実験するたびに思い通りの結果が得られて、研究がさくさくと進めば研究者の人生はとても楽でいいのですが、そんな風に物事がうまく運ぶことはそうそうありません。実験というものは、ほとんどが失敗の連続で、あれこれ手を変え品を変え条件検討をしていってようやくうまくいく実験条件にたどり着き、そこで初めてまとまったデータが出せてなんとか論文発表に漕ぎ着けるというのが、ありがちな研究の進み方なんじゃないかと思います(個人差あり)。
自分は研究が上手くいったことが少ないのでどれくらい参考になるかわかりませんが、ネット上の記事も紹介しつつ、研究に行き詰ったときに状況を打開する方法を考えてみたいと思います。
できて当たり前の実験ができなくて行き詰まる場合
実験手技の習得
実験が下手なせいでうまくいくはずの実験が上手くいかなくて行き詰まる場合には、確実な実験手技を身に付けることで問題が解決します。
大学院修士課程の頃は自分は、あとから振り返ると実験が下手くそでした。自分が最初に取り組んだ分子生物学実験なんて、ピペットマンでチューブからチューブへ溶液を移して、溶液同士を混ぜたり、チューブを遠心して上清を吸い取ったり、沈殿を溶かしたりする程度の操作しかしないので、人によってうまい下手が生じるなんてなさそうに思えるかもしれませんが、なぜか大きな差が出てくるものです。単純な操作でも手技の良し悪しでまず差がつきます。さらに、ひとつひとつのステップできちんとチェックをして、うまくいかなかったステップがあればすぐにそれに気づいて、すぐに戻ってやり直して着実に前に進んでいけるかどうかでも差がつきます。
できて当たり前の実験で失敗するのは、非常に大きなストレスです。自分は人より不器用ということはない、どちらかといえば手先は器用なほうだし、注意力や集中力もあるはずで、人にできて自分にできないことなんてあるわけがないという自信がどこかにあるからこそ実験科学の道に入ったわけなのです。ところがいざ実験を始めてみると、先輩たちがすいすいとこなしている実験がなぜか自分がやるとうまくいかないということを経験しました。
実験操作には確率でぶれるようなことはないので、うまくいくにも失敗するにも再現性があると思います。うまくいく方法でやれば、誰がやってもうまくいくはずなのです。できるはずの実験ができないで行き詰ったときは、その実験が上手くできている先輩や同僚に頼んで、一連の実験操作を見せてもらうか、実際に一緒に実験をやってもらうか(見てもらう)するのが良いと思います。失敗の原因に気付くことができるかもしれませんし、特に心当たりがなかったとしても、ちょっとした何かが自分の中で無意識であっても修正されて、それ以降かならずうまくいくようになるものです。
腕が悪くてうまくいかないときのほとんどは、実験の段取りが悪くてスピーディーさにかけるときである。‥ 何度も同じ実験を繰り返していると突然うまくいくことがあるのは、その実験に慣れて効率よく早くおこなえるようになるからである。研究が進むひとは、実験も早いし正確だ。ここで小結。うまくいくはずの実験がうまくいかないときは、操作は正確にスピーディーに。(研究につまづいたら 東原和成 ┃ 化学 ┃ 2009年2月号 )
うまくいってほしい実験が上手くいかなくて行き詰まる場合
ひとつひとつの実験のステップはうまくできているはずなのに、期待通りの結果が得られないことがあります。その場合には、何かcriticalな条件があることに気付けていないか、あるいは、作業仮説がそもそも間違っているという2つの可能性が考えられます。
うまくいく実験条件を突き詰める
criticalな条件を探すというのは実は研究における通常のことなので、決して行き詰っているわけではありません。これは考え方を変えることです。取りこぼしがないようにあらゆる可能性を最初に考えてから条件を絞り込んでいくしかありません。
うまくいく方法を見つけるためには、なぜうまくいかないのか、どうすればうまくいくのか、原理的な部分にまで降りて行って考えるしかありません。
研究テーマに対する行き詰まり感は消えず、むしろそれは強まる一方で、‥ その分野の研究の第一人者の論文をその人が学生であったころまでさかのぼって、調べてみたりもしました。‥ いつ研究のブレークスルーとなる論文を出したか、それはどのような理由によるか、という点に着目して論文を読み直してみました。(研究者への軌跡 古本 強 広島大学理学部・大学院理学研究科)
仮説を修正する・仮説を捨てて新しい仮説を考える
自分が考えた仮説が間違っている場合には、それを実証しようとしても全てが徒労に終わることもあります。古い話で恐縮ですが、ゲノムが全て解読される前の時代では、一つ重要な遺伝子が見つかると、そのファミリーメンバーとなる2番目、3番目の遺伝子を探すというのが研究を発展させる常套手段でした。しかしタイプ1以外に、タイプ2,タイプ3などが存在するのかどうかは、その答えは見つけてみないかぎり 誰にもわかりませんでした。タイプ1を見つけたラボで、新しく入ってきた大学院生にタイプ2以降を見つけさせる実験テーマを与えた場合、タイプ1よりも重要な機能をもつタイプ2や3を見つけることができてヒーローになれるかもしれません。逆にその遺伝子がゲノム上にそもそも1つしかなかった場合には、何も見つけられず全てが徒労に終わる危険性もあります。
仮説によっては、その仮説を反証できるような実験が考えられることもあり、それをやってみるというのも一つのアイデアです。作業仮説が間違っている(間違っていそう)場合には、仮説を修正するか、どこかで見切りをつけてその仮説はあきらめて別のことを考えるかが得策です。仮説を捨てられなくてズルズルとお付き合いするとどんどん時間が無駄になります。いわゆるサンクコストの増大です。仮説をもっともらしいものに修正するというのは、研究における通常の作業です。
間違った予測のもとに、間違った力点が置かれた実験をやったとしてもね、実験結果として出てくるのは、いつでも客観的なファクトのわけですよ。間違った仮説のもとに実験をやっていれば、当然はじめのうちは予測と実験結果がずれてくるわけです。そういう場面にぶつかったときにどうするかで、正しい方向に戻れるか、どんどん間違った方向に深入りしてしまうかが分かれる。(立花隆・利根川進『精神と物質』)
再現性が得られなくて行き詰まる場合
細胞や組織をすりつぶしてサンプルを調整して行う生化学実験などは、同じロットのサンプルで実験を繰り返す限り、再現性は比較的高いものです。しかし、動物個体などを使った実験の場合は、個体ごとのばらつきが大きく再現性が悪くなっていきます。自分の経験だと、個体の例数を増やすほどバラつきが大きくなったり、実験条件を精密にしていけばしていくほどバラつきが大きくなるようなことがありました。いい加減な実験をしている人間のほうがよっぽど対照群と実験群との差が出るんじゃないかと思ったほどです。
個体でバラつきが大きくなる理由としては、実験する時刻の違い、個体の栄養状態の違い、発生時期の違い、遺伝学的な背景の違いなど、いろいろあると思います。個体差の大きさに関しては、10人の人に同じ言葉を投げかければ、10人10通りの反応が返ってくるであろうことからも想像できると思います。
バラつきに対処するためには、まずは野生型(対照群)に関して実験をして、バラつきの大きさを把握しておく必要があります。「介入実験」をした場合に有意差が出るかどうかは、欲しい差の大きさを決めて、差があったときに差が検出できるサンプルサイズを予め計算しておくのがよいでしょう。そのサンプルサイズが現実的に実行不可能な大きさになってしまうのなら、その実験には手を出さないことです。
遺伝学的な背景が均一な系統で実験するなどの工夫も可能かもしれません。ただしその場合は、いわゆる外的妥当性が低いという欠点からは逃れられません。
作業が膨大過ぎて終わりが見えなくなり行き詰まる場合
人の手を借りる
いまどきの科学研究は、網羅的にやるのが当たり前になってきています。そうなると一人あるいは少人数で網羅的にやるのはなかなか大変でしょう。その場合の解決方法としては、人の手を借りる、マンパワーを投入するというのが一つの方策だと思います。腐らずに一人で頑張っていれば、ボスが見かねて技術員をつけてくれるかもしれません。いっそ頼み込んだら、すぐにでも考えてくれるかもしれません。
実験を自動化する
誰もが応援を頼める立場にいるわけではないでしょう。個人が抱える問題を個人で解決するしかない場合には、実験や測定、観察などを自動化してしまうという方法もありえます。
実験を自動化する場合には、それ相応のハードとソフトが必要です。その開発にまた時間がかかるため、自動化する手間と手作業でやる手間とを天秤にかける必要はあります。しかし実験作業をうまく自動化できれば、自分がやらなくてもラボテクニシャンや学生に実験をまるごと任せることもできて、研究の効率化、進展には大きなアドバンテージがあります。
研究が行き詰まっている原因がわからない場合
人に相談する
研究が行き詰まっている原因がわからない場合は、自分一人で悩んでいても仕方がないので、ラボメンバーに相談してみましょう。研究の進捗状況を報告するためのラボミーティングが定期的にあるでしょうから、自分の番で自分の状況をありのままに話してみてアドバイスを請うのも一つの方法です。うまくいっていない現状をきちんとみなに説明すれば、客観的な意見が貰えると思います。誰からもいいアドバイスがもらえなかったのであれば、その研究テーマ、その研究方法をそのラボでやること自体が、賢明でないのかもしれません。
研究初心者の場合は、ポジコンやネガコンといった、対照の置き方がまずいせいで実験が進んでいない可能性も大いにあります。
関連記事 ⇒ 実験の正しい進め方 ポジコン、ネガコンの重要性
研究のアイデアが浮かばない場合
よく寝る
研究のアイデアが浮かぶかどうかは、本人の頭の出来にもおおい依存すると思いますが、どれだけ関連論文を読み込んだか、どんな分野の勉強をそれまでしてきたかにもよります。また、頭を取り換えるのは無理だとしても、その頭がどれくらい冴えた状態か、というのも大事です。そのために役に立つ方法としては、まず十分な良質な睡眠を確保する、関連しそうな文献を読み漁る、周辺分野の勉強をする、古典的な教科書を読んでみるなどが考えられます。
研究で行き詰らないテーマを最初から選ぶ
枯れた方法を使う
研究で行き詰ったときに打開する方法として、全く逆の発想で、そもそも行き詰らないような研究のやり方をやるということも考えられます。
枯れた実験方法すなわち十分に普及していて必ずうまくいく実験方法の組み合わせにより、まだ誰もやっていない新しいことに取り組むのが一つ。
仮説の検証結果がポジティブでもネガティブでも大きな意義があるテーマを選ぶ
結論がどっちに転んでも論文になるようなテーマを選ぶのも一法です。
結果が必ず意味を持つテーマを選ぶ
何かのパラメータを決定するといった、かならず結果が得られることを手掛けるのも一つの方法。
目的と方法がひっくり返っている場合には是正する
何か新しいことを明らかにしたい場合に、それに必要な方法論の開発に何年も費やすことがあります。その場合、方法論の開発自体にもそれなりの労力がかかるため、研究に行き詰ったときに本来の研究の目的がおろそかになってしまい、方法の開発が目的になっていてしかもそれがどつぼにハマってしまっているということがあります。その場合、実は目的を達成するためには別の方法が存在することもあります。例えば、ベストではないけれども従来からある方法をなんとか使って目的を達成するとか、あるいは、他所のラボが開発した方法を借りてきてやってみるなど。確かに新しい方法を確立するとそれ自体も研究成果なのですが、良いジャーナルに論文を掲載させるためには、その方法を使って新しいことを示すことが要求されるのが普通です。
方法に走るか、本来の目的をとりにいくかは、場合によっては悩ましい選択になります。
行き詰った研究テーマを手放す
損切りの判断は難しいのですが、現実的な年数でものになりそうにないテーマはスパッと諦めて、うまくいきそうなテーマに切り替える潔さも大事だと思います。研究テーマがひとつしかないとやめるのが難しいので、常時複数のテーマを走らせておいて、最初に上手くいき始めたテーマに全力を注いで論文にまでもっていくというのが良いのではないかと思います。
気分転換をする
夏であれば夏休みをしっかりと取るとか、ゴールデンウィークであれば世間の人たちと同じようにしっかり休むとかして、研究とは関係ない古い友達に会うなどするととても良い気分転換になります。研究に行き詰っていると視野が狭くなりがちで、良いアイデアも浮かんでこないので、まずは心身をリラックスさせることをしてみるのがいいと思います。
休んだからといって中断していた研究が突然進展したりブレークスルーが起きたりするとは思いませんが、正しい判断をするためには心身が健康な状態であることが必要です。
環境を変える(ラボを移る)
同じ場所に何年もいて研究がなかなかうまくいかない場合、思い切って研究環境を変える、すなわちラボを移るのも一つの手だと思います。自分や自分の家族にとってその国での生活が合わないのかもしれないし、PIとの相性が良くないのかもしれないし、そのラボの雰囲気が合わないのかもしれません。テーマが良くないのかもしれません。別に何も悪いことはなくて、いい環境のはずなのに、結果が出ないということもあるでしょう。何年も同じラボにいると、どうしても「慣れ」が生じて、フレッシュな緊張感は失われます。研究を進展させるうえでそれがいい方に転べばいいのですが、結果が出ないのなら、何かを変えてみるのも一つの方法です。もちろん、結果が出るまで同じ努力を積み重ねる必要があることもあるので、そのあたりの判断は難しい場合もあります。
規則正しい生活をする
研究者は結果が全てなので、別に朝遅くラボに来ようが午後早い時間に帰ろうが、結果が出ていれば誰も文句は言いません。しかし、そうは言っても、成果を挙げている研究者の多くは規則正しい生活をしていると思います。
自分は大学院生の頃、やることなすこと全てどつぼにはまってしまい、朝起きられなくなってラボに出る時間がどんどん遅くなっていってしまったことがあります。今から考えるとあれは結構抑うつ状態だったのかもしれないと思います。大学院生がラボに来なくなって、ついにはやめてしまうという話は全く珍しいものではありません。実験が順調でない場合は大学院の生活は大変なのですが、なんとか生き残るためにはまず生活を整えることが大事だと思います。実験がうまくいこうがうまくいかなかろうが、決まった時間に起きて、決まった時間にラボで仕事を始めて、決まった時間に帰り、夜はぐっすりと眠るのが大事。
研究で行き詰らない人間になる
正直、自分には今でもよくわからないことなのですが、そばで見ていてもいつもリラックスした生活態度で涼しい顔をしているのに、論文をトップジャーナルにコンスタントに出し続ける研究者がいます。あるいは、トップジャーナルにコンスタントに出し続けるラボというものがあります。同じような研究分野にいて、同じような研究リソースを持っていて、同じような研究テーマをやっていて、いざ論文出版となるとなぜこのような大きな違いが生まれるのでしょうか。残念ながら自分は明確な答えを持ち合わせていません。しかし、研究で行き詰らない方法の一つは、研究で行き詰らない人間になることなのでしょう。
上で気分転換の重要性を述べましたが、実のところ、気分転換が必要ないくらいにのめり込める研究テーマを選び、24時間365日それに取り組むというのも時として大事なんじゃないかと思います。
関連記事 ⇒ 沼研の伝説的なエピソード (沼正作1929-1992)
研究を行き詰らせているメンタルなブレーキを外す
研究者はみんな研究を少しでも前に進めるべく毎日努力をしているわけですが、自分では気づかないうちにメンタルなブレーキがかかっているせいで研究が行き詰まっていることもあるかと思います。
そんな潜在意識レベルの障害がないか考えてみるキッカケになる本が、『なぜあなたの研究は進まないのか?』。とてもいい本で全ての行き詰っている研究者にお勧めですので、目次を紹介しておきます。目次の質問に対して自分なりの答えを考えるだけでも、気付きが得られるはず。
- 何のために研究しているか,明確な答えがあるか?
- 承認欲求が研究の第一のモチベーションになっていないか?
- 避けられない評価と競争をどう考えたらいいのだろうか?
- 目の前の疑問やテーマにすぐに飛びついていないか?
- 遠くの景色を見ているか?
- 「なぜ?」を大切にしているか?
- 頭でっかちになっていないか?
- 車輪を2度発明しようとしていないか?
- 「仮説」と「結果の予想」の違いが答えられるか?
- モデルとは何か理解しているか?
- 研究分野について総説・レビューを書けるか?
- モデルになる研究論文を見つけられたか?
- 身近に確立された「系」や「手法」で使えるものはあるか?
- 諸手続きは進んでいるか?
- パイロットスタディはデザインできているか?
- コントロールの重要性に気が付いているか?
- 自分1人でやろうとしていないか?
- 八方美人になっていないか?
- 研究で困難に直面し,辛い思いをするのは無駄ではないと知っているか?
- 殻に閉じこもっていないか?
- 直感を磨いているか?
- よく眠っているか?
- 一歩前に進んでいるか?
- 今できることで悩んでいるか?
- 感謝しているか?
- 逃げ道を用意しているか?
- 今やっている研究の意義と仮説を1分で説明できるか?
- 「ネガティブデータ」の意味に気が付いているか?
- 「常識」にとらわれすぎていないか?
- バックアッププロジェクトを準備しているか?
- パイロットスタディの迷路に迷い込んでいないか?
- 論文の形を作ってみたか?
- 実験や解析の部分さえ終われば,すぐに論文になると思っていないか?
- To doリストに優先順位を付けているか?
- 主任研究者(PI)としてbig pictureを描けているか?
- 夢・目標を共有できる「仲間」として,後進を引き受けられるか?
- 研究環境の改善や資金獲得には地道な努力が必要と認識しているか?
- 人のネットワークを広げることができるか?
- 人一倍勉強しているか?
⇒ 『なぜあなたの研究は進まないのか?』(アマゾン)
参考
- 研究につまづいたら 東原和成 ┃ 化学 ┃ 2009年2月号
- 研究に悩んだら図書館へ: 研究が進まないと感じたときに読む本 九州大学付属図書館 「なぜあなたの研究は進まないのか 理由がわかれば見えてくる、研究を生き抜くための処方箋」
- 私は大学院生の女です。YAHOO!JAPAN知恵袋 研究に行き詰まったときや、方法が思い当たらないとき、みなさんはどのようにして解決していますか?
- 行き詰まったときは、「世の中はどうなっているのか」を考えてみよう、というお話