「 科学者の責任 」 一覧

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子宮頸がんワクチンに関して啓蒙活動を行う日本人医療ジャーナリストに2017年度ジョン・マドックス賞

ジョン・マドックス賞は、学術誌Natureの名物編集長であったジョン・マドックス氏(1925~2009)を記念して創設された賞で、困難や逆風に遭いながらも公共の利益のために科学的な根拠を世に広めることに貢献した人に授与されます。 The John Maddox Prize recognises the work of individuals who promote sound science and evidence on a matter of public interest, facing difficulty or hostility in doing so. (The John Maddox Prize, Sense about science) 2017年度のジョン・マドックス賞は、子宮頸がんワクチンの危険性に関して科学的なエビデンスが無いことを指摘し、子宮頸がん予防ワクチン接種の重要性を訴えてきた医師・ジャーナリストの村中璃子氏が受賞しました。 Great to see …

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1945年8月6日 アメリカが広島に原子爆弾を投下した日

World’s First Atomic Bomb – Manhattan Project Documentary – Films 「はだしのゲン」の被爆体験 Peter Jennings – Hiroshima: Why the Bomb was Dropped (1995)   参考 Voices of the Manhattan Project: “A public archive of our oral history collections of Manhattan Project veterans …

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日本学術会議が学術フォーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」を開催

日本学術会議主催の学術フォーラム「安全保障と学術の関係:日本学術会議の立場」が平成29年2月4日に日本学術会議講堂で開催されました。 (引用元:プログラム) 総合司会 大政 謙次(日本学術会議第二部会員、東京大学名誉教授、愛媛大学大学院農学研究科客員教授、高知工科大学客員教授) 13:00-13:05 開会挨拶 挨拶 大西 隆(日本学術会議会長・第三部会員、豊橋技術科学大学学長、東京大学名誉教授) <第Ⅰパート:委員会中間とりまとめの状況報告> 13:00-13:05 開会挨拶 挨拶 大西 隆(日本学術会議会長・第三部会員、豊橋技術科学大学学長、東京大学名誉教授) 13:05-13:35 委員会中間とりまとめの状況報告 杉田 敦(日本学術会議第一部会員、法政大学法学部教授) <第Ⅱパート:日本学術会議の内外の意見> 進行 小松 利光(日本学術会議第三部会員、九州大学名誉教授) 13:35-13:50 (演題調整中)兵藤 友博(日本学術会議第一部会員、立命館大学経営学部教授) 13:50-14:05 「学術研究のために」という視点 須藤 靖(日本学術会議第三部会員、東京大学大学院理学系研究科教授) 14:05-14:20 (演題調整中)佐野 正博(日本学術会議連携会員、明治大学経営学部教授) 14:20-14:35 軍民両用(デュアルユース)研究とは何か-科学者の使命と責任について 福島 雅典(日本学術会議連携会員、財団法人先端医療振興財団臨床研究情報センター長(兼)研究事業統括) 14:35-14:50 防衛技術とデュアルユース(予定)西山 淳一(公益財団法人未来工学研究所 政策調査分析センター研究参与) 14:50-15:05 安全保障と学術について(予定)根本 清樹(朝日新聞社論説主幹) <第Ⅲパート:総合討論>進行 …

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自由と平和のための京大有志の会の声明

戦争は、防衛を名目に始まる。 戦争は、兵器産業に富をもたらす。 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。 戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。 精神は、操作の対象物ではない。 生命は、誰かの持ち駒ではない。 海は、基地に押しつぶされてはならない。 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。 血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。 学問は、戦争の武器ではない。 学問は、商売の道具ではない。 学問は、権力の下僕ではない。 生きる場所と考える自由を守り、創るために、 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。     注:上記の文章は「自由と平和のための京大有志の会」の声明を転載したものです。また、写真やYOUTUBE動画は当サイトscienceandtechnology.jpが紹介のために挿入したものであり、声明とは直接関係ありません 参考 自由と平和のための京大有志の会 まず、総理から前線へ。(広告批評) 糸井重里さん・後編 「ほんとうかな」と自問する力 (毎日新聞 2015年02月17日):”でも、これも今なら戻してって言いますよ。戦争に対する考えが深まっていないですよ。戦争はゲームや子供のチャンバラごっこではない。単純に戦争になった時に総理が前線に行けばすむっていう話じゃないんじゃないって思う。これは何かをやりたければ、「○○をやってから言え」っていうのと同じ論理だもん。紋切り型を上手な決まり文句にしただけですよ。決まり文句で批判するだけで、戦争を無くすこともできなければ、実際のところ何にもなんない。ちょっと考えが甘いし、鳩の絵を描けば平和っていうのと同じ感じで引っかかります。”

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安全保障関連法案に反対する学者の会

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「地下鉄サリン事件」から20年 1995年3月20日のオウム真理教による東京での無差別テロ

1995年3月20日の地下鉄サリン事件から20年が経ちました。オウム真理教の教団内でなぜ化学兵器が開発できたのでしょうか?オウム真理教では、東大、京大、阪大、東工大、早大、慶應大、筑波大などの出身者で大学院まで修めたような非常に高学歴な人間も入信しており、教団の幹部になっていました。また、遺伝子工学や有機合成の経験者がテロのための化学兵器、生物兵器の開発を行っていました。 村井秀夫:1958年生まれ。1981年大阪大学物理学科卒業。宇宙物理学分野で卒業研究を行い、天体のX線放射を研究。大阪大学大学院理学研究科修士課程修了、理学修士。1987年、出家僧としてオウムに入信。麻原につぐNo.2の地位にいた。1995年4月23日に東京都港区南青山の教団東京総本部前で刺殺された。 上祐史浩:1962年生まれ。早稲田大学電子通信学科卒業。早稲田大学大学院で電気通信学を専攻。1986年夏、オウムのセミナーに参加。1987年修士号を取得、宇宙開発事業団に就職するが、1ヶ月後に退職しオウムの出家僧に。1992年以降はロシア支部にいたことなどから一連のオウム真理教テロ事件への関与で起訴されることなく、別件で懲役3年の実刑判決を受けた。 早川紀代秀:1949年生まれ。神戸大学卒業、大阪府立大学大学院で農芸工学 (緑地計画) 専攻。1986年、オウムに入信。2009年7月17日、死刑判決が確定。 遠藤誠一:1961年生まれ。帯広畜産大学卒業、京都大学大学院医学研究科大学院生となり、ウイルス研究センターでAIDS関連遺伝子研究に取り組む。1987年オウム入信、1988年には出家僧となる。オウムでは生物兵器開発を担当。2011年11月21日、死刑判決が確定。 中川智正:1962年生まれ。1988年京都府立医科大学卒。1988年オウムに入信。大学卒業後、研修医となったが、1989年に出家し、麻原の主治医となった。2011年11月18日、死刑判決が確定。 土谷正実:1965年生まれ。1989年、オウム真理教の道場 (瞑想の場) に参加。筑波大学では化学 (物理化学と有機化学) 専攻で修士号を取得。1991年に出家。サリン製造で中心的な役割を果たした。2011年2月15日、死刑判決が確定。 なぜ高等教育を受けて科学を学んだ人たちが、麻原 彰晃(本名:松本 智津夫)の教義を信じて、無差別殺人の命令に従い実行したのでしょうか?Center for a New American Securityの報告書を読むと、教団における生物・化学兵器開発研究がどのように行われ、テロに使われたのかをうかがい知ることが出来ます。 オウム真理教内では遠藤誠一がまずボツリヌス菌を用いて生物兵器を作ろうとしましたが、結果的に失敗しています。 1990年2月の選挙敗北と、破滅論アプローチへの回帰の後、麻原は早川、新実、遠藤、村井に対し、ボツリヌス毒素を産生する細菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum 、C. botulinum)を入手するよう命じた。…遠藤は1990年春、北海道の石狩川流域に行き土壌から細菌を採取した。…この生成物は大量であったけれども意図した効力はなかったことが、さまざまなことからわかる。教団信者たちは、攻撃により誰も死亡しなかったことを知った。実際、ある信者が発酵槽タンクに滑って落ち、おぼれかけたが、発病の徴候は見られなかった。中川は、生成物質の科学的な評価を試みた。2000~3000匹のマウスを購入し、生成物質に曝露させ、およびボツリヌス毒素のマウス検定を用いて、その結果を評価したのである。この試験によりマウスには毒性影響はないことが明らかになったが、一部のマウスは死んだため、ある程度のあいまいさが残ったと中川は考えた。(Center for a New American Security 2012年12月) 遠藤誠一はさらに、炭疽菌で生物兵器を作ろうと試みましたが、やはり、失敗に終わりました。 1992年、遠藤をリーダーとして生物プログラムが再開した。このときは遠藤は炭疽菌 (Bacillus anthracis、B. anthracis) に取り組んだ。…関係者全員が、これがワクチン菌株であることを認識していたのは明らかであった。…Sterne菌株は、2つのプラスミド(pXO1、pXO2) のうちpXO1を有しているがpXO2を欠いている。効果的な毒性を有する炭疽菌を生み出すには、これらが2つとも必要となる。遠藤は、第2の (Pasteur) ワクチン菌株が逆に、第2のプラスミドを保持し第1のプラスミドを取り除かれていることで、致死性を避けながら免疫を提供していることに気がついたのかもしれない。1989年のロシアの科学者による論文で、遠藤は、この2つの良性菌株を両方とも入手すれば、これらを合わせて、両方のプラスミドを含む効力の強い菌株を生成できることを知っていた可能性がある。.. …

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大地震を予測できずに安全宣言をして有罪判決を受けた科学者6人が二審では無罪に

  2014/11/11    科学と社会, 科学者の責任

地震の予知に失敗した科学者の罪を問えるのか?309人が死亡した大地震の予知に失敗して禁固6年の有罪判決を受けていたイタリアの科学者6人に対して、二審では無罪の判決が下りました。「安全だという情報を科学者が発信したために被害にあった」と遺族らが訴えているのに対して、責任を問われた科学者らは「地震を予知することは誰にも不可能だ」と反論していました。 伊 地震情報巡り有罪の学者らに逆転無罪 有罪判決から一転、科学者らに無罪判決が言い渡されたことに納得できない遺族らは怒りを露わにしています。 L’Aquila earthquake scientists have their convictions overturned 下の動画は、一審で禁固6年の判決が言い渡される様子、および判決に対する遺族の反応。 Italian scientists convicted over earthquake warning 地震学者が安全だと言ったから家にとどまり被害にあったのだと、科学者の責任を訴える遺族。 Scientists found guilty in Italy quake trial 耐震基準を順守していなかった工事のせいで建物倒壊による被害が拡大したのではないかという指摘もなされています。 ACHTNER PressTV – L’Aquila Earthquake Victims State Funeral TERREMOTO L’AQUILA 6/4/2009 (ラクイラ地震2009年4月6日) 参考 …