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2016年ノーベル賞 大隅良典氏のキャリアパス

毛利秀雄名誉教授が書かれた隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して)の前半部分では、2016年ノーベル医学生理学賞の大隅良典氏の初期のキャリアについて触れられています。今でこそ巨額の研究費が投入されているオートファジー研究ですが、その源流は、ラボの構成員が自分自身だけという小さなラボでの仕事でした(1992年 Journal of Cell Biology 119, 301-311)。後に豊かな実りをもたらすことになる、研究の種をまいた仕事も、この小さな研究室で生まれました(1993年 FEBS Letters 333, 169-174)。

以下、研究者のキャリアパスという観点でこの文章の一部を紹介します。

学部生時代

私が東京大学教養学部の助教授になりたての頃、同じフロアーで生化学の権威であった今堀和友先生の研究室に入ったばかりの卒研生が、バランスのとり方が悪くて生物学教室の冷却遠心機のローターを飛ばしました。それが大器晩成の人、ノーベル賞受賞者・大隅良典君との最初の出会いです。彼は教養学部の理科系のシニア学科として、数学から地学まで幅広いバックグラウンドをもった人物を育てることを目的とした基礎科学科の第二期生で、同学科の神代時代の秀才の一人です。

大学院時代・ポスドク時代

大学院時代、ポスドク時代は離れていたのでよく知りません。ロックフェラー大学で抗体の構造でノーベル賞をとったエーデルマンのところに行ったようです。理学博士にはなっていますが、突出した仕事はやっていなかったように思います。

アカデミック・ポストへの就職

大腸菌の膜輸送の研究で有名な安楽泰広先生に拾われて助手、講師となり、酵母に手を出すようになります。彼はその頃から論文を書かないので有名でした。

独立ポストへの就職

十年ほどして教養学部の生物学教室で助教授のポストが空き、彼が迎えられます。基礎科学科出身ということもあったかもしれません。

独立後の仕事

初めてもった自分の研究室には顕微鏡と培養器だけといった有様です。でもここで後の研究につながる、酵母の液胞でのオートファジーを光学顕微鏡で見るという快挙が1988年になされるのです。43 歳の時でした。論文が出るのにはさらに4年ばかりかかかりました。

東大教養学部における去就

私が東大を去った後、彼にふさわしい教授ポストが空いていたかどうか定かではありません。しかしともかく論文が無いことが問題のようで、心配して訊いたこともありましたが、「大丈夫です」と落ち着いていました。

教授就任

私は1995 年に基礎生物学研究所の所長として岡崎に赴任します。当時多くの教授ポストが空席のままで、私はそれらを埋めることに努力を注ぎました。そのうちの一人が大隅君です。すでに51歳になっていました。上述のように彼とは以前からいささか関係があったものの、この人事に私は一切関わっていません。実は彼の仕事は論文になる前から海外で評判になっており、人事選考委員の先生方の先見の明によって彼の採用が決まったのです。

 

参考

  1. 隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して)(元基礎生物学研究所長・元岡崎国立共同研究機構長 毛利秀雄名誉教授の寄稿)
  2. 時に沿って 十八年振りの駒場で 大隅 良典(生物学)教養学部報第337号(1989年1月20日):”当時設立された基礎科学科の理念は魅力的に思えて進学したが、そこで様々のタイプの友人に恵まれた。その頃から次第に分子生物学に興味を持つようになり、大学院は今堀和友先生の研究室を選んだ。六〇年代は分子生物学の最盛期であり、大腸菌を用いて遺伝暗号が次々と解明される様を、当事者のような気分で論文を読んだことを鮮明に記憶している。教授が農学部に転任したのを期に博士課程の最後の二年間は京大のこれも設立されたばかりの生物物理教室で過ごした。東大とは違った雰囲気と、意欲的な仲間に出合えたのは幸いだったと思う。その後東大農芸化学の研究生をした後にニューヨークのロックフェラー大学・エーデルマン(IgGの構造解析でノーベル賞を受賞)研に留学した。成果の挙がらない三年間であったが、細胞生物学のメッカであるこの小さな大学での経験はその後の自分の研究に大きな影響を与えた。その後東大理学部植物学教室に十年余りお世話になった。自由でかつ開放的な学科であり、そこで酵母の細胞生物学的な研究を続けることが出来た。そしてこの四月から大学院生の沢山いる大きな研究室を離れ、生物教室に最小単位の研究室を持つことになった。”
  3. 大隅氏「東大なら、研究広がらなかった」(日本経済新聞 電子版 2016/10/4 2:00 有料会員限定記事):”大隅良典氏は3日夜、日本経済新聞社の単独インタビューに応じ「東京大学に残っていたら、ここまで研究は広がらなかった」と話した。大隅氏は1996年に東大助教授から岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所(当時)に移籍した。「東大が悪かったわけではないが、本当に全てのことをひとりでやらないといけなかった」と苦労を語った。”
  4. オートファジーの集学的研究:分子基盤から疾患まで(Multidisciplinary research on autophagy: from molecular mechanisms to disease states) 文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)平成25年度~平成29年度
  5. Takeshige, K., Baba, M., Tsuboi, S., Noda, T. and Ohsumi, Y. (1992). Autophagy in yeast demonstrated with proteinase-deficient mutants and conditions for its induction.Journal of Cell Biology 119, 301-311
  6. Tsukada, M. and Ohsumi, Y. (1993). Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cervisiae.FEBS Letters 333, 169-174
  7. Mizushima, N., Noda, T., Yoshimori, T., Tanaka, Y., Ishii, T., George, M.D., Klionsky, D.J., Ohsumi, M. and Ohsumi, Y. (1998). A protein conjugation system essential for autophagy.Nature 395, 395-398
  8. 大隅良典博士略歴(参考:東京工業大学 東工大ニュース
    1967(昭和42)年3月東京大学教養学部基礎科学科 卒業
    1974(昭和49)年11月東京大学大学院理学系研究科 理学博士号取得
    1974(昭和49)年12月米国ロックフェラー大学 研究員
    1977(昭和52)年12月東京大学理学部 助手
    1986(昭和61)年7月同 講師
    1988(昭和63)年4月東京大学教養学部 助教授
    1996(平成8)年4月岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所 教授
    2009(平成21)年4月東京工業大学 特任教授
  9. Nobel lecture: Yoshinori Ohsumi, Nobel Laureate in Physiology or Medicine 2016

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  1. 2016年ノーベル医学生理学賞はオートファジー(自食作用)の分子メカニズム解明に貢献した大隅良典氏が単独受賞

この社会、国の財政状況はおおらかではない

朝日新聞の報道によれば、鶴保庸介・科学技術担当相が、「社会に役立つか役立たないかわからないものであっても、どんどん好きにやってくださいと言えるほど、この社会、国の財政状況はおおらかではない」という発言をしたそうです。どのような文脈でこのような発言が飛び出したのかは、この記事構成からはわかりませんが。

… 大隅さんの受賞決定を受け、松野博一・文部科学相は4日の閣議後会見で、運営費交付金の充実を検討したうえで、「競争的資金をどの程度伸ばすか、予算確保に向けて努力をしたい」と話した。だが、競争的資金は年限があり、息の長い研究には向いていない。
大隅さんは「この研究をしたら役に立つというお金の出し方ではなく、長い視点で科学を支えていく社会の余裕が大事」と話す。
海外との差もある。研究開発費に占める基礎研究の割合はフランスでは8割をゆうに超えるが、日本の大学では半分強にとどまる。
鶴保庸介・科学技術担当相は4日、「社会に役立つか役立たないかわからないものであっても、どんどん好きにやってくださいと言えるほど、この社会、国の財政状況はおおらかではない」と述べた。
また、ドイツなどの欧州では研究費が広く薄く行き渡るように分配されているとされるが、日本では競争的資金が有力な研究者に集中しがちだ。…
(大隅氏、基礎研究の危機訴え ノーベル賞金、若手支援に活用 朝日新聞 DIGITAL 2016年10月5日05時00分)

日本の科学行政のトップのこの発言が、大きな波紋を広げています。

大隅君はインタビューで、基礎研究の重要性を訴え、現状を憂い、そして一億に近い賞金をあげて若手を育てるために役立てたいとコメントしています。それに対してマスコミや首相は応用面のことにしか触れず、文科相は競争的資金の増額というような見当はずれの弁、科学技術担当相に至っては社会に役立つかどうかわからないものにまで金を出す余裕はないという始末です。なげかわしい。これでは科学・技術立国など成り立つはずがありません。隣のおじさん-大隅良典君(ノーベル生理学・医学賞の受賞を祝して) 元基礎生物学研究所長・元岡崎国立共同研究機構長 毛利秀雄 2016年10月07日

以下、出典を示していないものはツイッター上の意見。

日本の科学行政のお粗末さを嘆く声

  1. うわああ 何この発言
  2. 日本終了のお知らせですか?
  3. これが科技相の発言。ちょっと信じられない。
  4. そりゃあそうなんだが、じゃあ科学立国とかゆうなよ
  5. わかってはいたつもりだけど、これが日本の科学技術行政やね。
  6. これが科学技術担当大臣の発言な時点でこの国の未来が思いやられる。
  7. って、この機会に基礎研究の重要性を社会に訴えるどころかこの言い様……
  8. いやあ、そういうこっちゃないんですよ、マジ、この本を読んでみてよ。ということで紹介するのは、三宅泰雄『空気の発見』。大隅良典さんが影響を受けた三冊のうちの一冊だ。(ノーベル賞大隅良典「『役に立つ』という言葉が社会を駄目にしている」が伝わらない悲劇 エキサイトレビュー 2016年10月5日 18時00分 ライター情報:米光一成

大臣の資質を疑う声

  1. それでももぎ取ってくるのがお前の仕事じゃねぇのか。
  2. 自分の仕事をわかってない人間を大臣なんてやらせてていいの?
  3. ドアホ。将来そうする為の投資だろ。その為の予算も取れないならバッジ捨てろ
  4. あははははもう笑うしかねぇ。科学振興の匙投げるならそのポスト要らねえだろ辞めちまえよ

政府が判断することに対する不信感

  1. 「役立つかどうか」を判断できるほど政府は有能ではない。
  2. お前に役に立つかどうかの判断が出来るのか?と聞きたい
  3. それ以前の話。 「社会に役立つか役立たないか」役人や政治家に判断は出来ない。

予算配分のバランスの悪さに対する不満

  1. 散々無駄遣いをしている政権のいうべきことではないだろう。
  2. といって、「役立つ」と声高に主張する「役立たない」ところにばかりお金が行っていないかな?
  3. というなら,他の使途はどうなのさ.一般会計96兆円のうち基礎研究に使ってるのは何パーセントさ?
  4. ならば,科研費十数年分の3兆円も食う五輪なんてやめちまえ
  5. じゃあ3600億円で中古オスプレイ17機も買っている場合か
  6. そんなこと言うなら年間約2千億円の「思いやり予算」もカットしてよ
  7. え、高速増殖炉は??? さんざん迷惑かけて、どんどん好きにやっている
  8. ならばまず社会に何の役にも立っていない日本のアニメをクールジャパンで推進する予算をゼロにするべき

参考

  1. 鶴保内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策)(内閣府)
  2. 鶴保庸介(ウィキペディア)