Daily Archives: July 28, 2013

存在しないマウスを解析した不思議な阪大論文

2004年に阪大から出たNature Medicineの論文でビックリ仰天なのは、「脂肪細胞異的PTENノックアウトマウス」を作製し、その解析を行ったと言いつつ肝心の遺伝子改変マウスが存在すらしていなかったということです。

アカデミックなポストに就くことも、研究費を獲得することも非常に熾烈な競争を強いられます。これほど悪質な不正行為を働いても普通に研究を続けられるというのであれば、研究者間の公平な競争が妨げられ、日本の研究レベルが下がるだけでしょう。「これでクビにならないのなら、データ捏造しない研究者の方が頭がおかしいのか!?」と錯覚してしまいそうなくらいにたまげた話です。

論文の撤回など普通の研究者なら一生に一度も無いのが普通ですが、捏造論文を一度出したラボは面白いことに何度でも同じようなことを繰り返す傾向があります。このラボからも、2004年のnature medicineに続いて、2005年にはサイエンス誌にVisfatin: a protein secreted by visceral fat that mimics the effects of insulin.という論文が発表され(Science 307(5708):426-30)、その後撤回されています。撤回の事情はというと、

『大阪大学医学系研究科は14日教授会を開き、同研究科の下村伊一郎教授らが、肥満と糖尿病に関する研究で04年に米科学誌に発表した論文を取り下げるよう、本人に通知した。捏造(ねつぞう)、改ざん、盗用などの証拠は認められなかったが、実験がずさんで不備があり、不正の疑いがあると判断した。』(asahi.com 2007年06月14日 日々是好日

のだそうです。

存在しないマウスを解析したという不思議な論文:

Nature Medicine 10, 1208 – 1215 (2004)
Published online: 17 October 2004 | doi:10.1038/nm1117There is a Retraction (June 2005) associated with this Article.

Enhanced insulin sensitivity, energy expenditure and thermogenesis in adipose-specific Pten suppression in mice

Nobuyasu Komazawa1, Morihiro Matsuda2, Gen Kondoh1, Wataru Mizunoya3, Masanori Iwaki2, Toshiyuki Takagi2, Yasuyuki Sumikawa4, Kazuo Inoue3, Akira Suzuki5, Tak Wah Mak6, Toru Nakano7, Tohru Fushiki3, Junji Takeda1,8 & Iichiro Shimomura2,9,10

Abstract

Pten is an important phosphatase, suppressing the phosphatidylinositol-3 kinase/Akt pathway. Here, we generated adipose-specific Pten-deficient (AdipoPten-KO) mice, using newly generated Acdc promoter–driven Cre transgenic mice. AdipoPten-KO mice showed lower body and adipose tissue weights despite hyperphagia and enhanced insulin sensitivity with induced phosphorylation of Akt in adipose tissue. AdipoPten-KO mice also showed marked hyperthermia and increased energy expenditure with induced mitochondriagenesis in adipose tissue, associated with marked reduction of p53, inactivation of Rb, phosphorylation of cyclic AMP response element binding protein (CREB) and increased expression of Ppargc1a, the gene that encodes peroxisome proliferative activated receptor gamma coactivator 1 alpha. Physiologically, adipose Pten mRNA decreased with exposure to cold and increased with obesity, which were linked to the mRNA alterations of mitochondriagenesis. Our results suggest that altered expression of adipose Pten could regulate insulin sensitivity and energy expenditure. Suppression of adipose Pten may become a beneficial strategy to treat type 2 diabetes and obesity.

参考

  1. これだけの大々的な捏造論文を出して、この程度での軽い処分なら、今後捏造者がまず減ることはないだろうと思います。捏造論文に甘い大阪大学(生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ2006年 02月 16日)
  2. 「下村教授の責任は重い。その理由は、責任著者であるということだけではない。…この論文が正しいと世の中で通ればその果実の大半は下村教授が受け取っていたはずだからである。間違っていたから知りませんでは通らない。いわんや被害者のような態度を取ってはいけない。」阪大医下村グループ等捏造論文事件について On scientific fraud (生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ 2005年 05月 31日)
  3. (論文の捏造データに関して)「わたくしは、科学の世界における最悪の行為とみなしてます。」阪大での捏造論文について(続き) Scienfic fraud 2 (生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ 2005年 05月 31日)

東大教授を詐欺容疑で逮捕

東京新聞(2013年7月26日 朝刊)によると、東京大学政策ビジョン研究センター秋山昌範教授(55)が、公的研究費を着服した疑いで逮捕されました。詐欺の手口は、IT関連会社社長らと共謀してデータベース作成を発注したように装い、東大に虚偽の請求書を提出。2010年3月から2011年9月の間、7回にわたり業者の口座に研究費計1890万円を振り込ませ詐取したということです。

秋山昌範教授の略歴は東京大学政策ビジョン研究センターウェブサイトによると、

1983年 3月  徳島大学医学部医学科卒業
2005年10月 マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院客員教授
2009年 8月  東京大学政策ビジョン研究センター教授

ということで、医療IT(インフォメーションテクノロジー)が専門だそうです。

研究費名目で約2,200万円だまし取った疑い 東大教授逮捕

このテレビニュースによると、着服したお金は私的に使用していたとみられているそうです。研究者の倫理について考えるとき、このように不正により作り出したお金を研究者が自分のポケットに入れたのかそれとも研究室運営に使ったのかを区別することは非常に重要です。なぜなら、昔は、今なら不正とみなされるようなことによりお金を工面してそれで学生が学会に参加できるようにすることがむしろ普通だった時代もあるからです。しかしながら現在では科学研究費の運用に関しては以前よりも柔軟性が持たされており、また、学生の学会参加もフェローシップなどによりサポートする制度が増えてきたため、そのようなことをする必要性が薄れ、研究費の適切な使用に関しては以前よりも厳格になっています。研究費の使用に関しては研究者個人ではなく大学の事務が支出の管理をしているため、今回の事件は東京大学の事務サイドが研究者に騙されたという図式です。事務方が研究者に対して使途の厳格さを強く求めれば求めるほど、研究者側からすれば研究がやりにくくなります。逆にそこを緩くすると、今回のような事件が起こりやすくなるわけで、どこかに適切なバランスが必要です。

 

追記2017年12月13日

研究費名目で東大と岡山大から計約2180万円をだまし取ったとして詐欺罪に問われた元東大政策ビジョン研究センター教授、秋山昌範被告(60)=懲戒解雇=の控訴審判決公判が13日、東京高裁で開かれた。栃木力裁判長は「研究費を自主返納した」として懲役3年とした1審東京地裁判決を破棄し、懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。 控訴審で秋山被告側は無罪を主張し、有罪だったとしても執行猶予付きの判決が相当と主張していた。 判決理由で栃木裁判長は、詐欺罪が成立するとした1審の判断は相当とした上で、1審判決後に秋山被告が国に研究費の全額を自主返納したことから「財産的被害は回復した」と指摘。「実刑は現時点では重すぎる」として執行猶予付きが相当と判断した。(「研究費返納した」元東大教授、2審は猶予判決 研究費詐取事件で東京高裁 産経ニュース 2017.12.13