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蛋白質、たん白質、たんぱく質、タンパク質、タンパク、たんぱく、たん白、蛋白、プロテイン、‥ proteinの正しい日本語訳は何?

日常のくだけた会話でタンパク質のことをタンパクと呼ぶことはあっても、学術用語としてはタンパク質だと思っていました。ところが、KAKENデータベースを確認すると、「質」がない例が散見されます。よく見みると、○○タンパク、あるいはタンパク▲▲▲のように、複合語にしたときに「質」を落とす使い方があるようです。

複合語であっても、○○タンパク質、タンパク質▲▲▲と呼ぶのが正しいのではないかと自分は思うのですが、どうなのでしょう?proteinに対応する日本語は何が正しいのか、ウェブ上で動向を調べてみました。

 

KAKENにみる「タンパク」vs.「タンパク質」vs.「蛋白」vs.「蛋白質」

研究者の言葉遣いを知るために、KAKENデータベースを見てみました。「質」をつけるかどうかだけでなく、カタカナ表記vs.漢字表記という問題もあります。

KAKENデータベースで検索すると、検索結果は「タンパク質」が67,361件(2019年に絞ると628件)で、「蛋白質」が39,688件(2019年に絞ると133件)でした。

protein complex 

protein characterization 

protein analysis

of proteins 

採択された研究課題が掲載されているKAKENですから、自分が科研費計画調書を書く場合には、多数派「タンパク質」に従っておけば間違いないでしょう。

 

PROTEINSの日本語訳:分野や状況による使い分け

蛋白質の表記の多様性は、業界の慣習を反映しているようです。

用語集では1概念1用語を原則とするから、同義語の整理の他に同音異義語、同義異音語なども統一しなくてはならない。しかし日本語では、例えば「蛋白質」(医学用語)のような基本用語でさえ、常用漢字でない場合に「タンパク質」(文部省)、「たん白質」(通産省厚生省)などの同義異字語が生じる。(専門用語研究 Journal of the Japan Terminology Association No.8 1994.10 ISSN 0919-7559 PDF) *太字強調は当サイト

省庁のサイトで検索件数を調べてみます。

サイト内検索結果 蛋白質 タンパク質 たん白質
文部科学省 1,311 件 4,035 件 42 件
厚生労働省 3,030 件 5,090 件 1,230
経済産業省 595 件 2,130 件 138 件

「たん白質」は、厚生労働省の文書に多くみられます。

 

日本薬局方における「たん白質」から「タンパク質」への変更

過去の議論を紹介。

○川崎委員  もう一つですが、日本薬局方の「たん白質定量法」を引用することについて、日本薬局方では「タンパク質定量法」に変わっています。たん白質」という表記は一般的ではありませんし、日局との整合性を考えると、いずれかの段階で「タンパク質」に変えてはいかがかと思います。

○事務局 御指摘いただきまして、ありがとうございます。現状の生物学的製剤基準では今お示ししているような表記の仕方をさせていただいておりますので、このような表記をさせていただいているところなのですけれども、御指摘の点については全体を見直す際などに見直すことができないかどうかを含めて、こちらで引き続き検討させていただきたいと思います。(2018年11月8日 薬事・食品衛生審議会 医薬品第二部会 議事録 mhlw.go.jp

  • 生物学的製剤基準(改正履歴  告示年月日 平成 16 年 3 月 30 日 ~ 令和 元 年 6 月 28 日)加熱人血漿しょうたん白 たん白質定量法 たん白窒素定量法 HAたん白含量 無たん白培地

○富田委員 それから蛋白も、普通、生化学では片仮名で書くのです。今は「」の漢字が使えるようになったのですが、ほかの生化学の方の辞典では片仮名で「タンパク」 と書くのです。ところが、この薬局方だけが平仮名で書かれるものですから、国家試験でも蛋白を書くときはこちらに合わせるのです。そうすると、生化学を教えている人たちは何となく違和感を感じるのです。平仮名で「たん」と書いて、漢字で「白」と書くのです。その辺が少し。検索するときにそれがばらばらに行ってしまうものですから、 私たちとしてはとてもやりにくいところがあるので、どこかに統一してほしいというの は、十五改正のときにも少し申し上げたのですが。

○合田委員  蛋白の場合は、片仮名か平仮名か、どこが決められたのかは分かりませんが、多分、局方上の先例があって、そこのままに従っているのではないかと思います。 ただ、局方は法律ですので、逆に言うと、こちらの方が優先順位が高いのかもしれません。我々は常に局方を見て、そこで書いていればそれに従っていくことになるのだと思います。(薬事・食品衛生審議会 日本薬局方部会 平成19年4月24日議事録 mhlw.go.jp)*太字強調は当サイト

 

薬剤師国家試験にみる「たん白質」から「タンパク質」への移行

薬剤師国家試験の過去問を見ると、以前は「たん白質」でしたが、平成15年以降は表記が「タンパク質」に変更されています。

薬剤師国家試験 平成30年度第103回ー一般 理論問題ー問119、120
未知タンパク質Xを分離精製し、その特性を解析した。(以下、割愛 e-REC

第98回薬剤師国家試験問題(平成25年)1) 一般問題(薬学理論問題)【物理・化学・生物】

問99 質量分析法に関する記述のうち,誤っているのはどれか.1つ選べ. 1 マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法は,主にタンパク質のアミノ酸配列の決定に利用される.(以下、割愛)(試験に出た質量分析(1)~第98回薬剤師国家試験問題(平成25年)~ J. Mass Spectrom. Soc. Jpn Vol. 66, No. 1, 2018 PDF

第90回薬剤師国家試験問題 問62 タンパク質の消化酵素に関する記述の正誤について、正しい組合せはどれか。(以下、割愛)(toyaku.ac.jp

第88回薬剤師国家試験(平成15年3月) 基礎薬学(問1~問60)

問154 薬物の血漿タンパク結合に関する記述のうち、正しいものの組合せはどれか。

a Arrheniusプロットは、結合定数やタンパク質1分子当りの薬物結合部位数を求める際に用いられるプロットの一つである。

b 薬物Aのタンパク結合が薬物Bによって競合的に阻害される場合、薬物Aの結合定数は薬物Bが存在しない場合に比べて小さくなるが、タンパク質1分子当りの結合部位数は変化しない。

c α1-酸性糖タンパク質は、主に酸性薬物と強く結合する。

d 薬物の血漿タンパク結合の測定に用いられる平衡透析法は、血漿タンパク質に結合していない非結合形薬物のみが半透膜を透過できることを利用した測定方法である。(pharm.okayama-u.ac.jp

第87回薬剤師国家試験(平成14年3月) 基礎薬学(問1~問60)

問69 下図は,たん白質源としての小麦グルテン及びこれにリシンを補足した飼料で,マウスを飼育した場合の成長曲線を示したものである。この図に関連する記述のうち,正しいものの組合せはどれか。(pharm.okayama-u.ac.jp

第86回薬剤師国家試験(平成13年3月) 基礎薬学 (問1~問60)

問41 たん白質に関する記述のうち、正しいものの組合せはどれか。

a ポリペプチド鎖のみから構成されているたん白質を単純たん白質とよぶ。

たん白質を構成する非極性側鎖を持つアミノ酸は、たん白質の物理化学的性質に影響を与えない。

c 尿素やグアニジニウムイオンの添加により、たん白質内の解離性の側鎖のイオン化状態が変わり、イオン対が切れ、水素結合が壊れてたん白質が変性する。

たん白質分子中のジスルフィド結合とは、2つのシステイン残基どうしの結合である。

問17 たん白質の構造に関する次の記述の正誤について、正しい組合せはどれか。(第82回薬剤師国家試験 asahi-net.or.jp

 

蛋白質・タンパク質 表記問題の解説記事

日本語においては protein卵白に多く含まれることに起源をもつ「蛋白」から「蛋白質」という語を生み出し、日本医学会は用語集で「蛋白質」 を推奨している。しかし文部科学省は学術用語として「タンパク質」という表記を標準としており、新聞や報道等においては「たんぱく質」という表記が多く採用されている。そ れぞれから「質」を除去した表記も多く用いられ、さらには「プロテイン」と表記すれば 一般社会においてはサプリメントとして用いられる補助栄養食品を指すかのように微妙に 使い分けられている。(医学用語の選択に見られる特徴 金子 周司(京都大学大学院薬学研究科) PDF)*太字強調は当サイト

文部科学省の学術用語では、タンパク質と書き、厚生労働省では、第六次改定日本人の栄養所要量などで、たんぱく質とし、医学会の医学用語管理委員会では、蛋白質たんぱく質も可とする)と表記する。また、医学会は、他の語と複合して用いる場合は、「質」をつけない場合が多い。新聞用語等では、たんぱく質を用いている。」(『栄養・生化学辞典』p.385-386より 更新日時 (Last update) 2006年08月31日 14時06分 レファレンス協同データベース)*太字強調は当サイト

proteinの和名は戦前は蛋白質だったが、戦後の漢字制限の一環で「」が追放されて以来混乱し、多種多様な表記がなされている。蛋白は元来卵白のことで、ドイツ語のEiweissを訳したことばだが、卵白と同質のものということで、蛋白質と呼ばれていた。ところが、「蛋」は常用漢字にないばかりか、全く馴染まない漢字なので仮名書きに改め、たん白(質)とかタン白(質)と書いたり、さらにたんぱく(質)ないしはタンパク(質)と書くことが多くなった。『生化学用語種』や『生理学用語集』では「タンパク質」と表記しているが、『日本医学会医学用語辞典 英和』ではいまだに「蛋白質」と記し、臨床医学系の書物はこれに倣うものが多い。(学際的な学会で使用する用語はどうあるべきか 日生気誌41(4):155-162、2004 小川徳雄 愛知医科大学 PDF)*太字強調は当サイト

 

蛋白研の蛋白質とタンパク質

大阪大学蛋白質研究所(通称、”蛋白研”)という、まさに蛋白質研究の専門家が集まる(?)研究機関があるので、ここでの使われ方を見てみます。サイト内検索結果はというと、

  • たん白 ご指定の検索条件に一致するページがありませんでした。他のキーワードでもう一度検索してみてください。
  • たん白質 ご指定の検索条件に一致するページがありませんでした。他のキーワードでもう一度検索してみてください。
  • 蛋白質 130件
  • タンパク質 94件

以下の案内(2013年実施の公開講座)の中でも見事に混在しています。

蛋白研セミナー「第6回『高校生のための特別公開講座』蛋白質-生命を担うこの身近で不思議な物質」

 “タンパク質” というと栄養素を連想されるかもしれませんが、実際は,動物や植物の中で働くタンパク質、さらにウイルスなど感染症の原因となるタンパク質な ど、非常に様々なタンパク質が生命現象を支えています。生命を担うこの身近で不思議な物質”タンパク質”の研究について、わかりやすく紹介します。

プログラム 8月19日(月)

10:00-11:00 「蛋白質で病気を診断する」 大阪大学蛋白質研究所 教授 高尾敏文

11:15-12:15 「眼を制御する蛋白質と遺伝子治療」 大阪大学蛋白質研究所 教授 古川貴久

(以下、割愛 protein.osaka-u.ac.jp/seminar/ipr-seminar/ipr-seminar-20130819)*太字強調は当サイト

最近の例(2019年)も紹介。医学系は「蛋白質」、理学系は「タンパク質」という、研究領域による違いがあるようにも見て取れます。

蛋白研セミナー・第12回「高校生のための特別公開講座:蛋白質-生命を担うこの身近で不思議な物質」

タンパク質”というと栄養素を連想されるかもしれませんが、実際は、動物や植物の中で働くタンパク質、さらにウイルスなど感染症の原因となるタンパク質など、非常に様々なタンパク質が生命現象を支えています。生命を担うこの身近で不思議な物質”タンパク質”について、大阪大学蛋白質研究所の教授陣が初歩からわかりやすく紹介します。

10:00−11:00 「タンパク質の働きと形を見る」 大阪大学蛋白質研究所教授 藤原 敏道

11:15−12:15 「生命活動を支えるタンパク質」 大阪大学蛋白質研究所准教授 中井 正人

(以下、割愛 http://www.protein.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2019/05/posterprogram190807.pdf)*太字強調は当サイト

 

proteinの訳語の表記に関する結論

常用漢字の制度が導入されたあおりを受けて、蛋白質の表記はかなり混乱させられて今に至るというのが実情のようです。

JDreamⅢは「異表記辞書」というものを持っており、そこに登録されている語であれば、異表記も合わせて検索されます。「たんぱく質」は異表記辞書に登録されており、対応する異表記語として「たん白質」、「タンパク質」、「タン白質」、「蛋白質」が登録されています。ですので、いずれかーつで検索すれば、全ての語が検索対象となります。(検索語入力文字のポイント 2019年5月31日 日本最大級の科学技術文献情報データベースJDreamIII

結論としては、自分が活動する業界のしきたりに従うのを原則とし、そうでなければ、「タンパク質」という多数派の表記に倣うのが無難でしょう。「たん白質」という表記も、業界によっては正式である(あった?)ということは、今回初めて知りました。全てが一斉に変わることはなく、いまだに古い呼称を使い続けている場合もあるようです(例 生物学的製剤基準)。

研究者に関して言えば、個人が受けた教育(医学か理学か薬学か)や現在の研究領域によって、個人個人が好きな方を使っているようです。複合語の中でなら、タンパク質の「質」を落として使う研究者も一定数存在します。さすがに「タンパク」という単独使用は、学術的な文章中では見当たりません。

個人的には、漢字が持つ情報を捨てることが残念でならず、「蛋白質」という表記のほうが好きです。しかし、カタカナで「タンパク質」と書くのが正しいという教育を受けた記憶があります。また、タンパク質の「質」を落とすことに関しては、たとえ複合語であっても大きな違和感を覚えます。定評のある生化学の教科書(英文)の訳書で、「タンパク質」の「質」を落とした表記を見かけたときは仰天しました。

 

参考

  1. 蛋白質」の例は、『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、幕末の文久2年(1862年)に刊行された司馬凌海(しば・りょうかい)による医書『七新薬(しちしんやく)』がもっとも古い。(「たんぱく質」か?「タンパク質」か? 日本語、どうでしょう?第337回 2016年10月31日 japanknowledge.com
  2. 選ばれた1945字の「常用漢字」の中に「蛋白質」の「蛋」という字は含まれていません。(「たんぱく」「タンパク」「蛋白」の表記の違いはあるのですか? YAHOO!JAPAN知恵袋 2006/8/3023:15:39 q109195090
  3. 「蛋白質」の標記について迷っています。例えば『南山堂医学大辞典』では、医学会では「タンパク質」とカタカナ表記を使用するとありました。でも翻訳では「蛋白質」と漢字表記をするほうが主流なのでしょうか?(医学薬学Q&A 翻訳学校のサン・フレアアカデミー