WPI北大で研究不正 捏造Science論文を撤回

文部科学省の事業「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI: World Premier International Research Center Initiative)において、またまたトップジャーナルに掲載された論文が研究不正で撤回という事態になりました。データ捏造してNatureやScienceに論文を出しておきながら、世界トップレベルの大学とか言われてもねぇ。真面目に細々と堅実な研究をしている人が大多数なんだから、そういう大多数の人たちに薄く広くお金を配ったほうが科学の進展のためにはよいと思います。また、論文を出さないと次の職がないプレッシャーが研究不正の一因という議論がよくなされているわけですから、WPIで任期のある研究員を大量に発生させるくらいなら、任期なし教員のポストを少しでも増やすほうにお金を使ったほうが、健全なのではないでしょうか。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)

WPIは2007年度に開始され、初年度の採択は東大、京大、阪大、東北大、物質材料研究機構の5機関でした。その後も拠点として採択される大学が選定され、巨額の研究資金が投入されています。

  • 令和3年度予算額(案) 6,100百万円 新規1拠点(7億円程度×10年
  • 2018年度採択2拠点(北海道大学ほか)
  • 2012年度採択3拠点(名古屋大学ほか)

出典:文科省資料(PDF)

前回のおさらい WPI名古屋大学における研究不正とNature論文の撤回

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 伊丹分子ナノカーボンプロジェクトの伊丹 健一郎 研究総括(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 拠点長/教授)、伊藤 英人 化学合成サブグループリーダー(名古屋大学 大学院理学研究科 准教授)、矢野 裕太(名古屋大学 大学院理学研究科 博士後期課程3年)らの研究グループは、リビングAPEX(エイペックス)重合法と呼ばれる画期的な高分子化反応を開発することによって、グラフェンナノリボンの完全精密合成に世界で初めて成功しました。

※「Nature」が当該プレスリリースに関する研究論文の取り下げを公表したことに伴い、令和2年11月26日付けで本プレスリリースを取り下げました。世界初、グラフェンナノリボンを完全精密合成~新しい高分子化反応「リビングAPEX重合」を開発~

転載元:https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190627/

データを捏造するような研究室を公的資金の「選択と集中」の対象にするのはやめてほしい。伊丹 健一郎氏の研究費研究費獲得状況(日本の研究.com)を見ると、公的資金の選択と集中ぶりがわかります。自分の部下の実験データをチェックできないくらい忙しい人に何億円もあげても、部下がデータを捏造しても気づけないですし、その一方で、ネイチャーやサイエンスといったトップジャーナルに掲載されるだけの論文成果は期待されるので、こういった研究不正が起こるべくして起こるのかなと思います。

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WPI北大がデータ改ざんでサイエンス誌論文撤回

さて、それで今度はWPI拠点北大でデータ捏造。

北海道大の沢村正也教授(有機化学)らの研究チームは、2020年8月に科学誌サイエンスに掲載された論文を29日付で取り下げると発表した。実験データに改ざんの疑いがあることが判明したため。(北大研究チーム、データ改ざんの疑いで論文撤回…2020年にサイエンス掲載 4/29(金) 3:00配信 YAHOO!JAPANニュース/読売新聞)

  1. 北大研究グループ データ改ざんの疑いで論文取り下げ 2022年04月29日 05時36分  NHK 北海道 NEWS WEB 

 

撤回されたサイエンス論文

Asymmetric remote C–H borylation of aliphatic amides and esters with a modular iridium catalyst RONALD L.REYESMIYUSATOTOMOHIROIWAIKIMICHISUZUKI,SATOSHIMAEDAAND MASAYASAWAMURAScience21 Aug 2020Vol369,Issue6506pp.970974DOI: 10.1126/science.abc8320

論⽂情報
論⽂名 Asymmetric remote C‒H borylation of aliphatic carboxylic acid derivatives with modular iridium catalyst(モジュール型イリジウム触媒による脂肪酸誘導体の遠隔 C‒H 不⻫ホウ素化反応)著者名 レイズ・ロナルド 1,2,佐藤美優 2,岩井智弘 2,鈴⽊机倫 1,2,前⽥ 理 1,2,澤村正也 1,2(1北海道⼤学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD),2 北海道⼤学⼤学院理学研究院)雑誌名 ScienceDOI 10.1126/science.abc8320 公表⽇ 2020 年 8 ⽉ 20 ⽇(⽊)(オンライン公開)https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/200821_pr.pdf

2022年4月29日(金)取り下げ

 

世間の反応


 

データ捏造・改竄の防止策

ラボのボスが、研究者が取得した実験データと真摯に向き合っていれば、データが捏造改竄されることはそうそうないと思うのですが、ビッグボスともなると個々の研究者と生データや実験ノートを見ながら議論する機会はなくなってしまうのだろうと思います。

論文作成に使われた全ての生データと実験ノートを研究者が所属機関に提出し、その保存を大学機関の義務にすればいいのではないかと自分は思います。そうすれば、不正がばれたときに、実験はしたが実験ノートは紛失したなどというたわけた言い逃れもできなくなります。

 

 

研究不正を許容しない世界に

今回のようにデータ捏造が表に出てくるのはまだましなほうで、疑惑が生じても大学が臭いものにフタをして論文も撤回されずにおしまいになる例も多いのです。それが、データを捏造してでも論文業績を挙げて出世したもんがちの風潮を作り出しており、不正が減らない一つの要因になっているのではないかという気がします。

一般論として、捏造データでトップジャーナルに論文を出して教授になった人には、真面目に実験して結果を出してトップジャーナルに論文を出す能力はないので、周囲の期待や配分された巨額の研究費に見合う成果を挙げるためにはまた捏造をするしかないわけで、そうして悪循環が繰り返されるんだと思います。教授になれば自分が実験するわけではないのでなぜ捏造が続くのか不思議ですが、想像するに、捏造するような部下を引き寄せたり、捏造せざるをえないような強い圧力を部下にかけたりして、捏造文化がラボ内で継承されるのでしょう。

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文科省とかJSTとかAMEDなどの資金分配機関は、ビッグラボの研究不正を認めてしまうと自分たちの「選択と集中」による巨額の資金投下が失敗だったことを認めることになるので、できるだけ大ごとにしたくないんでしょうが、不正疑惑が生じた大学に対して厳格な対応をしないから、いつまでたっても不正が正されないんじゃないかと思います。不正調査報告書くらい公開させろよと言いたい。不正調査がまともに行われたかどうかが、一般の研究者によって評価できる仕組みが必要研究不正を働いた研究者が所属する大学が研究不正の調査するのは、ドロボーが自分の犯罪の捜査、裁判をするのと変わらない。外部調査委員を入れましたといっても、自分の息のかかった人間を呼べば、結局は身内でしかない。

「白楽の研究者倫理」のウェブサイトでも、この点を指摘した記述があります。全く同感です。本当にワンパターンで、どこの大学も、不正をなかったことにするため、同じようなことをやっているなあと思います。

10年以上も前から、日本の多くの大学が自大学の利益・権益を優先し、自大学の教員を不当にかばい、研究公正を捻じ曲げているケースが多くあった。そのこともあり、「わが国は、いつの間にか、研究不正大国になってしまった」(出典:黒木登志夫の著書『研究不正』289頁目)。根幹の問題はどこにあるのか?根幹の問題は、研究不正かどうかうを各大学が単独で判定できる仕組みである。そして、その大学の判定結果をチェックするシステムは国にも民間にもない。それで、各大学は大学上層部の意向に従う御用委員をそろえ、自大学には不正がなかったと好き勝手に判定している。さらには、不都合な真実がバレないよう、いろいろな隠蔽工作をする。

https://haklak.com/page_kawai_plagiarism_1.html/comment-page-1/#comment-29884

東大も以前、匿名で不正疑惑をOrdinary_Researchersに告発された際、論文の図のデータは実験で得られたオリジナルデータとはほとんど一致していなかった。しかし、研究不正ではないので報告書は公開しないと言って、調査内容の詳細を一切公開しないで終わらせてしまいました。理学系のラボと医学系のラボとが同じような手口で論文の図を作成していたにもかかわらず、理学系のラボは不正を認定してお取りつぶし。医学系のラボは無罪放免という、めちゃくちゃな裁定です。正直、東大の執行部(総長や理事たち)がここまで破廉恥なことをやるとは自分は想像できませんでした。


年間700億円くらいの公的資金を研究に使っている東大が、エラーバーを手でずらすのは(図の作成に”手作業”を入れるのは)「通常」だから不正じゃないとか(22報報告書 19ページ)、実験値と論文の図の値はほとんど異なっていたけど不正ではない22報報告書 14ページ)とか、グラフは最初から”手描き”だけど不正じゃないとか(22報報告書 20ページ)、不正はないのでこれ以上説明しないとか、アナタ、正気を失ってませんか?と言いたくなるようなことを正式に大学の見解として述べている東大を、資金配分機関である文科省もAMEDは叱りもせず、また、研究業界の誰もこれを異常だと言わないことの異常さは、残念としか言いようがありません。STAP細胞であれほどバカ騒ぎをしたメディアの見事な沈黙ぶりも異常だと思いました。

東大もWPI拠点になってるけど、グラフの手描きOK、実験値と違っていてOK、エラーバーは棒グラフの中に押し込んで短く見せてOKで論文出すのが東大における通常の論文執筆作法なんだとしたら、そんな論文に一体どれだけの価値があるんだろう。

第三者に納得できるような説明をしないことは東大で真面目に研究して論文を出している研究者と東大でデータを捏造して論文を出している輩とが、第三者からみて全く区別できない状態にされているということですから、東大研究者に対する評価を貶める行為だと思います。東大のリーダーが東大の名誉を棄損しているように自分にはみえる。

 

NMRのピークが消されていたから研究不正だなんて、なんて素晴らしい判断でしょう!東大で同じことが起きていたら、「論文のNMRの図は実際の測定データとは異なっていたが不正ではなかったので、これ以上説明しない」で幕を引かれていたかもしれません。

 

参考

  1. 白楽の研究者倫理 ネカト(ねつ造・改ざん・盗用)・クログレイ・性不正(含・セクハラ)・アカハラ・・・白楽ロックビルのバイオ政治学
  2. 澤村正也 北大らが改ざんでサイエンンス論文を撤回 2022-04-29 13:30:23 世界変動展望