「 大学教員公募 」 一覧

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Dマル合、Mマル合、大学(院)教授になるために必要な論文数

知る人ぞ知るマル合 大学院生に対して学位指導ができる教員は、「研究指導教員」(マル合)と呼ばれるのだそうです。 教員以外にはあまり知られていませんが、日本の大学院教員資格にはDマル合、D合、D可、Mマル合、M合、M可の6種類あって、博士を出すにはDマル合教員にならないといけないんですよね。@drinami 2017年6月9日 大学用語の基礎知識として、「マル合(まるごう)」は必須だろう。そして、やはり、大学関係者以外は、まったく知らない言葉だろう。(教授のホンネ・ホンネの教授)   公募要項の中に潜むマル合 大学教員の募集要項に、大学院生を指導できることと書かれているのを見て、「そりゃ、研究を長くやってきたから当然できるよ」と思っていたのは、大きな間違いでした。これは、マル合の要件を満たすかという意味だったのです(多分)。公募要項には「研究指導教員」(マル合)の要件(必要な論文数など)の詳細は通常書かれていません。大学がマル合の規定(必要な論文数など)を示してくれていないと、論文数が全然足りない人でも大学教授や准教授の職に応募してしまいそうです。 完成年度を超えた平成31年度以降は、特任教授を任用する予定はないため、平成31年度には、「マル合」相当教員6名以上、「合」相当教員6名以上の教育体制が取れるよう、また、それ以降も安定的に後継の専任教員体制が取れるよう、以下の対応を行っている。 ①「マル合」または「合」相当の業績を持つ教授または准教授を1名募集中である。(島根大学大学院 医学系研究科 看護学専攻 博士後期課程  【意見伺い】設置に係る設置計画履行状況報告書 国立大学法人 島根大学 平成29年5月1日現在 PDF)   Dマル合とは? 大学院の修士課程および博士課程の担当教員は、講義および学位論文の指導が担当できる「マル合教員」か、講義および学位論文指導の補助が担当できる「合教員」、講義のみが担当できる「可教員」としての資格審査を受けねばならない。大学院で学位論文の指導が担当できる教員は、マル合(〇の中に合)教員と呼ばれ、修士論文の指導ができるMマル合教員、博士論文の指導ができるDマル合教員がある。マル合教員の資格基準は、「修士課程」および「前期2年の博士課程」の場合で論文著書30件程度、「後期3年の博士課程」「前期2年、後期3年の区分を設けない博士課程」の場合は40件程度といわれている(基準は大学によって異なる)。(引用元:大学教員 Weblio) Dマル合:博士後期課程で学位論文の指導ができる。 D合:博士後期課程で学位論文指導の補助ができる。 D可:博士後期課程で授業を担当することができる。 Mマル合:博士前期課程で学位論文の指導ができる。 M合:博士前期課程で学位論文指導の補助ができる。 M可:博士前期課程で授業を担当することができる。 「D」とは博士Doctorの略、「M」とは修士 Masterの略。「マル合(まるごう)」という呼称は正式書類では「合」の字を○で囲った文字を使うことに由来するらしい。(引用元:マル合? 2005年11月26日 今どきの大学 ) 四 教員組織 (一) 教員組織の判定については、次の記号を用いることとする。なお、「研究指導教員」とは、告示第一七五号に定める研究指導教員をいい、「研究指導補助教員」とは、同告示に定める研究指導補助教員をいう。 D(合) 博士課程の研究指導教員(研究指導及び講義担当適格者) D合 博士課程の研究指導補助教員(研究指導の補助並びに講義(及び実験)担当適格者) M(合) 修士課程の研究指導教員(研究指導及び講義担当適格者) M合 修士課程の研究指導補助教員(研究指導の補助並びに講義(及び実験)担当適格者) 不 担当不適格者 (引用元:文部科学省 > 政策・審議会 > 告示・通達 > …

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東大で大学院に入るのは自殺行為

大学院に進学するということ ネットで出くわしたショッキングな言葉。 「東大で大学院に入るのは自殺行為、それ以外の大学で大学院に入れるのは殺人。」 (c)飯田泰之 過激ですが、共感するところもあります。自分も大学卒業時にはどんな会社からでも歓迎されそうな状況でしたが、大学院に進学した結果、世の中の誰からも必要とされず(任期切れ、公募100連敗)、いい年して家族もろとも路頭に迷うという恐ろしい状況に陥ってしまいました。研究しているのか職探ししているのかわからないような人生をずっと歩んできて、死んだ方が楽かなという気分を何回も味わいました。「大学院に入るのは自殺行為」というのは、研究者社会の現実の一側面を言い当てた言葉でしょう。もう15年前の言葉のようですが、令和の時代が始まる今になっても、状況は悪化こそすれ何ら改善していないようです。 自分は生命科学の業界しかわかりませんが、業績があってもパーマネント職に就けていない人があまりに多いです。これが現状なのに、漠然と大学院に進学して将来研究者になりたいと言う学部学生を見ると、大丈夫?と思ってしまいます。そういう(地方大学の)学生が、優秀であるがゆえに先生に可愛がられてそのまま同じ大学院に進み、そこで人並みの論文を書いて博士号を取得したところで何者にもなれないでしょう。それをわかっていて大学院進学を勧める先生がいるのだとしたら、上で紹介した言葉は過激ですが、その通りだと思います。 自分の考えをいうなら、生命科学の場合ですが、 「大学院に進学して、小さな論文にしかならないような研究テーマを選んで5年間実験に勤しむのは自殺行為」 となります。なぜなら、そんな論文を出したところで職は獲れないから。ここで小さな論文というのは、インパクトファクターが10も無いような雑誌に掲載される論文という意味です。論文の真に科学的な価値は度外視した話です。そして、将来研究者になりたいという希望を持っている大学院生に対して教授がそのような研究テーマを強制するのだとしたら、それは非常に無責任な行為だと思います。大学教授の地位の保全には十分な論文業績であっても、大学院生がアカデミアで生き残るには不十分でしょう。大学院時代に限らず、ポスドクに関しても同じことが言えます。 「一流誌には届かなかったけれど、とりあえず論文がやっと出せて良かった。」と教授と一緒に喜んでいるようでは、あなたに研究者としての未来はないのです。(若者は現状を見切り無謀な挑戦の回避を) ただし、段ケーキの上にひょいと持ち上げてもらえる人間になれれば、その限りではありません。 大学院進学はまちがいなく自殺行為である(2004-11-29 思考錯誤) 大学院進学は自殺行為だ。そして、明治時代も、そうだった (2015-02-01 shibaok.net) 文系と理系とでは就職の厳しさがまた全然異なるのかもしれませんが、程度の差を別にすれば、これらの言葉がそのまま理系の世界にも当てはまりそう。 研究職に就かんとする者に必要な心構えについて。まずは諦めましょう。世間的成功、お金が欲しい人には向かない。また、学問と研究は違うのであり、文系の場合は特に就職口がなく、あったとしても自分がやりたいこととぜんぜん違う分野を求められることもしばしば。職業と云う点から言えば学問的才能は関係ない。むしろ職業的習熟、人付き合い、プレゼン能力などが求められる。これを研究したい、などと云うのは結局はゴールのようなところであり、それまでのプロセスではやはり話は別で、現実的世渡りが必要。(イベント報告 京都大学 総合人間学部 大学院人間・環境研究科 同窓会)*太字強調は当サイト   生きる力を与える言葉 すでに大学院に進学してしまった人にとって、最初に紹介した言葉は凶器にしかなりませんが、さんまさんの言葉が力になります。自分はこの10年間、この言葉を拠り所に生きてきました。 「生きているだけで丸もうけ。」(明石家さんま) 人間、明石家さんま。「座右の銘」の話(YOUTUBE)   研究の世界は段ケーキ 昔、芸能人の誰かがネット記事の中で言っていたことですが、芸能界は結婚式に登場するあの「段ケーキ」と同じで、どれほど努力して前に進んでも、自分が今いる段から上には上がれないそうです。上に行くには、上にすでにいる人に引っ張り上げてもらう以外ない。 この記事を読んだとき、研究の世界も同じだなぁと思いました。どれだけ努力して論文業績を積み上げても、誰かが自分のことを気に入ってくれて引き上げてくれない限り、どうにもならない。段ケーキの上では、前に進む努力をいくら続けても無駄であって、上の段から自分に手を差し伸べてくれる人を得ることが必要なのです。     参考 大学院に行って人生を棒にふる方法 (2018/05/21 06:12 katsu1110) これから人文系大学院へ進む人のために (2004-12-10 15mode ver.cpot)   同じカテゴリー内の記事一覧

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デキ公募:若手研究者からエネルギーを奪い日本の科学研究を衰退させる悪習

公募の結果発表 4月は新しい季節の始まり。大学に新たに着任された先生方の顔ぶれがウェブサイトで確認できます。自分が出して落ちた去年のあの公募で一体誰が採用されたのかなと見てみると、なんと内部昇格している例ばかり。特に、地方国公立大学でその傾向が顕著に見えます。一部のメジャーな大学もそうですが。   応募の労力 別に内部昇進した人になんの恨みもありませんが、だったら大学は公募しないでほしかったなあと思います。応募書類を書いて、送って、面接に呼ばれて準備するのには莫大な労力がかかります。何十か所も応募していると送料だってバカになりませんし、面接のときの旅費や宿泊費だって、非常に家計を逼迫するのです。   募集要項から読み取るデキ公募 募集期間が10日間と異常に短かったり、専門分野が恐ろしく絞り込まれていて該当者がそのラボの中の人しかありえんだろうという募集要項を出してくれれば、それを「これはデキ公募ですよ」というメッセージとして受け止めて、応募を控えるという選択ができます。   お祈り通知から読み取るデキ公募 ひとくちに「お祈り通知」と言っても、そこには非常に大きな違いがあります。選考委員長の先生が、いかに苦労して候補者を選んだかが自分の言葉でしっかりと語られているような大学・学部もいくつかありました。応募者総数や面接に呼んだ数なども記載して、選考過程を多少なりとも教えてくれる大学も結構あります。 そんな誠意を感じさせる大学・学科がある一方で、ありがちなのが、100%定型の書面でしかないような大学。貴殿の益々のご発展をお祈りいたしますってやつですね。少なくとも、デキ公募だったところは、こういう定型文を使うしかないだろうなと思います。ちなみに、定型お祈りメールにもいくつか異なる印象があって、定型なのに誠意を感じさせる言葉遣いというものがあり、日本語の豊かさを再認識しました。 さて、定型お祈り通知を送ってくる多数の大学の中でもひときわ目立っていたのが、首都圏にある日本有数の国立の研究大学。業績欄の論文全部にインパクトファクターまで付記させておいて、「お、ここは研究能力重視で選ぶのか」と思いきや、毎回、フタを開けてみりゃ内部昇進が当たり前。インパクトファクターをわざわざ全部書かせるのなら、採用した人間の論文業績のインパクトファクターの合計と、応募者たちのインパクトファクターの合計の分布でも示してもらいたいものです。この大学は、人間の名前がどこにも書かれていない機械的・事務的な通知を送ってきてお終い。多数ある定型お祈り通知の中でも、異様に非人間的な印象を受けました。応募者を何だと思っているのだろう。   公募制度の矛盾 応募期間を2カ月と十分に長くて、研究領域も漠然とした募集要項の場合、自分にも可能性があると期待する人は何百人にも上るでしょう。彼らの労力を無駄にするのは止めるべきではないですか?論文業績がはるかに上の人たちが多数応募したはずなのに、蓋をあけてみたら内部の、業績的にも芳しくない人がしっかりとパーマネント職に昇進している現実。そういう人たちだけが生き残って、まともに研究成果を上げてきた人が任期切れで行き場を失って研究を辞めざる得ない今の日本の科学研究業界は狂っているのではないでしょうか?   デキ公募廃止の提言 公募する気がないのなら、最初からしなきゃいいと思います。デキ公募をJREC-INに出して多くの優秀な研究者の時間と労力を奪うことはやめて欲しいものです。数多くの真面目な研究者たちがエネルギーを奪われて、疲弊しています。そもそも、研究業績の無い人間を教授や准教授に昇進させる大学では、大学院生は研究者になるためのトレーニングを積むことはできないのではないですか?無垢な大学生が、研究とはそんなものだと誤解して研究に憧れでもしたら可哀そうな話です。 学部学生と話していて思いついた、21個目を挙げるなら、「漠然とした憧れだけで研究者になりたいと思っていないか?」  自分が研究に向いているかを知る20の質問 ~プロの研究者になるために必要な素養とは?進路に迷っている人のためのチェックリスト~ https://t.co/cZB0hizAab — 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2019年4月19日   以下に、デキ公募に関するツイートを紹介します。ガチ公募とデキ公募の境目が明確でないことには注意を要しますが、研究室に在籍していたポスドクがそのまま助教になっていたり、助教が准教授に昇進していたのならば、それはデキ公募だったと考えるのが妥当でしょう。過去に在籍していた人がしばらく外に出てファカルティとして元ラボに呼び戻される形もしばしば目にします。 デキ公募に関するツイート デキ公募ってほんとに犯罪的だと思う。「公募でした」というアリバイ作りのために、何十人もの優秀な若手研究者が何時間もの時間とお金をかけて望みを託し、そして公募前から決まってた通りに落とされて心が折られていく。それくらいなら、公募なんてせずに堂々と一本釣りでしたという形を取るべき。 — Kotani Eisuke (@kotani_eisuke) 2019年1月30日   デキ公募が悪いとは言わないので、そうならそうと言って欲しい。某信州大学の「当研究室には本公募に応募できる助教が一名在籍しております」という公募には潔さを感じたしそれでいいとすら思った。当て馬に使われ、そのために研究の時間が消えていくのは非生産的でしかない。。。 — Ryohei Thomas Nakano …

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大学教員公募における模擬授業のやり方

  2018/12/15    大学教員公募

研究ばかりやってきて授業を受け持ったことがない人がいきなり大学の教員公募で模擬授業をやらされるのは、かなりハードルが高いと思います。自分も、あまりピンとこないまま準備して一方通行の講義をしてしまい、終了後の手応えゼロであっさり撃沈した経験があります。公募を勝ち抜くような人がどのような模擬授業をやっているのかというと、聞いたところでは、どんどん”学生”(選考委員を務める教授たち!)に当てて答えさせたりして、もっともっと双方向の面白い授業をしてみせていたようです。あの場所でそんな度胸は自分には無かったなあと反省しましたが後の祭りです。 高等学校の教育でも新指導要領に移行しますし、今後よりいっそう、先生が一方的に話す授業ではなく、アクティブラーニングといった生徒主体の授業形態が望まれるようになります。そんな中で、学生を巻き込む面白い授業を模擬授業の場で実践してみせることができれば、かなりポイントが高いはずです。 模擬授業をどうやればいいのか?ネットを見渡しても情報が少ないのですが、文系理系問わず役立ちそうなウェブサイトを紹介します。   模擬授業とは?どうやるの? もち時間は20分です。この場合,1回の授業内容を20分にコンパクトに縮めてしまって,20分たったら「今日はこれで終わります」と言って,自分で授業を終えるものでしょうか。それとも,本来の授業時間を想定して講義していき,進行の方が「はい,20分たちました,やめ」といって終了させるのでしょうか。 (短大教員採用試験の模擬試験 2012/12/2110:10:51 ヤフージャパン知恵袋) 発表時間が一部を切り取った20分であっても、授業時間が90分なのであれば90分間分の授業内容の準備をしておくのが良いと思います。同じ20分であっても、その場で湧き出てくるものが自ずと違ってくるでしょう。90分間のスライドのハンドアウトを人数分用意して配布したりすれば、全ての授業の準備していることが伝わって良いのではないかと思います。自分は過去の面接ではそうしました(落ちましたけど)。   模擬授業の重要性 書類審査を突破したら、次に行われる面接と模擬講義ですべてが決まると言っても過言ではない。特に、模擬講義は重要である。… 学生が飽きないように、学生との質疑応答の時間を少し入れて、工夫した。模擬講義の練習を事前に3回行い、後輩に聞いてもらった。わかりにくい部分を指摘してもらい、時間配分を調整した。繰り返し練習したため、当日は余裕をもって、臨むことができた。(「面接と模擬授業」恵泉女学園大学専任講師:李泳采) 模擬授業の重要性は、その大学の教育と研究とのバランスにもよるかと思います。そもそも国立の理系の研究大学の場合、模擬授業を課していないことも多いですし。しかし、その場合でも、研究セミナーのうまさ、わかりやすさ等で教育能力は測られているはずです。   模擬授業は演技・パフォーマンスと心得るべし テーマが先方から指定されることが多いが、学会発表などと混同してはいけない。扱われている内容について、先生たちを相手にしているのではなく、はじめてそれを学ぶ学生に向かって授業しているように「演技」することが必要。(模擬授業について 2017年1月30日月曜日 文系大学教員公募) 普段から学会発表でボソボソとしゃべっているだけだと、いざというときに非常に困ります。いきなりやれと言われると大変ですので、普段の学会発表やセミナーでも聴衆に理解させる意識をかなり高く持って臨む必要があるでしょう。 模擬授業は、原稿を読み上げるだけのものにしてはいけません。面接担当者は観客だと思って、相手を魅了するような「演技」をしなければなりません。当日、面接担当者は複数の候補者の模擬授業を受けます。当然、疲れます。ならば、その疲れを忘れさせるような、退屈させない授業にしなければなりません。そのためには、学術的に適正でありながらも、面白さをあちこちに潜ませる必要があるでしょう。(面接時の模擬授業について(2) 2015年01月12日16:30  それでも人文系大学院にいくんですか?)   模擬授業の準備、練習、慣れの重要性 『これが物理学だ!』の著者であるウォルター・ルーウィン元マサチューセッツ工科大学 (MIT) 教授は白熱授業で有名ですが、彼のような授業の名人ですら(?)毎回入念に授業のリハーサルを複数回行ってから本番の授業に臨んでいたそうです。ましてや人生で初めて授業を行う場合、それも自分の人生を決定づける重要な面接試験で行う場合には、それなりの準備が必要なことは言うまでもありません。 模擬授業はだいたい20分で教科書を指定してくることが多かった。学部の授業で習った以来の復習だったので、苦労した。やはり博士論文を作りながら準備をしていたので、準備不足となることが多かった。少なくとも1周間は練習を見て、模擬授業の模擬授業を3回程度やるとだいぶ慣れてきました。(■新卒博士のアカポス公募記録 2017-03-12 はてな匿名ダイアリー)   模擬授業が課される理由 近年の大学での新任教員の公募では、模擬授業を課すところが多くなっている。これは、採用後、授業担当能力がどの程度あるのかを審査しておきたいという採用側の事情の変化が大きい。多様な学生を受け入れる側からいえば、授業が大きな比重を占めつつあることも事実。現場から大学教育が変わるのかも。 — 山田和人 (@kazuhityamada) 2013年3月10日   模擬授業では授業を行うこと さて,問題の模擬授業の内容だが,物理教員としての採用だったので,理工学の一般教養として教える機会の多い「力学」の中からトピックが5つほど与えられ,そのうち一つを選択し「もしそのトピックを中心として90分の授業を行うなら,どのように授業を組み立てるか」を20分で話すというものだった.(そういう意味では「授業の内容を説明する」というもので,本来の意味での模擬授業とは違う性格のものだ.)(【大学教員への道】 模擬授業 2014年10月13日月曜日 akt37) 上の公募では授業のやり方を説明することが要求されていたようですが、募集要項で模擬授業をやれと言われている場合には、本当に面接の場で面接官を相手に、「授業」をやらないと零点になると思います。念のため。 …