Category Archives: 研究力強化

研究テーマの選び方 22のポイント

いざ大学院生として研究室に配属されたり、ポスドクとして新しいラボで働き始めたときの最初の悩みは、研究テーマとして何を選ぶかということです。フェローシップをとるために半年前に書いた研究計画があったとしても、実際にラボに来てみるとラボの状況やボスの考えが変わっていて、研究テーマを一から考え直すことになるのは珍しくありません。


それでは、どのような点に注意して研究テーマを決めればよいのでしょうか?自分が興味を持てるトピックを選ぶことや、与えられた年数で答えが出る(=論文が出せる)程度の大きさのクエスチョンを設定するといったことは当然のことですが、他にもいろいろ考えるべきポイントがあります。
それでは、順番に見ていきましょう!

 

1.研究テーマはボスから与えられるもの? [責任の所在]

そもそも、研究テーマは誰が決めるべきものなのでしょうか?やってほしいテーマをボスが提示することも、学生やポスドクの自主性に任せられることも、どちらのケースもあります。その中間として、漠然とした方向性や大きな枠組みだけが与えられる場合も多いでしょう。教授の教育ポリシーや、研究助成を受けている課題、ラボ全体の研究の進展状況なども関係するので、ボスとよく話し合うことが大切です。また、ボスが与えてくれた研究テーマが当たる保証は全くありません。むしろうまくいかないことのほうが多いでしょう。そのときにどうやって研究の軌道修正をするかは、研究している本人の力量にかかっています。

誰かの助力が欲しければ、その人のところに行きなさい。その人からあなたのところに来てくれることは決してない。(Stephen C. Stearns  大学院生への「ささやかな」アドバイス)

研究テーマについては自分で見つけると書きましたが、もちろん大学院生がゼロからテーマを決めるのは難しいです。ですので、まずは当研究室で行っているテーマや対象生物に近いところから始めるのが現実的です。 (北海道大学大学院 小泉研究室

成功している人には,年上から話しかけやすい,というタイプが多いように思えます.年上から話しかけやすい人にはアドバイスや良いテーマという形の「運」が舞い込みやすいし,そこに人一倍の働きがあれば認められて実を結びやすいと考 えれば自然な結果です.… 独立心が強くてシニアにアドバイスを求めないのは得策ではありません.(京都大学大学院 篠本 滋  大学院生へのメッセージ)

最初は僕が頭で考えた仮説をもとに、こんなことをやったらどうだろうと提案するわけですが、 多くは当たらない。だから僕が提案するテーマはきっかけにすぎず、残りはそれぞれが考えてやる。僕の提案と全然違う実験やって、こういう結果が出ましたと 僕のところに来ると、最初は当惑することもあるけれど、よく聞いているとこっちも面白くなってくる。こうして研究が進むわけです。(細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

生物のセの字も知らないのに、先生からの指示がないのですから何をしていいのやらと、一人で悩みました。三ヶ月後、しびれを切らして大沢先生に会いに行くと、「え?君、なにかしたいから来たんじゃないの?」と言われ、自立しないと何もできないと悟り、目が覚める思いでした。(生命現象の基本にゆらぎを発見 柳田 敏雄 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

原則として自分でテーマを探して下さい。いくら待っていても,私からテーマを指定することはありません。… 研究は,当たるかはずれるかは,誰も分からないものですから,「100%確実に博士論文になりうる安心なテーマ」など,あらかじめ誰も知りません。 そのために,博士課程の最初の1年間くらいは,視野を広げて情報を収集し,「新しく」かつ「重要な」研究テーマを見つける努力をして,できるだけまっとう なテーマ探しをしてもらっています。このプロセスは,その後に独り立ちして研究生活を続けていくための,非常に重要な訓練になります。 (大阪大学大学大学院 小川研究室

ショレムは、アダマールが誰かから論文のテーマと指導を求められて激怒しているのを目撃したことがあると話していた。「とんでもない男だ。自分でテーマを見つけられないやつが、よくも博士号をとろうなどとかんがえられたものだな!

引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 242ページ

浮田先生が、博士課程でも有機合成に関わるテーマを出されたので、「先生は自然に起きていることを研究しろと言ったじゃないですか。僕はtRNAの構造と機能をやりたいんです」と拒否しました。怒られましたね。「今日のお前は頭がおかしい。出直してこい」と言われたので、「はいっ」と引き下がって三日後にまた同じことの繰り返し。ついに三回目、「わかりました。先生のテーマもやりますが、自分が思っていることもやっていいですか」と尋ねると、「知らんっ」とまた怒られたので、「ありがとうございます」と言って戻りました。このやりとり以来、結局、教授のテーマには手を付けませんでした。(ヒトのがんウイルスに挑む 吉田 光昭 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

As a graduate student, it is wise for the principal investigator (PI) to choose the initial project, or at least play a major part in choosing the project. You simply don’t have the experience and judgment at this point to choose an interesting project with a significant chance of success. At a postdoctoral level, the decision is more conditional. If you are continuing in the field of your Ph.D. studies, you should be capable of choosing a good project. If it is a new field, however, your advisor will need to provide guidance as to what is feasible and interesting.
(How to succeed in science: a concise guide for young biomedical scientists. Part II: making discoveries. Jonathan W. Yewdell Nat Rev Mol Cell Biol. Author manuscript; available in PMC 2009 Jun 1)

上のツイートで紹介されている言葉の中に、”他人からはアドバイスできない”とありますが、まさにその通りだと思います。自分の経験で言えば、いい実験結果が出ると、ボスや周囲から良いアドバイスが得られますが、ポジティブな実験結果が出なくて苦しんでいるときには、誰も役立つアドバイスをくれません。研究というのはそんなものです。上のツイートでアカハラではないかと心配されていますが、多くの場合、本人が自力で頑張るしかないという状態を見守ってあげることしかPIはできないと思います。私の個人的な考えですが。

 

2.研究テーマ選びの落とし穴 [研究の意義]

大学院生やポスドクは期限が切られているため、「一刻も早く実際の仕事を始めなければ」というプレッシャーがかかります。しかし、正しい方向を見定めないうちに走り出すのは危険です。物事を始めることは簡単ですが、きちんと終わらせることも、途中で潔く撤退することも、どちらも簡単ではないからです。その研究の意義の大きさを見定めてから始めなくてはいけません。

 

長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題に盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。‥‥ 私は問題の本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリーは存在しない。(■博論審査を終えて(所感、長文) はてな匿名ダイアリー 2018-01-19)

 

Q:目の前の疑問やテーマにすぐに飛びついていないか? MESSAGE→その疑問には、貴重な時間と労力を費やして答える価値が本当にあるのか?(『なぜあなたの研究は進まないのか』 東京大学医学部付属病院呼吸器外科講師 佐藤雅昭 2016年 メディカルレビュー社

ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切な事をやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまでは研究を始めるなと言ってるんです。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)

研究で何が大変かと言えば,研究テーマを決めることだと思います.研究の善し悪しは,はっきり言って何を研究するかを決めたときにその大勢が決まっているとも言えます.そういう研究テーマを思いつけるかどうかが分かれ目だと思います.(勉強と研究 似て非なるもの 境有紀のホームページ)

Alonはテーマ選びにおけるありがちな誤りとして、「最初に思いついたアイデアをテーマとして設定してしまうこと」を挙げています。アカデミックの研究プロジェクトは、どんな小さなものでも数カ月単位、場合によっては数年単位で組まれるものです。加えてすぐさま終わると思えた テーマでも、予測もしない箇所であちこちつまずくものです。このような事情ゆえに、安易なテーマ設定はあとで望まぬ苦痛を生み出すことになります。(「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? 日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日)

Choose a question that breaks new conceptural ground. Try to seek the answer to an open question, not merely to fill in some missing data in the literature. I frequently see papers where the rationale given by the authors for doing the research is that something “is not fully understood,” or that some fact is “not known.” (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

長年の経験から、「良い」テーマを探すことが研究で最も難しいと思うようになりました。(a)面白い問題、(b)重要な問題、(c)人が答えを知りたがるような問題、そして(d)実際に解決できる問題を見つけるのは、とても難しいことです。研究の所要時間も考慮しなくてはなりません。一晩で解けるような些末な問題でもなく、一生かけても無理というような、永遠に取り組み続けなければならないような問題でもいけません。原則としては、大きな問題を小さな問題に分け、助成金を充当することができる3年から5年の間に、それらの小さな課題に取り組むことになります。 (ティム・ハント博士、ノーベル賞受賞者 研究で一番の難題は、取り組むべき課題を見つけること  editage Insigths)

今も一番忘れない言葉が「阿倍野の犬実験をするな」です。何のことかわからないと思いますが、阿倍野とは大阪市阿倍野区、大阪市立大学医学部の所在地であります。このことは当時の助教授の先生に何回も言われました。どういうことかというと、アメリカでアメリカの犬を調べて「ワン」と鳴いたという論文が出たら、すぐに日本の研究者は日本の犬の頭を叩いたら何と鳴くのかを調べて、「ワン」と鳴きましたという論文を書く。それは「日本の犬実験」です。さらに、うちの大学の研究者は、日本の犬が「ワン」と鳴いたので阿倍野区の犬の頭を叩いたら、やっぱり「ワン」と鳴いたという論文を書いている人がたくさんいる。だから、阿倍野の犬実験は絶対にするな。(山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長 2011年12月 日本分子生物学会 若手教育シンポジウム PDF)

銅鉄実験: 語源は,銅を材料にしてすでに結果が発表されている研究を,鉄を材料に変えて追試する実験から来ている.転じて,結果は約束されているがオリジナリティーや新奇性に乏しい研究のこと.(バイオテクノロジージャーナル 2006年7-8月号 Vol.6 No.4 / 実験医学Online

研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。研究を始めて間もない学生は、しばしば、ちょっとやればうまくいきそうなプロジェクトをやってみたい衝動に駆られがちです。しかし、そんなことをやっても、誰も見向きもしないようなことが分かるだけであるか、世の中の誰かがすでにそんなことはやっていて、実験がうまく行き始めたころに他から論文が出てくるか、そんなところがオチです。結局のところは時間の無駄なのです。こんなことが分かったら(できたら)すごい、一体どうなっているのか訳が分からない、そんなことにトライしないと意味がありません。第一、そのようなテーマでないと楽しくないですし。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院  今井研究室  教授挨拶)

 

3.研究テーマ選びの落とし穴  [手段と目的]

実験手段や研究対象となる実験材料が研究室にまず先にあって、「それを使って何ができるか」が研究テーマを探す出発点になるラボも多く見受けられます。その場合は、その研究手法の適用範囲にまで発想が狭まってしまいます。

また、研究目的を達成するために必要なツールをまず開発するという研究計画も要注意です。ツールの開発に何年もかかっているうちに、他の研究グループが先にもっと良いツールの開発に成功しそれが公開され、自分でそのツールを作る必要が全くなくなることがあります。

自分の研究において「手段と目的のどちらが大切なのか」を常に見失わないことが大切です。

金槌しかもっていないと、すべてのものが釘に見える (When all you have is a hammer, everything looks like a nail.)(Weblio 英語のことわざ辞典

研究テーマが決まると,次に,研究の目的や目標が決まります。つまり,「この研究では,どこどこまでを明らかにしたい」という目標が決まります。そして, その目標のためにベストな手段を用いて研究を進めるわけです。ところが,その手段を使うこと自体に徐々に満足してきてしまい,手段を使うことだけで研究が終わった気になる例が多く見受けられます。(大阪大学大学院 小川研究室の運営方針)

 

4.ホームランだけを狙いに行かないこと [リスク管理]

重要で大きな仕事をして良いジャーナルに論文を出したいという野心は誰にでもあります。しかしリスク管理が大切です。研究では、期待した結果が得られないことのほうが多いのですが、論文が全く出ないと研究者として生き残れません。

テー マは複数持ちましょう。…困難だけれどもうまくいけば大きな仕事になるテーマ(松)、確実に論文になることが狙えるテーマ(梅)、この中間的な性質を 持つテーマ(竹)を 持つことをお勧めします。 (「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 中山敬一 九州大学大学院教授)

もう一つ言いたいことは、「ドクターコースに進もうという学生ならば、複数の研究テーマを必ず並行して進めよ」、ということです。単に博士号が欲しいならともかく、ドクターコースに進学する学生さんは、将来、「研究する」ということを職業にしたいのだと思います。その業を積むには、文字通り業績が必要です。難しいジャーナルを狙えば狙うほど、結果を得るためには難しい実験が必要となってくるし、何種類もの異なった研究手法が必要です。したがって、すぐに成果・業績は出ません。..  我々の大ボスの宗岡先生は、「学会発表する際の内容が必ず異なるように、複数の実験を走らせよ。研究は上手くいくこともあれば、そうでないことの方が大部分なので、保険実験が重要」ということを常に言われていました。桃栗3年柿8年ではないですが、2~3年で論文にできる仕事と、5年以上かかってもライフワークになる大きな仕事の両方を進めておく必要があります。(雑感 広島大学大学院総合科学研究科 人間科学部門 生命科学研究領域 脳科学分野 浮穴研究室のホームページ)

 

5.研究テーマ選びに際して論文を数多く読み、よく考えることの重要性 [研究動向の把握]

自分が思いつくようなことは、他の人も既に思いついていることが多いので、自分のアイデアが既に論文になっていないかどうか、先行研究をチェックする必要があります。どんな研究分野でも研究の潮流や歴史があります。その分野がどのように発展してきてどちらへ向かっているのか、どの程度成熟しているのかは、関連論文をたくさん読むことで見えてきます。

まず最初は、広く、徹底的に読んだり考えたりしなさい。(Stephen C. Stearns  大学院生への「ささやかな」アドバイス)

研究プロジェクトが辿る道のり 1.どんな研究をするか考える 2.関連研究を探す 3…. この中でも、2→1のバックトラック(似たものを見つけちゃって元々のアイデアがつぶれる)がものすごく多いです。(コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ junkato.jp 2012年11月13日)

その頃の私は、毎週届く一流誌の論文を誰よりも先に読んで優越感に浸り、研究の最先端に居るような気になっていたのです。でもあるとき小関先生に 「君、何でもちょっとずつよう知ってるね」と言われ、ものすごく傷つきました。それを契機に、自分でアイディアを考えることが重要だと気づきそれに専念す る事にしたのです。こうして新しい実験計画を色々と考えて志村先生のところに持って行くと、先生はよくできた人ですから、「よく思いついたね」とおだてて くれます。でも色々調べてみると、そういうアイディアはもう既に論文になっている事が多く、それに気付いてがっかりし、また別のことを考えるという日々が続きました。 そのうち次第に、5年後にはこういうテーマで世界の一線の研究が動いているはずだというところまでたどりつくようになったのです。学生時代には、最初からテーマを与えられて研究をするのではなく、自分で考えることを強いる教育が重要だと思います。(常に問いを立て続けて—免疫・嗅覚・そして次は 坂野 仁 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

留学したラボではすごく自由にさせてもらったので、例えばベンチに立ってなかったら働いてないと思われるような雰囲気は全然なかったんですね。…最初の2~3ヶ月で100本ぐらい読みましたが、良い論文とそうでない論文がわりとすぐに区別できるようになりました。そうなると、良い論文だけちゃんと端から端まで読んで、それ以外は一応内容がわかる程度に飛ばし読みできるようになりました。最初の100本を短期間で読むのが大事だと思います。どんどん反復することによって、脳が鍛えられます。…大学院の頃の自分だと大体300本ぐらいは読まないと自分のアイデアを誰もやっていないかどうかわからないという感じがありました。(実験医学 2015年6月号 Vol.33 No.9 シリーズ 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第3回 創造的な研究を行い、マイルストーンを築く ミシガン大学 山下由起子)

 

6.論文を読んでわかった気にならないこと、批判的に論文を読むこと [批判的精神]

自分のアイデアがどれもこれも既に論文になっているのを見つけると、「自分がやることはもう残っていないのではないか」と焦る気持ちにもなります。しかし、たいていの論文は「ギャップ」が目立たないように見栄えよく書かれているだけで、実際にはいろいろと問題があるものです。論文の結論が間違っている可能性すらあります。

月曜日から金曜日までの毎日、早石研、沼研の合同ランチセミナーがありました。いくつかの論文の内容を紹介するのですが、実験の組み方、結果の解釈の仕方、討論は正しいかなど、実に厳しい質疑討論が行われます。無理に筆者の立場に固執し、客観的に論文を評価できないと容赦なく批判され、時に翌日に持ち越 されます。恐怖のセミナーでした。ここで初めて、論文は批判的に読むということを勉強しました。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)

科学者たるもの、根拠なしに信じてはいけないのです。誰かが論文などで言った結論を、第三者が紹介すると一見まともにみえるものですが、根拠となっている原典のデータやデザインをきちっと評価することが大事です。… 論文を読みながら、その根拠となる引用文献に記されたものを分析すればよいのです。すでに出版された論文であっても差読者の立場で読んでみると、よい点悪い点、論文の主張に穴があれば見えてきます。それから、自分の目で客観的に判断すると、どれだけ多くの未解決問題が残っているかがわかります。そうすると自分の考えで新しい研究を始めることができます。(実験医学  2015年11月号 Vol.33 No.18 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第5回 科学の原典をひも解き,知の体系を築く  近藤寿人 京都産業大学教授)

重要なことは雑誌に公表された論文をそのまま信じてはいけないと言うことです。私は大学院の指導教官であった西塚泰美先生(元神戸大学長)から「すべての論文は嘘だと思って読みなさい」と教えられました。まず、疑ってかかることが科学の出発点です。教科書を書きかえなければ科学の進歩はありません。しばしば秀才が陥る罠ですが論文に書いてあることがすべて正しいと思い一生懸命知識の吸収に励むあまり、真の科学的批判精神を失うという若者が少なくありません。(「STAP 論文問題私はこう考える」 質問8 答え8 新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授 PDFリンク

 

7.論文を出発点にするのでなく自分が観察した現象から出発すること [独創性]

良い研究の条件の一つは独創性があることですが、それはどのようにして生まれるのでしょうか?

[アドバイス] 生物学者アガシーの「自然を学べ、本を学ぶなかれ(Study nature, not books)」という名言があります。本を読んで自然を理解したように思い込まず、自分で自然を感じて課題を発見しましょう。(文部科学省検定済教科書 高等学校理科用 平成30年度版 生物基礎 改訂版 本川辰夫 谷本英一 編 啓林館 61  啓林館生基 315

早石道場での経験は他では得難いものでした。 … 「文献を読むのも重要だが、オリジナルなことをしようと思ったら、自分の実験結果を丹念に観察し、その中から課題を探すことだ」というのが教室の方針でした。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)

魚の顔色を見ることでいろんなアイデアが浮かびます。これができたらすごいなとか、こんなこともできるのではないかとか「魚飼いならでは」のアイデアが浮かぶのです。これは論文を読んでいるだけでは絶対浮かびませんし、試験管をふっているだけでも浮かばないと思います。(サバからマグロが産まれる!? 吉崎悟朗  紀伊国屋書店 注目の本・書評で読む)

岡田節人教授は「論文を読んで、そこから研究を始めるな」と口癖のように言っていました。他人の論文を読み、次に自分だったらどうするか?というようなやりかただけで研究を進めると、その時代の研究の進歩には貢献するけれど、真のオリジナリティには繋がりにくい。 もうひとつ、既存の論文から研究をはじめることの深刻な問題は、メジャージャーナルに掲載された論文ですら、結論が間違っている場合がしょっちゅうあるんです。厳正なレビューを通過した論文でも、一見完璧にストーリーができあがっていると、 真の専門家でない限り問題があっても気づき難い。その場合、間違った結論の上に新しい論理構築をすることになります。研究というもの、自分の目で自然を観察し、発見することが一番大切だと思います。(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター センター長 竹市雅俊氏 トムソン・ロイター 研究者インタビュー

頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめから駄目にきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それが駄目と分かる頃には、しかし大抵何かしら駄目ではない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめから駄目な試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。自然は書卓の前で手を束ねて空中に画を描いている人からは逃げ出して、自然の真中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉を開いて見せるからである。(科学者とあたま 寺田寅彦)

今から考えると、私にとっては非常に重大な決断を自分自身に対して下した。それは、他人の論文や参考文献は一切読まないということ。そして自分の実験結果だけから考えて研究を進めようと決意したことだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 p145)

 

8.再現実験・追試から入ること [巨人の肩に乗る]

その領域で一番重要で興味があると思う論文の追試をしろ。その結果は必ずしも著者の言っている通りにならないから、なぜ違うのかという食い違いの分析から研究をスタートするといい(細胞と人間のサイエンス 増井 禎夫 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

すべての研究はひとのまねから始まる 科学は先人達が多大な努力と年月をかけて築き上げた膨大な過去の成果の上に成り立っています。従って、あらゆる科学研究は先人達の成果をまず利用する事に始まります。その第1歩は先人と全く同じ実験をやり、それが再現することを確認する事から始まります。その過程で、自身の実験技術を確認すると同時に、先人が気がつかなかった新しいテーマを見いだすことが出来ます。(大野茂男 研究室のメンバーへのメッセージ PDF)

Pavlov’s laboratory best illustrates the replication and extension approach. As a new student, you would have replicated the last dissertation conducted there. This tested your ability to follow a write-up, and motivated Pavlov’s senior students to work most carefully. Your dissertation would have been some logical extension of this preliminary work. You neither had to to survey the entire research literature nor wonder if the equipment could be constructed. The work had just been completed in your laboratory. Consequently, the duration and other costs of new research could be estimated well. (An Insider’s Guide to Choosing a Graduate Adviser and Research Projects in Laboratory Sciences by Marshall Lev Dermer)

 

9.夢中になれる研究テーマを選ぶこと [研究にのめり込めるか?]

新しい実験を行う場合、期待した結果がすぐに出るということはそうそうありません。良い結果が得られるような実験条件を探し出す努力が必要で、それが研究の労力の大部分を占めます。八方塞のような状況に陥ってもくじけずに粘って突破口が見出せるかどうかは、その研究テーマに対する愛情の深さにかかっています。そして、良い実験結果が出たあとも、それを良いストーリーに纏め上げて論文として世に出すまでには更に長い道のりがあります。長い年月付き合っても飽きず、寝食を忘れて没頭できるくらいの研究テーマを選ばない限り成功はおぼつきません。

私が知っている「幸せで成功している人」というのは、好きなことを仕事にしているだけではなく、自分の仕事に心を奪われているんです。 …犬とテニスボールで遊んだことはありますか? テニスボールを手に持って見せただけで彼らはものすごく興奮します。そして投げた瞬間興奮して走り出し、ボールに向かって一直線、リードが持っていかれたりしますよね? そう、これが幸せに成功している人々の姿です。皆さんもこんな気分になれるものを見つけて欲しいと思います。(「人生のコツはたったの3つ」Dropbox創業者ドリュー・ヒューストンの卒業スピーチが感動的 logmi.jp/8845)

日本では我慢とか忍耐の重要性が強調されますが、我慢して何かをしてもそれは良い人生にはつながらないと思います。我慢しなければ一生懸命実験できないよ うなら、それは単に自分が研究には向いてないという事だと思います。夜遅くまで実験するのは「楽しいから」であって、「いつかはこんなつらい状況を抜け出すため」ではありません。… そして自分が好きな こと(それに伴うつらいことが苦にならないくらい好きなこと)を見つけられれば、その結果成功しなくても気にならないし、でも、好きなのでどんどん努力するため成功の確率は上がると思います。(“Don’t be trapped by dogma”〜人生とは、生きる価値とは〜  山下 由起子 Life Sciences Institute, University of Michigan / 全世界日本人研究者ネットワーク 留学体験記)

Make sure that you are genuinely interested in the question you choose so that it will continue to intrigue you through a period of several years. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

you need to “pick a problem that interests you. You will be living with it for a long time. Make sure it is something you will want to wrestle with even when the going gets rough. It has to make you want to get up early, work late, come in on the weekend, and think about it in the shower.” (How to choose a fruitful research project: advice from graduate students. Lee-Anne Huber, Alexandra Guselle.SURG;Studies by Undergraduate Researchers at Guelph Vol4,No1 (2010))

10.研究テーマが大きすぎず小さすぎないこと

科学者は簡単すぎず難しすぎもしない問題を見つけ出すことによって存在感を示すのだ(ジョン・フォン・ノイマン)

参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 313ページ

 

11.研究テーマの選択がタイムリーであること

研究テーマは、その大きさという問題もありますが、それに関連するのが隊員具です。学問のっ潮流にあって、早すぎず遅すぎずと言えるものが良いと思います。

世の中には重箱のすみをつつくような研究をしている学者がいっぱいおるんですわ. そんな研究は時間の無駄やから私はやりません. そして研究テーマは世の中の流れに対して早すぎても遅すぎてもいけません. 一歩早いと早すぎます. 半歩早いテーマを選ぶことで成功するんです. (月刊 化学 2015年8月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回)

ダルベッコが後に僕のことをほめて言うには、トネガワはそのときavailableなテクノロジーのギリギリ最先端のところで生物学的に残っている重要問題のうち、何が解けそうかを見つけ出すのがうまい、というんだね。いくらいいアイデアがあっても、それを可能にするテクノロジーがなければ絶対に出来ない。だけど、みんなこれはテクノロジーがなくて出来ないと思っていることの中にも、そのときavailableなテクノロジーをギリギリまでうまく利用すれば、何とか出来ちゃうという微妙な境界領域があるんですね。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)

The thing that differentiates scientists is purely an artistic ability to discern what is a good idea, what is a beautiful idea, what is worth spending time on, and most importantly, what is a problem that is sufficiently interesting, yet sufficiently difficult, that it hasn’t yet been solved, but the time for solving it has come now. (Professor Savas Dimopoulos, a particle physicist at Stanford University)(引用元

科学者の優劣を決めるものは純粋に芸術的才能であり、優秀な科学者はこの才能でもって、何が良いアイデアなのか、何が美しいアイデアなのか、何が時間を費やす価値があるものなのか、そして、最も重要なことだが、何が十分に面白く、それでいて十分に困難であり、しかもそれはこれまでに解かれたことがなく、しかしながら、それを解くべき時が今まさに来たということを見定めるのである。(Savas Dimopoulos教授、スタンフォード大学の素粒子物理学者)(訳:当サイト)

12.研究テーマ選びでボスと意見が合わないとき

「好きなテーマをやっていいよ」と言われていたのに、いざ来てみると「君にはこのテーマをやってもらう」、とボスに研究テーマを強硬にあてがわれてショックを受けた人がいるかもしれません。しかし、お互いに相手がどんな人間かがよくわからない「様子見」の時期に感情的にぶつかってしまうのはもったいない話です。互いの考え方がよりよく理解できれば、研究テーマの選択に関しても自然といい方向に向かうものです。ちゃんと仕事ができる人間だということをボスに認めさせたうえで、ボスに対する愛情と敬意を示していれば、ボスの態度が軟化することもあります。与えられたテーマと自分のテーマとを同時に走らせて、うまく行ったほうを発展させるといった対処が現実的です。良い論文になることが明らかな実験データが得られれば、ボスがそれを研究テーマとして認めないということはないでしょう。

About 95 percent of the time, being able to move a person to your side of an issue comes down to how you make him (or help him) feel about himself. (Bob Burg, Adversaries into Allies)

 

13.研究テーマ選びでラボ内のほかのメンバーと競合したとき

ラボメンバーが多くて研究対象が絞り込まれているラボの場合、自分のやりたいテーマが他のメンバーとかち合うことがあります。ボスが間に入ってラボメンバー 同士のテーマが重ならないように調整することもあれば、一切介入しないボスもいます。そんなときにどう対処すべきかという正解はありません。しかし、相手が口で権利を主張しているだけで全然実験しない人であれば、自分がさっさと実験して結果を出してボスに認めさせることで決着が付くことがあります。実験系の研究室では、最初にきちんと実験データを出せた人が評価されるのが常だからです。あるいは、譲れないこと(e.g., ファーストオーサー)以外はギリギリまで譲って、協調して研究に取り組むことも可能でしょう。何はともあれ、周囲からの協力があるほうが研究はスムーズに進みますので、ラボの仲間とは信頼関係を築けていたほうがいいです。研究ができる人という評価をボスやラボの仲間からひとたび勝ち取れば、自分のやりたいことが実現しやすくなります。

Then the Sun came out and shone in all his glory upon the traveller, who soon found it too hot to walk with his cloak on. (Aesop, The Wind and the Sun)

 

14.そのラボのアドバンテージを研究テーマに反映させること

どんなラボでもそのラボ独自の強みがあります。それと自分の強みとを掛け合わせると研究にユニークさが出せます。そのラボで利用可能な研究リソース(実験手法、経験、ツール、専門的な能力や知識)をよく調べてそれらを最大限に活用することにより、そのラボで仕事をするアドバンテージが生まれます。

You ought to profit from the experience of others in the lab. It is prudent to work on a topic in which your advisor is an expert so that s/he can help you solve problems. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)

 

15.ラボの中心的テーマをやるか、主流から外れたテーマを選ぶか

ラ ボにはラボの研究の歴史や流れがあります。そのラボが追いかけてきた大きなストーリーの中にある研究テーマに選ぶか、それともあらたな研究テーマを開拓するかは、ひとつの決断です。より多くの研究費が主流のテーマにつぎ込まれていて研究しやすかったり、研究の流れがある分、認知度が高く論文を出しやすいかもしれません。ただし、次のステップで独立することを考えているポスドクであれば、独立後の自分の研究テーマがそのラボと競合しないような方向性を選ぶということもあり得ます。

大学院生がきた時は、最初は放っておいて様子を見ている。どんな本を読んでいるかとか、誰とどんな話をしているかとか。はじめはこれをやれとは言わないで、何気ない顔をして観察しているのです。そしてテーマを決めたら、今の研究室でIP3やCa2+に 関する研究をしていればかなりのレベルの研究ができ、注目される成果が出るので、それにつなげるようにしながらその範囲では何をやってもよいと言うんで す。ただ、やりたいと言ってきたものが、長い経験からやらない方がいいと判断できる時は止めますけれどね。こうやっているといい仕事が出てきます。(俯瞰と徹底 分子から細胞、発生へ 御子柴 克彦 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

水晶体の研究はどうするのと聞かれて、それはもうやめますと、ほぼ宣言に近い発言をしました。…細胞分化に比べると、細胞の接着なんて、発生学ではマイナーと言ってよいテーマです。いわば自分から足を踏み外したわけですが、きっと新しいことが見つかるに違いないと思っていたし、精神的にはほっとしましたね。自分で培養皿の細胞を見ていて気づいた接着現象ですが、… (細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

 

16.ラボの体制と研究テーマ選び 

大きなラボで複数の研究グループリーダーによる研究体制が敷かれている場合は、研究テーマ選び=どの指導者につくかという問題になります。ボスを選ぶときと 同じくらい、あるいはそれ以上に誰と一緒に研究するかは重要です。大学院生の場合、その研究グループリーダーが事実上の博士研究指導教官になります。その”中ボス”が途中でラボから独立して出ていくこともあります。

 

17.前任者の実験結果が追試できないとき

前任者が出した論文の仕事の続きを研究テーマとしてボスから任されることがあります。ところが、その論文の実験結果がどうしても再現できないということが、残念ながら珍しくないようです。この場合、研究テーマとしては完全に破綻していますが、自分のラボの論文を否定したくないボスはなかなかそれを認めないかもしれません。こういうときは、前任者の成果以上にポジティブなものことを新たに見つけて、そちらに研究テーマを移行するしかありません。

 

18.誰もやりたがらない研究テーマしか残っていないとき 

面白くてしかも実現が容易な研究テーマは、すでにいるラボメンバーが手を付けており、新参者には、ラボとしては重要なテーマなんだけど、大変そうなものしか残っていないということがあります。このような場合は、体力に自信があればハードワークで解決するか、あるいは実験ステップの合理化や測定記録自動化などで、十分実現可能な研究テーマになるかもしれません。

 

19.裏実験・裏テーマの勧め [独立心の涵養]

研究室の体制によっては自由が全くなくて、言われたこと以外の研究テーマや実験が一切できないことがあります。それでもできる限りボスの目を盗んで、自分のアイデアを試すような実験をどんなに小さなことでもいいからやってみることをお勧めします。誰に言われたものでもなく自分の中から湧き出てきたアイデアを試して、期待通りの実験結果が得られれば、非常に大きな自信につながります。もしそれが論文になりそうなところまで育てば、研究テーマとして認めてもらえる日が来ることでしょう。仮に研究テーマとしてそこまで発展しなくても、研究に対する自信が自分の内部で育まれます。

30代半ばくらいまでに、小さいことでも自分が考えたことが当たって、どうやらうまくいきそうだし、しめしめと思う体験をする。他の人が誰も認めてくれな くても自分でにっこり微笑むということがあると、またやってみようと努力をすることができる。それが研究を支えている力だ、そう思いますね。(筋肉をめぐる闘いの40年  丸山 工作  JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

 

20.絶対に失敗しないテーマ

多くの場合は、仮説を立ててそれを検証する実験を考え、期待する結果が得られたらその仮説に基づいたストーリーをつくって論文にします。期待する実験結果が得られなかったら、ネガティブデータとしてお蔵入りです。ところが、可能性がAと¬A(Aの否定)の2通りで、どちらに転んでも面白いと思えるテーマであれば、絶対に失敗しないテーマということになり、かならず論文になります。たとえば、ある遺伝子の働きがcell-autonomousか、それとも cell non-autonomousかを調べる実験などです。生命現象の中の、何かしらの物理パラメータを決める実験も、かならず答えが出るので失敗しないテーマと言えます。例えば、ゲノム上の全遺伝子数の決定とか、細胞の中に存在する特定のタンパク質分子の個数を数える、酵素活性や、機能分子の性質を表す物理パラメータを決定するなど。

 

21.それで職が獲れるのか?

研究の意義の大きさを見定めることとオーバーラップしますが、出せるジャーナルのランクの見定めも必要です。研究者としてのキャリアを考えているのであれば、論文をトップジャーナルに出せるかどうかが極めて重要になるからです。ネイチャーやサイエンス、あるいは、せめてそのすぐ下の姉妹紙に出すかどうかで、人からの見られ方がガラリと変わります。良し悪しは別として、研究指向の大学や研究所ほどトップジャーナルに論文を出しているかどうかを重要視します。つまり、小さい論文をコツコツとコンスタントに出しても、それが評価されない、すなわち、「ジョブが獲れないため研究者として生き残れない」可能性が高いのです。

研究テーマを決めて実験を始めた段階で、仮にすべての実験が自分の思い通りになったとして論文を書いたときに、どのランクの雑誌に論文が出せるかが決まってしまいます。

研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院  今井研究室  教授挨拶)

自分にできそうなテーマを選んで、自分に書けそうな論文を、ここなら通りそうという雑誌に出したときに、その論文業績で果たしてあなたは自分が希望するジョブを得ることができるのか?と自問する必要があります。ここでしっかり吟味せずに研究を始めるのは、あまりにも考えなさすぎです。自分が想定している大学や研究所でPIのポジションを最近得た人の論文業績はどんなものなのか、よく調べてみましょう。トップジャーナルに論文を出していないと、研究ができる大学や研究所でジョブを獲るのはなかなか厳しいという現実があります。その研究テーマで実験して、全てがうまくいったときにトップジャーナルが狙えないのだとしたら、あなたのキャリアパスはPIとしてラボを持つという未来には繋がらないということです。現実的には、ラボのボスにトップジャーナルに論文を出す力があるかどうか(論文を書く力、エディターと交渉したり差読者に反駁して説得する力、部下をうまく使う力)が、大きく効いてきます。だからこそ、研究テーマ選び以前の話として、いいラボを選んでおく必要があるのです。

関連記事 ⇒ 大学院やポスドク先の研究室の選び方

 

新しいラボに入って研究テーマを選ぶことは決して容易ではありません。自分の興味やスキル、体力、将来設計、その研究分野の研究動向、そのラボの運営体制や他のラボメンバーとの兼ね合いなど、様々な要素が絡んできます。研究テーマを決めるためには、自分のやりたいことを明確にすること、自分が飛び込む研究分野の動向をよく知ること、そして新しいボスやラボメンバーと良い人間関係を築くことが大切です。

〔注意〕 人それぞれ置かれた状況により、研究テーマ選びやラボで遭遇する問題の解決方法は大きく異なることがあります。このページの内容はあくまで参考に留め、ご自分の責任で最善の判断をしてください。

22.できることをやるのではなく、本当に知りたいことをやる

Last but not least,


最後になりましたが、これが一番重要だと思います。多くの人が、入ったラボで、「できることは何か?」と考えて研究テーマを選んでしまっています。「何が知りたいのか?」という発想で研究テーマを選ぶためには、大前提として、自分が行こうとしているラボや自分が今いるラボは、自分がやりたいことができるラボか?を問う必要があります。

自分がアメリカに留学しようと決めて、どこのラボに行こうか悩んだときに、何を基準にラボを選ぶべきかをアメリカでPIをやっている日本人の人に尋ねたことがありました。その方とは初対面でしたが、「自分がやりたいことができるラボを選びなさい。」という答えが即座に返ってきました。今振り返って考えても、やはりそれしかないなと思います。

これを実現するためには、学部と同じ大学の大学院になんとなく進学したり、自分の学力で入れそうな大学院を選んだりしている場合ではありません。自分が受け入れられるかどうかという発想でラボを選ぶのではなく、本当に行きたいラボを選んで、それに向かって相当な努力をする必要があると思います。

 

参考

  1. 「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? (日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日):”「科学者として取り組むべき研究テーマは、どういう指針で選ぶべきなのか?」―これは研究者なら誰しも頭を悩ませる問題でしょう。”
  2. How To Choose a Good Scientific Problem (Uri Alon, Molecular Cell Volume 35, Issue 6, p726–728, 24 September 2009)
  3. 「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 (中山敬一 九州大学 教授)
  4. 「STAP 論文問題私はこう考える」(PDFリンク) (新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授)
  5. Drew Houston’s Commencement address (MIT News June 7, 2013):”I was going to say work on what you love, but that’s not really it. It’s so easy to convince yourself that you love what you’re doing — who wants to admit that they don’t? When I think about it, the happiest and most successful people I know don’t just love what they do, they’re obsessed with solving an important problem, something that matters to them. They remind me of a dog chasing a tennis ball: their eyes go a little crazy, the leash snaps and they go bounding off, plowing through whatever gets in the way.”
  6. コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ (junkato.jp 2012年11月13日)
  7. 私はこうして卒研を失敗しました (はてな匿名ダイアリー 2012-04-22):”でも初めて研究する(のが大半)なB4に、「全部自分で研究しろ」っていうのはちょっと酷じゃないか?太平洋のど真ん中に、地球の地理も泳ぎ方もわからない人を放り出すようなもんだ。せめて適切な研究テーマを与える  「自分で決めろ」というのならば、その方法を教える 研究の進め方についてアドバイスする  ぐらいは必要なんじゃないか。”
  8. “博士課程の後半になって、自分のテーマのおおもとにしていた海外の論文(某三大誌)が全くのウソである可能性が濃厚になりました。うっすら気付いていましたが、しかし嘘の部分はあってもコアの部分は真実も含まれているはず、ということを信じて再現実験を続けてきました。早い段階で再現実験をしっかりしなかった自分の責任はもちろんありますが、…” — lk http://disq.us/9rnl15

 

更新 20180526 中村修二氏の言葉を追加 20180120 はてな匿名ダイアリーを紹介  201712009 寺田寅彦の言葉を紹介 20171029 九大 今井研 教授挨拶の言葉を紹介 20170724 高校理科生物基礎 啓林館の教科書のアドバイスを追加 20170623 銅鉄実験を追加 20170528 浮穴研雑感の言葉を紹介  20170321 「阿倍野の犬実験をするな」 20170225『なぜあなたの研究は進まないのか』の言葉を紹介

研究者の仕事術
研究者の英語術
研究者のための思考法

 

 

同じカテゴリーの記事一覧

書くことは、書き直すこと (Writing is rewriting)

文豪ヘミングウェイも、 「書くという行為には、書き直すという行為の一種類しかない(The only kind of writing is rewriting)」と言っています。

論文の原稿であれ何であれ、最初の草稿が一通り出来上がってから、ようやく書くという行為が始まります。どんな風に書き直すと良い文章になるのか、サイエンティフィックライティングにおける推敲の例を見てみましょう。伝えたいことが伝わる文章を書く際には、 Clarity(明晰), Concision(簡潔), Coherence(首尾一貫), Connection(つながり), Flow(流れ), Logic(論理)などがポイントになります。

How To Make Your Writing Flow

以下の動画は、スタンフォード大学のKristin Sainani博士によるサイエンティフィック・ライティングの講義。推敲のケーススタディ。
SciWrite Demo Edit 1

SciWrite Demo Edit 2

SciWrite Demo Edit 3

SciWrite Demo Edit 4

SciWrite Demo Edit 8.4

 

参考

  1. How to Write a Great Research Paper by Professor Simon Peyton Jones, Microsoft Research. (youtu.be/g3dkRsTqdDA) 28:40- #7 Listen to your readers. Get your paper read by as many friendly guinea pigs as possible.
  2. Writing science in plain English by Dr Lynn Dicks, manager of the Conservation Evidence project at the University of Cambridge. (youtu.be/Mn7f5tsgjx8) RULE 1: Put important messages at the start RULE 2: Write short sentences RULE 3: One sentence one idea RULE 4: Vary the rhythm RULE 5: Break the text into small chunks RULE 6: Avoid making nouns from verbs RULE 7: Avoid jargon RULE 8: Avoid long words RULE 9: Do not be afraid of repetition RULE 10: Avoid acronyms RULE 11: Cut out redundant words RULE 12: Use the active voice

 

同じカテゴリーの記事一覧

論文の書き方:IMRaD 序論-方法-結果-考察の各セクションで書くべきこと

原題の科学論文は一定の形式を持っており、タイトル、要旨、序論(Introduction)、材料と方法(Materials and Methods)(ジャーナルによっては最後)、結果(Results)、そして考察(Discussion)から構成されています。頭文字をとって、IMRaD (Introduction、Method、Result and Discussion)と呼ばれることもあります。順序だけでなく、各々のセクションをどう書くべきかはある程度決まっており、その原則から外れた書き方をすると、科学論文としての体をなさなくなります。以下、論文の書き方を各セクションごとに説明したYOUTUBE動画やネット上の記事を紹介します。ちなみに、研究者が論文の原稿を書くときにこの順で書き進めるというわけではありません。実際に書くときは、図表を完成させてストーリーをつくる順に並べ、本文の構成の骨組みを書き出し、それから肉付けするのがよいと思います。いきなり書き始めずに、骨組み(構想)をまず書き出す作業をすることが大事です。そうしないと書いているうちに迷走します。

論文タイトル Title

論文タイトルは、論文の内容を簡潔に示したものになります。

論文要旨 Abstract

要旨には、限られた文字数の中で背景、目的、方法、重要な結果、結論、意義を含めるようにします。

Titles and abstracts

イントロダクション Introduction

The Introduction to a research paper needs to convince the reader that your work is important and relevant, frame the questions being addressed, and provide context for the findings being presented. (Getting a Strong Start: Best Practices for Writing an Introduction by Michael Bendiksby) ← この文書には、科学論文のイントロの意義、イントロに含めるべき内容・事項、イントロの具体的な書き方が簡潔に述べられていて、非常に濃い内容になっています。

イントロでは、先行研究により既にわかっていること、まだわかっていないこと、自分の研究で明らかにしたいこと、実験で検証する仮説、研究の目的などを書きます。何を述べるにしても、その根拠となる文献を引用しなければなりません。

How to write the Introduction: Part 1

イントロダクションではどのようなスタイルで書くべきでしょうか?イントロは複数のパラグラフからなります。一つのパラグラフには、一つのトピックが含まれるようにし、トピックセンテンスによってそれを示します。文と文、パラグラフとパラグラフは、きちんとつながっていることが必要です。そのためには、論旨の流れを示す言葉(furthermore, howeverなど)を有効に使いましょう。事実や実験結果を示す際の、現在形、現在完了形、過去形の使い分けも重要です。

 

How to write the Introduction: Part 2

方法 Materials and Methods

方法のセクションは、結果の信憑性を示すためにも重要です。

How to write the Method part 1

メソッドのセクションはどのような英語のスタイルで書かれるのでしょうか?一般的に、時制は過去形が使われ、能動態でなく受動態で書かれます。

How to write the Method part 2

結果 Results

論文はストーリーです。Resultsのセクションでどのような順番でデータを見せるかにより、ストーリーの良し悪し(=論文の良し悪し)が変わってきます。

Although the fundamental purpose of your Results section is to present your data, it should never simply be a collection of numbers and tables. This part of the paper should be a story within a story. It presents an opportunity to lead the reader from one important result to the next, guiding them from initial and supporting findings to the novel discoveries that are your reason for publishing. To achieve this, the Results section should generally follow the same pattern as the Methods, following the order of data acquisition as closely as possible in most cases. However, it is more important to use a logical presentation sequence than it is to be strictly chronological. Ideally, each new set of results should build on the previous ones, presenting a logical narrative that makes sense to the reader and leads them to the conclusions you will ultimately ask them to subscribe to. (Reaping the Rewards: Best Practices for Writing a Results Section by Michael Bendiksby)

結果のセクションでは、実験で得られた結果のみを書きます。実験結果の解釈を書いてはいけません。それは議論のセクションで書くようにします。

How to write the Results part 1

結果のセクションではどのような英語表現を用いるべきでしょうか?

How to write the Results part 2

考察 Discussion

考察のセクションには、実験結果が何を意味するのかを書きます。論文執筆において最も書くのが難しい部分でしょう。なぜなら、どれほど深く考えているのか、どれくらい考えが明晰になっているのかが問われるからです。

How to write the Discussion part 1

考察のセクションは、結果のセクションで書いたことを繰り返し書く場所ではありません。

How to write the Discussion part 2

参考

  1. 医学界新聞プラス [第2回]IMRaDを理解する 『医学英語論文 手トリ足トリ いまさら聞けない論文の書きかた』より 堀内圭輔 2022.05.06 英語論文を書くにあたって英語力はもちろん重要ですが,それ以上に重要なのは,論文の作法や決まりごとを理解して,自分の考えを平易に説明できる能力です。‥大きな仕事でも,小さな仕事に分割し,1つずつこなしていけば,いつか終わります.英語論文も同様です.幸い,英語論文はいくつかの項目に明確に分かれており,各々の項目で書くべき内容も大体決まっています.
  2. Scientific writing 101 Nature Structural & Molecular Biology Feb 2010;17(2):139:論文作成のポイントが1ページで簡潔にまとめられている
  3. Getting a Strong Start: Best Practices for Writing an Introduction by Michael Bendiksby:イントロは何のためにあるのか、どう書くべきなのかを簡潔かつ明確に説明。
  4. Setting the Scene: Best Practices for Writing Materials and Methods by Michael Bendiksby メソッドのセクションをきちんと書くと、論文の信頼性も上がる。
  5. Reaping the Rewards: Best Practices for Writing a Results Section by Dr. Michael Bendiksby:Resultsセクションは何を目的として書くべきなのかを端的に説明。
  6. From Science to Citation (fromsciencetocitation.com) 論文の書き方を各セクションごとに丁寧に解説し、さらに論文投稿やエディターとのやり取りに関しても書かれています。論文の書く上で参考になる非常に良い教科書。書籍としても出版されていますが、このウェブサイトから無料でもダウンロードできるようです。
  7. 論文の書き方 東京農業大学生物産業学部水圏生態学研究室 October 18, 2006
  8. 学術論文作成の基本と英語らしい論文の書き方 (PDF 54 pages) 大島勇人 Journal of Oral Biosciences誌編集長 新潟大学大学医歯学総合研究科 2014.9.26 歯科基礎医学会学術大会総会ランチョンセミナー エルゼビア社主催 若手研究者のためのAuthor Workshop
  9. From Science to Citation: How to Publish a Successful Scientific Paper
  10. これから論文を書く若者のために 改訂第二版 1999.1.21. ver. 2.1 酒井 聡樹(東北大学大学院理学研究科生物学教室)
  11. Getting Published: How to Write a Good Science Paper, by Dr. Chris Mack (Editor-in-Chief, The Journal of Micro/Nanolithography, MEMS, and MOEMS)(youtu.be/yvhYTdEMyC8)  17:00- Introduction Section 18:23- Method Section 19:46- Results and Discussion Section 21:33- Conclusion Section

同じカテゴリーの記事一覧

科研費申請書を書いたら審査員の目で読み返す

科研費の審査基準や採点方法は明確に定められており、文書化されて一般に公開されています。

shinsa

研究目的や計画の欄をどう書いたらいいのかわからない人は、逆に、その欄に何がどのように書いてあれば評点が高くなるのかを知れば、通りやすい申請書が書けるかもしれません。

既に申請書を書き上げた人も、審査の手引きの採点項目・採点基準をみながら自分が審査員になったつもりで再度チェックしてみてはいかがでしょうか?

参考

  1. 誰も教えてくれなかった”通る”科研費申請書の書き方
  2. はじめての科研費申請に役立つウェブサイト

科学における仮説とは何か?

「これは科学的に正しいことが証明されている」と言われると、なにか絶対的な真実として受け入れないといけない気にさせられます。しかし、世の中にはそんな絶対的に正しいことなど存在しません。科学的に言えば、「科学的に正しいこと」とは、「今のところはまだ反証されずに残っている仮説」に過ぎないのです。この考え方は、カール・ポパーが提唱した反証可能性(Falsifiability)に基づいています。

ck12.orgはウェブを通じて世界中の子供が質の高い教育を無料で受けられるようにというコンセプトのウェブサイトですが、ポパーの反証可能性の考え方を前面に出して、「科学における仮説とは何か」(英語)を高校生向けにわかりやすく解説しています。このウェブページの著作権の形態がクリエイティブ・コモンズ・ライセンスなので、以下、日本語化して紹介します。

--------------------------------------------

仮説

「2つの仮説にまで絞り込んだ:そいつがでかくなったか、自分たちが縮んだか、どっちかだ。」

上の漫画は科学における仮説をからかっていますが、仮説という概念は科学においてもっとも重要なことの一つです。 科学研究によって、科学を進歩させるような証拠が見つけられます。科学研究の目的は通常、仮説をテストすることです。仮説を支持するかまたは退けるような証拠を見つけることによって、科学が進展するのです。

科学的な仮説とは何でしょう?

「仮説」という言葉は、「根拠のある推測」と定義できます。例えば、ある自然現象がなぜ生じるのかに関する根拠ある推測が仮説といえます。 しかし、全ての仮説がーー仮に自然界に関するものであったとしてもーー科学的な仮説というわけではありません。単に根拠のある推測というだけでなく科学的な仮説であるためには何が必要でしょうか?科学的な仮説は、次の2つの基準を満たしていなければなりません。

  • 科学的な仮説は検証可能であること
  • 科学的な仮説は反証可能であること。

科学的な仮説は検証可能でなければならない

仮説が検証可能であるとはどういうことかというと、観察をしてその結果が仮説に合うか合わないかを調べることができるような、そんな観察が可能だということです。 もしも仮説を観察によって検証できないのであれば、それは科学的ではありません。次の文を考えてみましょう。

「どんな方法を用いても観察することができない、目に見えない生き物が、私たちの周りには存在しています。」

この主張は正しいかもしれないし正しくないかもしれません。しかし、これは科学的仮説ではありません。なぜなら、検証できないからです。この仮説の内容だと、それが間違いかどうかを検証する観察手段が科学者にないのです。

科学的な仮説は反証可能でなければならない

ある仮説が検証可能なものだとしても、まだ、科学的な仮説と呼ぶには不十分です。さらに、その仮説がもし間違いの場合には間違いであるということを示すことができなければなりません。次の主張を考えて見ましょう。

「宇宙には生命が存在する惑星が他にもある.」

この主張は検証可能です。もし真実であれば、少なくとも理屈上は真実である証拠を見つけることができます。例えば、宇宙船を地球から送って宇宙を探索し生き物が存在する惑星を見つけたら報告させるようにすることができます。もしそんな惑星が見つかれば、この主張の正しさが証明できたことになります。しかし、この主張は科学的な仮説ではありません。なぜでしょう?もし仮説が間違いの場合にそれが間違いであるということを示すことが不可能だからです。 宇宙船は生き物が住んでいる惑星を見つけることは決してないかもしれませんが、だからといって生き物が住む惑星が存在しないとは必ずしもいえません。宇宙はとても広いので、全部の惑星に関して生き物がいるかどうかを調べつくすことは不可能だからです。

検証可能かつ反証可能であること

最後にもう一つ、下に図を示した例を考えてみましょう。

「2つの物体を同じ時刻に同じ高さから落とすと、地面に同時に到達する(ただし空気抵抗が存在しないものとする)」

この主張は検証可能でしょうか?可能です。あなたは2つの物体を同じ時刻に同じ高さから落として、いつ地面に達するかを観察することができます。もちろん、空気抵抗の影響を避けるために空気が存在しない状態で実験する必要はあります。しかし、そのような実験は少なくとも理論上、可能です。この主張がもし間違いの場合は、反証可能でしょうか?それも可能です。2つの物体に関して多くの組み合わせを試すことが容易にできます。そして、もし同時に着地しないような2つの物体の組み合わせを見つけたら、仮説が間違いであったということになります。仮説が間違いの場合には、間違いであることを証明することは比較的容易でしょう。

Elephant and boy falling to the ground due to gravity

一匹のゾウと一人の少年が重力によって地面に向かって落下しています。重力による力Fgravは、ゾウに対する方が少年のものよりも大きくなります。なぜなら、ゾウの方が質量が大きいからです。それにも関わらず、両者は地面に同時に達するでしょう(前提として同じ高さから同じ時刻に落ち始めて、空気抵抗はないものとします)。

仮説の正しさを証明することは可能でしょうか?

上の例で考えた、物体の落下に関する仮説が実際には間違いならば、たくさんの物体に関して実験を行うことにより遅かれ早かれ間違いだったいうことがわかるでしょう。ある仮説を反証するのには、一つの例外を見つければ事足ります。しかし、もしある仮説が実際に真実の場合はどうでしょう? 真実であるということも示し得るのでしょうか?いいえ。2つの物体が常に同時刻に着地することを示すには、考え得るあらゆる組み合わせを試す必要があるでしょう。それは不可能です。新たな物体は常に作り出されていますので、それらを全てテストしなければならないということになります。この仮説を反証するような例が将来見つかる可能性が常にあります。ある仮説が正しいと結論付けることはできませんが、その仮説を支持する証拠がより多く集まれば、その仮説が正しいという可能性がさらに高まります。

まとめ

  • 科学における仮説とは、観測により検証することができ、もし間違いであるときには反証することが可能であるような根拠ある推測のことである。
  • ほとんどの場合、仮説の正しさを証明し、そのように結論付けることはできない。なぜなら、仮説に対する反例を求めてあらゆる可能性を吟味することは一般的に不可能だから。

さらに

下のリンク先のウェブページの一番下にある、科学的仮説に関する確認クイズを試してみましょう。答えの確認を忘れずに。

http://www.batesville.k12.in.us/physics/phynet/aboutscience/hypotheses.html

おさらい

  1. 科学における仮説の役割が何かを述べよ。
  2. 科学的な仮説であるための2つの基準は何か説明せよ。
  3. 以下の2つの主張のうちどちらが科学的仮説の基準を満たすか?
    1.  酸は赤いリトマス試験紙を青色に変える。
    2. 宇宙には地球上にしか生物が存在しない。
  4. ある仮説が真実であることを証明することが通常は不可能である理由を説明せよ。
Licensed under CK-12 Foundation is licensed under Creative Commons AttributionNonCommercial 3.0 Unported (CC BY-NC 3.0)Terms of UseAttribution

--------------------------------------------

参考

  1. Hypothesis:Testable, falsifiable statements are essential to the scientific process.(ck12.org)
  2. The Logic of Scientific Discovery, by Karl Popper (PDF, 545 pages)
  3. カール・ライムント・ポパー記念講演会講演録(日本語)(PDF) 稲盛財団 京都賞 第8回(1992年) 精神科学・表現芸術部門 カール・ライムント・ポパー (Karl Raimund Popper)哲学(20世紀の思想)
  4. カール・ポパーの生い立ちと哲学 伊勢田哲治 (PDF 12 pages)
  5. 「ポパー哲学」への手引 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 ―  高坂邦彦
  6. 疑似科学から見えてくる科学と社会 季刊誌『ゑれきてる』 談 戸田山和久:”科学と疑似科学を分けるたったひとつの基準はないのですが、いくつかの基準はあります。…そのなかで、一番重要なのは科学哲学者カール・ポパー(1902~1994)が提案した「反証可能性」だと思います。科学哲学としての「反証主義」というポパーの考え方は、今はあまり支持者はいないのですが、彼が出してきた「反証可能性」という科学の基準そのものは、やはり、科学らしさの大事な目安としてあります。”
  7. 理研STAP細胞検証実験の無意味さを近藤滋大阪大学教授が一般の人にもわかる言葉で解説 「難しいことはわからんが再現実験を支持する、という一般市民の方へ」

 

同じカテゴリーの記事一覧

研究者のための”10個のシンプルな原則”集

Ten Simple Rules(10のシンプルな原則)は、プロの研究者を目指す人が遭遇する数々のチャレンジを乗り越えるためのコツを教えるガイド集です。PLOS Computational Biology誌のヒット企画。

博士号をとるために

研究者になるためには、大学院を受験して研究室に所属し、数年間、研究のトレーニングを受けることになります。指導教官とは師弟関係としての付き合いが一生続くことになるので、研究室選び、指導教官選びは親を選ぶのと同じくらいに重要です。研究者としての運命を決定付けてしまうラボ選びで失敗しない方法は?理想的な大学院生のあり方は?

Ten Simple Rules for Graduate Students 「大学院生のための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Finishing Your PhD 「学位取得のための10個のシンプルな原則」

学会発表に必要なスキル

研究者にとって、発表能力を磨くことはとても大切。良いポスターの作り方や学会での口演をうまくこなすコツは?

Ten Simple Rules for a Good Poster Presentation 「ポスター発表を成功させるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Making Good Oral Presentations 「学会発表を成功させるための10個のシンプルな原則」

論文の書き方と通し方

論文はどうやって書けばいいのでしょうか?研究者として生きていくための最重要スキルにもかかわらず、誰もちゃんと教えてくれないという落とし穴にはまらないように。

Ten Simple Rules for Writing Research Papers 「研究論文を書くための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Better Figures 「論文の図作製のための10個のシンプルな原則」
Ten Simple (Empirical) Rules for Writing Science 「科学論文を書くための10個のシンプルな経験則」

サブミッション(投稿)、リジェクト(却下)、リサブミッション(再投稿)、リビジョン(改訂)などを経て最終的に論文をアクセプト(受理)されるまでの道のりは、論文を書き上げる作業とはまた別の大変さがあります。途中で心が折れてしまわないために重要なことは?

Ten Simple Rules for Getting Published (日本語訳:『投稿した論文がリジェクトされてもへこたれないために~論文を出すための10個のシンプルな原則』

価値ある科学研究を行うために

科学に貢献するような優れた研究はどうしてこんなに少ないのでしょう?なぜ多くの研究結果はただ忘れ去られるだけなののでしょうか?この「10の原則」は計算機科学者リチャード・ハミングの講演内容“You and Your Research”(1986)をまとめたもの。

Ten Simple Rules for Doing Your Best Research, According to Hamming 「ハミングが説く、一流の研究をするためのシンプルな10原則」

論文発表したデータに再現性をもたせるために

生データは全て保存しておき、データ解析に用いた手法、スクリプト、手順なども全部記録し保存しておけば、第三者がデータ解析をやり直したとしても同じ結果が再現されるはずです。また、生データを全てインターネット上で公開して第三者が再利用可能な状態にすれば、またあらたな発見が生まれるかもしれません。データ捏造などの研究不正が起きる余地をなくすこともできます。

Ten Simple Rules for Reproducible Computational Research 「再現性のある計算機科学研究のための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for the Care and Feeding of Scientific Data 「科学データを第三者に活用してもらうための10個のシンプルな原則」

ポスドク先のラボ選び

無事に博士号を取得した次に大きな選択となるのが、どこでポスドクをやるかです。その先、アカデミックポストが得られるかどうかは、ポスドク時代にどれだけの研究成果を出せたかにかかっているため、将来を見据えたうえで慎重に選ぶ必要があります。

ノーベル賞受賞者の多くはノーベル賞受賞者の研究室での研究経験があるという事実は、ラボ選びにおける見逃せないポイント。真核生物の遺伝子にはイントロンがあることを発見して1993年にノーベル医学・生理学賞を受賞した(フィリップ・シャープと共同受賞)イギリスの分子生物学者リチャード・ロバーツ博士のアドバイスにも耳を傾けてみましょう。

Ten Simple Rules for Selecting a Postdoctoral Position (Correction) 「ポスドク先の研究室を選ぶためのシンプルな原則10個」
Ten Simple Rules to Win a Nobel Prize 「ノーベル賞をとるためのシンプルな原則10個」

職を得るために

さて、ポスドクの修行時代を終えると、いよいよ職探し。アカデミアかインダストリーかという選択は、非常に大きな決断力を要します。博士号取得直後に民間に就職という選択もありますし、ポスドクまで経験してから民間に転ずるキャリアパスもあります。学生時代に製薬会社などでインターンシップを経験しておくのも職業選択における視野を広げるのに役立つでしょう。自分の人生がかかったジョブインタビュー(面接試験)を乗り切る方法は?

Ten Simple Rules for Approaching a New Job 「ジョブ獲得交渉を成功させるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Choosing between Industry and Academia 「インダストリーかアカデミアかを正しく選ぶための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Internship in a Pharmaceutical Company 「製薬企業でのインターシップを成功させるための10個のシンプルな原則」

研究費を獲得するために

お金がないと研究できません。研究グラント(研究費)を勝ち取る秘訣は何でしょうか?

Ten Simple Rules for Getting Grants 「グラント獲得のためのシンプルな原則10個」

教育と研究の両立

教育も、研究者の重要な職務。しかし、多くの場合、教育者になるための教育を受けていない研究者が大学の教員として教壇に立つことになります。授業の準備に膨大な時間をとられて大変ですが、研究とのバランスを取りながら優れた教育を行う秘訣は?

Ten Simple Rules To Combine Teaching and Research 「教育と研究を両立させるための10個のシンプルな原則」

研究者のお仕事

研究者がこなすべき仕事は、自分の論文を書くだけでなく、他人の論文を査読したり、レビュー論文を書いたり、学会でセッションの座長を務めたり、学会やワークショップの企画・運営を行うなど、キャリアアップするにつれていろいろと増えていきます。

Ten Simple Rules for Reviewers 「査読者のための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Writing a Literature Review 「レビュー論文を書くための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Chairing a Scientific Session 「学会で座長の役を無事に果たすための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Organizing a Scientific Meeting 「研究集会を開催するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Running Interactive Workshops 「インタラクティブなワークショップを開催するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules to Achieve Conference Speaker Gender Balance 「学会講演者の男女比を適切にするための10個のシンプルな原則」

共同研究を成功させるコツ

研究は一人でやるよりも共同してやったほうが大きな成果が得られやすいもの。しかし、人と人との間にはいろいろな思惑の違いも生じます。また、分野が異なる研究者同士では話す言葉がお互いに理解できなくて、研究の話が噛みあわないということがしばしば起こります。

Ten Simple Rules for a Successful Collaboration 「共同研究を成功させるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for a Successful Cross-Disciplinary Collaboration 「異分野間での共同研究を成功させるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Cultivating Open Science and Collaborative R&D 「オープンサイエンスと協同研究開発の基盤づくりのための10個のシンプルな原則」

学び続ける研究者

研究者は、自分の仕事を深めるためにも、また仕事の幅を広げるためにも、一生勉強し続ける必要があります。コーセラ(coursera.com)などインターネット上の無料プログラムを利用すれば、大学レベルの内容を誰でも学ぶことができるという素晴らしい時代になりました。何歳であっても、何か新しいことを学び始めるのに遅過ぎるということはありません。

Ten Simple Rules for Lifelong Learning, According to Hamming 「ハミングが説く、一生涯賢く学び続けるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Online Learning 「オンライン学習活用のための10個のシンプルな原則」

知的財産権をいかに守るか

Ten Simple Rules to Protect Your Intellectual Property 「あなたの知的財産権を守るための10個のシンプルな原則」

研究者が経済的にも成功する方法

研究職は元来金銭的に恵まれていないものです。しかし、研究成果をお金に換える方法を学べば、経済的にも報われた人生に。

Ten Simple Rules To Commercialize Scientific Research 「科学研究の成果をお金にするための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Starting a Company 「研究者が起業するための10個のシンプルな原則」

研究者コミュニティや社会への貢献

研究者は研究者コミュニティの中で生活しています。コミュニティの一員として認められたという感覚はとても重要ですし、研究者がコミュニティのためにできることはたくさんあります。

Ten Simple Rules for Building and Maintaining a Scientific Reputation 「科学者としての評判を築き上げ保つための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Getting Ahead as a Computational Biologist in Academia 「計算生物学者としてアカデミアの世界で成功するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Developing a Short Bioinformatics Training Course 「バイオインフォマティクス短期トレーニングコースを開催するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules of Live Tweeting at Scientific Conferences 「ツイッターで学会の実況中継をするための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Editing Wikipedia 「ウィキペディアを編集するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Getting Involved in Your Scientific Community 「自分の研究分野の科学コミュニティに参加するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for the Open Development of Scientific Software 「科学研究用ソフトウェアのオープンデベロップメントを行うための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Starting a Regional Student Group 「学生の地域ネットワークを立ち上げるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Getting Help from Online Scientific Communities 「オンライン科学コミュニティから有用な助言を得るための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Providing a Scientific Web Resource 「科学研究リソースをウェブ上で提供するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Organizing an Unconference 「アンカンファレンスを主催するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Organizing a Virtual Conference—Anywhere 「バーチャルカンファレンスを主催するための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for a Community Computational Challenge
Ten Simple Rules for Teaching Bioinformatics at the High School Level 「高校生にバイオインフォマティクスを教えるための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Aspiring Scientists in a Low-Income Country 「低所得国で上を目指す研究者のための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Writing a PLOS Ten Simple Rules Article 「PLOS 10個のシンプルな原則を書くための10個のシンプルな原則」

計算生物学分野の話題

Ten Simple Rules for Effective Computational Research 「計算機科学的な研究を効果的に行うための10個のシンプルな原則」
Ten Simple Rules for Reducing Overoptimistic Reporting in Methodological Computational Research 「計算機科学的な研究による方法論の成果をあまりにも楽観的に報告してしまわないための10個のシンプルな原則」

 

参考

  1. Ten Simple Rules (PLOS Computational Biology)
  2. リチャード・W・ハミング 「研究にどう取り組むべきか」 ベル通信研究所セミナー 1986年3月7日 日本語訳(himazu archive 2.0)

 

同じカテゴリーの記事一覧

論文を出すための10個のシンプルな原則

あなたがこの世を去って長い年月が経ったとき、あなたの科学的遺産は、主として、あなたがこの世に書き残した論文とそれらの論文が放つインパクトです。(When you are long gone, your scientific legacy is, in large part, the literature you left behind and the impact it represents.) - フィリップ・E・ボーン

データを取り終え、論文を書き上げ、学術雑誌に投稿してアクセプト(受理)されてようやく仕事が一つ完結します。しかし、投稿してすぐアクセプトされることなど滅多になく、多くの場合最初にリジェクト(却下)を食らいます。何年間も心血を注いだ仕事が却下されれば、誰でもへこむもの。そこからアクセプトに持っていくところで、研究者としての力量やタフさが問われます。

では、この「論文を出す力」はどうすれば身につくのでしょうか?

若い研究者向けに行われた講演の内容に加筆してまとめた、「論文を出すためのシンプルな10原則」という記事が、以前、PLoS Computational Biology誌に掲載されました。一番大事なことは、自分の仕事をどれだけ客観的に見ることができるか。その記事Bourne PE (2005) Ten Simple Rules for Getting Published. PLoS Comput Biol 1(5): e57. doi:10.1371/journal.pcbi.0010057を以下に訳出しました。

ーーーー

論文を出すためのシンプルな10原則

フィリップ・E・ボーン

原則1:たくさんの論文を読んで、他人の優れた仕事やダメな仕事から学びなさい

批評家になるのに早すぎるということはありません。ジャーナルクラブは、グループで論文の批評を行うものですが、そのような類の対話をする素晴らしい機会 です。毎日少なくとも論文2報を詳細に読み(あなたの専門分野だけでなく)、それらの論文のクオリティについて考えることも、役に立ちます。多読のもう一つの大きな効用ーそれは自分自身の仕事をよりよく客観視するのに役立つことです。コンピューターの画面の前やラボの実験ベンチで毎晩夜遅くまで過 ごしていると、自分の仕事が画期的なものだとあまりにも簡単に思い込んでしまいます。そうではない可能性がかなり高いのですが、あなたのメン ターも同じ罠にはまってしまう可能性があるため、原則2があります。

原則2:あなたが自分の仕事を客観的に捉えられるようになればなるほど、あなたの仕事は最終的により良いものになる。

悲しいかな、自分自身の仕事を客観的に捉えることができない科学者もいます。そういう人は決して一流の科学者にはなれないのです。エディター(編集者)やレビューアー(査読者)らの客観的な物の見方を早い時期に学びなさい。

原則3:良いエディターやレビューアーはあなたの仕事を客観的にみてくれます。

エディトリアルボード(編集委員会)のクオリティが、レビューの過程がどのようなものかを示す最初のヒントになります。自分が論文発表したいと思っているジャーナルの発行人欄を見てごらんなさい。一流のエディターは、レビューが一流であることを要求しそれを実現します。サブミット(投稿)する前に、エネルギーを注ぎ込んで原稿のクオリティを上げましょう。理想的なことを言えば、レビューはあなたの論文のクオリティを上げてくれるものなのです。しかし、もし根本的な欠陥があれば、レビューアーらはそんなアドバイスをしてくれないでしょう。

原則4:英語を使いこなして書くということができていないのなら、早めにレッスンを受けなさい。後々、非常に役に立ちます。

これは文法だけの問題ではなく、もっと重要なこととして、理解の問題です。優れた論文というものは、説明が巧みなので、全くの部外者にも複雑なア イデアが理解できるようになっているのです。最も高名な科学者はたいていの場合、最もロジカルで、簡潔な表現を用いながら、刺激に満ちたレクチャーをしますよね?このことは、彼らが書く論文にも当てはまります。英文雑誌に良い論文を出すこととは無関係の職にあなたが将来就くにして も、わかりやすい文章を書くことは有益です。良い英語でわかりやすく書かれていない投稿論文は、サイエンスが際立って良いわけでも無い限り、たいてい リジェクトされるか、うまくいっても広範囲に及ぶ編集作業が必要なため出版が遅れます。

原則5:リジェクションを受けとめられるようにしなさい。

客観的でいられないと、リジェクションを受け入れるのが辛いものになりますし、この先、リジェクトはされるものなのです。サイエンスの世界で生きる以上、リ ジェクトされることはいくらでもあります。一流のサイエティストであってもです。論文がリジェクトされたり大幅なリビジョンが要求された場合における正し い反応は、レビューアーの言うことによく耳を傾け、主観的ではなく客観的に対応することです。レビューはあなたの論文がどのようにジャッジされているのかを反映していますから、それを受け入れられるようになりましょう。もしレビューアーたちが全員一致で論文のクオリティが低いというのであれば、固執せず気持ちを切り替えましょう。ほとんど全ての場合、彼らの言い分が正しいのです。もしメジャーなリビジョンが要求されたのなら、そうしなさい。問題にされたポイントひとつひとつに対処したことをカバーレターに記し、修正箇所がはっきりとわかる形で原稿の本文を直しなさい。リビジョンが何回も必要になるのは、当事者全員にとって苦痛を伴うことであり、論文の発表を遅らせることにもなります。

原則6:何が良いサイエンスをつくるのかは明らかですー研究トピックの新しさ、関連する文献を包括的にカバーしていること、良いアイデア、強力な統計的裏付けを含む良い解析、示唆に富むディスカッション。何が良いサイエンスレポートをつくるのかは明らかですー良い構成、テーブルや図の適切な利用、 適度な長さ、想定した読者に向けて書くことー明らかなことを無視してはいけません。

初稿を自分で読み直すときはこれらの構成要素を客観的にみるようにし、自分のメンターには頼らないようにしなさい。その仕事で利害関係が生じない同僚に論文を読んでもらい、率直な意見を得るようにしなさい。そのとき、トピックと同じ分野で研究していない人を含めるようにしなさ い。

原則7:追求したいクエスチョンの着想を得たその日のうちに論文を書き始めなさい。

この原則は論文発表に重点を置きすぎだという人がいるかもしれないが、こうすれば研究の範囲が定まるし仮説駆動型サイエンスも容易になる。初めて論文を書く人は、知っていることをなんでもかんでも論文に詰め込もうとしがちです。あなたが書いた学位論文はなんでもかんでも詰め込む場所でした。あなたの発表論文は簡潔で、最低限の文字数で最大限の情報を伝えなければなりません。著者へのガイドをよく読んでそれに従いなさい。エ ディターもレビューアーもそうします。研究を進めながらきちんと文献目録のデータベースを管理して、その中の論文を読みなさい。

原則8:研究者のキャリアの早い段階でレビューアーになりなさい

他人の論文をレビューすることは、より良い論文を書く助けになります。手始めに、あなたのメンターと共同作業しなさい;メンターがレビュー中の論文をもらって、レビューの最初のバージョンを作りなさい(たいていのメンターは喜んでそうさせてくれるはずです)。それから、メンターが提出する最終版のレビューを読んでみなさい。可能であれば、本誌では可能ですが、他のレビューアーが書いたレビューも読んでみなさい。そうすることで、自分が書いたレビューのクオリティを評価する重要な能力が身につきますし、うまくいけば、自分自身の仕事をより一層客観的にみることができるようになります。また、あなたはレビューのプロセスやレビューのクオリティを理解することができるようになります。このような理解は、自分の論文をどのジャーナルに出すかを決めるうえでも重要です。

原則9:論文をどこに出したいのかを早い段階で決めなさい。

この原則で、あなたが行っている仕事の形や細かさの程度や新しさが決まります。多くのジャーナルには投稿前問い合わせの制度がありますので、それを使いましょう。論文を書く前であっても、仕事の斬新さはどれくらいあるのか、また、あるジャーナルが興味を持ってくれそうかという感覚を得なさい。

原則10:クオリティが全てです。

質の高いジャーナルに論文を一本出すことのほうが、何本かの論文を質の低いジャーナルに出すよりも良いのです。論文のインパクトの有無を隠すことはますます難しくなってきています。グーグルスカラーやISIウェブ・オブ・サイエンスなどのツールがテニュア審査委員会や雇用者によって利用され、あなたの仕事のクオリティの指標がはじき出されています。かつてはジャーナルの名前だけが指標として使われていました。現在のデジタル世界では、誰にでも、ある論文にインパクトがないかどうか分かってしまいます。インパクトファクターが高いジャーナルに論文を発表するように努力しなさ い。そのようなジャーナルにもしアクセプトされれば、あなたの論文も高いインパクトを持つことになるでしょう。

あなたが世を去って長い年月が経ったとき、あなたの科学的な遺産の大部分が何かといえば、それは書き残した論文とそれらの論文の持つインパクトということになります。未来の世代の科学者が賞賛するようなものをあなたが遺せるように、これらの10個のシンプルな原則がお役に立てば幸いです。

 

Ten Simple Rules for Getting Published

Philip E Bourne

Citation: Bourne PE (2005) Ten Simple Rules for Getting Published. PLoS Comput Biol 1(5): e57. doi:10.1371/journal.pcbi.0010057

Copyright: © 2005 Philip E. Bourne. This is an open-access article distributed under the terms of the Creative Commons Attribution License, which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original author and source are properly credited.

The student council (http://www.iscbsc.org/) of the International Society for Computational Biology asked me to present my thoughts on getting published in the field of computational biology at the Intelligent Systems in Molecular Biology conference held in Detroit in late June of 2005. Close to 200 bright young souls (and a few not so young) crammed into a small room for what proved to be a wonderful interchange among a group of whom approximately one-half had yet to publish their first paper. The advice I gave that day I have modified and present as ten rules for getting published.

Rule 1: Read many papers, and learn from both the good and the bad work of others.

It is never too early to become a critic. Journal clubs, where you critique a paper as a group, are excellent for having this kind of dialogue. Reading at least two papers a day in detail (not just in your area of research) and thinking about their quality will also help. Being well read has another potential major benefit—it facilitates a more objective view of one’s own work. It is too easy after many late nights spent in front of a computer screen and/or laboratory bench to convince yourself that your work is the best invention since sliced bread. More than likely it is not, and your mentor is prone to falling into the same trap, hence rule 2.

Rule 2: The more objective you can be about your work, the better that work will ultimately become.

Alas, some scientists will never be objective about their own work, and will never make the best scientists—learn objectivity early, the editors and reviewers have.

Rule 3: Good editors and reviewers will be objective about your work.

The quality of the editorial board is an early indicator of the review process. Look at the masthead of the journal in which you plan to publish. Outstanding editors demand and get outstanding reviews. Put your energy into improving the quality of the manuscript before submission. Ideally, the reviews will improve your paper. But they will not get to imparting that advice if there are fundamental flaws.

Rule 4: If you do not write well in the English language, take lessons early; it will be invaluable later.

This is not just about grammar, but more importantly comprehension. The best papers are those in which complex ideas are expressed in a way that those who are less than immersed in the field can understand. Have you noticed that the most renowned scientists often give the most logical and simply stated yet stimulating lectures? This extends to their written work as well. Note that writing clearly is valuable, even if your ultimate career does not hinge on producing good scientific papers in English language journals. Submitted papers that are not clearly written in good English, unless the science is truly outstanding, are often rejected or at best slow to publish since they require extensive copyediting.

Rule 5: Learn to live with rejection.

A failure to be objective can make rejection harder to take, and you will be rejected. Scientific careers are full of rejection, even for the best scientists. The correct response to a paper being rejected or requiring major revision is to listen to the reviewers and respond in an objective, not subjective, manner. Reviews reflect how your paper is being judged—learn to live with it. If reviewers are unanimous about the poor quality of the paper, move on—in virtually all cases, they are right. If they request a major revision, do it and address every point they raise both in your cover letter and through obvious revisions to the text. Multiple rounds of revision are painful for all those concerned and slow the publishing process.

Rule 6: The ingredients of good science are obvious—novelty of research topic, comprehensive coverage of the relevant literature, good data, good analysis including strong statistical support, and a thought-provoking discussion. The ingredients of good science reporting are obvious—good organization, the appropriate use of tables and figures, the right length, writing to the intended audience—do not ignore the obvious.

Be objective about these ingredients when you review the first draft, and do not rely on your mentor. Get a candid opinion by having the paper read by colleagues without a vested interest in the work, including those not directly involved in the topic area.

Rule 7: Start writing the paper the day you have the idea of what questions to pursue.

Some would argue that this places too much emphasis on publishing, but it could also be argued that it helps define scope and facilitates hypothesis-driven science. The temptation of novice authors is to try to include everything they know in a paper. Your thesis is/was your kitchen sink. Your papers should be concise, and impart as much information as possible in the least number of words. Be familiar with the guide to authors and follow it, the editors and reviewers do. Maintain a good bibliographic database as you go, and read the papers in it.

Rule 8: Become a reviewer early in your career.

Reviewing other papers will help you write better papers. To start, work with your mentors; have them give you papers they are reviewing and do the first cut at the review (most mentors will be happy to do this). Then, go through the final review that gets sent in by your mentor, and where allowed, as is true of this journal, look at the reviews others have written. This will provide an important perspective on the quality of your reviews and, hopefully, allow you to see your own work in a more objective way. You will also come to understand the review process and the quality of reviews, which is an important ingredient in deciding where to send your paper.

Rule 9: Decide early on where to try to publish your paper.

This will define the form and level of detail and assumed novelty of the work you are doing. Many journals have a presubmission enquiry system available—use it. Even before the paper is written, get a sense of the novelty of the work, and whether a specific journal will be interested.

Rule 10: Quality is everything.

It is better to publish one paper in a quality journal than multiple papers in lesser journals. Increasingly, it is harder to hide the impact of your papers; tools like Google Scholar and the ISI Web of Science are being used by tenure committees and employers to define metrics for the quality of your work. It used to be that just the journal name was used as a metric. In the digital world, everyone knows if a paper has little impact. Try to publish in journals that have high impact factors; chances are your paper will have high impact, too, if accepted.

When you are long gone, your scientific legacy is, in large part, the literature you left behind and the impact it represents. I hope these ten simple rules can help you leave behind something future generations of scientists will admire.

 

参考

  1. Bourne PE (2005) Ten Simple Rules for Getting Published. PLoS Comput Biol 1(5): e57. doi:10.1371/journal.pcbi.0010057
  2. プロフェッショナルな科学研究者になるためのキャリア形成ガイド:「10個のシンプルな原則」集

 

同じカテゴリーの記事一覧

学振 申請書の書き方と面接対策

学振関連記事

学振申請書の書き方とコツ
論理トレーニング101題
理科系の作文技術
日本語の作文技術

ネットで公開されている学振(日本学術振興会特別研究員)申請書の書き方ガイド・面接対策まとめ

心の準備

学術振興会特別研究員の審査方針に、「学術の将来を担う優れた研究者となることが十分期待できること」とあります。ですから、「私は、学術の将来を担う優れた研究者になります。」と公言する覚悟をまず持ちましょう。この公約を表現したものが学振申請書になります。

採用申請は、たかが10ページ程度の文章ですが、 書く精神的、肉体的負担は大きく、私も胃痛を生まれて初めて経験しました 「私は、誰よりも優秀なので、お金をもらうべきである」ぐらいの不遜さで書いた方が、個人的に採用されやすいと思っています( ω ) (めざせ学振!! かんたん特別研究員DC1採用申請の書き方 (文系院生向けです。) オニテンの読書会 2017-02-08

トップレベルの大学や研究所で研究職を取ろうと思ったら、大学院での目標を単に修士号の取得、博士号の取得に設定していてはだめです。 修士のうちにジャーナルに査読論文を出版して早めに学振をとり、博士課程では自力で論文を最低でも数本は出版するぐらいの心構えでなくてはそういうポジションは狙えません。 博士号などは、研究者にとって自動車免許程度のものであり、博士合格基準をはるかに上回る成果を挙げて博士号など「おまけ」でもらう、というレベルでないと厳しいでしょう。…学振になるべく早く採用されることが研究者として生き残っていく上で重要なポイントです。戸谷研 学生心得

不採用になったのは、君の存在性が否定されたからではないよ。(クマムシさんからの学振アドバイス

学振に落ちる人のほとんどは、トップを目指す覚悟が足りません。… 『うちの大学からの採用者なんてほとんど居ない』と嘆くあなたは、東大の、MITの院生にも負けない自信を持っていますか?(学振DC1を本気で狙うためにすべき4つのこと はてな匿名ダイアリー 2009-01-20)

【学振・都市伝説】特に学振DC1について、投稿論文業績、指導教員の知名度、大学のレベルが、採用の基準に関わるという噂を聞く。これは明らかに嘘で、投稿論文なし、知名度の低い指導教員、東大京大ではないが、DC1で採択された人を沢山知っている。そんなM2の皆さんは、悲観する必要はない。(@Markchloroさんによる学振書類書き方 まとめ

 

学振申請書の書き方

心構えから具体的な細かい書き方まで、網羅的でバランスの良いアドバイス集がネット上に多数あります。

学振特別研究員になるために~2018年度申請版  東京工業大学で開催された 日本学術振興会特別研究員 公募にかかる学内説明会 (2017年3月9日) での講演資料 (講師は『学振申請書の書き方とコツ DC/PD獲得を目指す若者へ』(講談社 2016年)の著者)

学振申請書を磨き上げる11のポイント [文章編・前編] 日本最大の化学ポータルサイト Chem-Station 2013/5/8 一般的な話題, 化学者のつぶやき 学振, 申請書, 科研費 投稿者: cosine

学振申請書を磨き上げる11のポイント [文章編・後編] 日本最大の化学ポータルサイト Chem-Station 2013/5/9 一般的な話題, 化学者のつぶやき 学振, 申請書, 科研費 投稿者: cosine

採択される申請書は申請者の抑えきれない情熱が文字に置き換えられたものである。もし申請書にイージーなミスが発見されたとすれば、申請者は書類を読み返す手間さえ惜しんだのだと、その程度の情熱しかなかったのだと冷徹な評価が下されてしまうだろう。学振に通るための5つのポイント 日本バイオロギング研究会の会報に寄稿した大学院生向けの文章 2013年5月2日

日本学術振興会 特別研究員(PD)に採用されるための申請書の書き方とその考察 Published on Mar 12, 2016 2016年3月12日に若手の会で発表した時に用いたスライド

博士課程で特別研究員(学振)として活躍するために U-runner’s View April 23 [Mon], 2012, 23:59

 

どう審査されるかの理解

採点基準と採点方法がわかると、どう書いたらいいかわからないという悩みが解消します。採点のポイントに即して書けば良いのですから。

日本学術振興会特別研究員申請対策説明会「審査について」京都大学 研究推進部研究推進課研究助成掛 平成29年3月22日(PDF) K.U.RESEARCH 京都大学研究支援 日本学術振興会特別研究員(DC・PD・RPD・海外特別研究員

 

一貫性を持たせること

「現在までの研究状況」と、「これからの研究計画」が統一的な学理の中で、一貫した流れになると良いです。(あしたからがんばる ―椀屋本舗 December 24, 2012 学振に2回落ちて3回目で通った話

最初から最後までぶれずに一本の筋を通すこと(PDF 申請書類作成にあたり注意した点 2013/4/5 2014年度(平成26年度)日本学術振興会特別研究員応募に関する説明会

書類はひとつの物語になっていなければならない。物語が「自分語り」でも「研究分野史」でもなく、自分の研究が後世から見たときにちゃんと歴史的物語になることを想定して、その筋道をすっと通してあれば、読み手はおもしろく読めるはずだ。【理想論】(@rhetoricoさんによる【学振書類】の書き方  togetter >人文 2013年4月20日

 

読める日本語で書くこと

日本語が危ういレベルの人は、これを良い機会と捉えて、国語力をもっと上げましょう。作文技術を習得するための本が多数出版されています。

ひとりの審査員が何人分もの申請書をみるので、審査員によっては誤字脱字、常体敬体、その他文章の体裁に乱れがあるもの、一言でいうと読みにくいものは中身を確認することなく切り捨てられる可能性がある。企画書などでも同じだと思うが、人に読んでもらうレベルに達していない文章はアカン、ということです。(学振とかの申請書の書き方について書いてみる Beyond the Silence Sound of Science 2016-03-21)

 

人に見せてもらうこと

百聞は一見に如かず。実例を見ると、「そう書けばいいのか!」ということが簡単にわかります。

同じ研究室ですでに学振を もらっている人がいたら、その人の研究計画書は絶対に勉強になるので、参考にするにせよしないにせよ、もらって見てみましょう。(学振取るまで(NAIST 版)

自分の申請書を書き上げる前にやるべきことがあります。… 一度書き上げてしまった申請書は、質が悪くても、自分の目には良い申請書に映ってしまいます。1. 学振に採用された人の申請書を集める(先輩から) 2. 学振に採用された人の申請書を集める(Webから) 3. 集めた申請書を採点する (学振特別研究員 申請書(DC1/DC2/PD)の書き方:審査員視点を忘れるな Sizzleがはしる 2016-03-24 )

この申請書,決してひとりで書くものではないんですね.… どんなに意気込んで「自分だけで!」なんて思っても,先生・先輩方の書く科研等の申請書に勝てるはずがありません.研究のアピール方法,書類の見易さ,図の使い方などなど...これは実際に聞いてみないと分かりません.近くにいる先生,学会などでお世話になっている先輩等,様々な人から情報を集めてください.(MINEHIROの日本学術振興会特別研究員DC1への道 ~申請書作成編~ 帯広畜産大学 環境微生物学研究室 2014/2/14

過去の申請書資料を学内者限定で閲覧できる大学もあるようです(京大)。

 

人に読んでもらうこと

自分で何回読み返しても、誤字脱字、論理のギャップや矛盾、説明の過不足、冗長さや無駄な語句、読みにくさ、レイアウトの悪さ、その他細かい点、根本的な考え違いなどになかなか気づけないものです。

指導教官とのやりとりだけだと、どうしても視野が狭くなって専門性が強くなりがちなので、それ以外の人に読んでもらうのも大事だと思います。(学振の申請書を書く時に気をつけたこと

私の場合は、初めて他の人(ラボ出身の先輩)に申請書を読んでもらいました。自分では見落としていた思いがけないポイントを多数指摘してもらって、わかりやすい申請書になったと思います。今回通ったのはこれが一番でかかったのでは、と個人的には思っています。(学振の申請書を書く時に気をつけたこと 酵母研究者の長くて短い一日 2011年3月 3日

申請書を交換できる友人を持とう(一番重要)◦ひとりよがりで書き上げてうまくいく人は少ない。◦恥ずかしがらずに人に見せる(学振&科研費申請書で気をつけたこと EVERNOTE更新日 2017/05/01

【学振申請書・大前提】学振に採用された経験のある人と、知り合いになれるかどうかが、採用の為の最大の秘訣である。そして、いろいろアドバイスをもらい、コメントしてもらう事が大切。(@Markchloro さんによる学振書類書き方のまとめ togetter 2013年5月7日

自分の周りには読んでくれそうな人がいないからといって諦めないでください。真剣さと覚悟を持って頼めば、いままでほとんど話したことがなかった先輩、先生も喜んで手助けしてくれるはずです。

 

わかりやすく書くこと

わかりやすい申請書を書ける人は、肝心なことが何かをよく考え抜いていて、論理もよく整理できていることが多い。([学振]申請書と論文の違い

何も知らない人に研究内容を説明する文章を作ります。(学振DCを取る方法(僕の場合) http://www.oishi.info.waseda.ac.jp/~takayasu/dc.html)

“研究目的が明快でない申請書はその時点で×”ともおっしゃっていた.申請書全文を読んで,審査員自ら研究目的を悟ってくれることはない.(審査員経験者から申請書の書き方について聞いてみた ちゃらんぽらんな新米漁師のブログ 2010年5月12日

最初に「これまでの研究」って書くじゃないですか。いきなり「研究」を書きすぎなんです。いきなり専門的すぎるんです。やっぱり読む側は申請書を書く人間にも、そのテーマにも興味をもっていくれるわけじゃないんですから、読む側にも納得できそうな問題提起を明示して、そこから「これまでの研究」と「現在の状況」をつなげていくのがいいんじゃないかな、って。(■絶対に受かるとは思わない学振申請書の書き方  はてな匿名ダイアリー 2016-03-28

 

申請書の具体例

生物学、医学、化学、コンピュータサイエンス、人文社会科学など分野は違っていても、良い申請書には論理的な流れ、熱意、ビジョンが見えるという共通点があり、実例から多くのことが学べます。

学振・海外学振の書き方  学振申請書の具体例 http://科研費.com/how-to-write-gakushin/

学振取るまで(NAIST 版)

2008年度にPDに通ったときの書類を置いておきます。 (http://jj57010.web.fc2.com/gakushin.html):社会科学・法哲学の内容 申請者の注釈付き

学振PDに提出した計画書をアップします 「人文学」の「外国語教育」枠で応募 2012年「不採用」 2013年「採用」 (こにしき(言葉、日本社会、教育)  April 09, 2014)

 

 

面接の対策

せっかく知らない人にアピールする場なので、この研究は面白そうだなと思ってもらいたいでしょう。面接官を楽しませるのが目標です。(学振DCを取る方法(僕の場合)

それよりも、予め用意してきたスピーチを、重要な点や研究の特長は特に強調しつつ、4分間流れるように披露するのが結局一番良いのである。(学振研究員面接審査について:スピーチ編

それでも想定外の質問はくるものだけど,これ以上ない!!ってくらいに準備しておくとなんとかそこで自信を保った回答ができます.(学振 面接 感想戦

業績がほとんどない中で採用になったのは、提案した研究のおもしろさ(わくわく感ときっちり感)を共感してもらえたからだと思います。(学振面接に行く (本番編)

 

【注意】申請書、面接の様式は変更されている部分があります。最新情報を公式サイトでご確認下さい。

 

参考

  1. 日本学術振興会特別研究員

 

更新:20170513 新たな検索結果を追加

学振申請書の書き方とコツ
論理トレーニング101題
理科系の作文技術
日本語の作文技術

論文から学ぶHypothesis-driven research

もともと記載的な学問である解剖学などは別として、サイエンスの世界ではまず仮説を立ててそれを検証するという仮説駆動型研究が”作法”であり、今後もそうそう変わらないでしょう。ビッグデータの時代といわれている現在は、最初にデータありきの「データ駆動型」研究もあるとは思いますが、解析方法を選ぶ際に、そこになんらかの仮説が存在しているはずです。

研究費の申請書を書くにしても、論文を書くにしても、プレゼンテーションをするにしても、検証すべき仮説が中心に据えられます。にもかかわらず、仮説駆動型の研究姿勢が日本で十分に教育されてきたかといえば、不思議なことに全くそうはみえません。いいジャーナルに論文を出すことに困難を感じる日本人が多いとすれば、それは仮説駆動型の研究を行うための教育がほとんどなされていこなかったせいではないかと思います。

研究のやり方の違いにもびっくりしました。日本では、針でも突っ込んで何が出てくるか見てみようという調子だけれど、エックルス先生は、予想を頭の中で組み立て、計画的に実験する。(未知に挑戦する私の脳  伊藤 正男  JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー

 

研究室における仮説不在の教育の実態は、実験科学に限らないようです。広中平祐 著『生きること 学ぶこと』にも同様のことが指摘されています。

 この「仮説」ということについては欧米人と日本人では、考え方がかなり違う。欧米人はまず仮説をたててから演繹するという考え方が強い。
私はよく、米国の学生に向かって、
「君たちは今どういうことを研究しているのか」
 と質問することがある。そうすると、彼らは、まず自分のもっている仮説を説明する。
ところが、日本の学生に同じような質問をすると、大抵、
「私は代数を勉強しています」
「幾何を勉強しています」
 という答えが返ってくる。
 要するに、米国の学生はまず仮説を立てて、それからいろいろ演繹してみて、ダメだったらその仮説を変えればいいという考え方をするが、日本の学生は、とにかく何かを勉強してみて、それを足場にして論文を書いてみようと考える。そして、それがつまらなくなってきたら方向を変えて何か新しい方向を決めればいい、それまでのやり方を改良していけばいい、こういう研究態度が非常に多いのである。
 仮説を立てるということは、ある意味で勇気のいることである。というのは、数学の分野でも物理の分野でも、初めに立てた仮説は大抵ダメだというジンクスがあるからだ。
 しかし、仮説を立てて一生懸命研究しているうちに意外な発見が生まれるのである。だから私は、初めに立てた仮説はダメなものでも、やはり仮説は立てなければならないと思う。
 そういう意味で、若い読者諸君が今後、創造的な仕事をしていこうとするならば、この仮説を立てて演繹するという考え方をもっと採り入れるべきだと思うのである。
(広中平祐 著『生きること 学ぶこと』集英社文庫1984年 114~115ページ)

 

大学院生が仮説不在のまま5年間なんとなく実験を続けて何かしら実験結果を得たとしても、完全に手遅れであり、それらのデータをもとに良いストーリーをつくることは困難です。

研究を始める時、計画を立てるとき、実験をするときには、必ず自分なりの仮説を構築してから始める癖をつけてください。そうすることが、結局はゴールへの最短で最善の道になるのです。仮説も無しに、やってみなければ分からない、やってみたらできるかもしれないと力任せに実験をするような愚かな真似を決してしないでくださいそんな事をしてもサイエンスとしては何の意味も 無く、ただの博打でしかないのですから。(必ず仮説を定義する 総合技術コンサルティング&人材育成 ジャパン・リサーチ・ラボ)

一つの研究はその成果を論文にまとめることにより一区切りつくわけですが、良いストーリーがないと良い論文にはなりません。また、仮説が書かれていない研究提案書で研究費を申請しても、通る可能性は低いでしょう。「仮説」と聞くと仰々しく感じる人がいるかもしれませんが、そもそも研究の場で使われる仮説とは何でしょうか?

 「まず実験をしてみてそれから考えよう」ということは多くの研究者がとっている姿勢で、一見これには仮説がないように思えるが、本当は違うと思う。例えば、変異体の遺伝学的スクリーニングは、関与している遺伝子の存在を仮定してそれを検証する実験であるし、あるタンパク質の細胞内局在を見る実験は、それが特定のオルガネラや領域に局在しているのではないかという仮説の検証である。ただ、仮説をどれだけ意識するか、どれだけ深い仮説をもつかには研究者によって大きな違いがあると思う。グラント申請レベルのプロジェクトに仮説があるのは当然であるが、どんなに些細な実験にも仮説は存在するはずである。仮説がなければ検証不可能で、そのような実験は目的を失っている。…(【細胞生物,Vol 15, No. 1 (2004)巻頭言より転載】東京大学大学院医学系研究科 水島研究室 分子生物学分野

仮説とは、簡単にいえば、「合理性のある提案」だとDavid Lindsay氏は著書の中で説明しています。ただし仮説は2つの特徴を備えていなければなりません。一つは「これまでの知見と矛盾しない」こと。もう一つは「検証可能である」ことです。

There are many texts on the philosophy of science and scientific method that deal extensively with the hypothesis but, in short, we can describe it as ‘a reasonable scientific proposal’. It is not a statement of fact but a statement that takes us just beyond known information and anticipates the next logical step in a sequence of supportable precepts. The hypothesis has to have two attributes to be useful in scientific investigation: it must fit the known information and it must be testable. To comply with the first attribute, you the scientist have to read and understand the literature. To comply with the second, you have to do an experiments. In essence, the paper you are about to write concerns nothing other than those two things. You can see why the hypothesis is so central to scientific writing. (強調のため一部太字 引用元:David Lindsay, Scientific Writing = Thinking in Words, page 7)

あまり教育的でない研究室に入ってしまった大学院生であっても、実際の論文を読むことにより仮説駆動型研究の何たるかを学ぶことができます。論文を構成する上でhypothesisがどのように使われているかを、以下、5つの論文を例に見てみます。

(1)その研究分野における比較的大きな仮説

この例ではまず仮説を提示し、仮説を検証するための実験結果を述べ、その実験結果が仮説に合うものであったと結論しています。

Neuronal oscillations have been hypothesized to play an important role in cognition and its ensuing behavior, but evidence that links a specific neuronal oscillation to a discrete cognitive event is largely lacking. We measured neuronal activity in the entorhinal-hippocampal circuit while mice performed a reward-based spatial working memory task. During the memory retention period, a transient burst of high gamma synchronization preceded an animal’s correct choice in both prospective planning and retrospective mistake correction, but not an animal’s incorrect choice. Optogenetic inhibition of the circuit targeted to the choice point area resulted in a coordinated reduction in both high gamma synchrony and correct execution of a working-memory-guided behavior. These findings suggest that transient high gamma synchrony contributes to the successful execution of spatial working memory. Furthermore, our data are consistent with an association between transient high gamma synchrony and explicit awareness of the working memory content. (強調のため一部太字 引用元:Cell 157(4):845-857の要旨)

(2)実験一つ分の小さな仮説

仮説と一口にいっても、ある研究分野に何十年も君臨しているような大きなものから、下の例のように、研究論文の中で自分で設定した小さな仮説まで様々なものがありえます。

Given that LPA is known to activate cortical contractility via the Rho/Rock pathway, we hypothesized that a mechanical polarization mechanism of the cell cortex could trigger the transformation of progenitor cells into stable-bleb cells (Carvalho et al., 2013). To test this hypothesis, we treated stable-bleb cells with the Rho kinase inhibitor Y-27632 or the myosin-II inhibitor Blebbistatin (Figure 2C). Treated cells lost their characteristic polarization, supporting a critical role for Rho/Rock-mediated cortical contractility in driving stable-bleb cell transformation. (強調のため一部太字 引用元:Cell 160(4):673-685のResultsセクションの一部)

(3)論文一つをまとめるための仮説

Hyothesizeという言葉は研究論文で比較的広い意味合いで用いられることもあります。下の例では、採用した方法論の有効性を示すのにHyothesizeという言葉が使われています。

Since computational modeling suggests that a failure to segregate protein damage may result in a reduced fitness (Erjavec et al., 2008) and functions crucial for cellular fitness are often performed by parallel partly redundant pathways, we hypothesized that machineries involved in the partitioning of protein aggregates could be identified by systematically screening for genetic interactions between SIR2 and nonessential and essential genes using synthetic genetic arrays (SGA) analysis ( Tong et al., 2001 and Tong et al., 2004). Using this approach, we found that cells lacking Sir2p share many genetic interactions with the conditional actin mutant, which is a result of sir2Δ cells showing a defect in CCT-chaperonin-dependent folding of actin. (強調のため一部太字 引用元:Cell 140(2):257-267 イントロダクション)

(4)因子を発見するための仮説

何か新規の因子を(偶然)発見した場合には仮説に基づいたストーリーを作りにくいのではないかと思う人がいるかもしれませんが、そんなことはありません。合理的な理由に基づいてある因子の存在を仮定し、その因子が満たすべき条件を挙げ、実際にそれらの条件を満たす因子を発見したという下の論文のような論理展開は、実際の発見のいきさつがどうであれ適用可能です。

Given the potential for nutrients to stimulate inflammatory pathways and the importance of keeping these pathways in check, we hypothesized that previously unrecognized counterregulatory mechanisms might exist to protect cells from activation of inflammatory pathways during physiological fluctuations in nutrient exposure or in nutrient-rich conditions. We reasoned that a factor participating in such a coordinating mechanism between nutrient and inflammatory responses would be expected to meet several criteria: (1) the gene product should be present in tissue types responsible for nutrient clearance from blood, such as adipose tissue; (2) expression or activity should be regulated by both nutritional and inflammatory stimuli; (3) the factor should regulate inflammatory signaling components and/or gene expression (cells or tissues lacking such a factor would then exhibit excess or prolonged inflammation in response to challenges by both nutrients and inflammatory mediators); (4) the factor should regulate cellular metabolism, and its absence should result in impaired cellular metabolic function; and (5) through regulation of metabolic function in particular cell types and organs, the factor should also impact systemic metabolism.
In this study, we identify six-transmembrane protein of prostate 2 (STAMP2) as a factor meeting these criteria. (強調のため一部太字 引用元:Cell 129(3):537-548 イントロダクション)

(5)複数の仮説の検討

ある現象を説明するために(相対立する)複数の仮説を提示し、各々から予言される内容と実際の実験結果との整合性を検証することによりどちらの仮説が正しいかを示すという組み立て方も論文に強い説得力を与えます。

At present, two theories attempt to link airway epithelial ion transport to lung defense and predict how mutations in CFTR adversely affect these relationships. One theory, the “hypotonic (low salt) ASL/defensin” hypothesis, postulates that normal airway epithelia are covered by an ASL with a [NaCl] sufficiently low (≤ 50 mM NaCl) to activate defensins and create an antimicrobial “shield” on airway surfaces (31, 38 and 10). Generation of a low [NaCl], hypotonic ASL reflects selective transepithelial absorption of salt but not water from ASL, presumably a consequence of putative airway epithelial water impermeability or surface forces (31, 44 and 46). Defensin inactivation by iso- or hypertonic ASL (i.e., [NaCl] > 100 mM) in CF is postulated to reflect the Cl impermeability of CF epithelial cells (38 and 10). The second theory, the “isotonic volume transport/mucus clearance hypothesis,” predicts that airway epithelia regulate the volume (height) of ASL by isotonic ion and water transport to optimize mucus clearance (Boucher 1994a). In CF, the rate of isotonic ion and water (volume) transport is abnormally high, which is predicted to reduce ASL volume, concentrate mucus, and lead to abnormal mucus transport and retention of tenacious mucus masses (plaques) in airways that serve as the nidus of infection (14 and 5).
… By measuring ASL ion composition, we tested key predictions of the hypotonic (low salt) ASL/defensin hypothesis: (1) that normal airway epithelia generate and maintain hypotonic (or low salt) solutions on airway surfaces, and (2) that CF airway surface liquid is isotonic (Joris et al. 1993) or hypertonic (with excess salt) (Gilljam et al. 1989). A second series of experiments tested key aspects of the isotonic hypothesis: (1) that normal airway epithelia are isotonic volume-absorbing epithelia that produce an isotonic ASL; (2) that CF airway epithelia absorb volume isotonically at abnormally high rates; and (3) that mucus transport is deranged by depletion of the ASL through excessive isotonic volume absorption. (強調のため一部太字 引用元:Cell 95(7):1005-1015のイントロダクションの一部を抜粋)

Good science would pit theory A against theories B, C, D and E with an experiment where each theory gave different predictions. (引用元:Nakagawa and Cuthill. Effect size, confidence interval and statistical significance: a practical guide for biologists. Biol. Rev. (2007), 82, pp. 591–605. doi:10.1111/j.1469-185X.2007.00027.x

いずれにせよ、仮説の提示→検証結果の報告という流れにするのが典型的な論文の書き方です。しかし、実験科学ではそもそもうまくいくはずの実験が最初のステップで躓いたり、予想に反したことが結果が得られることも多いので、実験データが何も得られていない段階で仮説を立てることに抵抗感がある人もいるかもしれません。その点に関しては、Whitesides博士のアドバイスが参考になります。

当初は仮説Aを検証すべく始めた研究だが、実際のデータを眺めてみると、仮説Bのほうがよりよく説明できるようだ――仮にこうなってしまっても、心配はい らない。すべての事項を書き出し、仮説・目的・データの最適たるコンビネーションを選びとればよい。完成した論文上での研究目的と、仕事に取り掛かる理由 付けとしての研究目的は、往々にして異なるものだ。良質な科学といえども、大抵は日和見主義的・修正主義的なものだ。(Whitesides’ Group: Writing a paper 化学者のつぶやき Chemi-station)

このアドバイスは、仮説なしに始めた研究だが実際のデータが出たあとで仮説を考え始める人をも勇気付けます。

参考

  1. 記載型と仮説駆動型の研究(長束・鈴木研究室ブログ2017年02月08日):”現代生物学では仮説駆動(Hypothesis driven)型研究が高く評価されます。”
  2. David Lindsay, Scientific Writing = Thinking in Words (PDFリンク
  3. Martyn Shuttleworth (Aug 1, 2009). How to Write a Hypothesis. Retrieved May 23, 2015 from Explorable.com: https://explorable.com/how-to-write-a-hypothesis
  4. 東京大学大学院新領域創成科学研究科情報生命科学専攻 コラム:”仮説の実験的検証にとどまらず、大量データから帰納的に真実を導く素養を持った研究者を養成する計画です。(森下真一) … これまでの仮説駆動型の研究スタイルでは、研究者がそれまで蓄えた知識と深い洞察のもとに仮説をたて、それを巧妙かつ小規模な実験によって検証するという ことで生命科学が進められてきました。一方、データ駆動型では、ハイスループットな測定装置を使って、まずは網羅的に大量データを取得し、それを貯めてお き、解くべき問題に応じて、その中から仮説候補を探し出すということで研究が進められます。(高木利久)”
  5. 東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 黒田研究室ウェブサイト:”…これらの手法は、これまでの知識に基づき仮説を立て検証するという仮説駆動型のアプローチです。これまでの生命科学では一般的な方法です。…一方、…これらのアプローチは、大規模データをあるアルゴリズ ムに則り計算機によりアンバイアスに解析するデータ駆動型のアプローチです。最近発展してきているビッグデータの解析と同じコンセプトを持つアプローチで す。”
  6. バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)の進捗と合同ポータルサイトの開設 (ライフサイエンス委員会報告 資料2 平成24年1月26日)(PDF):”仮説駆動型からデータ駆動型(データ中心科学)へ”
  7. Theory vs. Hypothesis vs. Law… Explained!
  8. 良い科学研究論文を能率よくラボから出すために~学生・ポスドクがボスとやるべき協同作業

 

更新 20170623 広中平祐の著書から引用

 

同じカテゴリーの記事一覧

Silvia博士 生活を犠牲にしない論文量産術

「できる研究者の論文生産術 どうすれば『たくさん』書けるのか」の著者ポール.J・シルヴィア氏が2012年4月27日に行った講演の動画があります。しかしこの講演ではとりとめもなく延々とフリートークが続くので、ポイントを掴むには彼の著書を読むほうが早いです。

たくさんの論文が書けるのは生まれつきの才能ではなくスキルです。だから、そのやり方を学ぶことができます。(前書きより)

この本には非常に実践的な教えが書かれています。原稿が書きかけのままで憂鬱な気分になっている教授から出てくる典型的な言い訳が、「書く時間が見つからない」というものです。しかし、講義の時間がみつからないと言い訳する教授はいません。予定された授業の時間がきたら、授業をするしかないからです。論文を書くのも全く同じで、何曜日の何時から何時までは論文を執筆する時間と決めて、その時間には他の予定は一切入れずに論文の執筆に専念するということを習慣化しなさいと説いています。科学者はプロのライターなのですから、講義の時間に必ず講義をするのと同様、書くと決めた時間に必ず書きなさいとシルヴィアさんは言います。

ちなみにポール・シルヴィアさんが自分で決めた執筆の時間帯は、平日の朝8時から10時までだそうです。朝起きたら、着替えもせずシャワーも浴びず、Eメールのチェックもせず、珈琲を淹れてすぐに机に向かうとのこと。

論文を書けない理由は実はまだまだあります。現実的なところでは、書く前にデータの解析をしなければいけないとか、論文を書き始める前に参考文献を読まなければいけない、などなど。しかし、大丈夫です。シルヴィアさんは、これらもみな「ライティング」とみなします。論文の書き方の本を読むことまでも「ライティング」に含めます。これでもう書かない理由はほとんど潰されてしまいました。

論文を書く環境が悪い、椅子の座り心地が良くない、机が悪いと言って悪あがきする人がいるかもしれません。そういう人達のために、シルヴィアさんはこの本の執筆に使った机と椅子の写真を見せています。インターネットがつながらない部屋、引き出しもない机、質素な椅子。ウインドウズOSすら載っていないPC,DOS上で動くワープロソフト。書くためにはそれで十分だったとシルヴィアさんは言います。

それでもまだ、書く気が起こらない、インスピレーションが湧いてこない、どうしても書けない(Writer’s block)という人がいます。そんな人たちへの最も効果的な処方箋がまさに「決めた時間に書くことの習慣化」なのです。

論文をたくさん書かなければいけない研究者のためのライフハックツールとでも言うべき本。

How to Write a Lot – Paul J Sylvia (http://exordio.qfb.umich.mx/archivos%20pdf%20de%20trabajo%20umsnh/Leer%20escribir%20PDF%202014/Escritura%202014/How%20to%20Write%20a%20Lot%20-%20Paul%20J%20Sylvia.pdf)(73ページPDFへのリンク)

Paul Silvia, PhD – How to Publish a Lot and Still Have a Life Pt 1 (1時間1分31秒)

Paul Silvia, PhD – How to Publish a Lot and Still Have a Life Pt 2 (44分46秒)

Paul Silvia, PhD – How to Publish a Lot and Still Have a Life Pt 3 (31分59秒)

Paul Silvia, PhD – How to Publish a Lot and Still Have a Life Pt 4 (1時間18分4秒)

 

ポール.J・シルヴィア氏の著書

 

 

同じカテゴリーの記事一覧

 

論文出版に向けての、ボスとの協同作業

大学院に進学した学生や新しいポスドクが、新しいラボでしばらくの間研究テーマを模索し、やがて面白そうでしかも自分にできそうなことを見つけて研究を始める。ボスもそれを認めて、やりたいようにやらせる。数年後、ラッキーなことにそれなりに実験データが溜まってきて、論文を書き始める。しかし、いざ書くとなると、なかなか筆が思うように進まない。それはなぜかというと、せっかく得られた実験結果から導き出せる結論があまりにも弱いから。こうなってしまうと、良い論文を出すことは困難です。

研究プロジェクトを一度始めてしまうと、研究分野にもよりますが数ヶ月、あるいは数年間、その研究を続けることになります。その努力が良い論文として結実しないことには、本人の研究者としてのキャリアが危ぶまれますし、ラボも停滞します。最終的なアウトプットの段階でこのような後悔をしないためには、どうすればいいのでしょうか?

良い科学研究論文を能率よくラボから出すための指針を、ハーバード大学の化学者、ホワイトサイズ教授が短いエッセイにまとめています。この文章はかなり有名で、既にいろいろなところで紹介されています。

これを書いたジョージ・ホワイトサイズ教授は、これまで950本以上の論文を書いており、1981年から1997年の間でもっともよく引用された 1,000人の科学者のうち、5位にランキングされている人であり、さらに2011年12月の時点で、現存する科学者の中で一番h指標が高い研究者なので す。ハーバード大学でMITを取り、同大学で教授になって、300人を超える学生と学者を指導してきました。(http://www.editage.jp/insights/a-3-page-guide-to-scientific-writing)

以下のサイトでは、日本語訳も紹介されています。

今回紹介する文献“Whitesides’ Group: Writing a Paper”では、世界一線級の化学者であるGeorge M. Whitesides教授が自ら、優れた論文執筆法を解説しています。具体的には『アウトライン法』――すなわち、始めに論文の枠組み(アウトライン)を作り、研究データの蓄積と同時並行して何度も修正を加えてゆく、実験データはその時々で補完、図表重視のアピールを心がけ、テキストを書くのは一番最後、という論文作成法――の提唱を通じ、研究のプロダクティビティ・時間効率の向上に効果的たる仕事術にも触れています。http://www.chem-station.com/blog/2009/12/whitesides_group_writing_a_pa.html

もともとAdvanced Materialsという学術誌に2004年に掲載されたものですが、このジャーナルのアクセスランキングでいまでも上位に入るほどの人気エッセイです。

英語の原文はこちら:Whitesides’ Group: Writing a Paper, Whitesides, G.M., Advanced Materials, 2004, 16, 1375-1377. (ラボのウェブサイト上のPDFリンク)。

ホワイトサイズ教授が論文執筆について語るインタビュー動画
Publishing Your Research 101 – Episode 1: How to Write a Paper to Communicate Your Research

 

参考

  1. Whitesides’ Group: Writing a Paper, Whitesides, G.M., Advanced Materials, 2004, 16, 1375-1377:ラボのウェブサイト上のPDFリンク
  2. Whitesides Research Group: Professor George M. Whitesides, Department of Chemistry and Chemical Biologym Harvard University:ホワイトサイズ教授の研究室ウェブサイト
  3. 化学者のつぶやき Whitesides’ Group: Writing a paper(Chem-Station 日本最大の化学ポータルサイト 2009年12月24日)
  4. 科学的文章を書くための3ページのガイド(editage Insights 2014年3月31日)

 

同じカテゴリーの記事一覧

研究論文を能率よく書くためのコツ7個

研究分野が違えば、論文のフォーマットは大きく異なります。以下の動画はコンピュータサイエンスの分野でConference paperをどうやって能率よく仕上げるかについてのサイモン・ペイトン・ジョーンズ(Simon Peyton Jones)氏によるセミナーです。研究の進め方や論文を書くことに関しては普遍的な部分があるため、実験科学など他の分野の研究者にとっても非常に示唆に富む内容です。

Professor Simon Peyton Jones (Computer Scientist)
How to Write a Great Research Paper

00:20  #1 Don’t wait: write
04:13  #2 Identify your key idea
07:18  #3 Tell a story
09:34  #4 Nail your contributions
16:44  #5 Related work: later
23:47  #6 Put your readers first
28:40  #7 Listen to your readers
(34:19 トークの終わり。この動画ではなぜか、再び繰り返しになっているようです。)

同じトピックに関する別の場所でのトーク(60分間バージョン)。こちらのウェブサイト(http://research.microsoft.com/apps/video/default.aspx?id=168649)ではスライドが別に表示されます。

参考

  1. Simon Peyton Jones, Microsoft Research: Research skills
  2. Choosing a venue: conference or journal? by Michael Ernst (2006)
  3. Mentoring Advice on “Conferences Versus Journals” for CSE Faculty  by Kevin W. Bowyer (2012)

 

同じカテゴリーの記事一覧

ここが変だよ日本人の英語

研究力を強化するためには、研究者は英語で科学論文を執筆する能力を向上させる必要があります。しかし英語の作文能力はどうやって鍛えれば良いのでしょうか?英語力アップに役立つ、非常に教育的で興味深い記事を紹介します。

”日本から論文が通りにくい原因に英語のまずさがある”
金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第1回) 情報・システムステムソサイエティ誌 第7巻第3号(通算28号)(PDFリンク)

”日本人はtheを「つけるか、つけないか」に悩むが、そうではなく「何を指すか」が課題である。”
金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第2回) 情報・システムステムソサイエティ誌 第7巻第4号(通算29号)(PDFリンク)

”一語ごと,一文ごとに英文に置き換えると,指すものと指されるものの関係が不自然になる.”
金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第3回) 第8巻第1号(通算30号)(PDFリンク)

”高度な作文技術にチャレンジして論文の採択率を上げよう”
金谷健一のここが変だよ日本人の英語(最終回)第8巻第2号(通算31号)(PDFリンク)

”論文発表でも最後にThank you (for your attention)という.これは聴衆に感謝しているのではなく,「これで私の発表は終わりです」という合図である.”
続・金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第1回)第8巻第3号(通算32号)(PDFリンク)

”日本人は英語にあり得ない音声パタンで話しながら,自分は流暢に話していると思い込んでいる.”
続・金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第2回)第8巻第4号(通算33号)(PDFリンク)

”(l とr の区別)私が日本人の英語発表を聞いた限りでは,l のほうが問題が多いようである.”
続・金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第3回)第9巻第1号(通算34号)(PDFリンク)

”他の単語と聞き違えられないように異なる母音や子音を「区別する」ことが個々の音をどう発音するかよりも重要である.”
続・金谷健一のここが変だよ日本人の英語(第最終回)第9巻第2号(通算35号)(PDFリンク)

参考

  1. 金谷健一のホームページその他の論文・解説記事等(和文)
  2. 金谷 健一 理数系のための技術英語練習帳 さらなる上達を目指して(共立出版 2012年)

採択される科研費申請書の書き方22のヒント

関連記事

  1. 科研費研究計画調書の書き方 セクションごとの具体的、実践的な書き方のアドバイス

【注意】科研費の申請書は研究者が個人的にJSPSにに提出するものではありません。所属機関・大学を通じた提出になります。したがって、研究者は、JSPSのウェブサイトにある締切り日時ではなく、所属大学・機関の締切り日時を守る必要があります。

文部科学省の科学研究費補助金(科研費)は、研究テーマの自由度が最も高く、全ての研究者にとって非常に重要な外部資金です。研究領域や研究テーマが予め指定されているトップダウンの研究費とは異なり、誰にでも研究資金獲得のチャンスがあります。

そこで、初めて科研費を出す人、まだ一度も科研費が当たったことがない人に向けたアドバイスを、自分の経験とネット上の情報を纏めて書きました。「基盤(C)」や「若手」といった少額の研究種目を想定しています。

採択される申請書の条件:研究目的を明確に伝える~作業仮説を示す~

科学は「仮説の検証」の繰り返しで作り上げられていくものです。研究の提案は、「仮説の検証」の形をとるのが典型的なやり方です。ところが、日本の科学教育ではあまり仮説をもつことの重要性が強調されてこなかったように思います。研究目的に書くべき事柄は、「申請者はどんな仮説を立ててそれをどうやって検証するのか」です。これを明確に伝えられない場合、何がやりたいのか不明瞭な申請書になる可能性が高いでしょう。

中学校の教科書で教えている仮説駆動型研究が、なぜか、実際に研究を始める大学院ではほとんど教えられていないという日本の現状は憂うべきものです。

  1. 中学理科の教科書が教える仮説駆動型研究
  2. 科学における仮説とは何か
  3. 論文から学ぶHypothesis-driven research

仮説駆動型でないタイプの研究も勿論ありえますが、何か興味深い生命現象のメカニズムを探ることを科研費研究として行いたいのであれば、仮説が書かれていない申請書というのは考えにくいと思います。

作業仮説は図にして、見せましょう。本文を読まなくても図を見ただけでどんな作業仮説なのかがわかることが大事です。そして、その作業仮説の図を中心に文章を書いていくのがお勧め。審査委員が本文を読んでいてわかりにくいと思ったときに仮説の図があると理解を助けますし、迷子にならなくて済みます。

自分が何を研究したいのかが明確になっていない段階だと、仮説の図は描けないはずです。逆に、仮説の図を作り上げる過程で自分のアイデアが明確になっていきます。

関連記事 ⇒ 仮説を書かない科研費申請書なんて…

採択されるための早道:書いたものを他人に見せる

科研費に採択されるための最良の方法は,「書き上げた申請書を誰かに見せて添削してもらうこと」だと思う.見てもらう人が採択経験豊富な人ならなおよい.そういった人に申請書を見てもらって何度も何度も直すのが一番よい方法だ.(小噺その10:科研費に採択されるための最良の方法 Smart Lab Life 羊土社)

今回初めて科研費を申請する人や、毎年出し続けているのに採択されない人は、ひとりよがりな申請書を書いてしまっている可能性が(極めて)大です。研究内容以前の話として、申請書の書き方がなっていないというだけの理由であっさりと不採択になっている人がかなりの数に上ると推測されます。業績もある程度あり、研究のアイデアや熱意もあるのに、それが全く計画調書に表現されていないだけで不採択を食らっているのに、本人はそのことに全く気付けていない、といのは実にもったいない話です。

落ちる申請書には理由があった!京都大学で採択・不採択になった科研費申請書を網羅的に分析すると、明らかな差があることに気付いた。「科研費申請書の教科書」学外非公開)

だから、一番のおすすめは、自分の書いた申請書を人に読んでもらい、ダメ出しをしてもらうことです。研究者はみな忙しいので、なかなかこれが実際にはできないものです。そんな場合は、大学でURA(リサーチアドミニストレーター)が研究支援活動を行っていれば、そのサポートを活用することをお勧めします。

計画調書を読んでもらう人は科研費採択経験者であればベストですが、必ずしも研究者でなくても、得るものはあります。自分の親兄弟、配偶者などの家族、親しい友人、とにかく国語力のある人に読んでもらうことができれば、自分で気づけない点が見えてくるはずです。

身近に読んでくれる人がいない場合には、添削サービスを利用するという手もあります。

  1. coconala での科研費添削サービスの検索結果(68件)

科研費を採択されるための王道:情熱を示す

自分の研究に賭ける情熱、想いを科研費計画調書に凝縮して落とし込むことです。

「本当に真剣に考えた申請書は、読む人を感動させるものになります。そういうものが、いい申請書だといえるでしょう」(JREC-IN Portal 研究人材のための5分間キャリアップ読本 インタビュー記事)

ページ下部に余白を1行足りともつくらないというのは、情熱のひとつの表れです。(見やすくするために、項目タイトルの上に空行を入れるのはOK)

科研費採択の条件:研究の意義を伝える

科研費の『審査の手引き』に書かれていますが、「学術的な意義」があるかが審査の一つのポイントになっています。お金をもらうのですから当たり前の話で、やる価値がないことにお金はあげられません。

ところが、やる内容、目的までは書いているのに、研究の意義についてまでは計画調書で触れていない人が結構います。「言わなくてもわかるでしょ」というつもりなのかもしれませんが、言わなきゃわかりません。どうして自分の研究はやる意義があるのか、お金をもらってまでやる価値があるのか、うまくいけばどれくらい学術的な波及効果や社会へのインパクトがあるのかをアピールすることは、非常に重要です。

 

科研費採択の条件:研究計画は具体的に書く

研究課題の意義がいくら大きくても、研究計画に具体性が欠けると説得力がありません。まだ行っていない実験のことを細かく書きようがないではないかと思う初心者も多いでしょうが、だからこそ予備実験を行いある程度実験を進めておくことが必要なのです。ただ単に「解析する」と書いても、何をどう解析するのかが書かれていなければ、審査委員を説得できません。具体的にといっても、実験のプロトコールを書けという意味ではありません。適度な具体性が必要だということです。具体性に欠ける計画調書は、いくら立派なことを言っていても、実現可能性がないと判断されて不採択になります。

 

採択される科研費計画調書とは:神は細部に宿る

研究計画のアイデアが十分に湧いてきていない状態だと、申請書の空欄が広大に見えてしまい、どう埋めればいいのかと途方にくれるかもしれません。全部埋める必要はあるのでしょうか?

無駄な余白は(一行たりとも)あってはいけない
2008.3.21 第1.01版私大研究者のための「採択率を上げる研究費申請書」の書き方、七つの基礎早稲田大学先進理工学部 竹内淳(PDFファイル 2ページ)

だからといって、やみくもに文字でびっしりと埋めればいいというものではありません。通る申請書は内容だけでなく、見た目も自ずと良いものになるのです。

用いる文字や図表の位置、大きさ、形、色などには全て必然性がなければならない、なぜそこで使うのかを説明できなければいけない。
研究資金獲得のためのガイド 2011年7月 立命館大学博士キャリアパス推進室 (PDFファイル 96ページ)

割り当てられた多量の科研費の申請書を読まなければならない審査員の負担を想像できるかどうかも、勝敗を分ける要因になりそうです。

文字でびっしり埋められていると、「読む気がしなくなる」研究にかける熱量を短い言葉に凝縮し、申請書に落とし込む JREC-IN Portal 研究人材のための5分間キャリアップ読本>2. 研究資金を獲得する>#06 東京都総合医学研究所 所長 田中 啓二氏)

とにかくギリギリまで何度も読み返して、少しでも読みやすいものを提出しましょう。

できるだけ頭を空っぽにして.先入観をなるべく捨てて私は音読する.私は誤字脱字などの自分の書いた文章を校正するのが非常に不得意(間違っていないと無意識に思ってしまう)ので,音読するようにしてる.そうすると,一言一句間違えずに読み上げることになるので,案外間違いに気づいたりする.(博士課程(女)の記録)

気持ちのこもった申請書であれば、誤字脱字などあるはずもなく、スカスカに空いたスペースもなく、かといってぎっちり文字だけが詰まっているわけでもなく、遠目にみてもレイアウトが素晴らしく、中身をじっくり読んでもウーンと唸らされるような寸分の隙もないものに仕上がっているはずです。

 

評点を落とさないためのノウハウ:指示に従う

これまでに科研費を申請したことがない研究者にとっては、非常に気が重くなることかもしれません。しかし、科研費の研究計画調書には何をどうかけばいいのかが細かく指示されていますので、全く気に病む必要はありません。むしろ、”指示された通りに書く”ことこそが最重要なのです。

研究者にとって、これほど書きやすい応募書類はない
科学研究費(科研費)研究計画調書の書き方説明会 2013年9月20日(金)吉田地区URA室 (PDFファイル スライド25枚)

計画調書には、この欄にはこれこれについて書きなさいと具体的な指示があり、それに従って書けばよいだけの話なのですが、初心者の人はそれが全く出来ていないことが多いのです。

なぜそんな細かい指示があるのでしょうか?それは、申請者が書きやすいように、また、審査員が審査しやすいようにそうなっているのです(多分)。あなたの研究の独自性をアピールしてくださいという場所であなたが何も書かないでいると、評点をつけようがないので、良い評価は得られないでしょう。仮に、ほかの部分にそれらしいことが書いてあったとしても、審査委員がそれに気付かなければ評価されません。

不採択となる調書は、研究計画や内容は素晴らしいのに、その素晴らしさがまったく伝わってこないようなものが多いと思います。

 

採択される申請書であるための絶対条件:論理的な日本語で書く

日本人だから日本語が書けるかというと、そうでもありません。忌憚のない意見を言ってくれる人に、自分が書いた文章を読んでもらいましょう。文章を書くことの難しさをちゃんと自覚して、自分の至らなさに気づくことが、科研費採択への第一歩です。日本語の文章を書くことが仕事の一部である以上、研究者は一度徹底的に自分の日本語作成能力を鍛え直す必要があります。

良い申請書を仕上げるコツ以前に重要なのは、読んだ人に内容が理解できて、言いたいことががちゃんと伝わるような、まともな日本語の文章を書くということです。

論理力のない科学者に税金をあげようと思う方は多分いないです
論理力があるかどうかは、5行読めば分かってしまいます
研究計画調書を見比べて想うこと 日本大学文理学部物理生命システム科学科 松下祥子 (PDFファイル スライド30枚)

論理的な文章を書く技術は、誰でも学ぶことができます。

パラグラフライティングを徹底する!これは日本の教育システムで教える機会がほとんどなく、大半の人が身についていません。論理的文章を書くための黄金律なのですがね・・・。
学振申請書を磨き上げる11のポイント [文章編・前編] chem-station.com

不採択となる計画調書にありがちな日本語のマズさを、いくつか挙げておきます。

  1. 主語と述語の呼応がおかしい。
  2. 複数の節からなる文の場合、1つめの節と2つめの節とで主語が変わっていて読みにくい。
  3. 文と、次の文とのつながりがない。
  4. 論理的なつながりを表す接続詞が使われているのに(したがって、それゆえ、しかしながら、等)、その論理が実際には存在しない。
  5. 文章に、結論に向かう流れがない。方向性が見えない。
  6. 一つのパラグラフの中で、主題が変化していて、何について書きたいパラグラフなのかがわからない。
  7. ところどころ話し言葉が混じる。
  8. 略語が説明抜きで使われている。
  9. その専門分野の人にしか理解できないテクニカルタームが説明抜きで使われている。
  10. 言葉足らずで、ギャップを読者に埋めさせようとしている。(専門外の読者にはそのギャップを埋められない、もしくは、労力を要するので、読みにくい日本語になる)

読みやすい 文章というのは、重力にまかせて上から下に流れていくだけできちんと意味のとれる、読み手にストレスを与えない文章である。学振に通るための5つのポイント 2013年5月2日 渡辺佑基 日本バイオロギング研究会の会報への寄稿)

科学的な文章の書き方に関しては、いくつか定番といえる本があります。45年前に書かれたロングセラーが『理科系の作文技術 』です。研究者でこの本を知らない人はおそらくいないでしょう。

木下 是雄 理科系の作文技術 (アマゾン)

木下 是雄 まんがでわかる 理科系の作文技術  2018/1/19 久間月 慧太郎 (イラスト)(アマゾン)

福地 健太郎, 園山 隆輔 増補改訂版 図解でわかる!理工系のためのよい文章の書き方 論文・レポートを自力で書けるようになる方法 (アマゾン)

 

科学的な文章以前に、自分の国語力に自信がない人は、基本から身につけるほうが早道です。フクシマ式が速習に向いていてオススメ。下の本は1時間くらいで読めますが、効果は抜群です。

福嶋隆史 (著) 言葉を自在に操るための論理思考トレーニング 考えていることが正しく伝わる、シンプルで確実な方法 「ビジネスマンの国語力」が身につく本(アマゾン)

上の本によれば国語力とは突き詰めれば「3つの力」にまとめられるということですが、その1番目の「言いかえる力」(具体→抽象、抽象→具体の言い換え)に話題を絞って書かれた本もあります。

細谷 功(著) 具体と抽象 (アマゾン)

文章を書いている時、多くの場合、具体と抽象を行き来しています。上の本を読んでおけば、それを意識しながら書くことができますので、書いた文章が慢然とならず、非常に明解でシャープなものになります。上記の本は2冊とも、普通の文学作品のように文字がぎっちり詰まったものではなく、非常に読みやすいので、1時間くらいで読めます。国語力アップに1時間を投資するだけで、異次元の科研費申請書作成能力(前後比較)が身につくのですから、こんなコスパの高い努力はめったにありません。

 

科研費採択のための絶対条件:計画調書の中に矛盾をつくらない

概要と本文が対応していなかったり、研究計画と経費の項目がつじつまが合っていなかったり、不採択だった計画調書はいろいろと矛盾を含んでいることが多いのです。目的を達成できそうにない実験計画というのも、致命的な矛盾です。申請書を書いている当人の頭の中ではなんとなく繋がっていて、実は辻褄があっていないのに気付けないということが多いのです。数多くの調書を読みなれている審査委員は直ちにその矛盾に気付き、不採択のほうへ振り分けてしまうことでしょう。

私が確認を頼まれた後輩の申請書や、ギリギリ評価点が足りずに落ちてしまった方の申請書にはほぼ必ず論理的におかしいと思う部分があります。つまり、論理性を保った申請書を書くだけでも差別化に繋がるということになります。(論文ゼロでも学振DC1に面接経由で採用された申請書の書き方のコツと面接対策ポイント minoblog

  1. 児島 将康『科研費獲得の方法とコツ 改訂第8版(2022年7月14日新発売)
  2. 郡 健二郎『科研費 採択される3要素 第2版』(臨床医学系)

 

科研費採択への道:採択された計画調書を見せてもらう

何をどう書けば良いのかわからない人は、まずは、実際に採択された人の申請書を見せてもらい、採択のためのスタンダードの高さを知ること。また、他人の申請書を読めば、どんな文章表現を使うと効果的なのかがわかり、具体的な言葉遣いを学べるというメリットもあります。

①~である.しかしながら,Aに関しては未だ不明な点も多く,その解明には既存の手法ではなく,新しい視点からのアプローチが必要である.②申請者らは,近年Aの生理学的意義が注目されている~に着目し,Bを明らかにした.③本研究では,AにおけるBの意義・役割について明らかにする. (①現状の問題提起,②申請者らの研究成果,③研究目的)(若手研究者向け科研費セミナー ー採択されやすい計画調書の書き方ー URA室倉石泰平成27年8月4日 東京医科歯科大学 PDF 19ページ)

 

大学によっては、採択された科研費計画調書を学内で見せたりしているところも結構あるようです。採択された、他人の計画調書を見る機会がない人も多いと思いますので、ネット上で公開されている調書を紹介します。様式が変わっても、良い申請書の本質的なことは普遍的です。

基盤研究(A)

下の申請書は、自分には馴染みがない研究分野ですが、読んだときにその迫力に圧倒されました。きっと多くの人に役立つと思うので紹介させていただきます。

① 研究の全体構想・具体的な目的・何をどこまで明らかにしようとするのか?
動物媒の花の著しい多様性は、送粉動物への適応を通じて進化したと考えられている。しかし、送粉動物による花形質への淘汰を実測しようとした研究は、必ずしも成功していない。その理由として、花形質の集団内変異が小さいことが指摘されている。本研究では、種間雑種を作り、さまざまな花形質を分離させることによってこの障害を克服し、異なる送粉動物への適応進化の過程を実証的に調べる。研究材料として、ユウスゲ属の 2 種をとりあげる。2 種は、‥

(基盤研究(A)計画調書PDFリンク http://seibutsu.biology.kyushu-u.ac.jp/~ecology/yahara/KibanA.pdf

 

学振DC2

下のリンク先で学振の申請書が公開されていますが、計画調書作成の戦略まで細かく解説されています。異なる分野の人にも絶対に役立つであろう内容です。

■研究背景
申請者は”薬剤の効かない難治性てんかん患者”をターゲットに、生体冷却を用いた代替治療総日の開発(図1)を行ってきた。てんかんとは、‥

(引用元:面接免除になった学振DC2の書類を公開と工夫した点について 更新日:2019-05-04 公開日:2018-09-20 そうだ研究しよう

 

採択されるためのヒント:審査の手引きを読む

科研費計画調書の審査は、公正を期するために審査基準が明確に定められておりそれは「審査における評定基準等」や「審査の手引き」という文書として公開されています。

審査委員のための「審査の手引き」は、実は申請者にこそ必読の書です。公開されている「審査の手引き」に目を通しておけば、自分の研究計画がどのように採点されるのかの具体的なイメー ジが湧きます。すると、科研費申請書をどう書けばいいのかのアイデアが、自然にいろいろ浮かびます。申請書を書き上げたあと、自分が審査員になったつもりで自分の申請書を採点してみると、ちゃんと書けているのかどうかのチェックになります。

基盤研究、萌芽、新学術などの種目ごとに存在意義が異なるため、当然のことならがら審査される際の観点も異なります。その種目が助成した研究はどのような種類の研究なのかをきちんと理解しておくことは、申請書を書く以前の問題です。

審査の手引きを読めば点数が付けられるさいの審査のポイントがわかりますから、逆に、そのポイントを押さえた調書を仕上がることが可能になります。大学受験で採点基準を意識して解答すれば減点されにくい答案が書けるのと同じ理屈です。

  1. 審査における評定基準等(平成31年度)基盤研究(B・C)、若手研究(PDF)
  2. 審査における評定基準等(平成31年度)挑戦的研究(開拓・萌芽)(PDF)
  3. 科学研究費助成事業 審査・評価について(JSPS )

 

採択されるための戦略:敵を知る

誰が自分の科研費の審査をしたのかは、公開されています。自分が出す分野の審査委員の顔ぶれを知っておくことは非常に重要です。出す分野を決める際の参考にもなります。

また、審査委員がどのような気持ちで申請書を読んでいるのか、その心理を理解しておくことも大事です。科研費の取り方に関する教科書などでも紹介されていることですが、一人の審査委員に100近くもの計画調書が送られてきて、審査委員は忙しい業務の合間を縫ってその調書の評価をしなければならないため、一つの調書あたりにかけられる時間は申請者が想像するよりもはるかに短いようです。本では言葉を濁していますが、科研費審査経験者が説明会に引っ張り出されて話ているのを総合すると、おそらく10分~20分程度ではないでしょうか。この程度の時間しか割けないとなると、隅から隅まで一字一句漏らさずに読むという読み方は到底できないはずで、緩急を付けながらサッサと読んでいっているはずです。日本語が読みにくかったり、説明がわかりにくいものは当然、良さが伝わりにくいので低評価を受けることでしょう。

また、採択率から考えると、ほとんどの調書(~7割)を「不採択」のほうに振り分ける必要があるため、ダメなところが見つかり次第「不採択」の方に分けていくことになるでしょう。ですから、明らかにダメな部分を作らないということが、一つの重要な戦略になると思います。振るい落とされるような隙を作らない、ソツのない計画調書に仕上げることが、採択のための最低条件といえそうです。

 

採択されるための戦略:敵を味方に

どんな大学であっても、科研費審査を経験された先生がいらっしゃるはずです。過去の審査経験者は公開されているわけですから、自分の大学に所属する審査経験のある先生を見つけて審査のポイントを聞きに行くということも可能なのではないかと思います。みんながやると先生の時間が奪われてしまうでしょうが。その場合、大学のURAがそういう情報を学内に還元するのが良いのではないでしょうか。

 

科研費採択のための戦略:勝てる場所を選ぶ

科研費を申請するときには、審査区分を選ぶ必要があります。それぞれの審査区分ではその分野の研究者が審査委員を務めるわけです。自分の研究内容がどの審査区分にマッチするかをじっくりと考える必要があります。さらに、自分の研究計画が複数の審査区分で出せそうなときには、どこに出せばライバルが弱くて自分の勝つチャンスが増やせるかを考えましょう。それというのも、科研費の審査は「区分ごとの相対評価」だからです。これに関しては、審査の手引きなどを熟読して、自分の申請書がどのようなプロセスを経て合否の判断が下るのかを理解しておく必要があります。

KAKENデータベースをみれば、どの程度の論文業績の人がどの審査区分においてどのような研究プロジェクトで採択されたかを知ることができます(過去に、審査委員の先生が誰だったかも)。過去に採択された人たちの研究と自分がこれからだそうとしている研究計画とを比べたときに、ここで戦って自分は勝てそうか?と考えて、勝てそうな場所(=審査区分)を選ぶことも非常に重要な戦略です。

 

採択の条件:他者との差別化をはかる

何を究明したいのか問題意識を明確にし、どのような手法でそれを実現するのかを具体的に立案。…例えば、分野の空白を埋める研究なのか、学問・科学の発展の流れを把握し、切り開いていく研究なのか、全く新しい発想による研究なのかなど「特色」を明らかにして「他の人との違い」を積極的にアピール。
科研費応募の手引き 平成21年8月20日 小山和義 原子力GCOE (PDFファイル スライド47枚)

 

評点を稼ぐノウハウ:採点されやすい調書に仕上げる

審査委員はみな大学の研究者ですから、超多忙の合間を縫って科研費の申請書を読んで採点しています。一つ一つの申請書を全部同じようにじっくり読む時間はないはず。「当確」な調書と「論外」な調書は時間をかけずに判断されると思います。問題は、当落線上の調書でしょう。少しでも採択の可能性を上げたければ、審査委員の心証を良くする必要があると思います。それは結局、審査委員の負担を軽くする、つまり、読みやすく採点しやすい調書に仕上げればよいのです。

極意1 審査員に読ませない、まとめさせないK3茶論 第15回 科研費申請書作成のポイント 高等教育コンソーシアム信州 加藤鉱三 スライド+ウェブキャスト)

審査員は、一度に短い時間で多くの調書を読まなければならないことを十分意識して書く。そのため斜め読みでも、重要な要点がきちんと伝わるように書く。
科学研究費助成事業(科研費)研究計画調書作成のポイント集 産学公連携センター (PDF スライド22枚)

 

科研費採択のための必要条件:予備実験データを見せる

どんな立派な研究計画であっても、その実現可能性が低そうだと思われると採択されません。実現可能性の高さをアピールする最善の方法は、予備実験を行ってその結果を図にして示すことです。

* 実際のデータを入れる。(具体性、実現可能性をアピールできる)
* 自分のデータを入れる。あと一歩で金さえあればできると言外に示す。
* 何らかの予備データ(レターペーパーでもいいので既に発表済み)があってその課題で結果が得られる可能性が高いことをアピール … 既に結果のある人、つまり結果を出せる能力 があると客観的に証明できないとなかなか取れない
Bio TEchnicalフォーラム No.882-TOPIC – 2008/03/27 (木) 21:29:37 – 申請書の書き方でアクセプトされやすいコツなどがあれば何でも構わないので教えてください。)

「科研費に申請を出すために予備実験を行う」というよりも、日常的に研究をしているわけですから、「次に論文が出そうな内容で科研費を出す」ほうが現実的かもしれません。つまり、既に結果が出ている内容で、研究費の申請を行うのです。

研究計画の実現可能性を研究費を獲得したら、きちんと論文を出すことが必要ですが、研究者として確実に生き残るための絶対に失敗しない方法は、すでに結果が出ている内容で研究費を獲ることです。

「申請を出す研究は80%程度完成していて,残りの20%を達成するために科研費を申請するぐらいが丁度良い.」
(文部科学省科学研究費若手B を獲得するための5 つのポイント 勝平 純司 国際医療福祉大学学会誌  第18巻2号 2013)

論文を書き上げて投稿を済ませたものを申請書に書いてもいいくらいです。

論文投稿後に研究費が獲得できたら、そのお金はリバイス実験に当てるくらいの感覚です。こうやって、先取りしながら論文とお金を回していければ、追われる生活にならなくてすみます。

 

採択される計画調書の条件:実現可能性をアピールする

科研費申請書には、「これまでの研究について」書く欄や、「研究環境」について書く欄があります。ここを漫然と書いている人が結構多いのですが、申請書の目的は、研究の意義と研究計画の実現可能性をアピールすることであることを思い出せば、「これまでの研究について」や「研究環境」は、研究計画の実現可能性をアピールするための場所であることは明らかです。これらのセクションを書くときも、研究計画につなげて書く工夫をしたほうがよいでしょう。そうすれば、自分がこの研究をやることが相応しい人間であり、それが可能であるということが伝わります。

 

採択への早道:科研費の教科書を読む

こんなウェブ記事を自分で書いていて言うのもなんですが、定評のある科研費の教科書を読めば、必要なこと全てが書いてあります。 羊土社から出版されている児島 将康の著作『科研費獲得の方法とコツ』は、最新の科研費制度の変更に合わせて改訂されており特におすすめ。この本の読者と、読んだことがない科研費初心者は、例えていうなら、オトナと赤ちゃんくらいの違いがありますから、科研費採択を賭けた土俵に出たときに全く勝負にならないでしょう。

これらの本を読めば、申請書の各セクションで、何をどう書くべきか、ポイントの押さえ方がわかります。公式の記入要領に目を通しても初心者には思い及ばないことばかりです。豊富な実例、徹底的な解説、そして著者の情熱に触れながら自分の申請書を書くと、モチベーションも上がります。教科書に数千円投資して、科研費採択で数百万円以上を手にするのですから、費用対効果は抜群です。こういった書籍を読んだ人と読まずに書く人との差は今後ますます開いていくのではないかと思います。

自分は、世の中で売られている科研費関連本にはすべて目を通しています。応募歴・採択歴がある程度あるが、こう書けば必ず採択されるといったノウハウまで体得できているという自信がない人には、審査員の心情を暴露してくれている『狙って獲りにいく! 科研費 採択される申請書のまとめ方』が、一番オススメです。この申請書を読む審査委員は、どう感じるのか?が分かれば対処すべきことが自ずとわかります。初心者にはオーソドックスで網羅的に書かれた書籍が良いかもしれません。

  1. 中嶋 亮太狙って獲りにいく! 科研費 採択される申請書のまとめ方  2022/8/20
  2. 児島 将康『科研費獲得の方法とコツ 改訂第8版(2022年7月14日新発売)
  3. 郡 健二郎『科研費 採択される3要素 第2版』(臨床医学系)

関連記事 ⇒ 科研費申請書の書き方の教科書 厳選5冊

医学書院から出ている郡 健二郎著『科研費 採択される3要素』は、医学部の先生が書かれているので、文例が医学関連なので医学部の研究者には親和性が高いと思います。ただし、これら2冊は分野を超えて普遍的な原則が解説されていますので、解説のスタイルに関して自分の好みで選べばよいと思います。

 

採択へのまわり道:日本語の文章力を上げること

急がば回れといいますが、採択されるためには読み易い日本語の文章を書くことも大事です。毎年不採択という人の申請書を見せてもらうと、そもそも読みにくい日本語を書いていることが多いように思います。

『こうすれば医学情報が伝わる!! わかりやすい文章の書き方ガイド』を読み通せば、日本語の文章力が一段確実に上がります。

こうすれば医学情報が伝わる!! わかりやすい文章の書き方ガイド』(アマゾン)

 

科研費採択への早道:学内の支援制度を利用する

いまどき、多くの大学で研究推進のためにURAが設置されています。京大などはURAが科研費採択の教科書を作成して学内で配布するなど、科研費採択率アップのために活発に活動しているようです。このような研究支援制度が学内で利用できるのであれば、使わない手はありません。

東京大学リサーチ・アドミニストレーター推進室(UTRA)が科研費獲得の方法や申請書の書き方を教える文書を公開しています。

電子書籍 「研究生活とキャリアパス -はじめての競争的資金獲得をめざして-」 iTunesにて無償公開  (ダウンロードサイト)
 第1分冊-科研費獲得を目指す「若い君たち」へ 勝木元也
 第2分冊-研究生活と競争的資金、研究計画書の書き方
 東京大学リサーチ・アドミニストレーター推進室(UTRA)

科研費採択への早道:商業サービスを利用する

  1. ジーラント株式会社(代表取締役 児島 将康)科研費申請書の添削サービス(個人向け) 科研費獲得総合プラン(研究機関向け)
  2. ココナラ(科研費に特化した添削サービスを提供している個人)

採択のために:制度の趣旨を理解する

科研費にはいろいろな研究種目があり、それぞれに存在する理由があります。萌芽であれば文字通り萌芽的な研究テーマが期待されているわけで、「これ、別に基盤(C)でいいんじゃね?」と思われるような常識内に収まるテーマだと、高い評価を受けないようです。

新学術領域の公募の場合は、当然、その領域の趣旨に完全に合っていないといけません。どんなに優秀な研究者であっても、領域の趣旨から外れた研究テーマで申請すれば採択される可能性は低いでしょう。

平成30年度から審査体制がだいぶ変更されたことも無視できません。審査区分が大きくなった研究種目の場合には、審査委員になる先生の研究分野が相当ばらけている可能性があり、制度変更前までと同じような書き方をしていると、せっかくの研究の意義も伝わらない恐れがあります。

 

科研費採択のノウハウのまとめ

押さえるべきポイントを押さえるかどうかで、申請書の出来に天と地ほどの差がでます。科研費申請書を書く上で重要なのは、(1)審査員の気持を理解し、(2)審査員が自分の申請書をどのように評価、採点するのかその具体的なプロセスを把握したうえで、(3)自分の研究のアイデアと目標達成能力をしっかりとアピールしつつ、(4)自分が研究期間内に実現したいことを明確に述べ、(5)非常に読みやすくかつ審査しやすい計画書を作り上げることです。そして、(6)「コイツにお金をあげたい」と審査員に思わせるのです。もちろん、未来の計画実現可能性をアピールするためには、過去の論文実績が重要です。科研費申請の締め切りまでに今の仕事の論文がアクセプトされるよう、全力を尽くしましょう。

関連記事

  1. 科研費研究計画調書の書き方 セクションごとの具体的、実践的な書き方のアドバイス

科研費制度の変化

平成30年度(平成29年申請)から科研費の制度が大きく変わりました。主な変更点やその対策に関しては、以下のサイトをチェック!

この速報では,「科研費獲得の方法とコツ 改訂第5版」では詳しく触れられなかった来年度からの新しい申請書への対応について解説していく.【速報】平成30年度公募の要点と申請書の書き方(児島将康/羊土社)

科研費不採択の受け止め方

万が一、不採択の結果に終わったとしても、研究計画を真剣に練って文章化するという作業は、自分のやりたいことを整理し、研究意欲を高め、自分の研究に対する信念を強固にしてくれるものです。

無鉄砲に挑戦し続けた科研費が私の研究を伸ばしてくれたと感謝している。
「科研費-伸びる研究」(私と科研費(2014年2月号))伊藤 早苗

 

参考

申請するたびに必ず通る先生がいました。その先生は研究者として特定の分野で有名人なわけでもありません。しかし、研究種目を変えても、審査区分を変えてもやっぱり通るのです。どのように計画調書を組み立てるのかを伺うと、目から鱗が落ちたものです。 ‥

そのような経験を事務方と教員全体で共有していった結果、10年間で科研費の獲得件数は実に25倍になりました。

科研費申請書類の書き方のコツ (大学で研究助成金獲得業務に携わった「もとじむ」さんのサイト)

  1. 研究者コミュニティへの影響大 30年ぶりの科研費改革 (Science Portal サイエンスポータル 2015年10月27日):”一見するとただ分野融合を進めるだけの見直しにも見えるが、実は日本の研究者コミュニティに大きな影響を与える改革である。現在の科研費の各分野における配分額は、分化細目ごとの応募数によって決まっている。つまり、ある分野の研究者が多くなり、科研費の申請が増えれば、自然とその分野への研究費の配分額も増えてくる。学問の進展に柔軟に対応していくシステムといえる。しかし、逆に言えば、特定の研究者コミュニティが一定の研究費を継続的に確保し続けるため、その分野のボス支配が強まるシステムであるといえる。”
  2. 科研費改革説明会(「科研費審査システム改革2018」について)(動画時間44:02)
    講演者:文部科学省研究振興曲学術研究助成課課長 鈴木 俊之 氏
    平成29年6月8日於東京大学本郷キャンパス安田講堂
  3. 平成30年度科学研究費助成事業-科研費-公募内容の変更点(動画時間1:25:02)
    講演者:日本学術振興会研究事業部研究助成第一課課長 吉田正男氏
    平成29年9月6日 東京大学本郷キャンパス安田講堂

 

同じカテゴリー内の記事

関連するカテゴリーの記事一覧

科研費応募のすすめ

研究費のボスは、ラボの運営に必要な資金を得るために科研費に応募するのは当然です。その下の助教などのスタッフもラボの運営を助け、また自らの独立した研究を推進するうえで、科研費の獲得は非常に重要です。

ポスドクの場合はどうでしょうか?ボスがしっかりお金を取ってくるラボであれば、ポスドクは自分で研究費を稼いでくる必要性をあまり感じないかもしれません。もちろん科研費の申請を出せない雇用形態もあります。しかし応募資格があるのにチャレンジしないのだとしたらもったいない話です。なぜなら、科研費獲得実績は、近い将来PI(Principal Investigator 研究代表者)のポジションを獲得するためには、論文業績と同じくらいに重要になってくるからです。

お金を集めてくるのがうまいボスが率いる大きなラボで、ポスドクとして長い年数研究に専念してしまった場合、ジョブアプリケーションの外部資金獲得実績の欄が空欄になってしまうという落とし穴があります。今の自分の業績では無理、などと自分で決め付けてしまわずにチャレンジしましょう。仮に自分の申請が採択されなかったとしても、自分の研究の強みや弱みを再確認してよりよい実験計画へ修正するいい機会です。