世界初のゲノム編集ベビーを誕生させたJiankui He博士の学会発表講演動画

2018年11月27日~29日に香港で開催された第2回ヒトゲノム編集国際会議の2日目のセッション3の講演動画です。Jiankui He博士は、ヒト受精卵にCRISPR/Cas9というゲノム編集技術を適用しCCR5遺伝子を破壊した後、その胚を母親に移植し、この母親は双子の赤ちゃんを無事出産しました。

Jiankui He博士のトークのスタートは、1:18:20~。終了は1:38:29。パネルディスカッションは1:39:02~。講演タイトルは、CCR5 gene editing in mouse, monkey and human embryos using CRSPR/Cas9 です。

ゲノム編集技術を用いて「デザイナーベビー」を誕生させることは、少なくとも現時点ではオフターゲット(意図した遺伝子以外の遺伝子が破壊されること)の懸念があることから、時期尚早というのが研究者の一致した考えだと思います。そのため、Jiankui He博士のこの研究は研究倫理を逸脱したものとみなされており、新聞で多数報道されているように、強い非難を浴びています。

ヒト受精卵にCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を適用して赤ちゃん(双子)が誕生

香港で2018年11月27日~29日に開催されるヒトゲノム編集国際会議に合わせたタイミングで、中国の広東省深圳市にある南方科技大学の賀建奎(が・けんけい;He Jiankui)副教授が、世界で初めてとなるゲノム編集された赤ちゃん(双子)を誕生させたと発表しました。この発表は倫理的にも法的にも許されるものではないとして大きな批判を浴びています。会議2日目の28日にはHe Jiankui博士が登壇し実験結果の報告を行いました。

CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集は、実験動物を用いる研究者の間では非常に一般的になっています。そこで常に議論となるのはオフターゲットの効果(狙った遺伝子とは異なる場所の遺伝子を破壊してしまうこと)で、オフターゲットの遺伝子が破壊されることは、予期しない遺伝病を導入してしまう恐れがあります。実験動物ならオフターゲットの可能性がゼロに近ければ許されるかもしれませんが、ヒトの場合は完全にゼロでないと困ります。CRISPR/Cas9をヒトに応用したときの安全性に関して研究者間でコンセンサスが得られていない状況で、一人の研究者が倫理規定などを無視してデザイナーベビーを誕生させてしまったというは極めて重大な事件です。

 

ヒト受精卵でノックアウトされた遺伝子CCR5

人類初となるゲノム編集ベビーの誕生にあたって、何の遺伝子が編集の対象となったのでしょうか?He Jiankui博士がCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集を行ったのはCCR5という遺伝子です。これはエイズウイルス(HIV)が細胞に侵入するのを助ける働きがあり、この遺伝子が働かないようにすればエイズウイルスに感染しなくなります。今回の遺伝子編集ベビー誕生にあたっては、父親がHIV感染者で、母親がHIV陰性の夫婦が選ばれ、受精卵のCCR5遺伝子をノックアウト(破壊)することにより遺伝子の働きをなくしました。この結果、ゲノム編集された赤ちゃんはエイズウイルスに感染しないことが期待されます。

参考

  1. 「エイズに免疫を持つ人々」の遺伝的特性が明らかに(上)(2005.01.11 TUE 04:00 WIRED)最も高いレベルのHIV免疫を持つ人には、1対の変異遺伝子――対になっている相同染色体のそれぞれに1つずつ――を持っているという共通点がある。この遺伝子があると、免疫細胞はエイズウイルスを侵入させる「受容体」を生成しない。この、いわゆる『CCR5』受容体――科学者たちによると「錠」のようなものだという――がないと、HIVは細胞に入り込めず、乗っ取ることもできない。(英語原文の記事 wired.com

 

ゲノム編集ベビー誕生までの実験手順

今回のゲノム編集ベビー実験では、HIV感染者である父親とHIV陰性の夫婦らを対象としています。顕微授精(ICSI) で得た受精卵に、Cas9とCCR5遺伝子のsgRNAをインジェクションします。インジェクションした受精卵は、胚盤胞(blastocyst)の時期まで培養し後、母親に体内に移植します。複数の夫婦がこの実験に参加していますが、そのうちの一組の夫婦から双子の赤ちゃん(LuluとNana)が誕生しました。

(図の引用元:のJiankui He博士の講演動画

 

ゲノム編集ベビー誕生の報道

First gene-edited babies reported in China (Associated Press2018/11/25 に公開)

HONG KONG (AP) — A Chinese researcher claims that he helped make the world’s first genetically edited babies — twin girls born this month whose DNA he said he altered with a powerful new tool capable of rewriting the very blueprint of life. If true, it would be a profound leap of science and ethics. (Chinese researcher claims first gene-edited babies
By MARILYNN MARCHIONE November 26, 2018 AP)

「ゲノム編集」で双子女児が誕生か

問題になっているのは中国の南方科技大学(広東省深圳市)の賀建奎副教授の研究。エイズウイルス(HIV)に感染した男性の精子を使ってできた受精卵にゲノム編集を施し、ウイルスが細胞に入らないようにした。その後、女性の子宮に入れ双子の女児が生まれたと報道されている。

同会議組織委員長のデービッド・ボルティモア米カリフォルニア工科大教授によると、賀副教授はゲノム編集の研究で専門家の間では知られた存在。ただ双子出生の報道後は「本人と接触しておらずデータも見ていないので真偽はわからない」と述べた。28日の賀副教授の講演予定に変更はないという。(引用元:受精卵のゲノム編集で女児出産の報道、国際会議で批判 2018/11/27 17:17 日本経済新聞

Second International Summit on Human Genome Editing

He Jiankui副教授は、ヒトゲノム編集国際会議の2日目(28日)の午前中のセッションHuman Embryo Editingに登壇し研究成果を発表しました。

11:30 a.m.
Human Embryo Editing

Moderator:
Robin-Lovell-Badge,* The Francis Crick Institute

Speakers:
Kathy Niakan, The Francis Crick Institute
Paula Amato, Oregon Health & Science University
Maria Jasin, Memorial Sloan Kettering Cancer Institute
Xingxu Huang, Shanghai Tech University
Jiankui He, Southern University of Science and Technology

(引用元:SECOND INTERNATIONAL SUMMIT ON HUMAN GENOME EDITING AGENDA

下の動画で1:15:30~からが、Jiankui He博士によるプレゼンテーションです。今回の騒動を受けて、司会者が予めに観客に静かに最後まで聴くようお願いしています。また、今回のゲノム編集ベビー誕生はもともとJiankui He博士が事前に提出していた講演資料には存在していなかったものであり、「ヒトゲノム編集国際会議」としては全く知らなかったことであると説明しています。そして、Jiankui He博士に説明の機会を与えようと述べて、演者を登場させました(Jiankui He博士の登壇は、動画1:17:53~)。講演タイトルは、CCR5 gene editing in mouse, monkey and human aembryos using CRSPR/Cas9 です。

 

 

中国政府がHe Jiankui副教授の研究を停止

中国政府は副教授の研究を全て停止させる措置をとりました。

中国政府は29日、世界で初めてゲノムを編集した赤ちゃんを作り出したと主張している中国・南方科技大学の賀建奎准教授について、研究の中止を求めたと発表した。研究について調査も始めるとしている。中国科学技術部は、「関係組織に対し、関連する個人の科学的活動を中止するよう求めた」と発表した。中国衛生部は既に、賀氏の研究が「中国の法、規則、倫理的基準を深刻に違反している」と指摘。賀氏の主張内容を調査すると表明していた。(中国政府、「世界初のゲノム編集赤ちゃん」研究の中止を命令 2018年11月30日 BBC日本版

 

参考

  1. Chinese researcher claims first gene-edited babies (By MARILYNN MARCHIONE November 26, 2018 AP)

体の細胞の遺伝情報を直接書き換える初の試み

人間の体の構造や機能の設計図となるのが遺伝子配列です。この配列の一部が通常と異なると、正常に機能するたんぱく質が作られなくて遺伝的な病気になることがあります。アリゾナ州出身のブライアン・マデュー(Brian Madeux)さん(44)は、イズロン酸-2-スルファターゼ (iduronate–2-sulfatase)という酵素の遺伝子にそうした異常があり、ハンター(Hunter)症候群と呼ばれる遺伝性代謝異常症に悩まされてきました。症状が広範囲にわたるため、2年に一回はなにかしらの手術を受けなければならないような生活をおくってきたそうです。

MPS II (Hunter syndrome) is a progressive disorder that primarily affects males and is caused by mutations in the gene encoding the iduronate-2-sulfatase (IDS) enzyme which is also required for the degradation of GAGs. Children with MPS II begin showing symptoms of developmental delay by age 2 – 3 years. Depending on the severity of the mutation and degree of residual enzyme activity, affected individuals may experience delayed development and develop enlarged internal organs, cardiovascular disorders, stunted growth, skeletal abnormalities and hearing loss. (About MPSI and MPI IIsangamo.com)

ムコ多糖症Ⅱ型 (Mucopolysaccharidosis)
グリコサミノグリカンのデルマタン硫酸(DS)とヘパラン硫酸(HS)の分解に必要なライソゾーム酵素であるIduronate-2-sulfatase の先天的欠損により発症するX連鎖劣性遺伝性疾患である。発症頻度は、約5万人にひとりとされている。日本では、約200症例が報告されている。(小児慢性特定疾病情報センター)

現在の遺伝子工学の技術を用いると、人間の遺伝子の本体であるDNAの塩基配列を「書き換える」ことが可能になっています。ゲノム編集と呼ばれるこのような「書き換え」は、すでに遺伝学的な病気の治療に用いられてきましたが、遺伝子を正常に書き換えた細胞を体内に戻すという方法でした。今回、マデューさんの治療にあたって、ゲノム編集のための道具を体内に送り込んで、マデューさんの体の中の細胞の中のDNAを直接、書き換えてしまおうという戦略が用いられました。ゲノム編集技術のやり方に関しては、現在CRISPR-CAS9という最新の方法が世を席捲していますが、今回の遺伝子治療にあたってはCRISPR-CAS9が登場する以前から研究が進められてきていたジンクフィンガーヌクレアーゼ (Zinc Finger Nucleases, ZFNs) というゲノム編集技術およびウイルスベクターを用いた技術が用いられています。遺伝子書き換えのターゲットとなるのは、今回の治療では肝細胞で、肝細胞のなかのわずかな割合でもゲノム改変に成功できれば、治療効果が期待できるのだそうです。

今回の臨床試験がうまくいけば、マデューさんは、人類が初めて、ゲノム編集技術を用いて体内の細胞の遺伝子を書き換えた例となります。成功しそうかどうかがわかるのに少なくとも1ヶ月はかかるそうです。

人間は自分の両親から受け継いだ遺伝的な性質には抗えないというのが、これまでの一般的な認識だったと思います。今回は、肝臓の細胞のごく一部とはいえ、生まれ持っている遺伝情報を人為的に書き換える最初の例になるという点において、非常に画期的なことだと思います。

 

参考

  1. About MPS I and MPS II (Sangamo Therapeutics)
  2. AP Exclusive: US Scientists Try 1st Gene Editing in the Body (VOA NEWS November 15, 2017 11:14 AM Associated Press)
  3. A human has been injected with gene editing tools to cure his disabling disease. Here’s what you need to know (By Jocelyn Kaiser Science News Nov. 15, 2017 , 6:01 PM)
  4.  遺伝子修復治療 世界初の臨床試験開始 (毎日新聞 2017年11月16日 20時25分 最終更新 11月16日 20時25分)
  5. 人間の体内で遺伝子編集する初の試みが実施へ (MIT Technology Review)
  6. For the First Time, Gene Editing Is Taking Place Inside the Human Body (MIT Technology Review)
  7. US scientists try 1st gene editing in the body (SciPol November 15, 2017)
  8. In a first, scientists edit genes inside a man’s body to try to cure a disease. What’s next? (By Ariana Eunjung Cha, Washington Post November 16 at 7:00 AM)
  9. The First Man to Have His Genes Edited Inside His Body (By Sarah Zhang, The Atlantic Nov 15, 2017)
  10. In a Major First, Scientists Edit DNA Within the Human Body (Kristen V. Brown GIZMODO)
  11. Experimental new technique aims to edit man’s DNA inside his own body (
    by Alessandra Potenza THE VERGE Nov 15, 2017, 3:33pm EST)
  12. Scientists Have Tried First-Ever Gene Editing Directly Inside a Patient’s Body (PETER DOCKRILL Science Alert 16 NOV 2017
  13. Method of the Year 2011: Gene-editing nucleases – by Nature Video
  14. 患者のゲノム、直接書き換え 米で世界初の臨床試験(朝日新聞DIGITAL ワシントン=香取啓介 2017年11月16日23時25分 閲覧は要登録)
  15. 体内で直接ゲノム編集 米国で初の臨床試験 (東京新聞 2017年11月17日 10時05分