MARCHって括るのいい加減やめません?

      2018/10/07




AI vs. 教科書が読めない子どもたち

「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」という本が評判です。著者は「東ロボ」くんプロジェクトリーダーの国立情報学研究所教授で、こどもの国語教育の危機を憂える内容です。ネット上のレビューでは、この本を絶賛する声ばかりです。

しかし、自分はこの本の帯の「人工知能はすでにMARCH合格レベル」という偏差値偏重意識が結晶化したような文言に驚きを禁じえませんでした。

MARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学をまとめた呼称)は、もともと受験産業関係者が作り出した言葉だそうです。

この呼び名の発案者は、旺文社で「蛍雪時代」など受験情報誌を作っていた代田恭之さんである。1960年代のことだ。 ‥ 講演で聴衆が眠くならないよう、インパクトがある名称を考えたかったのです。受験生に大学を身近に感じてもらうよう、そして、つらい受験勉強を和ませてあげようという思いからです。いくつかの大学を同じような難易度、似たような歴史と伝統、そして近隣地域で組み合わせて、グループ分けしました。 ‥ MARCHは一部の受験関係者の間で使われていたが、それほど広まったわけではない。1980年代まで新聞、雑誌に登場することはほとんどなかった。 ‥ 高校や予備校の進路指導でMARCHという言葉がぼちぼち使われはじめたが、十分に行き渡っていなかった。2000年代になってようやく、メディアでみられるようになった。‥ 「早慶MARCH関関同立 伸びている私立高校(「週刊朝日」2004年4月30日号) (小林哲夫 著 『早慶MARCH 大学ブランド大激変』 朝日新聞出版)

偏差値が似た大学をひとくくりにしたこの呼び方が、MARCHに限らずいくつか考案されており、今の日本で定着してしまっています。考案された当初は、受験生にとって良かれと思ってのことだったのかもしれません。しかし、受け手側の問題として、このように偏差値で複数の大学をひとくくりにして見ることが当たり前になってしまい、日本人の意識が偏差値漬けになってしまいました。公立高校のウェブサイトでも頻繁にMARCHという言葉を見かけますが、いやしくも教育者たるものが使うべき言葉ではないでしょう。それなのに、予備校関係者(営業)や高校生や受験生が使うのならいざ知らず、高校の先生どころか、国立大学の先生までもが使ってしまうとは!! しかも、本書は子供の学校教育の問題に関する本です。

「東ロボくん」は、東大には合格できませんが、MARCHレベルの有名私大には合格できる偏差値に達しています。(新井 紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社 2018/2/2)

あるべき教育を論じた本の中で、偏差値による大学の格付けを当たり前のこととして読者の意識に刷り込むような言葉遣いをしていることは、看過できません。

独自の教育理念を持って教育にあたっている私立大学をいっしょくたにしてMARCHと呼ぶだけでも大学関係者に対して失礼極まりないし、さらに、MARCHレベルなどと表現することにより日本に蔓延する偏差値信仰の悪弊を増長させるのは、教育者として極めて不適切な行為ではないでしょうか?

この本は、東洋経済新報社という大手出版社から発行されていることを考えると、「MARCHレベル」という言葉は著者だけでなく、編集者や校正など多くの人を素通りしたのでしょう。オトナがみな麻痺しているというのは、重大な問題です。

各大学にとっては、このくくられ方が悩みにもなっている。建学の精神や教育ミッションも違うし、グローバル化に向けた大学の方針にも個性がある。… この5大学の中には、「ほかの大学と一緒にしないでほしい。ウチにはウチの特色があるのに……」とこぼす教職員も少なくない。(大学受験「とりあえずMARCH」の落とし穴 大学進学アドバイザー 倉部史記 YOMIURI ONLINE 2017年12月18日 09時50分)

教育に関する本がベストセラーになり、偏差値で大学を一括りにすることが当たり前という風潮を子供に刷り込んでいる現状は、子供たちにとって良い影響を与えません。

GMARCHレベルの大学に入っても、大学ごとでかなり違いがあり、それぞれの特徴をしっかりと理解した上で試験を受けて、合格して入学しないと「こんなはずではなかった!」ということになりかねないということのようです。… でも、それって、「とりあえずMARCH」の人ばかりの落とし穴ではない気がします。… 例えば東大生。彼らはそもそも大学を選ぶ選択肢が少ない受験生の代表だと思います。(「大学受験「とりあえずMARCH」の落とし穴」ってどういうことでしょう? 読売新聞の記事より 妙典校・ブログ 武田塾 2017年12月30日)

 

偏差値偏重の風潮を助長する東ロボくんプロジェクト

東ロボ報道の中にも、日本を覆う偏差値偏重が見てとれます。公立高校は進学実績をアピールするために、その気がない高校生にも無理やり国公立大学を受験させようとする圧力がありますが、新聞記事の中で「私大なら合格できる」というのも、国公立大学が私立大学よりもレベルが上という、おかしな認識を当然のこととした言葉遣いです。

大手予備校の代々木ゼミナールの判定では「東大の合格は難しいが、私立大学には合格できる水準」だった。( 人工知能が東大模試挑戦 「私大合格の水準」 国立情報学研など 日本経済新聞 2013/11/23付)

東ロボのプロジェクトリーダーが、「うちの子はこんな大学に合格できるんですよ』って近所の人に自慢してみたい心境です。」(NHK)(当サイト記事つれづれすくらっぷ)などと言っていますが、どのレベルの大学には入れる知能という言い方がそもそもナンセンスです。大学に合格する難しさと入試問題自体の難しさが必ず一致するとは限らないのですから。報道機関もこのような無責任な発言を編集せず世に流しており、日本全体が麻痺していると思います。

 

脱偏差値へ

2020年に入試改革がありますが、入試をいじる正当性として、1点差で合否が決まる今の入試制度がおかしいという主張があります。しかし、自分は1点差で合否が決まるのは、公正さと言う点ではむしろいいことだと考えます。高校の先生の主観が入る内申書などを使うよりも、ずっとましです。それよりも、問題なのは、偏差値が1違うだけでも大学の優劣、ひいては人間の優劣まで判断してしまう人たちが少なからず存在することです。そして、このような偏差値による輪切りを助長しているのが、「MARCHレベル」などといった言葉遣いなのです。学校教育の問題点を指摘した本でこのような言葉が無神経に使われ、誰もがその異常さをスルーしているのはまったくもって不思議です。もはやほとんどの日本人にとって、当たり前すぎて、問題と感じられないのでしょうか?人々の意識から、このような感覚を払拭しないかぎり、入試の形態を変えたところで、教育改革は成功しないでしょう。

 

参考

  1. 【AI】なぜ人工知能は東大に合格できないのか?「東ロボくん」プロジェクトで分かったAIの弱点 (5ch.net)
  2. 「ロボットは東大に入れるか」成果報告会 in 2016(11/14)レポートnix in desertis 2016年11月28日
  3. 東ロボくん 模試でMARCH、関関同立「圏内」 (会員限定有料記事 毎日新聞2016年11月14日 21時46分 最終更新 11月14日 23時40分) 東京大合格を目指した人工知能(AI)「東ロボくん」開発チームは14日、大学入試センター試験の模試で、5教科8科目の合計が全国平均を上回る525点だったと発表した。東大の合格ラインには届かなかったものの、関東の「MARCH」(明治、青山学院、立教、中央、法政)、関西の「関関同立」(関西、関西学院、同志社、立命館)と呼ばれる難関私立大への合格可能性が初めて、「合格圏内」とされる80%を超えた。
  4. 小林哲夫 著 『早慶MARCH 大学ブランド大激変』 朝日新聞出版 2016年7月13日 ISBN-13: 978-4022736734
  5. 新卒採用では、なぜ学歴偏重がなくならないのか?採用担当の立場で考える (あいむあらいぶ 2016-01-28) 残念ながら、新卒採用における学歴フィルターは、この先十数年も変わらず残り続けると予測します。個人的な思いとしては、良いものでもないので、一刻も早くなくなってほしい気持ちはあります。しかし、簡単にこの仕組は解体しないでしょう。残念ながら入試で失敗して、下位ランクの大学に入ってしまった。それは、無策でいると3年後の就職活動においては、そのまま苦戦することを意味します。

更新 20180228 本文中から個人名を削除 20180223 口調をですます調に変更

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