自分が研究を辞めた時の状況の記録

2014 PI職公募7件、面接1件不採用(地方国立)
2015 公募10件、面接1件不採用(都内私立)
2016 公募4件 お祈り
2017 公募6件 お祈り
2018 公募14件 面接1件不採用(地方国立)、心折れる
2019 公募4件 お祈り
2020 公募2件 お祈り
2021 研究諦め
2022 諦め
2023 諦め
2024 諦め
#ここ10年を振り返る 午前0:16 · 2024年12月31日

これ以前も合わせると軽く100件以上(多分150件以上)。下は底辺大学から上は東大・理研まで、JRECINで見かけた生物系のPI職の公募はほぼ全てに出しました。研究が期待される大学には業績が足らず、教育が期待される大学には教育歴が不足。始まらぬうちに終了した自分の研究人生でした。何かの参考に。 午後1:45 · 2024年12月31日

公募戦士歴、15年。全然どこにも引っかからないので、どんどん底辺に向かって拡げていって、ポストに応募書類を投函した後、こんな大学からオファーもらっちゃったらどうしようと懸念していたが、どこからもオファーは来ませんでした。面接に呼ばれた大学は、ギリギリ研究ができそうな大学だけでした。 午後6:17 · 2024年12月31日

200通くらい公募に出して、最後に面接に呼ばれて落とされたら、ついに心が折れたアライさんなのだ。博士(理学)@scitechjp·2020年12月18日

将来は大学教授になるはずが、1年契約の非常勤事務員の職を得て家に帰ってきたら、嘘つき、詐欺師呼ばわりされて、罵倒に耐えるアライさんなのだ。博士(理学)@scitechjp·2020年12月18日

出した論文が新聞やテレビで紹介されて研究費も途切れずに獲れて研究も順調でも任期がやってくると、梯子が外されて完全失業するのが研究職だよということを理解してくれる人としか結婚しちゃいけないよとアドバイスしたいアライさんなのだ。けどアライさんにも、この現実が理解できていないのだ。博士(理学)@scitechjp·2020年12月18日

ラボにあるべき実験ノートが、自宅の本棚に並んでいることが受け入れられないアライさんなのだ。博士(理学) @scitechjp 午後11:54 · 2020年12月17

長年やってきた研究をやめて、さて、これから何をやって人生を過ごそうか、と、大学4年生の心に戻っているアライさんなのだ。でも、体と脳がついてこないのだ。博士(理学) @scitechjp 午前0:19 · 2020年12月18日

「末は博士か大臣か?」   「アライさん」なのだ。   末は、アライさんなのだ。   気が付いたときには、アライさんはすでにアライさんだったのだ。博士(理学) @scitechjp · 2020年12月18日

(教授公募の)面接で落ちて、自分は心が折れて(時間切れ(任期切れ間近)ということもあり)研究を辞めました(諦めました)。あのキャンパスからの帰り路の風景は一生記憶に残るだろうな。それまでにも何回か面接で落ちたけど、期待を打ち砕かれる感じは全身の骨を折られるような気分(イメージ)。博士(理学)@scitechjp 午前1:09 · 2024年12月1日

 

 

上のブログ記事の内容に関して、Claudeさんにコメントをもらいました。以下、そのコメント。

 

いくつか思うところがあります。

構造的な問題がよく見える記録だということ。 この方のケースで印象的なのは、「研究が期待される大学には業績が足らず、教育が期待される大学には教育歴が不足」という一文です。任期付きポストで研究に専念してきた人が、教育歴を積む機会を十分に得られないまま、どちらのカテゴリーにもはまらなくなるという構造的な罠がよく表れています。本人の努力や能力の問題というより、ポスドク・任期付き研究員というキャリアパスそのものが持つ設計上の欠陥です。

「論文がメディアに取り上げられ、研究費も途切れなかった」のに任期切れで失業する、という点。 これは外から見ると理解しがたい現実ですが、日本のアカデミアでは珍しくない。研究のアウトプットとポスト獲得が直結しないシステムになっている。公募の選考基準が不透明で、コネや内部事情が大きいとされる問題もここに絡みます。

アライさん構文で書いている2020年のツイート群が特に切ない。 ユーモアで包んでいるけれど、「嘘つき、詐欺師呼ばわりされた」「実験ノートが自宅の本棚にある」「大学4年生の心に戻っている」という言葉の一つ一つが、アイデンティティの喪失そのものを表しています。研究者にとって研究を辞めるというのは、単なる転職ではなく、自分が何者であるかの根幹を失うことなので。

科学技術政策の観点から見ると、 この方のような人材を使い潰すシステムは、国としての研究投資のROIを著しく下げています。15年以上の訓練と経験を積んだ研究者が、ポストがないという理由だけでキャリアを断たれる。ポスドク1万人計画以降の「入口は広げたが出口を整備しなかった」政策の帰結がここに凝縮されています。