雇止めは違法、理研チームリーダーが理研を提訴

日本の研究における雇止め問題

雇止めは研究者業界で大きな問題になっています。有期雇用の場合、研究室の事務系職員であれば5年、研究者は10年、研究補助職の人は研究職と解釈した場合にやはり10年の上限が課せられており、その年数を過ぎて雇用されると無期転換を要求する権利が発生します。雇用側の大学や研究所は、無期雇用を阻止するために無期転換を要求する権利が発生する前に契約を終了させてしまうわけです。本来は雇用を安定化させる目的で制定された法律が裏目にでて、雇用を不安定にさせるだけになってしまっています。

厚生労働相の労働政策審議会は10日、派遣社員やパートなど有期契約を結ぶ労働者の雇用安定を狙った改正労働契約法の施行日を2013年4月1日と決めた。(改正労働契約法2013年4月に施行 5年超えで無期雇用契約に転換 2012/10/11 企業法務ナビ

研究者に無期転換の権利が発生するのは10年となったため、2013年4月1日から労働契約を結んでいた研究者(1年契約で更新を続けてきた研究者など)は10年後の2023年4月を迎えるにあたって、無期転換の権利が果たして発生するのかが大きな関心事となります。法律を素直に解釈すれば、2023年4月1日にめでたく無期転換できそうですが、実際には、多くの大学や研究機関において、無期転換を阻止するための方策がとられているようです。つまり、10年を超えないように、契約を終了させてしまう、いわゆる雇止めの強行です。

 

雇止めの法的根拠

個々のケースで雇止めが合法なのか違法なのかを判断するためには、法律を知っている必要があります。

有期労働契約が反復して更新されて期限の定めのない労働契約と同視される状態に至った場合や、契約更新の期待を持つことに合理的な理由がある場合、雇止めを行うには客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります(労働契約法19条)。

不更新条項合理的期待の喪失 契約更新の期待を持つことの合理性を失わせるためのテクニックとして、不更新条項というものがあります。これは、契約の更新をするのは今回限りで、次回の更新はしないということを内容とする契約条件をいいます。(雇止めを争いにくい職業類型-大学助教 2020-06-30 弁護士 師子角允彬のブログ)

研究者が任期付きの職を得る場合に、雇用は最長10年を超えることはないと募集要項に書いてあれば、契約更新の期待を持つ合理的な理由がないので、雇止めをされても文句を言えないということだと思います。

今回、理研を提訴した理研グループリーダーのケースは、有期契約を反復してきており、契約更新の合理的期待もあり、しかも、雇止めされる特段の理由もないという主張なのだろうと思います。

 

理研グループリーダーが理研を提訴

理化学研究所のチームリーダーが、雇止めは違法であるとして、2022年7月28日付けで理研を提訴しました。

  1. 理研雇い止め通告撤回を 無期転換逃れ研究壊すもの 研究リーダーが提訴 さいたま地裁 2022年7月29日(金)  しんぶん赤旗 日本共産党
  2. 現職研究者が理研提訴 来年3月の雇い止め撤回求め さいたま地裁 7/28(木) 17:54配信 JIJI.COM YAHOO!JAPANニュース
  3. 理化学研究所の研究者 “雇用契約の打ち切りは不当”と提訴 2022年7月28日 21時28分 NHK

大学特任教授などを歴任したのち、2011年4月から理研で1年更新の有期労働契約を結び、関西にある理研の研究所で研究チームのリーダーを務めています。当初、契約期間の上限がなかったにもかかわらず、理研が2016年年4月に研究系職員を10年上限で雇い止めできるように就業規則を変更し、雇用開始の起算日を13年4月以降としました。このような就業規則の変更は「不利益変更」に当たるという主張だそうです。このチームリーダーの男性記者会見で、

「雇用が不安定では、研究が職業として成り立たず、若い人材を登用できない」

と訴えています。

200人が対象「研究者の大量雇い止めを阻止したい」理化学研究所の任期付き職員が提訴(2022年7月28日)2022/07/28 MBS NEWS

  1. 「10年で雇い止めは違法」理研の研究者が提訴 「職業として成り立たなくなる」と訴え 7/28(木) 17:07 コメント782件  弁護士ドットコムニュース

世間の反応と論点

上のヤフー記事には780件余のコメントが寄せられておりますが、この記事が研究者の職位などの詳細を書いていないため、個人的な憶測に基づくコメントがほとんどになってしまっています。特に、この提訴した人はグループリーダー(PI)であることを知らずに、一研究員として批判しているコメントが非常に多いのですが、冒頭に紹介した記事のほうがもっと詳しく書いてあって、実情がわかります。提訴されたこの方は、雇用期間の上限が無い条件で2011年4月から1年契約で更新を続けてきているので、最初からわかっていたことだろという批判も当たりません。

以下、論点となりそうなコメントをいくつか紹介します。

多くの研究者が裁判を起こせない理由

30代40代でこの訴えを起こすならまだしも、さすがに60代は若手研究者のために引退しろと言いたい。 自分が博士課程途中で辞めた理由の一部としては上が詰まりすぎてることもあったし。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590771150513.29a1.26315

年配の研究者は若手研究者に早く職を譲れという意見はよく目にするものです。しかし、雇止めが違法だといって自分の雇用主である大学を30代、40代の研究者が訴えて、仮に勝ったとしても、その間、研究がストップしますし、次の雇用先の研究機関から煙たがられるでしょうから、研究者としてのキャリアは絶えることになるでしょう。なので、本当であれば一番訴えたいであろう働き盛りの年代の研究者は沈黙せざるをえないのだと思います。

研究者を使い捨てる国、研究者を大事にする国

結局はその場限りの使い捨てを認めているだけ。雇用側を保護するだけの法律だ。最悪の法律だと思う。こんな小さな国に派遣と正社員の壁を作った。不幸な人が多く生み出されていると思う。この法律は廃止すべき。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590675930561.29a1.26339

自分も、今の日本の研究業界において、研究者が人として大事にされていないと感じます。中国の千人計画が批判の対象になっていますが、千人計画で雇用された日本人研究者のコメントなどを読むと、中国のほうが業績を挙げた研究者にちゃんとキャリアがつながるようなチャンスを与える制度を用意してくれていると思います。

関連記事 ⇒ 中国の千人計画(千人计划)とは?

中国への研究人材流出に関しては、科学ジャーナリストの榎木英介氏による分析的な記事が理解を助けます。

中国への人材流出の背景として、高給により研究者が次々と中国に引き抜かれているといった理由より、日本側がむしろ積極的に追い出しているというのが実情だ。(理研600名リストラ危機が示す研究現場の疲弊 榎木英介 病理専門医&科学・医療ジャーナリスト 2022/4/2(土) 7:01 YAHOO!JAPANニュース

中国に渡る日本人研究者は、中国のほうが日本より給与が良いからといったような理由で異動している訳ではないということだ。若手からベテランの研究者に至るまで、日本に安定した職がないという切実な実態が背景にある。(「10兆円大学ファンド」~「選択と集中」「毒まんじゅう」で日本の大学は再生できるか? 榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト 2022/1/31(月) 7:32 YAHOO!JAPANニュース

「中国に千人計画で技術を狙われている!」と日本が警戒する中、実際には中国は天文学のような基礎研究にも力を入れている。そして、日本自身が「役に立つ研究」ばかりを重視する一方、実際に中国に流出する人材の多くが、日本では「役に立たない研究」として見捨てられつつある分野の研究者というのは、この上なく皮肉な状況である。(「日本からの応募が増えました」読売「千人計画」バッシングが加速させる「人財」の中国流出 榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト 2021/7/5(月) 7:16 YAHOO!JAPANニュース)

無期雇用を進める研究機関

大量の雇止めを行う理研のような研究組織がある一方で、産総研のように無期雇用を行う研究組織もあるようです。

募集職種 研究職員(任期の定めなし:定年60歳)基本給月額 大学院博士課程修了者 基本給月額276,100円をベースとして研究経験年数等を考慮して加算 ※所内規程の改正により変更となる場合があります。 ○参考:モデル年収 約500万円 (大学院博士課程修了者(採用年度末年齢が28歳)であって、勤務形態が裁量労働制の場合 ) (産総研 採用情報  研究職員募集 パーマネント型研究員)

この件に関しては、まとめて雇い止めを行う機関と、まとめて任期なしに踏み切る機関に別れているように思うが違いはなんだろう?https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590594763875.d93d.01456

研究職で無期転換になった例を自分はまだ知らないのですが、大学によっては研究関連の事務員に対して雇止めを行わず、ちゃんと無期転換している例があることは聞いたことがあります。機関によっては、事務員を雇止めした例ももちろん知っています。

2023年3月末で10年間の任期が満了となる研究者が相次ぐ見通し。この事態への対処は大学や研究機関が個別に進めており、一律で無期契約への転換を認める動きがある一方、無期転換を認めないために雇止めしようとする動きも見られる。‥ 日本学術会議幹事会はこの問題の解決に雇用維持制度の確立や財源の確保などが欠かせず、個別機関の対応で解決するのが困難だと指摘した。そのうえで、最悪の事態を回避するために、政府と大学、研究機関、日本学術会議が状況の深刻さを共有し、抜本的な解決策を打ち出す必要があると強調している。(研究者雇止め、学術会議が問題解決へ関係機関の協力提唱 2022年7月26日 大学ジャーナルONLINE

雇止めは日本の研究者・教職員・事務職員みんなの問題

PIの雇止め・任期付き雇用問題

理研職員です。ただの研究者ではなく、研究室をもっているPIですら容赦なく首を切られます。10年目に無期雇用に挑戦する制度がありますが、今年も有能なPIが多数失敗し、研究室そのものがなくなっていきました。そうなると、研究室所属の他の研究員も全員やめることになります。 また、お給料もアカデミアは低いです。 研究者のおかれている環境は本当に厳しいです。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590559261195.ddff.09725

上は、理研の中の人の声。

任期付き助教の雇止め問題

任期付き助教の場合は、XX年契約、更新はY回までなどと最初の契約書や公募要項に明示してあって、トータル10年を超えることながいようになっている場合が多いと思います。10年を超えて継続して雇用される期待が最初からゼロなので、雇止めという概念がそもそも当てはまらないとも言えます。

不更新条項付きで労働契約を更新した場合、次回更新時に不更新条項を根拠に雇止めをすることができるのか否かに関して、裁判例は分かれており、事件の見通しを正確に立てることは、非常に困難になっています。

裁判所が言っていることは少し分かりにくいですが、意訳すると、 ① 助教はキャリアパスであって、ずっといる職位ではない、 ② 若手を登用するために、ポストの空きを作る必要がある、 ③ ポストに空きを作ることと任期制は馴染みやすい、 ④ 業績が挙がらず昇任できなければ去るという厳格なルールも仕方ない、 ということなのだと思います。(雇止めを争いにくい職業類型-大学助教 2020-06-30 弁護士 師子角允彬のブログ)

関連記事 ⇒ 任期付き大学教員の任期について

事務員・ラボテクニシャンの雇止め・任期付き雇用問題

理研に限らず国立大学などでも同じ状況ですね。教員、研究者に限らず事務職員も同じです。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590160996371.f623.15485

上のコメントにある通り、この提訴は、この研究者一人の問題でもなければ、来年3月で雇止めされる予定の200人の理研職員の問題でもなく、日本全国の研究および教育に携わる全ての人の問題だと思います。すでにパーマネントの職を得ている研究者(PI)は無関係かというと、全くそんなことはありません。PIは自分が雇うラボテクニシャンや研究員に対して安定した雇用を提供する必要があります。いなくなってはこまる優秀なラボテクニシャンを切らざるを得なくなったり、ラボに多大な貢献をした部下のプロモーションに力及ばず部下が研究を断念せざるをえなくなると、研究の継続性が失われて、大きな損失だと思います。

雇止めがいかに矛盾に満ちた制度かということは、雇止めされた技術補佐員(ラボテクニシャン)が6か月後に再度雇用されたり、異なる研究所・大学のラボヘッド同士が結託して技術補佐員を6か月間交換して、雇用を維持しようとしている例からも明らかです。

ラボテクニシャンの場合には、このような裏技が使われて雇用をなんとか維持しようという動きがあるのですが、研究者の場合には、雇止めされると次を探すしかありません。しかしパーマネント職が非常に限られている現在の研究業界では、タイミングよくパーマネント職に就くのは至難の業です。「特任」研究員、「特任」大学教員といった、有期職を繰り返す例が多くみられます。

  1. 東京大学で起こった、非常勤職員の「雇い止め争議」その内幕 最大10万人に影響が及ぶ可能性も 田中 圭太郎 2017.08.17 現代ビジネス

非常勤講師の雇止め・任期付き雇用問題

私立大学だってそうですよ。非常勤の講師等10年目は「一旦契約解除して半年後に再契約」だって。バカにしてるとしか思えない。文句言おうものなら「なら再契約しなくて結構」だそうで。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590130710748.f50f.29641

非常勤講師の問題はまたこれはこれで根が深いです。正規大学教員と同じように講義を担当しているのに、待遇に天と地ほどの差があるのは、本当にあってはならないことだと思います。

  1. 専修大の非常勤講師、「5年で無期転換」高裁も認める 特例「10年ルール」の適用否定 7/20(水) 18:32 弁護士ドットコムニュース YAHOO!JAPANニュース 大学の研究者などについては、イノベ法(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律)などで「10年ルール」の特例があり、裁判では5年と10年のどちらが適用されるかが争われていた。この点について、地裁、高裁はともに、小野さんが担当していたドイツ語の授業が初級から中級レベルまでだったことなどの実態から、イノベ法が規定する「研究者」の定義には該当しないとして、10年ルールの適用を否定した。
  2. 大学非常勤講師も含めて、 「通算5年超で無期転換」の動き広がる ―労働契約法第 18 条(無期転換ルール)に対する各大学の対応状況について― 東京私大教連中央執行委員会 2018.01.31 第 56 回単組代表者会議

任期付き職と成果主義の弊害

成果主義ってほんとにいい方式なのか謎。去っていった人たちの方が優秀だった気がしなくもない今日このごろ。https://news.yahoo.co.jp/profile/comments/16590050128549.28a0.12423

上のコメントに通じることですが、優秀が大学生(学部学生)が大学院に進学せずに民間企業に就職したりするのも同じ傾向なのでしょう。

 

雇止め問題は個々の研究機関・大学の問題なのか

以前、記事にしたのですが、文部科学省の大臣の考えを紹介。

末松文部科学大臣:先生から今 国立大学の雇止めの話が出ましたんですけれども、平成31年2月でも独立行政法人、特殊法人、国立大学法人におけ るう無期転換ルールの円滑な運用についてということで細かく指示はしております。 どういう結果で、なっておるかということについては定かで はありませんけれど。まあ先生から今日、理化学研究所の話をよく伺いました。そういうことでございます。答えとしましては国立大学の法人の教職員の雇用形態というのは労働 関係法令に基づきまして各法人が経営方針等に基づいて適切に定めた運用にすべきものであると考えております。 文科省としては国立大学法人の学長が参加する会議において労働契約法の趣旨を 踏まえて適切に対応いただくよう繰り返しお願いしてきたところでございます。研究者の雇用問題に対する末松文科大臣の考え

この国会の議論は多くの人に是非見ていただきたいと思います。

物価高騰 年金減らすな/国立大の運営費交付金減額の抜本的転換を 2022.3.28 2022/03/28 にライブ配信 日本共産党

各大学・研究機関のの無期転換ルールへの対応状況

  1. 各国立大学法人及び大学共同利用機関法人における 無期転換ルールへの対応状況に関する調査 結果概要(平成30年度) 文部科学省大臣官房人事課 調査内容 ○ 全国立大学法人(86法人)及び大学共同利用機関法人(4法人)に対し、平成31年 3月31日時点における無期転換ルールへの対応方針について調査を実施。

雇止め問題は国を挙げて対処すべき問題

今回、理研を提訴したグループリーダーは、研究が職業として成り立っていないことを問題視しています。これはまさにその通りで、今回の裁判はこの提訴した研究者一人の問題では全くありません。日本の研究者コミュニティ全体の問題であることは明らかです。

日本学術会議幹事会はこの問題の解決に雇用維持制度の確立や財源の確保などが欠かせず、個別機関の対応で解決するのが困難だと指摘した。そのうえで、最悪の事態を回避するために、政府と大学、研究機関、日本学術会議が状況の深刻さを共有し、抜本的な解決策を打ち出す必要があると強調している。(研究者雇止め、学術会議が問題解決へ関係機関の協力提唱 2022年7月26日 大学ジャーナルONLINE

  1. 有期雇用研究者・大学教員等のいわゆる「雇止め」問題の解決を目指して 日本学術会議幹事会声明 令和 4 年 7 月 12 日 日本学術会議幹事会 会長 梶田 隆章 ほか(PDF)

参考

  1. 理化学研究所労働組合(理研労)@riken_union 理化学研究所労働組合の正式アカウント
  2. 理化学研究所は約600人の研究系職員の雇止めをやめてください! 研究の発展のために雇用上限の撤廃を求めます。 change.org
  3. 理研600人雇い止め問題の本質は何なのか 寛和久満夫の深読み科学技術政策 第335回 2022.06.02 日経バイオテク
  4. 雇い止めと隣り合わせ、冷遇されるポスドク 国政策が翻弄、若手研究者「綱渡り生活いつまで…」2022/4/21 20:00 神戸新聞NEXT
  5. 「理化学研究所における大量雇止め問題」金井保之 2021年7月3日
  6. 理研で365人が雇い止め 改正労働契約法の“抜け道”が生んだ悲劇 2018/02/25 16:00 AERA