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東大医学部のフェイク論文がなぜ不正にならないの? (1)東大総長に聞いてみた

2016年8月にOrdinary_Researchersと名乗る研究者たちが、東大の大規模な論文不正を告発した(⇒記事)。告発文書は(おそらく第三者の手で)インターネット上にアップロードされ、閲覧できる(⇒記事)。東京大学は2017年8月1日に記者会見を行い、不正調査委員会の調査結果の結論を公表した。調査は理学系と医学系とで、別々に調査グループが組織され、理学系(分子細胞生物学研究所(分生研)の一研究室)の論文は不正と認定され、その研究室は事実上お取り潰し(ラボメンバーが全員離れた)となった。一方、医学系の5人の教授は不正なしという裁定が下された。新聞やテレビの報道では。分生研の不正認定が大々的に取り上げられ、医学系論文に関する不可解な裁定を批判的に伝えることはなかった(⇒記事)。 こうして、大きな謎が残った。告発文書を読む限り、悪質性において分生研の論文に勝るとも劣らないようにみえた医学系の論文の数々が、なぜ全て不正なしとされたのか?なぜ、理学系と医学系で天と地ほどの扱いの差があるのか?不思議でならないのは、報道資料や報告書本文で開示されている部分を読むだけでも、これって不正だよねとしか考えられないようなデータの取り扱いの事実が列挙されているにもかかわらず、結論だけは不正なしとされていることである。結論ありきの調査報告なのか?   東大の説明「オリジナルデータと再現データが一致しない論文」じゃ、研究者じゃない人は一体何のことかわからないだろうから、ここではわかりやすいように「フェイク論文」と呼ぶことにする。実際の実験で得られた数値とは異なる数値を報告した論文だからフェイク論文、要するにデータのでっちあげということ(ただし東大の現執行部によれば、これは研究不正にはあたらない)。太平洋をはさんだ某大国の大統領がやたらと発するフェイクニュースと同類と思ってくれればいい(ん、ちょっと違うか?大統領自身の発言という意味のつもり)。あるいは我が国の内閣総理大臣の発言と同じたぐい。「発表内容≠真実」ってことね。 政治の話はおいておいて、このフェイク論文がなぜ研究不正とは見なされないのかが、自分には謎で仕方がない。このニュースを最初に知ったとき、データを捏造して論文の図を作った人間は当然、直ちにとっちめられて研究の世界から叩き出されるものだと信じて疑わなかった。それが、どうしたことだ。東大の記者会見によれば、「医学部のほうには、不正行為などどこにもなかったよ」、というではないか。「なんだって?」と狐につままれたような感じがした。実験で得られた数値とは異なる数値からなるグラフを描いてネイチャーなどの論文を出しておいて、不正じゃないって?研究費を何億円も使って、いったい何やってんの?冗談じゃないよ。そんなことを認めたら、まじめに実験してるほかの研究者は一体なんなんだ? たとえて言うなら、マラソンの42.195kmのレースで、一部の選手が途中を車で移動してたようなもんだよ。でも不正じゃないから、記録を認めるとかいったら、競技が成立しないわな。別のたとえをするなら、勤勉な労働者に混じって、ニセ金を刷って使っている奴がいる、みたいな感じ。それくらいの悪質度といっていい。いや、研究者としての感覚でいえば、もっとかな。データ捏造ってのは、個人的には「強盗殺人」とかの凶悪犯罪のニュースを見たときと同じおぞましさを感じる。おっと、これは俺の主観であって、東大医学部のセンセーがたの名誉のために言っておくと、東大の現執行部は一切、研究不正とはみなしていない。でもさ、人にお金を支払ってもらうときに、日本銀行が発行した1万円札のかわりに、白い紙に手描きで1万円て書いたものを「ハイ、一万円」って手渡されて、受け取れる?しかも、日銀が「ソレ、全然、問題ないよ。」と言い出したらどうする?ふつう、ぶったまげるよね。それとおんなじことが今の日本の科学研究の世界で起きてるってわけよ。それも、東京大学医学部でだよ!?ウソだと思うなら、自分の目で確かめてくれ(⇒参考記事)。 東大医学部からフェイク論文がたくさん出てきたのに、「不正なし」と聞いたら、まあ、誰だって、「なんでだよ?」と思うわな。え、思わない?まあ、リアルでは憤っている人に会ったことがないので、ほとんどの人は無関心なのかもしらん。人のことなんてかまってる暇ないもんね。でも自分は、「そんなん、ありえんだろ?!」という思いがどうしても消えないので、思い切って、「なんで?」って東大に聞いてみた。別に医学部の先生とか東大総長に面識があるわけじゃないし、向こうも立場があるから答えにくいだろうし、個人的に聞くわけにもいかないから、「不正調査したときの調査結果見たいんだけど?」、と書面でお願いしたわけだ。すると、「待って、今資料用意するから」、「もうちょっと待って、資料が多すぎて大変だから」、っていうから、「うん、全然いいよ」、と首を長くして何ヶ月も待っていたわけだ。「一部、見せられない部分はあるんだけど」という返事だったから、「まあ、そんなこともあるよね」、と理解を示しながら、楽しみに待ってたわけだ。で、ようやく送ってきてくれた。で、送られてきた文書を見たら、どのページもどのページも墨塗りで真っ黒なわけ。「なんだよこれ、全部真っ黒で読む場所がほとんど無いじゃん。」 真面目な話、この”ノリ弁”のノリがない部分をみてみたら、Ordinary_Researchersが指摘した疑惑論文のうち、一部に関しては、論文投稿後に、雑誌社のほうで編集のミスがあって図がずれたりしてたらしい。もちろん、それは研究不正ではない。でも、そんなのは疑義が指摘されたたくさんの論文の中のごくわずか。ウソの中に真実もちょっとまぜて、全体としてウソをつくというやり方は、悪質なんだよね。東大の報告書はそんな印象。「ほら!単純なミスでした」、という部分を得意げに全面に出して、あたかも不正が全くなかったかのように見せようとしている(ように自分には見える)。 フェイクとかいう言葉を使って、名誉毀損だ!と文句いわれるのもつまらないから、念を押しておくけど、「フェイク」は、東大の説明「オリジナルデータと再現データが一致しない」という意味で使ってる。あなたが持っている日本語の辞書の意味通りだ。でも、東大に言わせると、それは不正じゃないだとさ。唇に唇を合わせたが、それはキスではない。だから性犯罪にはならないといった内容のニュースが最近あったけど、それとおんなじか。国語辞典の意味から外れた日本語を使わないと説明ができないような連中は、ろくでもないことをしてるってことだよ。 結局、東大医学部のフェイク論文はなぜ不正じゃないの?という疑問に答えるためには、調査報告書を隅々まで読む必要があるわけだけど、東大総長さんの回答は、「見せられません」、だったというわけよ。「法人文書開示決定通知書」っていう書面上の話なんだけど。調査報告書ってさ、本来、東大が納税者に報告するためのものだと思うんだよね。民主国家なら当たり前だよね。それがどうやら、まさかのまさか、調査委員会が東大総長に報告するためのものだと、総長さんは勘違いしているっぽいんだよね。研究費の出所は税金なのにねぇ。毎年毎年、東大にどれだけの税金が投入されてると思う?運営費交付金が800億円とか、科研費が200億円とか、途方もない金額だよ。ほかの大学とかと比べたら、ダントツで使いまくってるんだよ。そんなに恵まれた環境を享受しているくせに、「ほとんどの場合、測定値と論文のグラフの数値は合ってなんかいませんよ」、とか、「グラフはテキトーに手描きですよ」、とか、「エラーバーは手でずらしましたよ」、とか、あげくの果てに、「医科学研究ではそんなの通常ですけど?」、とか意味不明のトボケかましてみせたり、そんなふうに出鱈目なことをやりたいほうだいやって論文出しても研究不正じゃありませんって?いや、それはいくらなんでもありえんでしょ?まあ、100万歩譲って、不正じゃないと言い張るんだったら、調査報告書くらいちゃんと見せようよ。そうじゃないと、税金が無駄使いされていないかどうかを納税者がチェックしようがないじゃん?市民によるチェックを不可能にしてたら、民主主義の国とはとても言えないよね。 (つづく)   同じカテゴリーの記事一覧

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エラーバーを短くするのは研究不正ですよ

論文のストーリーに合う有意差を作り出すために、エラーバーを手作業で動かして短くしてしまうのは、もちろん研究不正です。当たり前のことですが、実例をいくつか拾って紹介し確認しておきたいと思います。新入生が実験を始める時期ですし。 不正例1 Science Signaling 7:ra114, 2014 (hereafter referred to as “Paper 1”) Chemistry & Biology 21:453-458, 2014 (hereafter referred to as “Paper 2”) ORI found that Respondent knowingly falsified and/or fabricated data and related text by altering the experimental data …

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ラボミーティングで発表するデータがない時

ラボでは定期的にラボミーティング(プログレス、報告会)が行われ、大学院生やポスドクは研究の進捗状況をボスや他のラボメンバーの前で発表するのが一般的です。さて、このラボミーティングですが、いいデータを見せられれば良いのですが、実験なんて大抵の場合期待はずれの結果にしかならないことが多いわけです。そんなときに、どのようにプレゼンを行えばよいのでしょうか?また、研究の原動力、推進力となるようなラボミーティングとはどのようなものであるべきなのでしょうか?   ボスからの期待 報告会にて。 教授「なんでこんなデータが少ないんだ、いままで何してたんだ?」 学生「すいません、あまり学校にきてませんでした」 教授「なぜこないんだ?これでは卒業できないよ」 学生「…..研究室に馴染めなかったです」 教授「…..じゃあ来年は研究室を変えましょうか」 ww — しょーーた (@wish_on_stars) 2016年1月29日   ラボミーティングは誰だって気が重い ラボミーティングのプレッシャーで大変な思いをしているのは、自分だけではないんだと知るだけでも、少しは気が楽になります。 あぁ、もうまた月曜だ、ラボミーティングで見せるデータが全然無い‥ Ahh another monday, another lab meeting with very little data to show… @Genyi1681 4:52 – 2010年1月11日   ラボミーティングで見せるデータがほとんど無い=ツライ時間 lab meeting with very little data …

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任期が切れた助教はどこへ行くのか?

ツイッターなどで話題になっている、はてな匿名ダイアリーの記事の一部を抜粋して紹介します。全文は引用元サイトでごらんください。 周囲のパーマネントの職についている人と比べても、むしろかなり研究者としての能力を発揮しているにもかかわらず、任期付き職であるがために、去らざるを得ない人が多いのではないでしょうか?   講義だって持ったし学生の指導だってやった。自分で外部資金取ってきて、論文だって毎年筆頭をひとつは出したさ。 … 公募もずいぶん出した。北から南、東から西。ときには海の向こう。渾身の研究計画を書いて、業績欄には年齢を超える数の論文をならべた。10にひとつは面接に呼ばれた。その都度イチから推敲したプレゼンを準備し、見知らぬ土地で熱く語った。 … だけども、内定の声はかからなかった。 … 多くの先生方に言われたのは「何とかしてやりたい気持ちはあるが…こればかりは」というやつだ。 … 学生は言ってくれたりもする。「先生に見てもらえて良かった」と。 … こうして任期切れ助教は大学を去る。次にどこにいくのかは、僕だって知らない。 (引用元:任期切れた助教はどこにいくの はてな匿名ダイアリー anond:20180326180513) この記事に関するネット上の感想などをいくつか紹介します。 知っている先生の中で、金持っている人に電話しろ。会社にも。そうすれば誰かが誰か知り合いを見つけてくれる。(anond:20180326180513) アラフォー特任助教です。僕もこの年度末で任期満了です。新着論文レビューにも書いたことがあります。留学先でも論文を出しました。グラントもとってます。でもアカデミアからリタイアです。… 日本でも海外でもアカデミアの職が見つかりませんでした。… 現在のアカデミア研究業界はおかしすぎないですかね?(anond:20180326180513)   このアンケートを見ている皆さんは、「任期切れで研究職・大学教員職を失ってその後無職or専業非常勤講師orフリーター」などの不安定なキャリアに陥った人を — TJO (@TJO_datasci) 2018年3月30日 参考 「博士」に未来はあるか—若手研究者が育たない理由 (仲野 徹 nippon.com 2018.03.14) 博士課程を出た先輩がなかなか任期なしポストに就けない事態を目の当たりにする若者が、博士課程への進学をためらうのは当然のことだろう。 無題 研究者の声 (BioMedサーカス.com 2012年6月21日更新) 大学院での研究では同期よりも先輩よりもimpact factorの高い雑誌に論文が掲載された。これまでの研究室の歴史の中で自分の論文が一番高いimpact factorだった。しかし、自分だから当然の結果だと思っていた。そのときは、挫折などは凡人が感じるものだと心の底から信じきっていた。雲行きが怪しくなったのは、某財団から奨学金を獲得して海外に留学してからだった。奨学金も特に苦労せずに獲得できたため、海外のLabで自分が研究すれば2年ほどでCellやNature、Scienceに論文が出るものだと思っていた。

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論文執筆時の注意点:曖昧さの排除

科学論文を書くときに気を付けるべきことは、自分の書いた英文に曖昧さがなく、どんな読者に対しても確実に一通りの意味、解釈しか許さない英語の文にすることです。そんなことは当たり前だと思われるかもしれませんが、いざ書いてみると、これが案外難しいのです。曖昧さがどのようにして生じるのか、その原因をいくつか考えてみたいと思います。   曖昧さが生じるmore Women like chocolate more than men. (http://www.helsinki.fi/kksc/language.services/AcadWrit.pdf) . 「女性は男性よりもチョコレートを好む。」と書いてしまうと、「女性は、男性のことを好むよりももっとチョコレートのほうを好む」という意味にも、「女性と男性とで比較すると、女性のほうがチョコレートをより好む」という意味にとれます。日本語でも英語でも、二通りの解釈が有り得るため、曖昧さが生じます。 論文においては、文脈から明らかだから問題ないと思うかもしれませんが、それまでに書いてきた部分の文脈がすでに読者にとって明らかでなくなっているかもしれません。また、英語が堪能でない読者には不親切な態度です。 moreの使用が、文法的に2つの意味を生じさせる文例をもうひとつ、および意味を一意に確定させる書き方を紹介します。 ‘… the starch yielded more glucose than maltose‘   say either ‘… than did maltose‘ or ‘… starch produced a greater yield of glucose than of …