いざ大学院生として研究室に配属されたり、ポスドクとして新しいラボで働き始めたときの最初の悩みは、研究テーマとして何を選ぶかということです。フェローシップをとるために半年前に書いた研究計画があったとしても、実際にラボに来てみるとラボの状況やボスの考えが変わっていて、研究テーマを一から考え直すことになるのは珍しくありません。
大学院生活が5年経過したとき、手元にあるものが「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」 https://t.co/pVETi1pf3R という人は多いと思います。研究テーマ選び、研究の進め方を指導しない教授も多いです(いわゆる放置)。研究テーマの選び方 18のポイント https://t.co/PO9ultkzSO
— 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2018年1月20日
それでは、どのような点に注意して研究テーマを決めればよいのでしょうか?自分が興味を持てるトピックを選ぶことや、与えられた年数で答えが出る(=論文が出せる)程度の大きさのクエスチョンを設定するといったことは当然のことですが、他にもいろいろ考えるべきポイントがあります。
それでは、順番に見ていきましょう!
目次
- 1 1.研究テーマはボスから与えられるもの? [責任の所在]
- 2 2.研究テーマ選びの落とし穴 [研究の意義]
- 3 3.研究テーマ選びの落とし穴 [手段と目的]
- 4 4.ホームランだけを狙いに行かないこと [リスク管理]
- 5 5.研究テーマ選びに際して論文を数多く読み、よく考えることの重要性 [研究動向の把握]
- 6 6.論文を読んでわかった気にならないこと、批判的に論文を読むこと [批判的精神]
- 7 7.論文を出発点にするのでなく自分が観察した現象から出発すること [独創性]
- 8 8.再現実験・追試から入ること [巨人の肩に乗る]
- 9 9.夢中になれる研究テーマを選ぶこと [研究にのめり込めるか?]
- 10 10.研究テーマが大きすぎず小さすぎないこと
- 11 11.研究テーマの選択がタイムリーであること
- 12 12.研究テーマ選びでボスと意見が合わないとき
- 13 13.研究テーマ選びでラボ内のほかのメンバーと競合したとき
- 14 14.そのラボのアドバンテージを研究テーマに反映させること
- 15 15.ラボの中心的テーマをやるか、主流から外れたテーマを選ぶか
- 16 16.ラボの体制と研究テーマ選び
- 17 17.前任者の実験結果が追試できないとき
- 18 18.誰もやりたがらない研究テーマしか残っていないとき
- 19 19.裏実験・裏テーマの勧め [独立心の涵養]
- 20 20.絶対に失敗しないテーマ
- 21 21.それで職が獲れるのか?
- 22 22.できることをやるのではなく、本当に知りたいことをやる
- 23 参考
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1.研究テーマはボスから与えられるもの? [責任の所在]
そもそも、研究テーマは誰が決めるべきものなのでしょうか?やってほしいテーマをボスが提示することも、学生やポスドクの自主性に任せられることも、どちらのケースもあります。その中間として、漠然とした方向性や大きな枠組みだけが与えられる場合も多いでしょう。教授の教育ポリシーや、研究助成を受けている課題、ラボ全体の研究の進展状況なども関係するので、ボスとよく話し合うことが大切です。また、ボスが与えてくれた研究テーマが当たる保証は全くありません。むしろうまくいかないことのほうが多いでしょう。そのときにどうやって研究の軌道修正をするかは、研究している本人の力量にかかっています。
誰かの助力が欲しければ、その人のところに行きなさい。その人からあなたのところに来てくれることは決してない。(Stephen C. Stearns 大学院生への「ささやかな」アドバイス)
研究テーマについては自分で見つけると書きましたが、もちろん大学院生がゼロからテーマを決めるのは難しいです。ですので、まずは当研究室で行っているテーマや対象生物に近いところから始めるのが現実的です。 (北海道大学大学院 小泉研究室)
成功している人には,年上から話しかけやすい,というタイプが多いように思えます.年上から話しかけやすい人にはアドバイスや良いテーマという形の「運」が舞い込みやすいし,そこに人一倍の働きがあれば認められて実を結びやすいと考 えれば自然な結果です.… 独立心が強くてシニアにアドバイスを求めないのは得策ではありません.(京都大学大学院 篠本 滋 大学院生へのメッセージ)
最初は僕が頭で考えた仮説をもとに、こんなことをやったらどうだろうと提案するわけですが、 多くは当たらない。だから僕が提案するテーマはきっかけにすぎず、残りはそれぞれが考えてやる。僕の提案と全然違う実験やって、こういう結果が出ましたと 僕のところに来ると、最初は当惑することもあるけれど、よく聞いているとこっちも面白くなってくる。こうして研究が進むわけです。(細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
生物のセの字も知らないのに、先生からの指示がないのですから何をしていいのやらと、一人で悩みました。三ヶ月後、しびれを切らして大沢先生に会いに行くと、「え?君、なにかしたいから来たんじゃないの?」と言われ、自立しないと何もできないと悟り、目が覚める思いでした。(生命現象の基本にゆらぎを発見 柳田 敏雄 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
原則として自分でテーマを探して下さい。いくら待っていても,私からテーマを指定することはありません。… 研究は,当たるかはずれるかは,誰も分からないものですから,「100%確実に博士論文になりうる安心なテーマ」など,あらかじめ誰も知りません。 そのために,博士課程の最初の1年間くらいは,視野を広げて情報を収集し,「新しく」かつ「重要な」研究テーマを見つける努力をして,できるだけまっとう なテーマ探しをしてもらっています。このプロセスは,その後に独り立ちして研究生活を続けていくための,非常に重要な訓練になります。 (大阪大学大学大学院 小川研究室)
ショレムは、アダマールが誰かから論文のテーマと指導を求められて激怒しているのを目撃したことがあると話していた。「とんでもない男だ。自分でテーマを見つけられないやつが、よくも博士号をとろうなどとかんがえられたものだな!」
引用元:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 242ページ
浮田先生が、博士課程でも有機合成に関わるテーマを出されたので、「先生は自然に起きていることを研究しろと言ったじゃないですか。僕はtRNAの構造と機能をやりたいんです」と拒否しました。怒られましたね。「今日のお前は頭がおかしい。出直してこい」と言われたので、「はいっ」と引き下がって三日後にまた同じことの繰り返し。ついに三回目、「わかりました。先生のテーマもやりますが、自分が思っていることもやっていいですか」と尋ねると、「知らんっ」とまた怒られたので、「ありがとうございます」と言って戻りました。このやりとり以来、結局、教授のテーマには手を付けませんでした。(ヒトのがんウイルスに挑む 吉田 光昭 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
As a graduate student, it is wise for the principal investigator (PI) to choose the initial project, or at least play a major part in choosing the project. You simply don’t have the experience and judgment at this point to choose an interesting project with a significant chance of success. At a postdoctoral level, the decision is more conditional. If you are continuing in the field of your Ph.D. studies, you should be capable of choosing a good project. If it is a new field, however, your advisor will need to provide guidance as to what is feasible and interesting.
(How to succeed in science: a concise guide for young biomedical scientists. Part II: making discoveries. Jonathan W. Yewdell Nat Rev Mol Cell Biol. Author manuscript; available in PMC 2009 Jun 1)
典型的なアカデミックハラスメントのように感じるけど国立遺伝学研究所の川上浩一教授はこんなことしてて大丈夫なんかな
自分が学生なら絶対行きたくないけど pic.twitter.com/UyWUBSYKoz— hunyoki (@hunyoki) October 26, 2019
上のツイートで紹介されている言葉の中に、”他人からはアドバイスできない”とありますが、まさにその通りだと思います。自分の経験で言えば、いい実験結果が出ると、ボスや周囲から良いアドバイスが得られますが、ポジティブな実験結果が出なくて苦しんでいるときには、誰も役立つアドバイスをくれません。研究というのはそんなものです。上のツイートでアカハラではないかと心配されていますが、多くの場合、本人が自力で頑張るしかないという状態を見守ってあげることしかPIはできないと思います。私の個人的な考えですが。
2.研究テーマ選びの落とし穴 [研究の意義]
大学院生やポスドクは期限が切られているため、「一刻も早く実際の仕事を始めなければ」というプレッシャーがかかります。しかし、正しい方向を見定めないうちに走り出すのは危険です。物事を始めることは簡単ですが、きちんと終わらせることも、途中で潔く撤退することも、どちらも簡単ではないからです。その研究の意義の大きさを見定めてから始めなくてはいけません。
同じように真面目に忍耐強く実験して結果を得ても、テーマが小さいと成果も小さい。研究はテーマ選び(PIでない人は、そのようなテーマに取り組めるラボ選び)が9割。教科書のギャップを埋めるようなテーマがよい。ラボに転がっている(即、実現可能な)テーマは小さすぎる。https://t.co/HyO8lx1FrJ
— 日本の科学と技術 (@scitechjp) February 10, 2023
長期的なゴール設定も無いまま、目の前の課題に盲目的に取り組み、とりあえず日々忙しいからと慢心していた。なまじ、目の前の課題は山ほどあったので、散発的にでも小さな成果が出れば、研究したつもりになれた。‥‥ 私は問題の本質から目を逸らし続け、そのまま博士3年の後期まで至ってしまった。10月後半、いよいよ問題から目を逸らせなくなった時、私の目の前にあったのは「複数の、脈絡ない研究課題の、小さな成果の寄せ集め」だけだった。個別の成果だけでは小さすぎて博論にならないし、全体を包括するストーリーは存在しない。(■博論審査を終えて(所感、長文) はてな匿名ダイアリー 2018-01-19)
Q:目の前の疑問やテーマにすぐに飛びついていないか? MESSAGE→その疑問には、貴重な時間と労力を費やして答える価値が本当にあるのか?(『なぜあなたの研究は進まないのか』 東京大学医学部付属病院呼吸器外科講師 佐藤雅昭 2016年 メディカルレビュー社)
ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切な事をやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまでは研究を始めるなと言ってるんです。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)
研究で何が大変かと言えば,研究テーマを決めることだと思います.研究の善し悪しは,はっきり言って何を研究するかを決めたときにその大勢が決まっているとも言えます.そういう研究テーマを思いつけるかどうかが分かれ目だと思います.(勉強と研究 似て非なるもの 境有紀のホームページ)
Alonはテーマ選びにおけるありがちな誤りとして、「最初に思いついたアイデアをテーマとして設定してしまうこと」を挙げています。アカデミックの研究プロジェクトは、どんな小さなものでも数カ月単位、場合によっては数年単位で組まれるものです。加えてすぐさま終わると思えた テーマでも、予測もしない箇所であちこちつまずくものです。このような事情ゆえに、安易なテーマ設定はあとで望まぬ苦痛を生み出すことになります。(「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? 日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日)
Choose a question that breaks new conceptural ground. Try to seek the answer to an open question, not merely to fill in some missing data in the literature. I frequently see papers where the rationale given by the authors for doing the research is that something “is not fully understood,” or that some fact is “not known.” (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)
長年の経験から、「良い」テーマを探すことが研究で最も難しいと思うようになりました。(a)面白い問題、(b)重要な問題、(c)人が答えを知りたがるような問題、そして(d)実際に解決できる問題を見つけるのは、とても難しいことです。研究の所要時間も考慮しなくてはなりません。一晩で解けるような些末な問題でもなく、一生かけても無理というような、永遠に取り組み続けなければならないような問題でもいけません。原則としては、大きな問題を小さな問題に分け、助成金を充当することができる3年から5年の間に、それらの小さな課題に取り組むことになります。 (ティム・ハント博士、ノーベル賞受賞者 研究で一番の難題は、取り組むべき課題を見つけること editage Insigths)
今も一番忘れない言葉が「阿倍野の犬実験をするな」です。何のことかわからないと思いますが、阿倍野とは大阪市阿倍野区、大阪市立大学医学部の所在地であります。このことは当時の助教授の先生に何回も言われました。どういうことかというと、アメリカでアメリカの犬を調べて「ワン」と鳴いたという論文が出たら、すぐに日本の研究者は日本の犬の頭を叩いたら何と鳴くのかを調べて、「ワン」と鳴きましたという論文を書く。それは「日本の犬実験」です。さらに、うちの大学の研究者は、日本の犬が「ワン」と鳴いたので阿倍野区の犬の頭を叩いたら、やっぱり「ワン」と鳴いたという論文を書いている人がたくさんいる。だから、阿倍野の犬実験は絶対にするな。(山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長 2011年12月 日本分子生物学会 若手教育シンポジウム PDF)
銅鉄実験: 語源は,銅を材料にしてすでに結果が発表されている研究を,鉄を材料に変えて追試する実験から来ている.転じて,結果は約束されているがオリジナリティーや新奇性に乏しい研究のこと.(バイオテクノロジージャーナル 2006年7-8月号 Vol.6 No.4 / 実験医学Online)
研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。研究を始めて間もない学生は、しばしば、ちょっとやればうまくいきそうなプロジェクトをやってみたい衝動に駆られがちです。しかし、そんなことをやっても、誰も見向きもしないようなことが分かるだけであるか、世の中の誰かがすでにそんなことはやっていて、実験がうまく行き始めたころに他から論文が出てくるか、そんなところがオチです。結局のところは時間の無駄なのです。こんなことが分かったら(できたら)すごい、一体どうなっているのか訳が分からない、そんなことにトライしないと意味がありません。第一、そのようなテーマでないと楽しくないですし。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院 今井研究室 教授挨拶)
3.研究テーマ選びの落とし穴 [手段と目的]
実験手段や研究対象となる実験材料が研究室にまず先にあって、「それを使って何ができるか」が研究テーマを探す出発点になるラボも多く見受けられます。その場合は、その研究手法の適用範囲にまで発想が狭まってしまいます。
また、研究目的を達成するために必要なツールをまず開発するという研究計画も要注意です。ツールの開発に何年もかかっているうちに、他の研究グループが先にもっと良いツールの開発に成功しそれが公開され、自分でそのツールを作る必要が全くなくなることがあります。
自分の研究において「手段と目的のどちらが大切なのか」を常に見失わないことが大切です。
金槌しかもっていないと、すべてのものが釘に見える (When all you have is a hammer, everything looks like a nail.)(Weblio 英語のことわざ辞典)
研究テーマが決まると,次に,研究の目的や目標が決まります。つまり,「この研究では,どこどこまでを明らかにしたい」という目標が決まります。そして, その目標のためにベストな手段を用いて研究を進めるわけです。ところが,その手段を使うこと自体に徐々に満足してきてしまい,手段を使うことだけで研究が終わった気になる例が多く見受けられます。(大阪大学大学院 小川研究室の運営方針)
4.ホームランだけを狙いに行かないこと [リスク管理]
重要で大きな仕事をして良いジャーナルに論文を出したいという野心は誰にでもあります。しかしリスク管理が大切です。研究では、期待した結果が得られないことのほうが多いのですが、論文が全く出ないと研究者として生き残れません。
テー マは複数持ちましょう。…困難だけれどもうまくいけば大きな仕事になるテーマ(松)、確実に論文になることが狙えるテーマ(梅)、この中間的な性質を 持つテーマ(竹)を 持つことをお勧めします。 (「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 中山敬一 九州大学大学院教授)
もう一つ言いたいことは、「ドクターコースに進もうという学生ならば、複数の研究テーマを必ず並行して進めよ」、ということです。単に博士号が欲しいならともかく、ドクターコースに進学する学生さんは、将来、「研究する」ということを職業にしたいのだと思います。その業を積むには、文字通り業績が必要です。難しいジャーナルを狙えば狙うほど、結果を得るためには難しい実験が必要となってくるし、何種類もの異なった研究手法が必要です。したがって、すぐに成果・業績は出ません。.. 我々の大ボスの宗岡先生は、「学会発表する際の内容が必ず異なるように、複数の実験を走らせよ。研究は上手くいくこともあれば、そうでないことの方が大部分なので、保険実験が重要」ということを常に言われていました。桃栗3年柿8年ではないですが、2~3年で論文にできる仕事と、5年以上かかってもライフワークになる大きな仕事の両方を進めておく必要があります。(雑感 広島大学大学院総合科学研究科 人間科学部門 生命科学研究領域 脳科学分野 浮穴研究室のホームページ)
5.研究テーマ選びに際して論文を数多く読み、よく考えることの重要性 [研究動向の把握]
自分が思いつくようなことは、他の人も既に思いついていることが多いので、自分のアイデアが既に論文になっていないかどうか、先行研究をチェックする必要があります。どんな研究分野でも研究の潮流や歴史があります。その分野がどのように発展してきてどちらへ向かっているのか、どの程度成熟しているのかは、関連論文をたくさん読むことで見えてきます。
まず最初は、広く、徹底的に読んだり考えたりしなさい。(Stephen C. Stearns 大学院生への「ささやかな」アドバイス)
研究プロジェクトが辿る道のり 1.どんな研究をするか考える 2.関連研究を探す 3…. この中でも、2→1のバックトラック(似たものを見つけちゃって元々のアイデアがつぶれる)がものすごく多いです。(コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ junkato.jp 2012年11月13日)
その頃の私は、毎週届く一流誌の論文を誰よりも先に読んで優越感に浸り、研究の最先端に居るような気になっていたのです。でもあるとき小関先生に 「君、何でもちょっとずつよう知ってるね」と言われ、ものすごく傷つきました。それを契機に、自分でアイディアを考えることが重要だと気づきそれに専念す る事にしたのです。こうして新しい実験計画を色々と考えて志村先生のところに持って行くと、先生はよくできた人ですから、「よく思いついたね」とおだてて くれます。でも色々調べてみると、そういうアイディアはもう既に論文になっている事が多く、それに気付いてがっかりし、また別のことを考えるという日々が続きました。 そのうち次第に、5年後にはこういうテーマで世界の一線の研究が動いているはずだというところまでたどりつくようになったのです。学生時代には、最初からテーマを与えられて研究をするのではなく、自分で考えることを強いる教育が重要だと思います。(常に問いを立て続けて—免疫・嗅覚・そして次は 坂野 仁 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
留学したラボではすごく自由にさせてもらったので、例えばベンチに立ってなかったら働いてないと思われるような雰囲気は全然なかったんですね。…最初の2~3ヶ月で100本ぐらい読みましたが、良い論文とそうでない論文がわりとすぐに区別できるようになりました。そうなると、良い論文だけちゃんと端から端まで読んで、それ以外は一応内容がわかる程度に飛ばし読みできるようになりました。最初の100本を短期間で読むのが大事だと思います。どんどん反復することによって、脳が鍛えられます。…大学院の頃の自分だと大体300本ぐらいは読まないと自分のアイデアを誰もやっていないかどうかわからないという感じがありました。(実験医学 2015年6月号 Vol.33 No.9 シリーズ 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第3回 創造的な研究を行い、マイルストーンを築く ミシガン大学 山下由起子)
6.論文を読んでわかった気にならないこと、批判的に論文を読むこと [批判的精神]
自分のアイデアがどれもこれも既に論文になっているのを見つけると、「自分がやることはもう残っていないのではないか」と焦る気持ちにもなります。しかし、たいていの論文は「ギャップ」が目立たないように見栄えよく書かれているだけで、実際にはいろいろと問題があるものです。論文の結論が間違っている可能性すらあります。
月曜日から金曜日までの毎日、早石研、沼研の合同ランチセミナーがありました。いくつかの論文の内容を紹介するのですが、実験の組み方、結果の解釈の仕方、討論は正しいかなど、実に厳しい質疑討論が行われます。無理に筆者の立場に固執し、客観的に論文を評価できないと容赦なく批判され、時に翌日に持ち越 されます。恐怖のセミナーでした。ここで初めて、論文は批判的に読むということを勉強しました。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)
科学者たるもの、根拠なしに信じてはいけないのです。誰かが論文などで言った結論を、第三者が紹介すると一見まともにみえるものですが、根拠となっている原典のデータやデザインをきちっと評価することが大事です。… 論文を読みながら、その根拠となる引用文献に記されたものを分析すればよいのです。すでに出版された論文であっても差読者の立場で読んでみると、よい点悪い点、論文の主張に穴があれば見えてきます。それから、自分の目で客観的に判断すると、どれだけ多くの未解決問題が残っているかがわかります。そうすると自分の考えで新しい研究を始めることができます。(実験医学 2015年11月号 Vol.33 No.18 日本のサイエンスを担うこれからのリーダーの条件を求めて 第5回 科学の原典をひも解き,知の体系を築く 近藤寿人 京都産業大学教授)
重要なことは雑誌に公表された論文をそのまま信じてはいけないと言うことです。私は大学院の指導教官であった西塚泰美先生(元神戸大学長)から「すべての論文は嘘だと思って読みなさい」と教えられました。まず、疑ってかかることが科学の出発点です。教科書を書きかえなければ科学の進歩はありません。しばしば秀才が陥る罠ですが論文に書いてあることがすべて正しいと思い一生懸命知識の吸収に励むあまり、真の科学的批判精神を失うという若者が少なくありません。(「STAP 論文問題私はこう考える」 質問8 答え8 新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授 PDFリンク)
7.論文を出発点にするのでなく自分が観察した現象から出発すること [独創性]
良い研究の条件の一つは独創性があることですが、それはどのようにして生まれるのでしょうか?
[アドバイス] 生物学者アガシーの「自然を学べ、本を学ぶなかれ(Study nature, not books)」という名言があります。本を読んで自然を理解したように思い込まず、自分で自然を感じて課題を発見しましょう。(文部科学省検定済教科書 高等学校理科用 平成30年度版 生物基礎 改訂版 本川辰夫 谷本英一 編 啓林館 61 啓林館生基 315 )
早石道場での経験は他では得難いものでした。 … 「文献を読むのも重要だが、オリジナルなことをしようと思ったら、自分の実験結果を丹念に観察し、その中から課題を探すことだ」というのが教室の方針でした。(清水孝雄教授 退職記念誌 挨拶文)
魚の顔色を見ることでいろんなアイデアが浮かびます。これができたらすごいなとか、こんなこともできるのではないかとか「魚飼いならでは」のアイデアが浮かぶのです。これは論文を読んでいるだけでは絶対浮かびませんし、試験管をふっているだけでも浮かばないと思います。(サバからマグロが産まれる!? 吉崎悟朗 紀伊国屋書店 注目の本・書評で読む)
岡田節人教授は「論文を読んで、そこから研究を始めるな」と口癖のように言っていました。他人の論文を読み、次に自分だったらどうするか?というようなやりかただけで研究を進めると、その時代の研究の進歩には貢献するけれど、真のオリジナリティには繋がりにくい。 もうひとつ、既存の論文から研究をはじめることの深刻な問題は、メジャージャーナルに掲載された論文ですら、結論が間違っている場合がしょっちゅうあるんです。厳正なレビューを通過した論文でも、一見完璧にストーリーができあがっていると、 真の専門家でない限り問題があっても気づき難い。その場合、間違った結論の上に新しい論理構築をすることになります。研究というもの、自分の目で自然を観察し、発見することが一番大切だと思います。(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター センター長 竹市雅俊氏 トムソン・ロイター 研究者インタビュー)
頭の悪い人は、頭のいい人が考えて、はじめから駄目にきまっているような試みを、一生懸命につづけている。やっと、それが駄目と分かる頃には、しかし大抵何かしら駄目ではない他のものの糸口を取り上げている。そうしてそれは、そのはじめから駄目な試みをあえてしなかった人には決して手に触れる機会のないような糸口である場合も少なくない。自然は書卓の前で手を束ねて空中に画を描いている人からは逃げ出して、自然の真中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉を開いて見せるからである。(科学者とあたま 寺田寅彦)
今から考えると、私にとっては非常に重大な決断を自分自身に対して下した。それは、他人の論文や参考文献は一切読まないということ。そして自分の実験結果だけから考えて研究を進めようと決意したことだ。(中村修二 『考える力 やり抜く力 私の方法』 三笠書房 2001年 p145)
8.再現実験・追試から入ること [巨人の肩に乗る]
その領域で一番重要で興味があると思う論文の追試をしろ。その結果は必ずしも著者の言っている通りにならないから、なぜ違うのかという食い違いの分析から研究をスタートするといい(細胞と人間のサイエンス 増井 禎夫 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
すべての研究はひとのまねから始まる 科学は先人達が多大な努力と年月をかけて築き上げた膨大な過去の成果の上に成り立っています。従って、あらゆる科学研究は先人達の成果をまず利用する事に始まります。その第1歩は先人と全く同じ実験をやり、それが再現することを確認する事から始まります。その過程で、自身の実験技術を確認すると同時に、先人が気がつかなかった新しいテーマを見いだすことが出来ます。(大野茂男 研究室のメンバーへのメッセージ PDF)
Pavlov’s laboratory best illustrates the replication and extension approach. As a new student, you would have replicated the last dissertation conducted there. This tested your ability to follow a write-up, and motivated Pavlov’s senior students to work most carefully. Your dissertation would have been some logical extension of this preliminary work. You neither had to to survey the entire research literature nor wonder if the equipment could be constructed. The work had just been completed in your laboratory. Consequently, the duration and other costs of new research could be estimated well. (An Insider’s Guide to Choosing a Graduate Adviser and Research Projects in Laboratory Sciences by Marshall Lev Dermer)
9.夢中になれる研究テーマを選ぶこと [研究にのめり込めるか?]
新しい実験を行う場合、期待した結果がすぐに出るということはそうそうありません。良い結果が得られるような実験条件を探し出す努力が必要で、それが研究の労力の大部分を占めます。八方塞のような状況に陥ってもくじけずに粘って突破口が見出せるかどうかは、その研究テーマに対する愛情の深さにかかっています。そして、良い実験結果が出たあとも、それを良いストーリーに纏め上げて論文として世に出すまでには更に長い道のりがあります。長い年月付き合っても飽きず、寝食を忘れて没頭できるくらいの研究テーマを選ばない限り成功はおぼつきません。
私が知っている「幸せで成功している人」というのは、好きなことを仕事にしているだけではなく、自分の仕事に心を奪われているんです。 …犬とテニスボールで遊んだことはありますか? テニスボールを手に持って見せただけで彼らはものすごく興奮します。そして投げた瞬間興奮して走り出し、ボールに向かって一直線、リードが持っていかれたりしますよね? そう、これが幸せに成功している人々の姿です。皆さんもこんな気分になれるものを見つけて欲しいと思います。(「人生のコツはたったの3つ」Dropbox創業者ドリュー・ヒューストンの卒業スピーチが感動的 logmi.jp/8845)
日本では我慢とか忍耐の重要性が強調されますが、我慢して何かをしてもそれは良い人生にはつながらないと思います。我慢しなければ一生懸命実験できないよ うなら、それは単に自分が研究には向いてないという事だと思います。夜遅くまで実験するのは「楽しいから」であって、「いつかはこんなつらい状況を抜け出すため」ではありません。… そして自分が好きな こと(それに伴うつらいことが苦にならないくらい好きなこと)を見つけられれば、その結果成功しなくても気にならないし、でも、好きなのでどんどん努力するため成功の確率は上がると思います。(“Don’t be trapped by dogma”〜人生とは、生きる価値とは〜 山下 由起子 Life Sciences Institute, University of Michigan / 全世界日本人研究者ネットワーク 留学体験記)
Make sure that you are genuinely interested in the question you choose so that it will continue to intrigue you through a period of several years. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)
you need to “pick a problem that interests you. You will be living with it for a long time. Make sure it is something you will want to wrestle with even when the going gets rough. It has to make you want to get up early, work late, come in on the weekend, and think about it in the shower.” (How to choose a fruitful research project: advice from graduate students. Lee-Anne Huber, Alexandra Guselle.SURG;Studies by Undergraduate Researchers at Guelph Vol4,No1 (2010))
10.研究テーマが大きすぎず小さすぎないこと
科学者は簡単すぎず難しすぎもしない問題を見つけ出すことによって存在感を示すのだ(ジョン・フォン・ノイマン)
参照:ベノワ・B・マンデルブロ『フラクタリストーマンデルブロ自伝ー』早川書房2013年 313ページ
11.研究テーマの選択がタイムリーであること
研究テーマは、その大きさという問題もありますが、それに関連するのが隊員具です。学問のっ潮流にあって、早すぎず遅すぎずと言えるものが良いと思います。
世の中には重箱のすみをつつくような研究をしている学者がいっぱいおるんですわ. そんな研究は時間の無駄やから私はやりません. そして研究テーマは世の中の流れに対して早すぎても遅すぎてもいけません. 一歩早いと早すぎます. 半歩早いテーマを選ぶことで成功するんです. (月刊 化学 2015年8月号 化学同人 伝説の生化学者 沼 正作 物語 第3回)
ダルベッコが後に僕のことをほめて言うには、トネガワはそのときavailableなテクノロジーのギリギリ最先端のところで生物学的に残っている重要問題のうち、何が解けそうかを見つけ出すのがうまい、というんだね。いくらいいアイデアがあっても、それを可能にするテクノロジーがなければ絶対に出来ない。だけど、みんなこれはテクノロジーがなくて出来ないと思っていることの中にも、そのときavailableなテクノロジーをギリギリまでうまく利用すれば、何とか出来ちゃうという微妙な境界領域があるんですね。(精神と物質 利根川進x立花隆 1993年 文藝春秋)
The thing that differentiates scientists is purely an artistic ability to discern what is a good idea, what is a beautiful idea, what is worth spending time on, and most importantly, what is a problem that is sufficiently interesting, yet sufficiently difficult, that it hasn’t yet been solved, but the time for solving it has come now. (Professor Savas Dimopoulos, a particle physicist at Stanford University)(引用元)
科学者の優劣を決めるものは純粋に芸術的才能であり、優秀な科学者はこの才能でもって、何が良いアイデアなのか、何が美しいアイデアなのか、何が時間を費やす価値があるものなのか、そして、最も重要なことだが、何が十分に面白く、それでいて十分に困難であり、しかもそれはこれまでに解かれたことがなく、しかしながら、それを解くべき時が今まさに来たということを見定めるのである。(Savas Dimopoulos教授、スタンフォード大学の素粒子物理学者)(訳:当サイト)
これ,マジで至高のアドバイスなんだけど!もちろん,人の能力によってレベルの違いはあるだろうけれど,プロの研究者はみんなこのコツとやらをつかんでるんだろうな.自分の能力の範囲でこれができるようになれば一人前か.博士学生が獲得を目指すべき一番大切な能力だろうか. pic.twitter.com/ipQMSaPjT7
— CLINAMEN @cosmology (@latios_gravity) June 24, 2021
12.研究テーマ選びでボスと意見が合わないとき
「好きなテーマをやっていいよ」と言われていたのに、いざ来てみると「君にはこのテーマをやってもらう」、とボスに研究テーマを強硬にあてがわれてショックを受けた人がいるかもしれません。しかし、お互いに相手がどんな人間かがよくわからない「様子見」の時期に感情的にぶつかってしまうのはもったいない話です。互いの考え方がよりよく理解できれば、研究テーマの選択に関しても自然といい方向に向かうものです。ちゃんと仕事ができる人間だということをボスに認めさせたうえで、ボスに対する愛情と敬意を示していれば、ボスの態度が軟化することもあります。与えられたテーマと自分のテーマとを同時に走らせて、うまく行ったほうを発展させるといった対処が現実的です。良い論文になることが明らかな実験データが得られれば、ボスがそれを研究テーマとして認めないということはないでしょう。
About 95 percent of the time, being able to move a person to your side of an issue comes down to how you make him (or help him) feel about himself. (Bob Burg, Adversaries into Allies)
13.研究テーマ選びでラボ内のほかのメンバーと競合したとき
ラボメンバーが多くて研究対象が絞り込まれているラボの場合、自分のやりたいテーマが他のメンバーとかち合うことがあります。ボスが間に入ってラボメンバー 同士のテーマが重ならないように調整することもあれば、一切介入しないボスもいます。そんなときにどう対処すべきかという正解はありません。しかし、相手が口で権利を主張しているだけで全然実験しない人であれば、自分がさっさと実験して結果を出してボスに認めさせることで決着が付くことがあります。実験系の研究室では、最初にきちんと実験データを出せた人が評価されるのが常だからです。あるいは、譲れないこと(e.g., ファーストオーサー)以外はギリギリまで譲って、協調して研究に取り組むことも可能でしょう。何はともあれ、周囲からの協力があるほうが研究はスムーズに進みますので、ラボの仲間とは信頼関係を築けていたほうがいいです。研究ができる人という評価をボスやラボの仲間からひとたび勝ち取れば、自分のやりたいことが実現しやすくなります。
Then the Sun came out and shone in all his glory upon the traveller, who soon found it too hot to walk with his cloak on. (Aesop, The Wind and the Sun)
14.そのラボのアドバンテージを研究テーマに反映させること
どんなラボでもそのラボ独自の強みがあります。それと自分の強みとを掛け合わせると研究にユニークさが出せます。そのラボで利用可能な研究リソース(実験手法、経験、ツール、専門的な能力や知識)をよく調べてそれらを最大限に活用することにより、そのラボで仕事をするアドバンテージが生まれます。
You ought to profit from the experience of others in the lab. It is prudent to work on a topic in which your advisor is an expert so that s/he can help you solve problems. (Stephen G. Lisberger, From Science to Citation)
15.ラボの中心的テーマをやるか、主流から外れたテーマを選ぶか
ラ ボにはラボの研究の歴史や流れがあります。そのラボが追いかけてきた大きなストーリーの中にある研究テーマに選ぶか、それともあらたな研究テーマを開拓するかは、ひとつの決断です。より多くの研究費が主流のテーマにつぎ込まれていて研究しやすかったり、研究の流れがある分、認知度が高く論文を出しやすいかもしれません。ただし、次のステップで独立することを考えているポスドクであれば、独立後の自分の研究テーマがそのラボと競合しないような方向性を選ぶということもあり得ます。
大学院生がきた時は、最初は放っておいて様子を見ている。どんな本を読んでいるかとか、誰とどんな話をしているかとか。はじめはこれをやれとは言わないで、何気ない顔をして観察しているのです。そしてテーマを決めたら、今の研究室でIP3やCa2+に 関する研究をしていればかなりのレベルの研究ができ、注目される成果が出るので、それにつなげるようにしながらその範囲では何をやってもよいと言うんで す。ただ、やりたいと言ってきたものが、長い経験からやらない方がいいと判断できる時は止めますけれどね。こうやっているといい仕事が出てきます。(俯瞰と徹底 分子から細胞、発生へ 御子柴 克彦 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー )
水晶体の研究はどうするのと聞かれて、それはもうやめますと、ほぼ宣言に近い発言をしました。…細胞分化に比べると、細胞の接着なんて、発生学ではマイナーと言ってよいテーマです。いわば自分から足を踏み外したわけですが、きっと新しいことが見つかるに違いないと思っていたし、精神的にはほっとしましたね。自分で培養皿の細胞を見ていて気づいた接着現象ですが、… (細胞から個体へ - 脇道から到達した発生生物学の本流 竹市 雅俊 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー)
16.ラボの体制と研究テーマ選び
大きなラボで複数の研究グループリーダーによる研究体制が敷かれている場合は、研究テーマ選び=どの指導者につくかという問題になります。ボスを選ぶときと 同じくらい、あるいはそれ以上に誰と一緒に研究するかは重要です。大学院生の場合、その研究グループリーダーが事実上の博士研究指導教官になります。その”中ボス”が途中でラボから独立して出ていくこともあります。
17.前任者の実験結果が追試できないとき
前任者が出した論文の仕事の続きを研究テーマとしてボスから任されることがあります。ところが、その論文の実験結果がどうしても再現できないということが、残念ながら珍しくないようです。この場合、研究テーマとしては完全に破綻していますが、自分のラボの論文を否定したくないボスはなかなかそれを認めないかもしれません。こういうときは、前任者の成果以上にポジティブなものことを新たに見つけて、そちらに研究テーマを移行するしかありません。
18.誰もやりたがらない研究テーマしか残っていないとき
面白くてしかも実現が容易な研究テーマは、すでにいるラボメンバーが手を付けており、新参者には、ラボとしては重要なテーマなんだけど、大変そうなものしか残っていないということがあります。このような場合は、体力に自信があればハードワークで解決するか、あるいは実験ステップの合理化や測定記録自動化などで、十分実現可能な研究テーマになるかもしれません。
19.裏実験・裏テーマの勧め [独立心の涵養]
研究室の体制によっては自由が全くなくて、言われたこと以外の研究テーマや実験が一切できないことがあります。それでもできる限りボスの目を盗んで、自分のアイデアを試すような実験をどんなに小さなことでもいいからやってみることをお勧めします。誰に言われたものでもなく自分の中から湧き出てきたアイデアを試して、期待通りの実験結果が得られれば、非常に大きな自信につながります。もしそれが論文になりそうなところまで育てば、研究テーマとして認めてもらえる日が来ることでしょう。仮に研究テーマとしてそこまで発展しなくても、研究に対する自信が自分の内部で育まれます。
30代半ばくらいまでに、小さいことでも自分が考えたことが当たって、どうやらうまくいきそうだし、しめしめと思う体験をする。他の人が誰も認めてくれな くても自分でにっこり微笑むということがあると、またやってみようと努力をすることができる。それが研究を支えている力だ、そう思いますね。(筋肉をめぐる闘いの40年 丸山 工作 JT生命誌研究館 サイエンティスト・ライブラリー )
20.絶対に失敗しないテーマ
多くの場合は、仮説を立ててそれを検証する実験を考え、期待する結果が得られたらその仮説に基づいたストーリーをつくって論文にします。期待する実験結果が得られなかったら、ネガティブデータとしてお蔵入りです。ところが、可能性がAと¬A(Aの否定)の2通りで、どちらに転んでも面白いと思えるテーマであれば、絶対に失敗しないテーマということになり、かならず論文になります。たとえば、ある遺伝子の働きがcell-autonomousか、それとも cell non-autonomousかを調べる実験などです。生命現象の中の、何かしらの物理パラメータを決める実験も、かならず答えが出るので失敗しないテーマと言えます。例えば、ゲノム上の全遺伝子数の決定とか、細胞の中に存在する特定のタンパク質分子の個数を数える、酵素活性や、機能分子の性質を表す物理パラメータを決定するなど。
一個付け足したい。#19:東ロボプロジェクトのように、東大に合格しても不合格でも、成功したと胸を張って発表できるテーマを選ぶのは、研究者として生き残るためには賢明なやり方。つまり、結果がAでも¬Aでも論文になるテーマ。 研究テーマの選び方 18のポイント https://t.co/PO9ultkzSO
— 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2018年4月10日
21.それで職が獲れるのか?
研究の意義の大きさを見定めることとオーバーラップしますが、出せるジャーナルのランクの見定めも必要です。研究者としてのキャリアを考えているのであれば、論文をトップジャーナルに出せるかどうかが極めて重要になるからです。ネイチャーやサイエンス、あるいは、せめてそのすぐ下の姉妹紙に出すかどうかで、人からの見られ方がガラリと変わります。良し悪しは別として、研究指向の大学や研究所ほどトップジャーナルに論文を出しているかどうかを重要視します。つまり、小さい論文をコツコツとコンスタントに出しても、それが評価されない、すなわち、「ジョブが獲れないため研究者として生き残れない」可能性が高いのです。
研究テーマを決めて実験を始めた段階で、仮にすべての実験が自分の思い通りになったとして論文を書いたときに、どのランクの雑誌に論文が出せるかが決まってしまいます。
研究においては、ゴールを設定した時点で何割か勝負がついていると言っても過言ではありません。低い山にゴールを設定した時点で、それより高い山に登れる可能性はほとんど無いからです。(高い山を目指そう。次の山を目指そう。九州大学大学院 今井研究室 教授挨拶)
自分にできそうなテーマを選んで、自分に書けそうな論文を、ここなら通りそうという雑誌に出したときに、その論文業績で果たしてあなたは自分が希望するジョブを得ることができるのか?と自問する必要があります。ここでしっかり吟味せずに研究を始めるのは、あまりにも考えなさすぎです。自分が想定している大学や研究所でPIのポジションを最近得た人の論文業績はどんなものなのか、よく調べてみましょう。トップジャーナルに論文を出していないと、研究ができる大学や研究所でジョブを獲るのはなかなか厳しいという現実があります。その研究テーマで実験して、全てがうまくいったときにトップジャーナルが狙えないのだとしたら、あなたのキャリアパスはPIとしてラボを持つという未来には繋がらないということです。現実的には、ラボのボスにトップジャーナルに論文を出す力があるかどうか(論文を書く力、エディターと交渉したり差読者に反駁して説得する力、部下をうまく使う力)が、大きく効いてきます。だからこそ、研究テーマ選び以前の話として、いいラボを選んでおく必要があるのです。
関連記事 ⇒ 大学院やポスドク先の研究室の選び方
新しいラボに入って研究テーマを選ぶことは決して容易ではありません。自分の興味やスキル、体力、将来設計、その研究分野の研究動向、そのラボの運営体制や他のラボメンバーとの兼ね合いなど、様々な要素が絡んできます。研究テーマを決めるためには、自分のやりたいことを明確にすること、自分が飛び込む研究分野の動向をよく知ること、そして新しいボスやラボメンバーと良い人間関係を築くことが大切です。
〔注意〕 人それぞれ置かれた状況により、研究テーマ選びやラボで遭遇する問題の解決方法は大きく異なることがあります。このページの内容はあくまで参考に留め、ご自分の責任で最善の判断をしてください。
22.できることをやるのではなく、本当に知りたいことをやる
Last but not least,
研究テーマの選び方 ”何ができるのかではなく、何を知りたいのか” pic.twitter.com/l6QHvrdru7
— 日本の科学と技術 (@scitechjp) 2019年5月20日
最後になりましたが、これが一番重要だと思います。多くの人が、入ったラボで、「できることは何か?」と考えて研究テーマを選んでしまっています。「何が知りたいのか?」という発想で研究テーマを選ぶためには、大前提として、自分が行こうとしているラボや自分が今いるラボは、自分がやりたいことができるラボか?を問う必要があります。
自分がアメリカに留学しようと決めて、どこのラボに行こうか悩んだときに、何を基準にラボを選ぶべきかをアメリカでPIをやっている日本人の人に尋ねたことがありました。その方とは初対面でしたが、「自分がやりたいことができるラボを選びなさい。」という答えが即座に返ってきました。今振り返って考えても、やはりそれしかないなと思います。
これを実現するためには、学部と同じ大学の大学院になんとなく進学したり、自分の学力で入れそうな大学院を選んだりしている場合ではありません。自分が受け入れられるかどうかという発想でラボを選ぶのではなく、本当に行きたいラボを選んで、それに向かって相当な努力をする必要があると思います。
参考
- 「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき? (日本最大の科学ポータルサイトChem-Station 2012年1月05日):”「科学者として取り組むべき研究テーマは、どういう指針で選ぶべきなのか?」―これは研究者なら誰しも頭を悩ませる問題でしょう。”
- How To Choose a Good Scientific Problem (Uri Alon, Molecular Cell Volume 35, Issue 6, p726–728, 24 September 2009)
- 「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 (中山敬一 九州大学 教授)
- 「STAP 論文問題私はこう考える」(PDFリンク) (新潮社「新潮45」July 2014 p28〜p33 本庶 祐 京都大学大学院医学研究科客員教授)
- Drew Houston’s Commencement address (MIT News June 7, 2013):”I was going to say work on what you love, but that’s not really it. It’s so easy to convince yourself that you love what you’re doing — who wants to admit that they don’t? When I think about it, the happiest and most successful people I know don’t just love what they do, they’re obsessed with solving an important problem, something that matters to them. They remind me of a dog chasing a tennis ball: their eyes go a little crazy, the leash snaps and they go bounding off, plowing through whatever gets in the way.”
- コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ (junkato.jp 2012年11月13日)
- 私はこうして卒研を失敗しました (はてな匿名ダイアリー 2012-04-22):”でも初めて研究する(のが大半)なB4に、「全部自分で研究しろ」っていうのはちょっと酷じゃないか?太平洋のど真ん中に、地球の地理も泳ぎ方もわからない人を放り出すようなもんだ。せめて適切な研究テーマを与える 「自分で決めろ」というのならば、その方法を教える 研究の進め方についてアドバイスする ぐらいは必要なんじゃないか。”
- “博士課程の後半になって、自分のテーマのおおもとにしていた海外の論文(某三大誌)が全くのウソである可能性が濃厚になりました。うっすら気付いていましたが、しかし嘘の部分はあってもコアの部分は真実も含まれているはず、ということを信じて再現実験を続けてきました。早い段階で再現実験をしっかりしなかった自分の責任はもちろんありますが、…” — lk http://disq.us/9rnl15
更新 20180526 中村修二氏の言葉を追加 20180120 はてな匿名ダイアリーを紹介 201712009 寺田寅彦の言葉を紹介 20171029 九大 今井研 教授挨拶の言葉を紹介 20170724 高校理科生物基礎 啓林館の教科書のアドバイスを追加 20170623 銅鉄実験を追加 20170528 浮穴研雑感の言葉を紹介 20170321 「阿倍野の犬実験をするな」 20170225『なぜあなたの研究は進まないのか』の言葉を紹介
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