人?

70 :名無しさん@おーぷん :2015/04/25(土)18:07:33 ID:Qy1
>>68
ムラがなくてコンスタントに努力ができて、無理しすぎない人かな
そして真面目によく勉強して信念がある人

(研究者だけど質問ある? open2ch.net)

 

現在の日本における研究者の生き残りレースがどれほど熾烈かを十分理解しておくことも必要です。

学者の道を選択することには、大変なリスクがある。「高学歴の罠」に陥り、常勤職につけないことなど珍しいことではない。 … そもそも大学院に進学しても、それに見合った経済的な結果はついてこない。(あなたは学者に向いているか?

 

偏差値50の地方国立大にいようが、旧帝大にいようが、東大京大だろうが、海外のラボだろうが、多少の(=IF~10程度)成果が上がろうが上がらなかろうが、報われない(=定職に就けない)ことには変わりないのが、いまの生命科学の業界だと思います。CNSに出して研究辞めた人も多い。トップ2報は必要か。

— 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2018年5月19日

トップジャーナル(C,N,Sのすぐ下の姉妹紙)に論文を出してるような研究者でも任期付きの職から脱出できず、”人たるに値する生活”を得るのに苦労している現状は、異常としか言いようがない。労基法1「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」

— 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2018年4月2日

アカデミックの世界は本当に不安定です。企業は企業でやはり不確定要素があります。三菱化学生命科学研究所は、アカデミックキャリアを追求する研究者にとって非常に魅力的な場所に思えましたが、廃止されてしまいました。大坂バイオサイエンス研究所は、日本のスーパースターが集まる研究所でしたが、大阪市が財政的な支援を打ち切ったため廃止されました。せっかくPI職に就いたとしても、勤め先の研究所が無くなってしまうということが起きるのは恐ろしい話です。

IBMは大学のように身分の終身保障はしてくれないという事実を、私はしばらく考えずにいた。しかし、自転車で転ばないためには十分な速度で走る必要があるということは、一瞬たりとも忘れなかった。気取った言い方をすれば、私は身分保障が与えてくれたはずの静的安定と、IBMや外部世界で起きる変化に絶えず影響される思いがけない一次的な動的安定とを見誤りはしなかったということだ。(引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 352~353ページ)

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26.配偶者の理解が得られるか

研究の世界の苛酷さは普通の人にはそうそう理解されません。研究者としてのキャリア形成の困難さに理解を示してくれる配偶者に恵まれたらラッキーなことだと思います。

結婚前、私は未来の妻に打ち明けた。自分にはとても口うるさい愛人がいるが、彼女と別れるつもりはないと。アリエットはかまわないと言った。その愛人というのは、実は学問だった。… どんなときでも、妻は並外れて協力的だった。私が自分の人生をーーーそして妻と子どもたちの人生をーーー賭けにさらすことを彼女が喜んで許してくれなければ、私の一風変わったキャリアは想像さえできなかっただろう。(ベノワ・マンデルブロ)

引用元:参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 303ページ

日常的に科学の基礎研究をするのはとても難しく、たいていの場合は報われない仕事なのだ。職場では自分のやりたいことをする時間などとうてい足りず、土曜日の朝に子どもを野球に連れていかないで一人で研究室に行ったりすれば妻に文句を言われる。(IBM初代リサーチディレクター エマヌエル・ピオレ 1908-2000)

引用元:参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 328ページ

関連記事 ⇒ 研究者の結婚、研究者との結婚

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27.研究したいことがあるか

自然に対する強い興味は、研究者になるために重要な要素だと思いますが、漠然とした興味をある程度具体的なところにまで落とし込んで考えられることが必要だと思います。

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28.押し出しがあるか

研究者として職を獲るのは、生き残りをかけた戦いなわけですが、戦いで勝つためにはこれが必要だったのかと思えたのが、斎藤ひとりさん関連の本で出てきた「押し出し」でした。

大学教員の職を得た人をみていると、研究者の能力や業績とは必ずしも比例していないように思えることもあります。なるほど、そういう人には必ず押し出しがあったなあと思いあたります。

  1. 斎藤一人誰でも成功できる押し出しの法則』(KKロングセラーズ)

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29.それは研究への憧れ・研究者への憧れではないか

研究職への「憧れ」の気持ちで研究職を目指すのは、自分はあまり勧めません。小学校のころに憧れるのならいざ知らず、大学生や大学院性になってまだ研究職に憧れていては、あまりに心もとないと思います。どんな職業もそうですが、なると決めてなるものです。

全てに通ずると思いますが、手に入れたいものに対して憧れてちゃだめです。

(大谷翔平)「僕からは1個だけ。憧れるのを、やめましょう。ファーストにゴールドシュミットがいたりとか、センターみたらマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたりとか。野球やっていれば誰しもが聞いたことがあるような選手たちがいると思うんですけど、今日一日だけは、やっぱ憧れてしまったら超えられないんで。今日、超えるために、トップになるために来たんで。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。さあ、行こう!!」(「僕からは1個だけ…」声出しは大谷翔平!!「憧れるのを、やめましょう」さあ世界一へ [ 2023年3月22日 08:47 ] スポニチアネックス)

30.研究者を目指す自分に酔っていないか

「研究するってかっこいい」、「研究者ってかっこいい」、「研究している自分ってかっこいい」、「憧れの職業を目指して本気で頑張っている自分って凄い、かっこいい」といった、自己陶酔の感覚も、研究者になるうえでは全く不必要なものです。研究してもなかなか思い通りの結果が得られないときに、格好悪い自分になってしまい、簡単にくじけてしまうのではないでしょうか。実験して何か新しい知見を得ること自体に面白味を感じられるかどうかが大事だと思います。

 

参考

  1. 「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 Q4. 科学者としての素質って何ですか。A4. 科学者の素質は論理性です。  Q5. 学歴と科学者とのしての能力に相関はありますか?A5. かなりありますが、絶対ではありません。 
  2. 「ある著名な音楽家についてのエピソードなんですが、彼のもとへ若者が “自分は音楽家に向いているだろうか” といった相談に来ることがある。そんな時、彼は必ず “ノー” と答える。というのも、本当に音楽家になりたいという熱意があれば、実は向き不向きなど関係がない。自分のところに相談に来るという時点で、そこまでの強い熱意はない、と彼はみなすのだそうです。この話は、研究職を目指す自分にとっても当てはまるな、と感心しました」(東郷雄二 文科系必修研究生活術 ちくま学芸文庫 / 東大生が選んだ一冊: 教科書では教えてくれないことを学んだ本 PHP研究所)
  3. 研究に向いてない学生には全力で就職活動をさせたほうがいいと思うよマジで (はてな匿名ダイアリー)
  4. 修士論文の代わりに退学願を提出してきた (riywo.com Feb 27, 2009):”ということで,さようなら東京大学.”

更新履歴: 20210706 桜井章一『ツキの正体』の中の説明を紹介 20190601 外山滋比古『思考の生理学』の言葉を紹介 20190422 園田翔氏の言葉を紹介  20190312 吉田弘幸氏のツイートを紹介 20190216 塞翁失馬、焉知非福の記事紹介 20190126 一覧から各項目へリンク 20181226 Steven Chuのインタビュー動画を追加 20181107 補足としていた「単純さ、純粋さ」を、20項目めに格上げ 20181006 本庶佑博士のノーベル賞受賞記者会見からの言葉を紹介 20180823 hep.s.kanazawa-u.ac.jpの中の言葉を追加 nanzan-u.ac.jp/~urakamiの中の言葉を追加 リケジョゆうきの活動記録の言葉を追加 20180820 この記事に対するツイッター嬢のコメントを紹介 20180815 「孤独に耐えて、自分の価値を信じ切れるか?」、「人間力があるか?」、「一生スキルアップが必要と心得ているか?」を追加 20180810 ナンバリングがー2から13だったのを1~16に変更 20180605 緻密な論理的思考力と楽天的性格を追加 20180516 College Cafe by NIKKEI 中田亨氏の記事を紹介 20180409 バークレー物理学コース物理(上)の言葉を追加 20180327 小柴教授の言葉を紹介したツイートを追加 20180209 宇澤 達 氏の言葉を紹介 20180127 募集要項を追加  20171118 湯川秀樹『旅人』の中の言葉を追加 20171118 BioMedサーカス.comの記事中の文章を紹介 20171027 九大今井研究室教授挨拶を追加 20171015 イブン・アル=ハイサムの言葉を追加 20170917 SEKAI INTERVIEW 23 水島昇教授の言葉を追加  20170716 WIREDの記事を追加 教授と僕の研究人生相談所の言葉を追加 20170710 東野圭吾『ガリレオの苦悩』の言葉を追加 20170623 広中平祐『生きること 学ぶこと』の言葉を引用 20170406 竹山美宏 数学書の読み方について の言葉を紹介 20170320 言葉遣いを一部修正 20170319 古本 強 研究者への軌跡の言葉、松田康博研究室の言葉、釣本先生の進路相談室の言葉を紹介 0170318 大隅典子の仙台通信の言葉を紹介 20170317 いくつか追加 20170315 長束・鈴木研究室 ブログの言葉を紹介 20170226「発声練習」、「ミームの死骸を待ちながら」の言葉を紹介 20170225 『なぜあなたの研究は進まないのか』の言葉を紹介 20170219 はてな匿名ダイアリーを紹介 20160418 初稿を投稿

 

参考(ツイート)

この記事に対するコメントを多数の方々がツイートしてくださっていますが、その中でも特に自分が共感したものや記事を補完し読者の参考になると思われるものを紹介します。

 

「運」にも関係することですが、今の日本では、研究者としての適性がある人であっても、研究者として生き残れる人はごくわずかしかいないという現実を直視したほうがよいので、お勧めの関連記事も紹介しておきます。

  1. 若者は現状を見切り無謀な挑戦の回避を
  2. アカデミア研究者雇用状況の過酷な現実
  3. 任期が切れた助教はどこへ行くのか?
  4. 職を獲れる研究者になるための20のポイント
  5. アカデミックポジションの倍率
  6. 大学院やポスドク先の研究室の選び方

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恒星間航行を極小宇宙船団で ロシア富豪が計画

手のひらサイズの宇宙船団「ナノクラフト」を建造して太陽以外の他の星に到達させるプロジェクトをロシア人大富豪ユーリ・ミルナーが発表しました。ナノクラフトに搭載したカメラで撮影した画像を地球に送ってくるというものです。宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士もこのプロジェクトに参加します。

ナノクラフトが目指す恒星として選ばれたのは、太陽に最も近いケンタウルス座アルファ星ですが、それでも4.4光年の距離があります。しかし、このナノクラフトを光速の20%の速さで航行させれば20年で到達でき、自分たちが生きている間にこのプロジェクトの成果が得られるという目論見です。夢物語でしかなかった恒星間航行が、現実味を帯びてきました。

プロジェクトを説明するユーリ・ミルナー(Yuri Milner)氏。
Stephen Hawking space “Breakthrough Starshot” (1時間12分55秒)

参考

  1. アルファ・ケンタウリにナノ探査ロボット群を送るStarshot計画発足。20年以内が目標、ホーキング博士とFacebookのザッカーバーグ、ロシア富豪が推進(engadget日本語版 BY Ittousai 2016年04月13日):”ロシアの実業家 Yuri Milner とスティーブン・ホーキング博士が、太陽系から約4.3光年離れたアルファ・ケンタウリへ20年かけて探査機を送る恒星間探査計画 Breakthrough Starshot を発表しました。わずか20年で隣の恒星系に到達するために、推進方式には光推進システムを採用。地上に巨大なレーザー発振設備「ライトビーマー」を多数建造し、宇宙に浮かぶわずか数グラムの超小型探査機「ナノクラフト」群が展開するライトセイルに100ギガワット級のレーザー光線を照射することで、一気に光速の20%ま で加速する構想です。”
  2. Reaching for the Stars, Across 4.37 Light-Years (New York Times, By DENNIS OVERBYE APRIL 12, 2016) :”Can you fly an iPhone to the stars? In an attempt to leapfrog the planets and vault into the interstellar age, a bevy of scientists and other luminaries from Silicon Valley and beyond, led by Yuri Milner, a Russian philanthropist and Internet entrepreneur, announced a plan on Tuesday to send a fleet of robot spacecraft no bigger than iPhones to Alpha Centauri, the nearest star system, 4.37 light-years away. If it all worked out — a cosmically big “if” that would occur decades and perhaps $10 billion from now — a rocket would deliver a “mother ship” carrying a thousand or so small probes to space. Once in orbit, the probes would unfold thin sails and then, propelled by powerful laser beams from Earth, set off one by one like a flock of migrating butterflies across the universe.”
  3. Yuri Milner, Stephen Hawking’s Breakthrough Starshot targets Alpha Centauri     $128M initiative will seek Earth-like planet 40 trillion kilometres away (Thomson Reuters Posted: Apr 12, 2016 1:28 PM ET):”Billionaire internet investor Yuri Milner announced another $128 million ($100 million US) initiative on Tuesday to better understand the cosmos, this time by deploying thousands of tiny spacecraft to travel to our nearest neighboring star system and send back pictures. If successful, scientists could determine if Alpha Centauri, a star system about 40 trillion kilometres (25 trillion miles) away, contains an Earth-like planet capable of sustaining life.”

AI研究拠点センター長に杉山 将 東大教授(41)

文部科学省が2016年4月に新設する人工知能(AI)研究拠点「AIP(Advanced Integrated Intelligence Platform Project)センター」のセンター長には、東京大学の杉山将教授 (41歳)が就任することになりました。

これまでの日経の報道をまとめると、AIPの概要は、

  • 「人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト」政策の中核に
  • 2016年度の研究予算は14億5000万円
  • 研究者やスタッフを合わせた全体で約100人規模(人選はこれから)。研究員の約3割は海外から。
  • 米カーネギーメロン大学の金出武雄教授(70歳)が特別顧問
  • 研究員は常勤の研究者をはじめ、東京大学を中心に東北大学、東京工業大学、慶應義塾大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、さらに学長がAIの研究家で同分野に力を入れている公立はこだて未来大学などから、クロスアポイントメント制度を活用して確保(日経新聞2015/12/8)
  • AIPセンターは文部科学省所轄の理化学研究所に設立するがクロスアポイントメント制度を考慮して、利便性の高い都心部に(日経新聞2015/12/8)
  • 経産省の産業技術総合研究所人工知能研究センター(辻井潤一センター長)、総務省の情報通信研究機構脳情報通信融合研究センター(柳田敏雄センター長)と文科省のAIPの3省連携のための司令塔となる組織を設立しその議長には日本学術振興会の安西祐一郎理事長が就任

参考

  1. 文科省の「AI研究」新拠点 トップに東大41歳教授 (日本経済新聞 2016/4/9) :”文部科学省が所管する理化学研究所に4月に新設する、国内最大級の人工知能(AI)研究拠点「AIP(Advanced Integrated Intelligence Platform Project)センター」のトップ人事が、今週正式に発表される。センター長には、機械学習などの基礎理論で国際的に活躍している東京大学の杉山将教授 (41歳)が就任する見通しだ。”
  2. 文科省の新設AI研 トップ人事に気をもむ研究者の本音(日本経済新聞 2015/12/8):”AIPセンターのセンター長候補として名前が挙がっているのは、国立情報学研究所の喜連川優所長(60歳)をはじめ、日本学術振興会の安西祐一郎理事長(69歳)、前・国立国会図書館長の長尾真氏(79歳)ほか数人だ。”

研究テーマの選び方 22のポイント

いざ大学院生として研究室に配属されたり、ポスドクとして新しいラボで働き始めたときの最初の悩みは、研究テーマとして何を選ぶかということです。フェローシップをとるために半年前に書いた研究計画があったとしても、実際にラボに来てみるとラボの状況やボスの考えが変わっていて、研究テーマを一から考え直すことになるのは珍しくありません。


それでは、どのような点に注意して研究テーマを決めればよいのでしょうか?自分が興味を持てるトピックを選ぶことや、与えられた年数で答えが出る(=論文が出せる)程度の大きさのクエスチョンを設定するといったことは当然のことですが、他にもいろいろ考えるべきポイントがあります。
それでは、順番に見ていきましょう!

 

1.研究テーマはボスから与えられるもの? [責任の所在]

そもそも、研究テーマは誰が決めるべきものなのでしょうか?やってほしいテーマをボスが提示することも、学生やポスドクの自主性に任せられることも、どちらのケースもあります。その中間として、漠然とした方向性や大きな枠組みだけが与えられる場合も多いでしょう。教授の教育ポリシーや、研究助成を受けている課題、ラボ全体の研究の進展状況なども関係するので、ボスとよく話し合うことが大切です。また、ボスが与えてくれた研究テーマが当たる保証は全くありません。むしろうまくいかないことのほうが多いでしょう。そのときにどうやって研究の軌道修正をするかは、研究している本人の力量にかかっています。

誰かの助力が欲しければ、その人のところに行きなさい。その人からあなたのところに来てくれることは決してない。(Stephen C. Stearns  大学院生への「ささやかな」アドバイス)

研究テーマについては自分で見つけると書きましたが、もちろん大学院生がゼロからテーマを決めるのは難しいです。ですので、まずは当研究室で行っているテーマや対象生物に近いところから始めるのが現実的です。 (北海道大学大学院 小泉研究室

成功している人には,年上から話しかけやすい,というタイプが多いように思えます.年上から話しかけやすい人にはアドバイスや良いテーマという形の「運」が舞い込みやすいし,そこに人一倍の働きがあれば認められて実を結びやすいと考 えれば自然な結果です.… 独立心が強くてシニアにアドバイスを求めないのは得策ではありません.(京都大学大学院 篠本 滋  大学院生へのメッセージ)

最初は僕が頭で考えた仮説をもとに、こんなことをやったらどうだろうと提案するわけですが、 多くは当たらない。だから僕が提案するテーマはきっかけにすぎず、残りはそれぞれが考えてやる。僕の提案と全然違う実験やって、こういう結果が出ましたと 僕のところに来ると、最初は当惑することもあるけれど、よく聞いているとこっちも面白くなってくる。こうして研究が進むわけです。(細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

生物のセの字も知らないのに、先生からの指示がないのですから何をしていいのやらと、一人で悩みました。三ヶ月後、しびれを切らして大沢先生に会いに行くと、「え?君、なにかしたいから来たんじゃないの?」と言われ、自立しないと何もできないと悟り、目が覚める思いでした。(生命現象の基本にゆらぎを発見 柳田 敏雄 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

原則として自分でテーマを探して下さい。いくら待っていても,私からテーマを指定することはありません。… 研究は,当たるかはずれるかは,誰も分からないものですから,「100%確実に博士論文になりうる安心なテーマ」など,あらかじめ誰も知りません。 そのために,博士課程の最初の1年間くらいは,視野を広げて情報を収集し,「新しく」かつ「重要な」研究テーマを見つける努力をして,できるだけまっとう なテーマ探しをしてもらっています。このプロセスは,その後に独り立ちして研究生活を続けていくための,非常に重要な訓練になります。 (大阪大学大学大学院 小川研究室

ショレムは、アダマールが誰かから論文のテーマと指導を求められて激怒しているのを目撃したことがあると話していた。「とんでもない男だ。自分でテーマを見つけられないやつが、よくも博士号をとろうなどとかんがえられたものだな!

引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 242ページ

浮田先生が、博士課程でも有機合成に関わるテーマを出されたので、「先生は自然に起きていることを研究しろと言ったじゃないですか。僕はtRNAの構造と機能をやりたいんです」と拒否しました。怒られましたね。「今日のお前は頭がおかしい。出直してこい」と言われたので、「はいっ」と引き下がって三日後にまた同じことの繰り返し。ついに三回目、「わかりました。先生のテーマもやりますが、自分が思っていることもやっていいですか」と尋ねると、「知らんっ」とまた怒られたので、「ありがとうございます」と言って戻りました。このやりとり以来、結局、教授のテーマには手を付けませんでした。(ヒトのがんウイルスに挑む 吉田 光昭 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

As a graduate student, it is wise for the principal investigator (PI) to choose the initial project, or at least play a major part in choosing the project. You simply don’t have the experience and judgment at this point to choose an interesting project with a significant chance of success. At a postdoctoral level, the decision is more conditional. If you are continuing in the field of your Ph.D. studies, you should be capable of choosing a good project. If it is a new field, however, your advisor will need to provide guidance as to what is feasible and interesting.
(How to succeed in science: a concise guide for young biomedical scientists. Part II: making discoveries. Jonathan W. Yewdell Nat Rev Mol Cell Biol. Author manuscript; available in PMC 2009 Jun 1)

上のツイートで紹介されている言葉の中に、”他人からはアドバイスできない”とありますが、まさにその通りだと思います。自分の経験で言えば、いい実験結果が出ると、ボスや周囲から良いアドバイスが得られますが、ポジティブな実験結果が出なくて苦しんでいるときには、誰も役立つアドバイスをくれません。研究というのはそんなものです。上のツイートでアカハラではないかと心配されていますが、多くの場合、本人が自力で頑張るしかないという状態を見守ってあげることしかPIはできないと思います。私の個人的な考えですが。

 

2.研究テーマ選びの落とし穴 [研究の意義]

大学院生やポスドクは期限が切られているため、「一刻も早く実際の仕事を始めなければ」というプレッシャーがかかります。しかし、正しい方向を見定めないうちに走り出すのは危険です。物事を始めることは簡単ですが、きちんと終わらせることも、途中で潔く撤退することも、どちらも簡単ではないからです。その研究の意義の大きさを見定めてから始めなくてはいけません。

 

長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題に盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。‥‥ 私は問題の本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリーは存在しない。(■博論審査を終えて(所感、長文) はてな匿名ダイアリー 2018-01-19)

 

Q:目の前の疑問やテーマにすぐに飛びついていないか? MESSAGE→その疑問には、貴重な時間と労力を費やして答える価値が本当にあるのか?(『なぜあなたの研究は進まないのか』 東京大学医学部付属病院呼吸器外科講師 佐藤雅昭 2016年 メディカルレビュー社

ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切な事をやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまでは研究を始めるなと言ってるんです。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)

研究で何が大変かと言えば,研究テーマを決めることだと思います.研究の善し悪しは,はっきり言って何を研究するかを決めたときにその大勢が決まっているとも言えます.そういう研究テーマを思いつけるかどうかが分かれ目だと思います.(勉強と研究 似て非なるもの 境有紀のホームページ)

Alonはテーマ選びにおけるありがちな誤りとして、「最初に思いついたアイデアをテーマとして設定してしまうこと」を挙げています。アカデミックの研究プロジェクトは、どんな小さなものでも数カ月単位、場合によっては数年単位で組まれるものです。加えてすぐさま終わると思えた テーマでも、予測もしない箇所であちこちつまずくものです。このような事情ゆえに、安易なテーマ設定はあとで望まぬ苦痛を生み出すことになります。(「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? 日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日)

Choose a question that breaks new conceptural ground. Try to seek the answer to an open question, not merely to fill in some missing data in the literature. I frequently see papers where the rationale given by the authors for doing the research is that something “is not fully understood,” or that some fact is “not known.” (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

長年の経験から、「良い」テーマを探すことが研究で最も難しいと思うようになりました。(a)面白い問題、(b)重要な問題、(c)人が答えを知りたがるような問題、そして(d)実際に解決できる問題を見つけるのは、とても難しいことです。研究の所要時間も考慮しなくてはなりません。一晩で解けるような些末な問題でもなく、一生かけても無理というような、永遠に取り組み続けなければならないような問題でもいけません。原則としては、大きな問題を小さな問題に分け、助成金を充当することができる3年から5年の間に、それらの小さな課題に取り組むことになります。 (ティム・ハント博士、ノーベル賞受賞者 研究で一番の難題は、取り組むべき課題を見つけること  editage Insigths)

今も一番忘れない言葉が「阿倍野の犬実験をするな」です。何のことかわからないと思いますが、阿倍野とは大阪市阿倍野区、大阪市立大学医学部の所在地であります。このことは当時の助教授の先生に何回も言われました。どういうことかというと、アメリカでアメリカの犬を調べて「ワン」と鳴いたという論文が出たら、すぐに日本の研究者は日本の犬の頭を叩いたら何と鳴くのかを調べて、「ワン」と鳴きましたという論文を書く。それは「日本の犬実験」です。さらに、うちの大学の研究者は、日本の犬が「ワン」と鳴いたので阿倍野区の犬の頭を叩いたら、やっぱり「ワン」と鳴いたという論文を書いている人がたくさんいる。だから、阿倍野の犬実験は絶対にするな。(山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長 2011年12月 日本分子生物学会 若手教育シンポジウム PDF)

銅鉄実験: 語源は,銅を材料にしてすでに結果が発表されている研究を,鉄を材料に変えて追試する実験から来ている.転じて,結果は約束されているがオリジナリティーや新奇性に乏しい研究のこと.(バイオテクノロジージャーナル 2006年7-8月号 Vol.6 No.4 / 実験医学Online

研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。研究を始めて間もない学生は、しばしば、ちょっとやればうまくいきそうなプロジェクトをやってみたい衝動に駆られがちです。しかし、そんなことをやっても、誰も見向きもしないようなことが分かるだけであるか、世の中の誰かがすでにそんなことはやっていて、実験がうまく行き始めたころに他から論文が出てくるか、そんなところがオチです。結局のところは時間の無駄なのです。こんなことが分かったら(できたら)すごい、一体どうなっているのか訳が分からない、そんなことにトライしないと意味がありません。第一、そのようなテーマでないと楽しくないですし。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院  今井研究室  教授挨拶)

 

3.研究テーマ選びの落とし穴  [手段と目的]

実験手段や研究対象となる実験材料が研究室にまず先にあって、「それを使って何ができるか」が研究テーマを探す出発点になるラボも多く見受けられます。その場合は、その研究手法の適用範囲にまで発想が狭まってしまいます。

また、研究目的を達成するために必要なツールをまず開発するという研究計画も要注意です。ツールの開発に何年もかかっているうちに、他の研究グループが先にもっと良いツールの開発に成功しそれが公開され、自分でそのツールを作る必要が全くなくなることがあります。

自分の研究において「手段と目的のどちらが大切なのか」を常に見失わないことが大切です。

金槌しかもっていないと、すべてのものが釘に見える (When all you have is a hammer, everything looks like a nail.)(Weblio 英語のことわざ辞典

研究テーマが決まると,次に,研究の目的や目標が決まります。つまり,「この研究では,どこどこまでを明らかにしたい」という目標が決まります。そして, その目標のためにベストな手段を用いて研究を進めるわけです。ところが,その手段を使うこと自体に徐々に満足してきてしまい,手段を使うことだけで研究が終わった気になる例が多く見受けられます。(大阪大学大学院 小川研究室の運営方針)

 

4.ホームランだけを狙いに行かないこと [リスク管理]

重要で大きな仕事をして良いジャーナルに論文を出したいという野心は誰にでもあります。しかしリスク管理が大切です。研究では、期待した結果が得られないことのほうが多いのですが、論文が全く出ないと研究者として生き残れません。

テー マは複数持ちましょう。…困難だけれどもうまくいけば大きな仕事になるテーマ(松)、確実に論文になることが狙えるテーマ(梅)、この中間的な性質を 持つテーマ(竹)を 持つことをお勧めします。 (「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 中山敬一 九州大学大学院教授)

もう一つ言いたいことは、「ドクターコースに進もうという学生ならば、複数の研究テーマを必ず並行して進めよ」、ということです。単に博士号が欲しいならともかく、ドクターコースに進学する学生さんは、将来、「研究する」ということを職業にしたいのだと思います。その業を積むには、文字通り業績が必要です。難しいジャーナルを狙えば狙うほど、結果を得るためには難しい実験が必要となってくるし、何種類もの異なった研究手法が必要です。したがって、すぐに成果・業績は出ません。..  我々の大ボスの宗岡先生は、「学会発表する際の内容が必ず異なるように、複数の実験を走らせよ。研究は上手くいくこともあれば、そうでないことの方が大部分なので、保険実験が重要」ということを常に言われていました。桃栗3年柿8年ではないですが、2~3年で論文にできる仕事と、5年以上かかってもライフワークになる大きな仕事の両方を進めておく必要があります。(雑感 広島大学大学院総合科学研究科 人間科学部門 生命科学研究領域 脳科学分野 浮穴研究室のホームページ)

 

5.研究テーマ選びに際して論文を数多く読み、よく考えることの重要性 [研究動向の把握]

自分が思いつくようなことは、他の人も既に思いついていることが多いので、自分のアイデアが既に論文になっていないかどうか、先行研究をチェックする必要があります。どんな研究分野でも研究の潮流や歴史があります。その分野がどのように発展してきてどちらへ向かっているのか、どの程度成熟しているのかは、関連論文をたくさん読むことで見えてきます。

まず最初は、広く、徹底的に読んだり考えたりしなさい。(Stephen C. Stearns  大学院生への「ささやかな」アドバイス)

研究プロジェクトが辿る道のり 1.どんな研究をするか考える 2.関連研究を探す 3…. この中でも、2→1のバックトラック(似たものを見つけちゃって元々のアイデアがつぶれる)がものすごく多いです。(コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ junkato.jp 2012年11月13日)

その頃の私は、毎週届く一流誌の論文を誰よりも先に読んで優越感に浸り、研究の最先端に居るような気になっていたのです。でもあるとき小関先生に 「君、何でもちょっとずつよう知ってるね」と言われ、ものすごく傷つきました。それを契機に、自分でアイディアを考えることが重要だと気づきそれに専念す る事にしたのです。こうして新しい実験計画を色々と考えて志村先生のところに持って行くと、先生はよくできた人ですから、「よく思いついたね」とおだてて くれます。でも色々調べてみると、そういうアイディアはもう既に論文になっている事が多く、それに気付いてがっかりし、また別のことを考えるという日々が続きました。 そのうち次第に、5年後にはこういうテーマで世界の一線の研究が動いているはずだというところまでたどりつくようになったのです。学生時代には、最初からテーマを与えられて研究をするのではなく、自分で考えることを強いる教育が重要だと思います。(常に問いを立て続けて—免疫・嗅覚・そして次は 坂野 仁 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

留学したラボではすごく自由にさせてもらったので、例えばベンチに立ってなかったら働いてないと思われるような雰囲気は全然なかったんですね。…最初の2~3ヶ月で100本ぐらい読みましたが、良い論文とそうでない論文がわりとすぐに区別できるようになりました。そうなると、良い論文だけちゃんと端から端まで読んで、それ以外は一応内容がわかる程度に飛ばし読みできるようになりました。最初の100本を短期間で読むのが大事だと思います。どんどん反復することによって、脳が鍛えられます。…大学院の頃の自分だと大体300本ぐらいは読まないと自分のアイデアを誰もやっていないかどうかわからないという感じがありました。(実験医学 2015年6月号 Vol.33 No.9 シリーズ 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第3回 創造的な研究を行い、マイルストーンを築く ミシガン大学 山下由起子)

 

6.論文を読んでわかった気にならないこと、批判的に論文を読むこと [批判的精神]

自分のアイデアがどれもこれも既に論文になっているのを見つけると、「自分がやることはもう残っていないのではないか」と焦る気持ちにもなります。しかし、たいていの論文は「ギャップ」が目立たないように見栄えよく書かれているだけで、実際にはいろいろと問題があるものです。論文の結論が間違っている可能性すらあります。

月曜日から金曜日までの毎日、早石研、沼研の合同ランチセミナーがありました。いくつかの論文の内容を紹介するのですが、実験の組み方、結果の解釈の仕方、討論は正しいかなど、実に厳しい質疑討論が行われます。無理に筆者の立場に固執し、客観的に論文を評価できないと容赦なく批判され、時に翌日に持ち越 されます。恐怖のセミナーでした。ここで初めて、論文は批判的に読むということを勉強しました。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)

科学者たるもの、根拠なしに信じてはいけないのです。誰かが論文などで言った結論を、第三者が紹介すると一見まともにみえるものですが、根拠となっている原典のデータやデザインをきちっと評価することが大事です。… 論文を読みながら、その根拠となる引用文献に記されたものを分析すればよいのです。すでに出版された論文であっても差読者の立場で読んでみると、よい点悪い点、論文の主張に穴があれば見えてきます。それから、自分の目で客観的に判断すると、どれだけ多くの未解決問題が残っているかがわかります。そうすると自分の考えで新しい研究を始めることができます。(実験医学  2015年11月号 Vol.33 No.18 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第5回 科学の原典をひも解き,知の体系を築く  近藤寿人 京都産業大学教授)

重要なことは雑誌に公表された論文をそのまま信じてはいけないと言うことです。私は大学院の指導教官であった西塚泰美先生(元神戸大学長)から「すべての論文は嘘だと思って読みなさい」と教えられました。まず、疑ってかかることが科学の出発点です。教科書を書きかえなければ科学の進歩はありません。しばしば秀才が陥る罠ですが論文に書いてあることがすべて正しいと思い一生懸命知識の吸収に励むあまり、真の科学的批判精神を失うという若者が少なくありません。(「STAP 論文問題私はこう考える」 質問8 答え8 新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授 PDFリンク

 

7.論文を出発点にするのでなく自分が観察した現象から出発すること [独創性]

良い研究の条件の一つは独創性があることですが、それはどのようにして生まれるのでしょうか?

[アドバイス] 生物学者アガシーの「自然を学べ、本を学ぶなかれ(Study nature, not books)」という名言があります。本を読んで自然を理解したように思い込まず、自分で自然を感じて課題を発見しましょう。(文部科学省検定済教科書 高等学校理科用 平成30年度版 生物基礎 改訂版 本川辰夫 谷本英一 編 啓林館 61  啓林館生基 315

早石道場での経験は他では得難いものでした。 … 「文献を読むのも重要だが、オリジナルなことをしようと思ったら、自分の実験結果を丹念に観察し、その中から課題を探すことだ」というのが教室の方針でした。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)

魚の顔色を見ることでいろんなアイデアが浮かびます。これができたらすごいなとか、こんなこともできるのではないかとか「魚飼いならでは」のアイデアが浮かぶのです。これは論文を読んでいるだけでは絶対浮かびませんし、試験管をふっているだけでも浮かばないと思います。(サバからマグロが産まれる!? 吉崎悟朗  紀伊国屋書店 注目の本・書評で読む)

岡田節人教授は「論文を読んで、そこから研究を始めるな」と口癖のように言っていました。他人の論文を読み、次に自分だったらどうするか?というようなやりかただけで研究を進めると、その時代の研究の進歩には貢献するけれど、真のオリジナリティには繋がりにくい。 もうひとつ、既存の論文から研究をはじめることの深刻な問題は、メジャージャーナルに掲載された論文ですら、結論が間違っている場合がしょっちゅうあるんです。厳正なレビューを通過した論文でも、一見完璧にストーリーができあがっていると、 真の専門家でない限り問題があっても気づき難い。その場合、間違った結論の上に新しい論理構築をすることになります。研究というもの、自分の目で自然を観察し、発見することが一番大切だと思います。(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター センター長 竹市雅俊氏 トムソン・ロイター 研究者インタビュー

頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめから駄目にきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それが駄目と分かる頃には、しかし大抵何かしら駄目ではない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめから駄目な試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。自然は書卓の前で手を束ねて空中に画を描いている人からは逃げ出して、自然の真中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉を開いて見せるからである。(科学者とあたま 寺田寅彦)

今から考えると、私にとっては非常に重大な決断を自分自身に対して下した。それは、他人の論文や参考文献は一切読まないということ。そして自分の実験結果だけから考えて研究を進めようと決意したことだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 p145)

 

8.再現実験・追試から入ること [巨人の肩に乗る]

その領域で一番重要で興味があると思う論文の追試をしろ。その結果は必ずしも著者の言っている通りにならないから、なぜ違うのかという食い違いの分析から研究をスタートするといい(細胞と人間のサイエンス 増井 禎夫 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

すべての研究はひとのまねから始まる 科学は先人達が多大な努力と年月をかけて築き上げた膨大な過去の成果の上に成り立っています。従って、あらゆる科学研究は先人達の成果をまず利用する事に始まります。その第1歩は先人と全く同じ実験をやり、それが再現することを確認する事から始まります。その過程で、自身の実験技術を確認すると同時に、先人が気がつかなかった新しいテーマを見いだすことが出来ます。(大野茂男 研究室のメンバーへのメッセージ PDF)

Pavlov’s laboratory best illustrates the replication and extension approach. As a new student, you would have replicated the last dissertation conducted there. This tested your ability to follow a write-up, and motivated Pavlov’s senior students to work most carefully. Your dissertation would have been some logical extension of this preliminary work. You neither had to to survey the entire research literature nor wonder if the equipment could be constructed. The work had just been completed in your laboratory. Consequently, the duration and other costs of new research could be estimated well. (An Insider’s Guide to Choosing a Graduate Adviser and Research Projects in Laboratory Sciences by Marshall Lev Dermer)

 

9.夢中になれる研究テーマを選ぶこと [研究にのめり込めるか?]

新しい実験を行う場合、期待した結果がすぐに出るということはそうそうありません。良い結果が得られるような実験条件を探し出す努力が必要で、それが研究の労力の大部分を占めます。八方塞のような状況に陥ってもくじけずに粘って突破口が見出せるかどうかは、その研究テーマに対する愛情の深さにかかっています。そして、良い実験結果が出たあとも、それを良いストーリーに纏め上げて論文として世に出すまでには更に長い道のりがあります。長い年月付き合っても飽きず、寝食を忘れて没頭できるくらいの研究テーマを選ばない限り成功はおぼつきません。

私が知っている「幸せで成功している人」というのは、好きなことを仕事にしているだけではなく、自分の仕事に心を奪われているんです。 …犬とテニスボールで遊んだことはありますか? テニスボールを手に持って見せただけで彼らはものすごく興奮します。そして投げた瞬間興奮して走り出し、ボールに向かって一直線、リードが持っていかれたりしますよね? そう、これが幸せに成功している人々の姿です。皆さんもこんな気分になれるものを見つけて欲しいと思います。(「人生のコツはたったの3つ」Dropbox創業者ドリュー・ヒューストンの卒業スピーチが感動的 logmi.jp/8845)

日本では我慢とか忍耐の重要性が強調されますが、我慢して何かをしてもそれは良い人生にはつながらないと思います。我慢しなければ一生懸命実験できないよ うなら、それは単に自分が研究には向いてないという事だと思います。夜遅くまで実験するのは「楽しいから」であって、「いつかはこんなつらい状況を抜け出すため」ではありません。… そして自分が好きな こと(それに伴うつらいことが苦にならないくらい好きなこと)を見つけられれば、その結果成功しなくても気にならないし、でも、好きなのでどんどん努力するため成功の確率は上がると思います。(“Don’t be trapped by dogma”〜人生とは、生きる価値とは〜  山下 由起子 Life Sciences Institute, University of Michigan / 全世界日本人研究者ネットワーク 留学体験記)

Make sure that you are genuinely interested in the question you choose so that it will continue to intrigue you through a period of several years. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

you need to “pick a problem that interests you. You will be living with it for a long time. Make sure it is something you will want to wrestle with even when the going gets rough. It has to make you want to get up early, work late, come in on the weekend, and think about it in the shower.” (How to choose a fruitful research project: advice from graduate students. Lee-Anne Huber, Alexandra Guselle.SURG;Studies by Undergraduate Researchers at Guelph Vol4,No1 (2010))

10.研究テーマが大きすぎず小さすぎないこと

科学者は簡単すぎず難しすぎもしない問題を見つけ出すことによって存在感を示すのだ(ジョン・フォン・ノイマン)

参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 313ページ

 

11.研究テーマの選択がタイムリーであること

研究テーマは、その大きさという問題もありますが、それに関連するのが隊員具です。学問のっ潮流にあって、早すぎず遅すぎずと言えるものが良いと思います。

世の中には重箱のすみをつつくような研究をしている学者がいっぱいおるんですわ. そんな研究は時間の無駄やから私はやりません. そして研究テーマは世の中の流れに対して早すぎても遅すぎてもいけません. 一歩早いと早すぎます. 半歩早いテーマを選ぶことで成功するんです. (月刊 化学 2015年8月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回)

ダルベッコが後に僕のことをほめて言うには、トネガワはそのときavailableなテクノロジーのギリギリ最先端のところで生物学的に残っている重要問題のうち、何が解けそうかを見つけ出すのがうまい、というんだね。いくらいいアイデアがあっても、それを可能にするテクノロジーがなければ絶対に出来ない。だけど、みんなこれはテクノロジーがなくて出来ないと思っていることの中にも、そのときavailableなテクノロジーをギリギリまでうまく利用すれば、何とか出来ちゃうという微妙な境界領域があるんですね。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)

The thing that differentiates scientists is purely an artistic ability to discern what is a good idea, what is a beautiful idea, what is worth spending time on, and most importantly, what is a problem that is sufficiently interesting, yet sufficiently difficult, that it hasn’t yet been solved, but the time for solving it has come now. (Professor Savas Dimopoulos, a particle physicist at Stanford University)(引用元

科学者の優劣を決めるものは純粋に芸術的才能であり、優秀な科学者はこの才能でもって、何が良いアイデアなのか、何が美しいアイデアなのか、何が時間を費やす価値があるものなのか、そして、最も重要なことだが、何が十分に面白く、それでいて十分に困難であり、しかもそれはこれまでに解かれたことがなく、しかしながら、それを解くべき時が今まさに来たということを見定めるのである。(Savas Dimopoulos教授、スタンフォード大学の素粒子物理学者)(訳:当サイト)

12.研究テーマ選びでボスと意見が合わないとき

「好きなテーマをやっていいよ」と言われていたのに、いざ来てみると「君にはこのテーマをやってもらう」、とボスに研究テーマを強硬にあてがわれてショックを受けた人がいるかもしれません。しかし、お互いに相手がどんな人間かがよくわからない「様子見」の時期に感情的にぶつかってしまうのはもったいない話です。互いの考え方がよりよく理解できれば、研究テーマの選択に関しても自然といい方向に向かうものです。ちゃんと仕事ができる人間だということをボスに認めさせたうえで、ボスに対する愛情と敬意を示していれば、ボスの態度が軟化することもあります。与えられたテーマと自分のテーマとを同時に走らせて、うまく行ったほうを発展させるといった対処が現実的です。良い論文になることが明らかな実験データが得られれば、ボスがそれを研究テーマとして認めないということはないでしょう。

About 95 percent of the time, being able to move a person to your side of an issue comes down to how you make him (or help him) feel about himself. (Bob Burg, Adversaries into Allies)

 

13.研究テーマ選びでラボ内のほかのメンバーと競合したとき

ラボメンバーが多くて研究対象が絞り込まれているラボの場合、自分のやりたいテーマが他のメンバーとかち合うことがあります。ボスが間に入ってラボメンバー 同士のテーマが重ならないように調整することもあれば、一切介入しないボスもいます。そんなときにどう対処すべきかという正解はありません。しかし、相手が口で権利を主張しているだけで全然実験しない人であれば、自分がさっさと実験して結果を出してボスに認めさせることで決着が付くことがあります。実験系の研究室では、最初にきちんと実験データを出せた人が評価されるのが常だからです。あるいは、譲れないこと(e.g., ファーストオーサー)以外はギリギリまで譲って、協調して研究に取り組むことも可能でしょう。何はともあれ、周囲からの協力があるほうが研究はスムーズに進みますので、ラボの仲間とは信頼関係を築けていたほうがいいです。研究ができる人という評価をボスやラボの仲間からひとたび勝ち取れば、自分のやりたいことが実現しやすくなります。

Then the Sun came out and shone in all his glory upon the traveller, who soon found it too hot to walk with his cloak on. (Aesop, The Wind and the Sun)

 

14.そのラボのアドバンテージを研究テーマに反映させること

どんなラボでもそのラボ独自の強みがあります。それと自分の強みとを掛け合わせると研究にユニークさが出せます。そのラボで利用可能な研究リソース(実験手法、経験、ツール、専門的な能力や知識)をよく調べてそれらを最大限に活用することにより、そのラボで仕事をするアドバンテージが生まれます。

You ought to profit from the experience of others in the lab. It is prudent to work on a topic in which your advisor is an expert so that s/he can help you solve problems. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

 

15.ラボの中心的テーマをやるか、主流から外れたテーマを選ぶか

ラ ボにはラボの研究の歴史や流れがあります。そのラボが追いかけてきた大きなストーリーの中にある研究テーマに選ぶか、それともあらたな研究テーマを開拓するかは、ひとつの決断です。より多くの研究費が主流のテーマにつぎ込まれていて研究しやすかったり、研究の流れがある分、認知度が高く論文を出しやすいかもしれません。ただし、次のステップで独立することを考えているポスドクであれば、独立後の自分の研究テーマがそのラボと競合しないような方向性を選ぶということもあり得ます。

大学院生がきた時は、最初は放っておいて様子を見ている。どんな本を読んでいるかとか、誰とどんな話をしているかとか。はじめはこれをやれとは言わないで、何気ない顔をして観察しているのです。そしてテーマを決めたら、今の研究室でIP3やCa2+に 関する研究をしていればかなりのレベルの研究ができ、注目される成果が出るので、それにつなげるようにしながらその範囲では何をやってもよいと言うんで す。ただ、やりたいと言ってきたものが、長い経験からやらない方がいいと判断できる時は止めますけれどね。こうやっているといい仕事が出てきます。(俯瞰と徹底 分子から細胞、発生へ 御子柴 克彦 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

水晶体の研究はどうするのと聞かれて、それはもうやめますと、ほぼ宣言に近い発言をしました。…細胞分化に比べると、細胞の接着なんて、発生学ではマイナーと言ってよいテーマです。いわば自分から足を踏み外したわけですが、きっと新しいことが見つかるに違いないと思っていたし、精神的にはほっとしましたね。自分で培養皿の細胞を見ていて気づいた接着現象ですが、… (細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

 

16.ラボの体制と研究テーマ選び 

大きなラボで複数の研究グループリーダーによる研究体制が敷かれている場合は、研究テーマ選び=どの指導者につくかという問題になります。ボスを選ぶときと 同じくらい、あるいはそれ以上に誰と一緒に研究するかは重要です。大学院生の場合、その研究グループリーダーが事実上の博士研究指導教官になります。その”中ボス”が途中でラボから独立して出ていくこともあります。

 

17.前任者の実験結果が追試できないとき

前任者が出した論文の仕事の続きを研究テーマとしてボスから任されることがあります。ところが、その論文の実験結果がどうしても再現できないということが、残念ながら珍しくないようです。この場合、研究テーマとしては完全に破綻していますが、自分のラボの論文を否定したくないボスはなかなかそれを認めないかもしれません。こういうときは、前任者の成果以上にポジティブなものことを新たに見つけて、そちらに研究テーマを移行するしかありません。

 

18.誰もやりたがらない研究テーマしか残っていないとき 

面白くてしかも実現が容易な研究テーマは、すでにいるラボメンバーが手を付けており、新参者には、ラボとしては重要なテーマなんだけど、大変そうなものしか残っていないということがあります。このような場合は、体力に自信があればハードワークで解決するか、あるいは実験ステップの合理化や測定記録自動化などで、十分実現可能な研究テーマになるかもしれません。

 

19.裏実験・裏テーマの勧め [独立心の涵養]

研究室の体制によっては自由が全くなくて、言われたこと以外の研究テーマや実験が一切できないことがあります。それでもできる限りボスの目を盗んで、自分のアイデアを試すような実験をどんなに小さなことでもいいからやってみることをお勧めします。誰に言われたものでもなく自分の中から湧き出てきたアイデアを試して、期待通りの実験結果が得られれば、非常に大きな自信につながります。もしそれが論文になりそうなところまで育てば、研究テーマとして認めてもらえる日が来ることでしょう。仮に研究テーマとしてそこまで発展しなくても、研究に対する自信が自分の内部で育まれます。

30代半ばくらいまでに、小さいことでも自分が考えたことが当たって、どうやらうまくいきそうだし、しめしめと思う体験をする。他の人が誰も認めてくれな くても自分でにっこり微笑むということがあると、またやってみようと努力をすることができる。それが研究を支えている力だ、そう思いますね。(筋肉をめぐる闘いの40年  丸山 工作  JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

 

20.絶対に失敗しないテーマ

多くの場合は、仮説を立ててそれを検証する実験を考え、期待する結果が得られたらその仮説に基づいたストーリーをつくって論文にします。期待する実験結果が得られなかったら、ネガティブデータとしてお蔵入りです。ところが、可能性がAと¬A(Aの否定)の2通りで、どちらに転んでも面白いと思えるテーマであれば、絶対に失敗しないテーマということになり、かならず論文になります。たとえば、ある遺伝子の働きがcell-autonomousか、それとも cell non-autonomousかを調べる実験などです。生命現象の中の、何かしらの物理パラメータを決める実験も、かならず答えが出るので失敗しないテーマと言えます。例えば、ゲノム上の全遺伝子数の決定とか、細胞の中に存在する特定のタンパク質分子の個数を数える、酵素活性や、機能分子の性質を表す物理パラメータを決定するなど。

 

21.それで職が獲れるのか?

研究の意義の大きさを見定めることとオーバーラップしますが、出せるジャーナルのランクの見定めも必要です。研究者としてのキャリアを考えているのであれば、論文をトップジャーナルに出せるかどうかが極めて重要になるからです。ネイチャーやサイエンス、あるいは、せめてそのすぐ下の姉妹紙に出すかどうかで、人からの見られ方がガラリと変わります。良し悪しは別として、研究指向の大学や研究所ほどトップジャーナルに論文を出しているかどうかを重要視します。つまり、小さい論文をコツコツとコンスタントに出しても、それが評価されない、すなわち、「ジョブが獲れないため研究者として生き残れない」可能性が高いのです。

研究テーマを決めて実験を始めた段階で、仮にすべての実験が自分の思い通りになったとして論文を書いたときに、どのランクの雑誌に論文が出せるかが決まってしまいます。

研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院  今井研究室  教授挨拶)

自分にできそうなテーマを選んで、自分に書けそうな論文を、ここなら通りそうという雑誌に出したときに、その論文業績で果たしてあなたは自分が希望するジョブを得ることができるのか?と自問する必要があります。ここでしっかり吟味せずに研究を始めるのは、あまりにも考えなさすぎです。自分が想定している大学や研究所でPIのポジションを最近得た人の論文業績はどんなものなのか、よく調べてみましょう。トップジャーナルに論文を出していないと、研究ができる大学や研究所でジョブを獲るのはなかなか厳しいという現実があります。その研究テーマで実験して、全てがうまくいったときにトップジャーナルが狙えないのだとしたら、あなたのキャリアパスはPIとしてラボを持つという未来には繋がらないということです。現実的には、ラボのボスにトップジャーナルに論文を出す力があるかどうか(論文を書く力、エディターと交渉したり差読者に反駁して説得する力、部下をうまく使う力)が、大きく効いてきます。だからこそ、研究テーマ選び以前の話として、いいラボを選んでおく必要があるのです。

関連記事 ⇒ 大学院やポスドク先の研究室の選び方

 

新しいラボに入って研究テーマを選ぶことは決して容易ではありません。自分の興味やスキル、体力、将来設計、その研究分野の研究動向、そのラボの運営体制や他のラボメンバーとの兼ね合いなど、様々な要素が絡んできます。研究テーマを決めるためには、自分のやりたいことを明確にすること、自分が飛び込む研究分野の動向をよく知ること、そして新しいボスやラボメンバーと良い人間関係を築くことが大切です。

〔注意〕 人それぞれ置かれた状況により、研究テーマ選びやラボで遭遇する問題の解決方法は大きく異なることがあります。このページの内容はあくまで参考に留め、ご自分の責任で最善の判断をしてください。

22.できることをやるのではなく、本当に知りたいことをやる

Last but not least,


最後になりましたが、これが一番重要だと思います。多くの人が、入ったラボで、「できることは何か?」と考えて研究テーマを選んでしまっています。「何が知りたいのか?」という発想で研究テーマを選ぶためには、大前提として、自分が行こうとしているラボや自分が今いるラボは、自分がやりたいことができるラボか?を問う必要があります。

自分がアメリカに留学しようと決めて、どこのラボに行こうか悩んだときに、何を基準にラボを選ぶべきかをアメリカでPIをやっている日本人の人に尋ねたことがありました。その方とは初対面でしたが、「自分がやりたいことができるラボを選びなさい。」という答えが即座に返ってきました。今振り返って考えても、やはりそれしかないなと思います。

これを実現するためには、学部と同じ大学の大学院になんとなく進学したり、自分の学力で入れそうな大学院を選んだりしている場合ではありません。自分が受け入れられるかどうかという発想でラボを選ぶのではなく、本当に行きたいラボを選んで、それに向かって相当な努力をする必要があると思います。

 

参考

  1. 「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? (日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日):”「科学者として取り組むべき研究テーマは、どういう指針で選ぶべきなのか?」―これは研究者なら誰しも頭を悩ませる問題でしょう。”
  2. How To Choose a Good Scientific Problem (Uri Alon, Molecular Cell Volume 35, Issue 6, p726–728, 24 September 2009)
  3. 「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 (中山敬一 九州大学 教授)
  4. 「STAP 論文問題私はこう考える」(PDFリンク) (新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授)
  5. Drew Houston’s Commencement address (MIT News June 7, 2013):”I was going to say work on what you love, but that’s not really it. It’s so easy to convince yourself that you love what you’re doing — who wants to admit that they don’t? When I think about it, the happiest and most successful people I know don’t just love what they do, they’re obsessed with solving an important problem, something that matters to them. They remind me of a dog chasing a tennis ball: their eyes go a little crazy, the leash snaps and they go bounding off, plowing through whatever gets in the way.”
  6. コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ (junkato.jp 2012年11月13日)
  7. 私はこうして卒研を失敗しました (はてな匿名ダイアリー 2012-04-22):”でも初めて研究する(のが大半)なB4に、「全部自分で研究しろ」っていうのはちょっと酷じゃないか?太平洋のど真ん中に、地球の地理も泳ぎ方もわからない人を放り出すようなもんだ。せめて適切な研究テーマを与える  「自分で決めろ」というのならば、その方法を教える 研究の進め方についてアドバイスする  ぐらいは必要なんじゃないか。”
  8. “博士課程の後半になって、自分のテーマのおおもとにしていた海外の論文(某三大誌)が全くのウソである可能性が濃厚になりました。うっすら気付いていましたが、しかし嘘の部分はあってもコアの部分は真実も含まれているはず、ということを信じて再現実験を続けてきました。早い段階で再現実験をしっかりしなかった自分の責任はもちろんありますが、…” — lk http://disq.us/9rnl15

 

更新 20180526 中村修二氏の言葉を追加 20180120 はてな匿名ダイアリーを紹介  201712009 寺田寅彦の言葉を紹介 20171029 九大 今井研 教授挨拶の言葉を紹介 20170724 高校理科生物基礎 啓林館の教科書のアドバイスを追加 20170623 銅鉄実験を追加 20170528 浮穴研雑感の言葉を紹介  20170321 「阿倍野の犬実験をするな」 20170225『なぜあなたの研究は進まないのか』の言葉を紹介

研究者の仕事術
研究者の英語術
研究者のための思考法

 

 

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Haruko Obokata氏が”ホープページ”を開設

2016年3月25日にHaruko Obokataなる人物が、STAPホープページを開設し話題になりました。URLは、https://stap-hope-page.com/  です。全ては英語で書かれており、STAP細胞作製のプロトコールを公開するのが目的のようです。Haruko Obokata氏が小保方晴子氏と同一人物かどうかは、このホームページが英語のみで書かれているため不明ですが、日経新聞などは同一人物とみなした報道 をしてます。

勝者の神経回路と敗者の神経回路

脳の中には、闘争に勝ちやすくなる神経回路と闘争に負けやすくなる神経回路が存在することを、理研の研究グループが発見し、2016年4月1日にサイエンス誌で発表しました。「戦い続けるための神経回路」と、「降参するための神経回路」のどちらが強く働くかによって、その雄の勝ち負けが決まる可能性があるとのことです。勝敗を決めるのは相手ではなく自分の脳なのかもしれません。

通常、2匹の雄は互いに挑発しあったり噛み付き合ったりして、延々と闘争を繰り広げます。

典型的なオスのゼブラフィッシュによる闘い / The typical sequence of a male zebrafish fight

やがて勝敗が決すると、勝者は自由に泳ぎまわりますが、敗者は勝者を刺激しないように底でおとなしくじっとしています。

闘い後の野生型ゼブラフィッシュの敗者の行動 / Normal behavior of losing wildtype zebrafish 10 minutes after a fight

今回の研究では、勝者の脳では下の図でHb(背側)領域からDTA領域へ向かう回路が活発に活動し、敗者の脳ではMR領域へ向かう神経回路が活発に活動するという差があることが見いだされました。

20160401RIKEN_A_ExperimentalSetup手綱核(Hb、赤が外側背側手綱核、緑が内側背側手綱核、青が腹側手綱核)、脚間核(IPN、赤が背側脚間核dINP、緑が腹側脚間核vIPN)、背側被蓋野(DTA)、正中縫線核(MR)、背側縫線核(DR) (理研プレスリリースより)

下の写真は脳の活動性を調べた実際の実験データ。「勝者」の脳ではDTAの領域の神経活動が活発な様子がわかります。一方、「敗者」の脳ではIPN(腹側部)領域およびMR領域の活動が強まっています。

winner-loser-circuits(理研プレスリリースより)

今回見出された”勝者の回路”(戦い続けるための神経回路)の働きを実験的に抑えられた雄は負けやすくなりました(下の図の赤い棒グラフ)。逆に、”敗者の回路”(降参するための神経回路)の働きを実験的に抑えられた雄は勝つ可能性が上がりました(下の図の緑色の棒グラフ)。

20160401RIKEN_manipulation(理研プレスリリースより)

下の動画は、「降参するための神経回路」の働きを実験的に抑制した雄が負けたときの行動。勝敗はついているにも関わらず、敗者の行動(=底でじっとおとなしくしていること)をとろうとしません。敗者のほうが闘争に敗れたときの適応的な行動が取らないために、勝者は執拗に攻撃を続けてしまっています。

闘い後の遺伝子改変ゼブラフィッシュの敗者の行動 / Abnormal behavior of transgenic loser zebrafish 10 minutes after a fight

逃げるか、戦うか?の決断は、動物の生存にとって非常に重要です。今回の研究は魚を使って行われましたが、発見された神経回路は魚からヒトまで共通性があるので、人間社会における闘争でも決着が付く際には同様の神経回路が働いている可能性があります。

参考

  1. Social conflict resolution regulated by two dorsal habenular subregions in zebrafish (Chou et al., Science  01 Apr 2016:Vol. 352, Issue 6281, pp. 87-90 DOI: 10.1126/science.aac9508)
  2. 動物の争いでいつ降参するかを決める神経回路-手綱核-脚間核神経回路が争いの優劣を決めるメカニズムに関与- (プレスリリース 理化学研究所 2016年4月1日)
  3. 動物の争いでいつ降参するかを決める神経回路 -手綱核-脚間核神経回路が争いの優劣を決めるメカニズムに関与- (60秒でわかるプレスリリース 理化学研究所 2016年4月1日)
  4. Fights Are Won And Lost In The Brain (science 2.0 March 31st 2016 02:02 PM)
  5. Winning is really all about mind over matter (Business Standard, April 1, 2016)
  6. Want to be a winner? It really is mind over matter: Study discovers the brain circuits that decide whether fights are won or lost (Daily Mail, by Russ Swan 18:00 GMT, 31 March 2016)
  7. Brain over brawn: Winning a battle really is all in the mind – if you are a fish (International BUsiness Times. By Hannah Osborne March 31, 2016 19:00 BST)
  8. 理研、動物同士の争いで”逃走か、闘争か”を決めている神経回路を発見 (マイナビニュース 周藤瞳美 2016/04/01):”理化学研究所(理研)は4月1日、動物が争う際、いつ降参するかを決めるのに重要な役割を果たす脳内の神経回路を発見したと発表した。同成果は、理研 脳科学総合研究センター発生遺伝子制御研究チーム 岡本仁チームリーダーらの研究チームによるもので、4月1日付けの米科学誌「Science」に掲載される。”