Category Archives: 科学者の責任

中国で人間の遺伝子を導入されたサルが作り出される

人間らしさを決めている遺伝子の候補であるMCPH1遺伝子をサルに導入するという実験が中国で行われ、その結果が中国の科学雑誌National Science Reviewに報告されました。

Transgenic rhesus monkeys carrying the human MCPH1 gene copies show human-like neoteny of brain development. National Science Review https://doi.org/10.1093/nsr/nwz043

 

報道

  1. ヒトの脳の発達に関わる遺伝子をサルに移植、中国で実験(2019年4月12日 18:36 AFP BB NEWS)【4月12日 AFP】中国の研究チームが、ヒトの脳の発達において重要な役割を持つとされるマイクロセファリン(MCPH)遺伝子をアカゲザルの脳に移植する実験を行った。
  2. サルの脳に人間の遺伝子、中国の研究者が移植実験 批判も (2019.04.13 Sat posted at 13:18 JST CNN.co.jp) 中国の研究グループがこのほど、人間の脳の発達に関わる遺伝子をサルに移植することで認知機能を向上させたとの論文を発表し、科学界を二分する論争を引き起こしている。
  3. 高い知能の「遺伝子組み替え猿」が誕生、人間の脳発達に関わる遺伝子を注入(2019年4月16日 11:45 BUZZAP!  exciteニュース)
  4. 『猿の惑星』が現実に? 中国が「サルの脳」に人間の遺伝子を移植した結果、認知機能が向上したと発表(2019/04/17 14:00ナゾロジー ニコニコニュース)中国南西部にある「昆明動物研究所」は先日、人間の脳の発達に寄与したとされる遺伝子を、サルの脳に移植することで認知機能を向上させることに成功したと発表しました。この実験に対して「倫理に反する」と世界中から非難の声が挙がっています。中国は「遺伝子操作ベビー」で物議をかもしたばかりですが、まだ同様の研究は続きそうです。
  5. 「猿の惑星」が現実に? 猿に人間の遺伝子を移植、中国の研究チーム(2019年04月15日 BBC NEWS JAPAN)中国の科学者が、猿に人間の遺伝子を移植し「遺伝子組み換え猿」を作り出していた。先月、中国の科学誌「ナショナル・サイエンス・レビュー」に掲載された論文で明らかになった。昆明動物研究所と中国科学院の研究員が、米ノースカロライナ大学の研究員と共同で行なったもの。人間の知能がどのように進化していったのかを突き止めるため、アカゲザルの脳に人間の遺伝子「MCPH1」を移植したという。

 

学術フォーラム「安全保障と学術の関係」開催

日本学術会議主催の学術フォーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」が平成29年2月4日に日本学術会議講堂で開催されました。

(引用元:プログラム)

総合司会 大政 謙次(日本学術会議第二部会員、東京大学名誉教授、愛媛大学大学院農学研究科客員教授、高知工科大学客員教授)

13:00-13:05 開会挨拶 挨拶 大西 隆(日本学術会議会長・第三部会員、豊橋技術科学大学学長、東京大学名誉教授)

<第Ⅰパート:委員会中間とりまとめの状況報告>
13:00-13:05 開会挨拶 挨拶 大西 隆(日本学術会議会長・第三部会員、豊橋技術科学大学学長、東京大学名誉教授)
13:05-13:35 委員会中間とりまとめの状況報告 杉田 敦(日本学術会議第一部会員、法政大学法学部教授)

<第Ⅱパート:日本学術会議の内外の意見> 進行 小松 利光(日本学術会議第三部会員、九州大学名誉教授)
13:35-13:50 (演題調整中)兵藤 友博(日本学術会議第一部会員、立命館大学経営学部教授)
13:50-14:05 「学術研究のために」という視点 須藤 靖(日本学術会議第三部会員、東京大学大学院理学系研究科教授)
14:05-14:20 (演題調整中)佐野 正博(日本学術会議連携会員、明治大学経営学部教授)
14:20-14:35 軍民両用(デュアルユース)研究とは何か-科学者の使命と責任について 福島 雅典(日本学術会議連携会員、財団法人先端医療振興財団臨床研究情報センター長(兼)研究事業統括)
14:35-14:50 防衛技術とデュアルユース(予定)西山 淳一(公益財団法人未来工学研究所 政策調査分析センター研究参与)
14:50-15:05 安全保障と学術について(予定)根本 清樹(朝日新聞社論説主幹)

<第Ⅲパート:総合討論>進行 杉田 敦(日本学術会議第一部会員、法政大学法学部教授)
15:20-16:55 総合討論(学術フォーラム参加者と安全保障と学術に関する検討委員会委員による質疑応答)
16:55-17:00 閉会挨拶 挨拶 花木 啓祐(日本学術会議副会長・第三部会員、東京大学大学院工学系研究科教授)
17:00 閉会

報道

  1. 軍事的な研究と大学の関わり 公開討論会 (NHK NEWS WEB 2月4日 20時31分):”防衛省が大学などの研究機関に研究資金を提供する制度を始めたことをきっかけに、安全保障技術など軍事的な研究と大学などとの関わり方について議論している「日本学術会議」が4日、公開討論会を開きました。”
  2. <学術会議>「軍事研究拒否」声明堅持を 都内でフォーラム (BIGLOBE ニュース/毎日新聞2月4日(土)20時4分):”… 防衛省が公募で資金を提供する安全保障技術研究推進制度に対しては「政府による研究への介入の度合いが大きい」と慎重な姿勢を示した。 その間、政府は来年度予算案で同制度について今年度の6億円から一気に18倍となる110億円に拡大。…”
  3. 軍事研究「反対」大多数=防衛省資金提供に懸念-学術会議公開フォーラムで科学者ら (時事ドットコムニュース):”日本学術会議は4日、大学などの研究機関が軍事研究とどう向き合うかを議論する公開フォーラムを東京都港区の同会議講堂で開いた。大学教授や市民ら200人以上が参加し、議論では軍事研究に反対する意見が大多数を占めた。”
  4. 日本学術会議が軍事研究めぐりシンポ 「世界中から不信感持たれる」「平和哲学ない科学技術は凶器だ」と反対意見が大勢占め… (産経ニュース 2017.2.4 21:51):”軍事的な研究は行わないとした過去の声明を見直すかどうか検討している日本学術会議は4日、有識者や一般から意見を聞くシンポジウムを都内で開催した。”
  5. 大学が軍事研究、反対意見相次ぐ 日本学術会議シンポ (朝日新聞 2017年2月4日21時28分):”… 続いて意見表明を申し出て講演した科学史、技術戦略、物理学、医学の各分野の4人とメディア代表の1人が中間とりまとめを支持。一方、未来工学研究所政策調査分析センター研究参与の西山淳一氏はミサイル開発の経験から軍民両用研究に理解を求めた。” (全文を読むには登録が必要)

参考(参加者の研究分野)

  1. 立命館大学 経営学部 経営学科 兵藤 友博 教授 研究テーマ(1)科学技術政策に関する史的考察 (2)科学と産業技術の現代的相互交渉に関する考察 (3)技術革新に関する比較研究 (4)戦後核兵器開発に関する研究
  2. 東京大学大学院理学系研究科 須藤 靖 教授  研究テーマ 観測的宇宙論、太陽系外惑星探査
  3. 明治大学経営学部 佐野 正博 教授 科研費研究テーマ] 「現代企業の技術戦略と技術の社会的展開に対する技術史的・技術論的アプローチ」(1996-1998年)
  4. 福島 雅典 先端医療振興財団 臨床研究情報センター長 過去四半世紀にわたって一貫して、がんの内科医として、がんの標準治療の実践とその普及につとめるとともに、わが国の医療の民主化ーインフォームドコンセント、セカンドオピニオンの確立と普及、薬害防止のための科学の確立・普及と実践、医療の科学的基盤の構築整備ならびに臨床科学の確立と普及に貢献し、現在もその活動を鋭意続けている。
  5. 西山 淳一 未来工学研究所 政策調査分析センター研究参与 <専門分野> 航空宇宙技術、防衛産業、国際安全保障

日本学術会議のウェブサイト

  1. 日本学術会議 公開講演会・シンポジウム等開催予定表/2017年実施結果 2017/2/4(土)13:00-17:00 日本学術会議主催学術フォーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」     日本学術会議講堂 東京都港区六本木7-22-34
  2. 日本学術会議 安全保障と学術に関する検討委員会
  3. 日本学術会議 提言・報告等【声明】 1967-10-20 軍事目的のための科学研究を行なわない声明 第49回総会
  4. 日本学術会議 提言・報告等【1950年(昭和25年)】 1950/4/28 声明 戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明 第6回総会
  5. 日本学術会議 提言・報告等【1949年(昭和24年)】 1949/1/22 声明 日本学術会議の発足にあたって科学者としての決意表明

 

昭和42年10月20日 第49回総会
われわれ科学者は、真理の探究をもって自らの使命とし、その成果が人類の福祉増進のため役立つことを強く願望している。しかし、現在は、科学者自身の意図の如何に拘らず科学の成果が戦争に役立たされる危険性を常に内蔵している。その故に科学者は自らの研究を遂行するに当って、絶えずこのことについて戒心することが要請される。
今やわれわれを取りまく情勢は極めてきびしい。科学以外の力によって、科学の正しい発展が阻害される危険性が常にわれわれの周辺に存在する。近時、米国陸軍極東研究開発局よりの半導体国際会議やその他の個別研究者に対する研究費の援助等の諸問題を契機として、われわれはこの点に深く思いを致し、決意を新たにしなければならない情勢に直面している。既に日本学術会議は、上記国際会議後援の責任を痛感して、会長声明を行った。
ここにわれわれは、改めて、日本学術会議発足以来の精神を振り返って、真理の探究のために行われる科学研究の成果が又平和のために奉仕すべきことを常に念頭におき、戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わないという決意を声明する。

 

昭和25年4月28日 日本学術会議第6回総会
戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明(声明)
日本学術会議は,1949年1月,その創立にあたつて,これまで日本の科学者がとりきたつた態度について強く反省するとともに科学文化国家,世界平和の礎たらしめようとする固い決意を内外に表明した。
われわれは,文化国家の建設者として,はたまた世界平和の使として,再び戦争の惨禍が到来せざるよう切望するとともに,さきの声明を実現し,科学者としての節操を守るためにも,戦争を目的とする科学の研究には,今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する。

 

昭和24年1月22日 日本学術会議第1回総会
日本学術会議の発足にあたつて科学者としての決意表明(声明)
われわれは,ここに人文科学及び自然科学のあらゆる分野にわたる全国の科学者のうちから選ばれた会員をもつて組織する日本学術会議の成立を公表することができるのをよろこぶ。そしてこの機会に,われわれは,これまでわが国の科学者がとりきたつた態度について強く反省し,今後は,科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に,わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓うものである。そもそも本会議は,わが国の科学者の内外に対する代表機関として,科学の向上発達を図り,行政,産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とするものであつて,学問の前面にわたりそのになう責務は,まことに重大である。されば,われわれは,日本国憲法の保障する思想と良心の自由,学問の自由及び言論の自由を確保するとともに,科学者の総意の下に,人類の平和のためあまねく世界の学界と連携して学術の進歩に寄与するよう万全の努力を傾注すべきことを期する。
 ここに本会議の発足に当つてわれわれの決意を表明する次第である。

防衛省のウェブサイト

  1. 防衛省 安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度) 安全保障技術研究推進制度について 防衛省では、装備品への適用面から着目される大学、独立行政法人の研究機関や企業等における独創的な研究を発掘し、将来有望な研究を育成するために、競争的資金制度※である安全保障技術研究推進制度を実施しています。本制度は、防衛省が掲げた研究テーマに対して、広く外部の研究者の方からの技術提案を募り、優れた提案に対して研究を委託するものです。得られた成果については、防衛省が行う研究開発フェーズで活用することに加え、デュアルユースとして、委託先を通じて民生分野で活用されることを期待しています。
  2. 安全保障技術研究推進制度の平成27年度採択研究課題について 防衛省 平成27年9月25日 平成27年7月8日(水)から平成27年8月12日(水)までの間、本制度の公募を行ったところ、109件の応募がありましたが、外部の専門家により構成する安全保障技術研究推進委員会の審査を経て、この度、次のとおり採択研究課題が決定しましたのでお知らせいたします。1 平成27年度採択研究課題 採択研究課題数 9件
  3. 防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度

大学の声明

東京大学における軍事研究の禁止について
学術における軍事研究の禁止は、政府見解にも示されているような第二次世界大戦の惨禍への反省を踏まえて、東京大学の評議会での総長発言を通じて引き継がれてきた、東京大学の教育研究のもっとも重要な基本原則の一つである。この原理は、「世界の公共性に奉仕する大学」たらんことを目指す東京大学憲章によっても裏打ちされている。

日本国民の安心と安全に、東京大学も大きな責任を持つことは言うまでもない。そして、その責任は、何よりも、世界の知との自由闊達な交流を通じた学術の発展によってこそ達成しうるものである。軍事研究がそうした開かれた自由な知の交流の障害となることは回避されるべきである。
軍事研究の意味合いは曖昧であり、防御目的であれば許容されるべきであるという考え方や、攻撃目的と防御目的との区別は困難であるとの考え方もありうる。また、過去の評議会での議論でも出されているように、学問研究はその扱い方によって平和目的にも軍事目的にも利用される可能性(両義性:デュアル・ユース)が、本質的に存在する。実際に、現代において、東京大学での研究成果について、デュアル・ユースの可能性は高まっていると考えられる。
このような状況を考慮すれば、東京大学における軍事研究の禁止の原則について一般的に論じるだけでなく、世界の知との自由闊達な交流こそがもっとも国民の安心と安全に寄与しうるという基本認識を前提とし、そのために研究成果の公開性が大学の学術の根幹をなすことを踏まえつつ、具体的な個々の場面での適切なデュアル・ユースのあり方を丁寧に議論し対応していくことが必要であると考える。
平成27年1月16日
東京大学総長 濱田 純一
(東京大学における軍事研究の禁止について 東京大学 2015年01月16日掲載)

その他

  1. 軍と学の接近と学問の自由~その歴史と今~ 名古屋大学名誉教授 池内 了 2016年1月8日付 (長周新聞):”… 2013年12月に安倍首相が「2014年防衛大綱」「国家安全保障戦略」、この二つを閣議決定した。このなかに書かれているのが「大学や研究機関との連携の充実により防衛にも応用可能な民生技術(デュアルユース技術)の積極的な活用に努める」という文書だ。…2014年5月にImPACT(革新的研究開発推進プログラム)が創設された。これは総合科学技術・イノベーション会議というところが5年間で500億円のお金を出して、日本の国の産業力を高めて、非常にハイリスクであるが将来性のある研究開発をおこなう。募集要項の初めの部分に「DARPAを参考にする」と書いてある。… 「安全保障技術研究推進制度」が2015年から始まった。昨年の予算は3億円で2016年の予算は6億円といわれている。このやり方はまず防衛省からのテーマを提示する。…審査結果は応募総数が109件で、採択が9件。10倍以上の競争率だ。非常に高い。大学が58件出して4件通った。ここに東工大、豊橋技術科学大学、東京電機大学、神奈川工大が入っている。…公的研究機関として出したのは22件で通ったのは3件。JAXA、JAMSTEC、理研だが、この3件とも技術交流ですでに防衛省と研究、アイディアの交換をしている。企業が29件出して2件。…「国公立試験研究機関の研究者アンケート」で、36%が軍事研究に賛成している。…今国立大では予算が非常に逼迫している。研究費が1年で20万円とかになると、研究費をとるためにはなんでもしてやろうとなる。研究費のためなら軍事応用でも構わないとなって、軍事研究に繋がっていく。研究費の困窮につけ込んで軍事研究に誘い込む。これを研究者版「経済的徴兵制」といっている。…”
  2. デュアルユース技術の推進がイノベーションを起こすー防衛装備庁シンポジウムで講演 (Huffington Post 投稿日: 2015年12月06日 14時45分 JST):”東京・市ヶ谷で開催された防衛装備庁技術シンポジウム2015で、11月11日、政策研究大学院大学の角南篤教授が、「デュアルユース政策 デュアルユース・イノベーションシステムの構築に向けて」とした講演を行った。”
  3. ノーベル賞の中村修二氏、「アメリカの市民権」を取った理由を語る (withnews 2014年10月18日):”「アメリカの大学教授のする仕事は、研究費を集めることなんですよ。大学は1円(ドル)も出さない、自分で全部現金をとってこないといけない。学生にも給料をやらなきゃいけない。私のところだと年間1億円要るんですけどね、全部自分で集めないといけない。 で、その研究費の半分以上はだいたい軍から来るんですよ。それで、軍のお金をもらう人はアメリカのシチズンシップ(市民権)ないとお金もらえないんですよ。軍は機密でしょ?(支給の対象が)アメリカ人だけなんですよ。 アメリカ人以外のパスポートの人は全部排除されるんですよ、お金もできない、研究もできない。だから(米国で)大学教授として生きるためにはアメリカのシチズンシップもってないとダメなんですよ。取ってないと研究費も集まらないし、研究もできないから。だから、そういう意味で2005、6年ごろに(米国市民権を)取ったんですよ」”

自由と平和のための京大有志の会の声明


戦争は、防衛を名目に始まる。

戦争は、兵器産業に富をもたらす。

戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。


戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。

戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。


精神は、操作の対象物ではない。

生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。

空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。


血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、

知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。


学問は、戦争の武器ではない。

学問は、商売の道具ではない。

学問は、権力の下僕ではない。

総理から前線へ

生きる場所と考える自由を守り、創るために、

私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

 

 

注:上記の文章は「自由と平和のための京大有志の会」の声明を転載したものです。また、写真やYOUTUBE動画は当サイトscienceandtechnology.jpが紹介のために挿入したものであり、声明とは直接関係ありません

参考

  1. 自由と平和のための京大有志の会
  2. まず、総理から前線へ。(広告批評)
  3. 糸井重里さん・後編 「ほんとうかな」と自問する力 (毎日新聞 2015年02月17日):”でも、これも今なら戻してって言いますよ。戦争に対する考えが深まっていないですよ。戦争はゲームや子供のチャンバラごっこではない。単純に戦争になった時に総理が前線に行けばすむっていう話じゃないんじゃないって思う。これは何かをやりたければ、「○○をやってから言え」っていうのと同じ論理だもん。紋切り型を上手な決まり文句にしただけですよ。決まり文句で批判するだけで、戦争を無くすこともできなければ、実際のところ何にもなんない。ちょっと考えが甘いし、鳩の絵を描けば平和っていうのと同じ感じで引っかかります。”

1995.3.20地下鉄サリン事件から20年

1995年3月20日の地下鉄サリン事件から20年が経ちました。オウム真理教の教団内でなぜ化学兵器が開発できたのでしょうか?オウム真理教では、東大、京大、阪大、東工大、早大、慶應大、筑波大などの出身者で大学院まで修めたような非常に高学歴な人間も入信しており、教団の幹部になっていました。また、遺伝子工学や有機合成の経験者がテロのための化学兵器、生物兵器の開発を行っていました。

  1. 村井秀夫:1958年生まれ。1981年大阪大学物理学科卒業。宇宙物理学分野で卒業研究を行い、天体のX線放射を研究。大阪大学大学院理学研究科修士課程修了、理学修士。1987年、出家僧としてオウムに入信。麻原につぐNo.2の地位にいた。1995年4月23日に東京都港区南青山の教団東京総本部前で刺殺された。
  2. 上祐史浩:1962年生まれ。早稲田大学電子通信学科卒業。早稲田大学大学院で電気通信学を専攻。1986年夏、オウムのセミナーに参加。1987年修士号を取得、宇宙開発事業団に就職するが、1ヶ月後に退職しオウムの出家僧に。1992年以降はロシア支部にいたことなどから一連のオウム真理教テロ事件への関与で起訴されることなく、別件で懲役3年の実刑判決を受けた。
  3. 早川紀代秀:1949年生まれ。神戸大学卒業、大阪府立大学大学院で農芸工学 (緑地計画) 専攻。1986年、オウムに入信。2009年7月17日、死刑判決が確定。
  4. 遠藤誠一:1961年生まれ。帯広畜産大学卒業、京都大学大学院医学研究科大学院生となり、ウイルス研究センターでAIDS関連遺伝子研究に取り組む。1987年オウム入信、1988年には出家僧となる。オウムでは生物兵器開発を担当。2011年11月21日、死刑判決が確定。
  5. 中川智正:1962年生まれ。1988年京都府立医科大学卒。1988年オウムに入信。大学卒業後、研修医となったが、1989年に出家し、麻原の主治医となった。2011年11月18日、死刑判決が確定。
  6. 土谷正実:1965年生まれ。1989年、オウム真理教の道場 (瞑想の場) に参加。筑波大学では化学 (物理化学と有機化学) 専攻で修士号を取得。1991年に出家。サリン製造で中心的な役割を果たした。2011年2月15日、死刑判決が確定。

なぜ高等教育を受けて科学を学んだ人たちが、麻原 彰晃(本名:松本 智津夫)の教義を信じて、無差別殺人の命令に従い実行したのでしょうか?Center for a New American Securityの報告書を読むと、教団における生物・化学兵器開発研究がどのように行われ、テロに使われたのかをうかがい知ることが出来ます。

オウム真理教内では遠藤誠一がまずボツリヌス菌を用いて生物兵器を作ろうとしましたが、結果的に失敗しています。

1990年2月の選挙敗北と、破滅論アプローチへの回帰の後、麻原は早川、新実、遠藤、村井に対し、ボツリヌス毒素を産生する細菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum 、C. botulinum)を入手するよう命じた。…遠藤は1990年春、北海道の石狩川流域に行き土壌から細菌を採取した。…この生成物は大量であったけれども意図した効力はなかったことが、さまざまなことからわかる。教団信者たちは、攻撃により誰も死亡しなかったことを知った。実際、ある信者が発酵槽タンクに滑って落ち、おぼれかけたが、発病の徴候は見られなかった。中川は、生成物質の科学的な評価を試みた。2000~3000匹のマウスを購入し、生成物質に曝露させ、およびボツリヌス毒素のマウス検定を用いて、その結果を評価したのである。この試験によりマウスには毒性影響はないことが明らかになったが、一部のマウスは死んだため、ある程度のあいまいさが残ったと中川は考えた。(Center for a New American Security 2012年12月)

遠藤誠一はさらに、炭疽菌で生物兵器を作ろうと試みましたが、やはり、失敗に終わりました。

1992年、遠藤をリーダーとして生物プログラムが再開した。このときは遠藤は炭疽菌 (Bacillus
anthracis、B. anthracis) に取り組んだ。…関係者全員が、これがワクチン菌株であることを認識していたのは明らかであった。…Sterne菌株は、2つのプラスミド(pXO1、pXO2) のうちpXO1を有しているがpXO2を欠いている。効果的な毒性を有する炭疽菌を生み出すには、これらが2つとも必要となる。遠藤は、第2の (Pasteur) ワクチン菌株が逆に、第2のプラスミドを保持し第1のプラスミドを取り除かれていることで、致死性を避けながら免疫を提供していることに気がついたのかもしれない。1989年のロシアの科学者による論文で、遠藤は、この2つの良性菌株を両方とも入手すれば、これらを合わせて、両方のプラスミドを含む効力の強い菌株を生成できることを知っていた可能性がある。.. 現存するオウムのサンプルのKeimによる分析の結果、噴霧された菌株は第2のプラスミドを欠いていたことが示された。従って、遠藤が追求した方法が何であれ、彼は失敗したと考えられる。この結論は、この炭疽菌製造物でオウムは誰も殺すことができなかったという事実によっても裏付けられる。(Center for a New American Security 2012年12月)

教団内では、遠藤誠一が生物兵器を開発する一方で、土谷正実が化学兵器の開発を担当しており、ボスに気に入られようとして両者の間に競争心が働いていた可能性もあります。

1992~1994年に、遠藤は病原体を兵器として選んでもらえるよう、継続的に働きかけていた。大きな視点から見れば、この売り込みは、彼個人のステータスに関連があると考えられる。遠藤は生物プログラムを運営していた。化学プログラムが再び開始され、後述のように成功を収めたため、熟練した化学者である土谷は競争相手であった。

1993年8月には麻原は次第に化学兵器の方を重要視するようになり、遠藤の生物兵器は軽んじられるようになった。(Center for a New American Security 2012年12月)

生物兵器の開発が失敗したのに対して、土谷正実による化学兵器サリンなどの製造は成功を見ることになりました。

土谷正実はオウム組織内で遠藤の部下であり、時折、遠藤の生物プログラムを手伝う任務に就いていた。遠藤の地位の優位性は、オウムが1994年に政府組織を真似た省庁制を設置し 、遠藤が「厚生省大臣」となったことによってさらに強まった。しかしながら土谷は遠藤よりもはるかに高度な技術を持ち、化学物質についてはしばしば、村井や中川の直属として仕事を行った。

土谷は上九一色村の教団本部施設内に小さな実験室を持っていた。…。1993年6月には、小規模な合成化学の実験装置が設置され、それから約1ヶ月足らずで、土谷は少量のサリン (10~20グラム)の製造に成功した。…土谷が少量のサリン製造に成功した後、村井は土谷に対し、サリンを約70トン製造するよう指示した。… 大量の化学物質を作るには、単なる実験室ではなく、製造施設の構築と運用が必要となる。オウム上層部はすぐに、上九一色村にある生物学生産施設の隣に、そのような施設を作ることにした。オウムは主な施設を「サティアン」(サンスクリット語で「真理」を意味する語に由来) と名付け、順に番号を付けていた。この化学工場は第7サティアンとなった。…。1993年9月、第7サティアンの製造施設の完成が宣言された。非常に立派なプラントであり、最終的に100人のオウム信者が採用され、例えば、気密性の保護フード内に、混合と温度制御の機能を備えた30リットルの化学反応フラスコが備えられた。このプラントには、2階分の高さの蒸留カラム、前駆体や中間体のための無数のステンレス貯蔵タンク、5つの化学反応装置、熱交換器、ポンプ、コンピュータ処理制御システムが含まれていた。…のちに国連は、この建物と中の物品にかかった推定費用が3000万ドルと報告している。

1993年11月中頃までに、土谷は600グラムのサリンを製造し、1993年12月には3キログラムまで蓄積され、純度は約90パーセントであった。…これらの作業が行われている間も、土谷は数多くの新しい研究プロジェクトを指示されており、このそれぞれが、サリンの作業と同時に実施されるものであった。1994年秋から1995年3月の地下鉄サリン事件までの間に、土谷は次のような物質を研究用の量、製造したことを記憶している: リゼルギン酸ジエチルアミド (LSD)、ペントタールナトリウム、フェンシクリジン(PCP)、メタアンフェタミン、ソマン (別の化学剤。土谷は約2~3グラム製造した)、GF神経剤、VX神経剤 (数回製造 - 土谷は合計で約200グラム製造した)、火薬、バルビツール酸塩 (フェノバルビタール)、メスカリン、およびアンモニウムと硝酸用の触媒。

警察の強制捜査が迫っていたため、オウム真理教は東京でのテロを実行するのに必要なサリンをかなり急いで作ったようです。

1995年1月1日、上九一色村でサリン化合物が見つかったというニュース記事が広く報道された。…差し迫っている警察の強制捜査で発見されるのを恐れ、教団での上位者が中川に対し、サリン (約20リットルが保管されていた)、VX液剤 (約100~200ミリリットル)、ソマン、麻薬類、およびこれら物質の前駆体を含む、すべての違法化学物質を廃棄するよう命令した。…警察は1995年3月22日にオウム施設の強制捜査を計画していた。オウムは強制捜査が迫っていることを知り、3月18日に、東京の地下鉄襲撃の計画を練った。…土谷はメスカリン製造に関与していたが、3月18日に遠藤から、再びサリン製造を開始するよう言われたという。製造を進めるため、土谷には、中川が隠していたサリン前駆体 (メチルホスホン酸ジフルオリド) が与えられた。土谷はこの前駆体がまだ存在していたことに驚いたが、この化合物を使って、東京の地下鉄襲撃のために6~7リットルのサリン溶液 (溶媒と塩基を含む)を製造した。…。土谷は、合成プロセス中に生成される酸を中和するのに適切な有機塩基がなかったため、有機塩基DEAを代わりに使ったという。…。最後の製造は遠藤の実験室で行われ、土谷はその製造量も濃度も知らなかった。…穴の開いていない袋から得られた茶色の物質 (DEAにより着色) の化学的鑑定分析結果により、サリン (イソプロピルメチルホスホノフルオリデート) 35%、メチルホスホノフルオリデート水素10%、ジイソプロピルホスホノフルオリデート1%、メチルホスホン酸ジイソプロピル0.1%、DEA (有機塩基) 37%、ヘキサン (溶媒)16%が特定された。まとめると、東京の地下鉄襲撃用に急場しのぎで行われたサリン合成プロセス (純度35%) によって製造された化学兵器は、松本サリン事件で使用された混合物 (純度70%) に比べ、効力が半分に過ぎなかった。にもかかわらず、この混合物は威力を発揮した。1995年10月24日の麻原の裁判で検察側が使用した、東京地下鉄サリン事件での当初の死傷者数は、死者11人、負傷者3,796人であり、この数は後に死者13人、負傷者6,252人に増えている。(Center for a New American Security 2012年12月)

 

土谷が呼び捨てにする“遠藤”とは、オウムで生物兵器を担当していた幹部の遠藤誠一のこと。教団から命じられた生物兵器の開発に失敗し続けていたようだが、土谷より位は上で、上司だった。… 3月18日に捜査の手が迫っていることを知った麻原は幹部を集め、地下鉄サリン事件を計画して、遠藤にサリンの製造を指示。地下鉄サリン事件まであと2日と迫る中、麻原の期待に応えるため、遠藤は土谷に協力を仰いだという。… 大峯氏が地下鉄サリン事件の被害について土谷に問うと、「もったいなかったなと思いました。地下鉄サリン事件で使われたのは遠藤の不完全なサリン。私が作った完璧なサリン、ピュアなサリンだったらあんなものじゃなかった」と話したという。確かに、土谷が作り出した松本サリン事件で撒かれたサリンの威力は凄まじかった。密集した通勤ラッシュ時の地下鉄とは比べものにならないほど、人口密度が低く、その上、屋上からだったにも関わらず、8人もの死者を出した。もし、地下鉄で撒かれたのが土谷のサリンだったら…。(信仰心よりも憎しみが勝った。オウム真理教“天才科学者“土谷正実元死刑囚が真実を語ったきっかけ(
10/4(木) 22:00配信 FNN PRIME online YAHOO!JAPANニュース)

 

参考

  1. 【超高学歴】東大・京大・東工大・阪大・早大・慶大等多数 オウム真理教信者の学歴(matome.naver.jp)
  2. オウム真理教:洞察 ― テロリスト達はいかにして生物・化学兵器を開発したか(Center for a New American Security 2012年12月 PDF)

 

追記(死刑執行の報道)

  1. オウム真理教事件、初めて死刑執行された7人のプロフィール (HUFFPOST 2018年07月06日 13時36分 JST)
  2. オウム真理教 死刑執行された7人 裁判で判明した“恐るべき役割”とは (FNN 2018年7月6日 金曜 午後3:03)
  3. 【オウム松本智津夫死刑囚らの刑執行】ツイッターには「やっぱり」との反応が相次ぐ (2018年07月06日 13時25分 J-CASTニュース) やっぱり平成内決着か――2019年の天皇陛下の生前退位、改元という節目を控え、オウム死刑囚の死刑執行は「平成のうちに」「2018年のうちに」との見立ては広がっていた。中には「6月執行説」も流れていた。2018年7月6日、元教組・麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚らの死刑が執行された。… 2019年5月改元のスケジュールに向けて様々な準備が進む中、18年中のオウム死刑囚の執行は「規定路線」との指摘は以前から出ていた。3月にオウム死刑囚の7人が東京拘置所から別の拘置所へ移送されると、「いよいよ執行は近いのか」との反応が高まった。
  4. オウム真理教・松本智津夫死刑囚ら7人の死刑執行 (日本経済新聞2018/7/6 8:56 2018/7/6 12:35更新) 法務省は6日、1995年の地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教の元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃、63)=東京拘置所=と元幹部の計7人の刑を執行した。一連のオウム事件では松本死刑囚のほか、元幹部12人の死刑が確定しているが執行は初めて。 法務省によると、ほかに死刑執行したのはいずれも元幹部の早川紀代秀(68)、中川智正(55)、井上嘉浩(48)、新実智光(54)、遠藤誠一(58)、土谷正実(53)の各死刑囚。7人同時の死刑執行は異例。

大地震を予測できずに安全宣言をして有罪判決を受けた科学者6人が二審では無罪に

地震の予知に失敗した科学者の罪を問えるのか?309人が死亡した大地震の予知に失敗して禁固6年の有罪判決を受けていたイタリアの科学者6人に対して、二審では無罪の判決が下りました。「安全だという情報を科学者が発信したために被害にあった」と遺族らが訴えているのに対して、責任を問われた科学者らは「地震を予知することは誰にも不可能だ」と反論していました。

伊 地震情報巡り有罪の学者らに逆転無罪

有罪判決から一転、科学者らに無罪判決が言い渡されたことに納得できない遺族らは怒りを露わにしています。

L’Aquila earthquake scientists have their convictions overturned

下の動画は、一審で禁固6年の判決が言い渡される様子、および判決に対する遺族の反応。

Italian scientists convicted over earthquake warning

地震学者が安全だと言ったから家にとどまり被害にあったのだと、科学者の責任を訴える遺族。

Scientists found guilty in Italy quake trial

耐震基準を順守していなかった工事のせいで建物倒壊による被害が拡大したのではないかという指摘もなされています。

ACHTNER PressTV – L’Aquila Earthquake Victims State Funeral

TERREMOTO L’AQUILA 6/4/2009 (ラクイラ地震2009年4月6日)

参考

  1. 「地震予知失敗」の科学者ら逆転無罪 イタリア(朝日新聞DIGITAL 2014年11月11日):”一審判決は、全員に求刑の禁錮4年を上回る禁錮6年の有罪判決だった。世界の科学者に「学者に結果責任を求めるのか」などと波紋を広げた。”
  2. 「安全宣言」学者 一転無罪 09年イタリア中部地震 (東京新聞2014年11月11日 夕刊):”二〇〇九年のイタリア中部地震の発生前に「安全宣言」と受け止められる判断を示し被害拡大をもたらしたとして、過失致死傷罪に問われ一審で禁錮六年の実刑判決を受けた学者七人のうち六人に対し、最大被災地ラクイラの高裁は十日、一審判決を破棄し、無罪を言い渡した。”
  3. イタリア:地震学者ら逆転無罪に 実刑の1審判決破棄(毎日新聞 2014年11月11日):”高裁判決はリスク評価委員会のメンバーだった7人のうち、地震学者や災害専門家ら科学者6人について全面無罪とし、政府市民防衛局技術部の元次長に関しては、一部の被災者に対する過失致死傷罪で禁錮2年を言い渡した。”
  4. 伊 地震情報巡り有罪の学者らに逆転無罪(NHK NEWSWEB 11月11日):”この裁判は2009年にイタリア中部のラクイラなどで300人を超える犠牲者を出した地震を巡り、地震学者ら7人が、地震の発生前に安全宣言とも受け止められる情報を出して少なくとも住民37人が避難せずに死亡したとして過失致死などの罪に問われているものです。”