科研費は公的研究費なので、科研費応募を予定する研究者はコンプライアンス意識をしっかりと持つことが要請されています。そのため、研究倫理(公的研究費のコンプライアンス)教育のための講習動画を視聴する義務が課せられています。
日本の大学の研究者の給料は、その業績に比べると大したことがなくて非常にバランスが悪いことがあります。ノーベル賞級の仕事をしている大学教授と、論文をろくに書かない学大教授の給与体系が基本的には同一なわけです。しかし、獲得する研究費は2~3桁も違っています。
研究費の金額にかかわらず、研究費を正しく使うことが重要で、文科省からガイドラインが出されています。
研究費の不正使用が明らかになった場合には、文科省のサイトでその内容が公開される場合があるようです。
研究費不正の典型的な事例は、カラ出張でしょう。出張していないにも関わらず出張旅費を請求して、研究費を自分の懐に入れるというものです。自分が学生の頃(数十年前)は、カラ出張で小銭を貯めてそのお金で学部学生の学会旅費をねん出するということが比較的広く行われていたということをうわさで聞いたことがあります。しかし現在は、公的研究費の使途の自由度が高められており、研究室の運営のためにカラ出張をする必要はほとんどなくなってきているように思います。
カラ出張でなく、研究業務目的で出張はしたが、交通費や宿泊料を「浮かせる」という不正もあります。ホテルに泊まったことにして友達の家に泊めてもらい宿泊料を請求するのは不正行為になります。ただし、通常は大学が研究者に対して「ホテルが発行する宿泊証明書」の提出を義務付けていることが多いので、この手の方法は通用しないことが多いと思います。また、大学側が研究者に対して、出張先での学会参加など用務を行った証拠(当日配布されるプログラム、学会参加証、現場の写真など)の提出を求めることも多いと思います。何であれば証拠とになるかは絶対的なものがないため、悪意をもった不正を大学事務が完全に防ぐのは難しく、研究者本人の高い倫理観が求められます。
出張用務の証拠提出に関しては、大学ごとにローカルルールがあるようです。
今はないと思うが、某工大学では学会参加の証拠として、写真と学会主催者の出席確認サインを求められていた。写真撮影をして座長にサインをしている人をよく見かけた。国内はまだ良いが国外の学会だと完全に奇人扱いになる。
— Hiroki Fukagawa (@hiroki_f) June 14, 2022
巧妙な不正行為を行う人間が出てくると、それを防止するために研究者には余計な義務が課せられるようになるので、どんどん研究に関するつまらない業務が増えていって肝心の研究に影響しかねないというのが、問題です。
研究費不正でありがち?なものは、PCなどを研究目的以外で購入することです。これに関しては、防止策が徹底されてきており、必ずしも高額でなくても監査においてちゃんとその物品が研究の現場に存在するかが定期的に調べられることが多いと思います。換金性が高く、汎用性が高いデジタル機器に関しては、購入や管理に関してはかなり厳しいルールが大学によって定められていてそれを遵守することが研究者に求められているということが、多いと思われます。
なぜ不正が起こるのか?倫理講習でよく紹介されているのが、「不正のトライアングル」と呼ばれるもので、①機会②動機③正当化という、不正リスクの3要素の存在が提唱されています。
①機会:研究者は巨額の研究費を自分の判断で自由に使える立場にあり、
②動機:プライベートもしくはラボの運営にあたって、お金が何かと足りないので、自由に使えるお金が必要という動機があり、
③正当化:研究者は安い給料で世界の最先端の仕事をしているので全く正当に報われていない、もっと報われるべきだという意識がある
ことから、研究不正がなくならないのかなと勝手に想像しています。まあ一番の理由は、倫理感も持っていない人間が研究業界に紛れ込んでいるからでしょう。
公的研究費を私的流用すると、むこう10年間、公的研究助成への応募ができなくなるという罰則があります。
- 研究費の不正使用、研究活動における不正行為の防止について https://www.mext.go.jp/content/1395971_01.pdf
これは研究者生命が絶たれるくらいの重さだと思います。私的流用は、金額の大小にかかわらないというのが要注意で、金額が小さいとこれくらいならと思う人がいるかもしれませんが、その代償は非常に大きなものになります。また、不正行為を働いた研究者の氏名は公表されてしまうので、次の職探しに影響する恐れがあります。もちろん悪質な場合は、刑事事件として処理される恐れがあります。
また、研究室主宰者には部下の不正に対する監督責任もあります。そのため、善管注意義務の違反によりペナルティが下される恐れもあります。
不正使用を行った研究者に対する応募資格の制限等について
平成24年度の「競争的資金の適正な執行に関する指針」の改正において、特に悪質な不正使用の事案に対しては厳しく対処するとともに、不正使用の内容に応じて、応募資格を制限することとした。
不正使用の程度と応募制限期間:善管注意義務違反を行った研究者 善管注意義務を有する研究者の義務違反の程度に応じ、上限2年、下限1年 https://www.mext.go.jp/content/1395971_01.pdf
研究者としては、何が研究費不正になるのかを正確に理解しておくことが重要で、研究者としては些細だと思たことでも、不正行為と認定される恐れがあります。故意か過失かでいえば、たとえ過失であっても「重大な過失」と判断されると不正に該当してしまいます。故意の場合、私的流用は論外としても、ことなる研究テーマに用いると目的外使用とみなされる恐れもあります。複数の研究テーマの線引きは難しいことが多いのですが、注意が必要です。事前に大学事務に相談しておけば不正にならずにルールにのっとって正しく使える方法が見つかる場合もあるので、まずは大学事務に相談すべきでしょう。
研究費不正の代表格は、業者とグルになって預け金をつくることです。これは、研究期間をまたぐための苦肉の策だと思いますが、いまどき、科研費は使い方がかなり柔軟になってきており、このような不正をする必要がそもそもなくなってきていることが多いと思います。
カラ謝金というのも不正使用の典型で、自分のラボの学生が働いたことにして謝金を出し、実際には学生には渡さずに教授がそのお金をプールして別の目的に使うというのが、大昔はあったと聞いたことがあります。そうやってプールしたお金をラボのために使ったとしても不正であることには変わりはありません。時代が変わると不正に対する考え方や捉え方も180度変わることがあるので、要注意です。
注意すべきは、自分の研究グループのためにという目的であっても、不正にお金を還流させると不正とみなされてしまうということです。どんな理由でも正当化されることはありません。
研究不正の典型としてもうひとつあるのが、「期ずれ」と呼ばれるものだそうです。今年度の予算がもうなくなってしまったけどどうしてもその研究機器が今年度必要だから、納品だけ今年度にしてもらい、支払いは来年度にまわしてもらう。あるいは逆に、今年度予算が余ってしまったのだが、来年度どうしても必要な研究装置があるので、支払いだけ先に今年度済ませて実際の納品は来年度にしてもらうというものです。どっちもアウトで、立派な研究費不正になります。
通常おつきあいのあるまともな業者なら、代償が大きすぎるこういった研究不正に手を貸すことはないでしょう。
参考
- https://www.mext.go.jp/a_menu/kansa/08122501.htm
- https://www.mext.go.jp/a_menu/kansa/houkoku/1343904_21.htm
科研費で何を買っていいのか、何は買えないのかは研究者が一番知りたいことですが、それに関しては制度によって明確な線引きをしているわけではないので、実際には制度を運用する大学のローカルルールが優先されることになります。
【Q41071】 どういった経費に科研費の「直接経費」として使用することができるのか、支払の可否をリスト化することはできないのでしょうか。
【A】 科研費からの経費支出に当たっては、経費を支出しようとする事柄(「物品」や「料金」等)そのものに着目して支出の可否を判断するのではなく、「当該経費の支出が科研費の研究遂行上必要かどうか」といった観点で可否を判断することになりますので、単純にリスト化することは困難です。例えば、同じパソコン代金の支払いであっても、科研費の研究遂行上必要であれば代金を科研費から支出することができますが、科研費の研究遂行上必要ない場合は目的外使用に当たるため科研費から支出することはできません。https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_faq/kakenhi_faq.pdf
公的資金の使途に関してはある程度の柔軟性が認められるようになってきています。
【Q4411】 共用設備を購入する際、当初予定していたものと同程度の設備を購入しなければならないのですか。
【A】 複数の補助事業において合算して共用設備を購入することで、当初予定していた設備よりも高額でハイスペックな設備を購入することも可能です。
特に、「目的外使用」に関しては概念的な変更がなされていると思います。
【Q4413】 科研費以外の研究者も使用する前提で科研費による共用設備の購入は可能でしょうか。また、科研費共用設備に関する研究機関のルールを定める際に、どのようなことに留意したらよいでしょうか。
【A】 共用設備は、各補助事業の遂行に支障のない範囲で、他の研究のためにも使用されることが望ましいと考えられます。したがって、科研費以外の研究者も使用する前提であっても科研費による購入は可能です。また、この場合、科研費以外の経費(運営費交付金など科研費との合算使用を認めている経費)を加えて購入することも可能です。 各研究機関においては、研究機関内において共用設備が有効に活用されるよう、その使用方法や管理方法などについて適切にルールを定めてください。
【Q4414】 科研費と他の研究費制度の経費を合算して共用設備を購入することはできないのでしょうか。
【A】 科研費と他の研究費制度による共用設備の購入については、科研費以外の競争的研究費制度で合算使用が認められ、科研費による研究に支障が生じない場合には合算使用が可能です。令和2(2020)年度より、合算使用が可能な対象制度が拡大されました。詳細は、以下の申し合わせを確認してください。 「複数の研究費制度による共用設備の購入について(合算使用)」(令和2年3月31日資金配分機関及び所管関係府省申し合わせ) https://www.mext.go.jp/content/20200910-mxt_sinkou02-100001873.pdf
https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_faq/kakenhi_faq.pdf
合算使用制限の例外が認められるのは以下の四つの場合です。
①直接経費に、使途に制限のない他の経費を加えて補助事業に使用する場合
②直接経費と使途に制限のある他の経費(科研費以外)を加えて、他の用務と合わせて1回の出張を行う場合や、他の用途と合わせて1個の消耗品等を購入する場合などに、補助事業に係る用務や、補助事業に用いる数量分を明らかにした上で使用する場合
③直接経費に他の科研費を加えて、各事業の負担額及び算出根拠を明らかにした上で、補助事業に使用する場合
④直接経費に、共用設備の購入が可能な制度の経費を加えて、各事業の負担額及び算出根拠を明らかにした上で、共用設備を購入する場合日本学術振興会 科研費FAQ https://kakenhi.jsps.go.jp/
【Q44071】 科研費で購入した実験装置は、研究期間が終了した後も、別の研究等で使用することは可能でしょうか。
【A】 可能です。科研費により購入した設備等は、購入後直ちに研究機関に寄付することとしていますので、研究期間終了後も、研究機関の定めに従い、別の研究等で使用することは差し支えありません。 また、科研費が交付されている研究者個人のみではなく、有効利用・有効活用の観点から、所属研究機関外の研究者を含め他の研究者の研究に使用することを可能にするなど、積極的に設備の共用化を図ってください。なお、令和2(2020)年度以降に購入する設備等については、研究課題の研究期間終了後(補助事業を廃止した場合も含む)5年間は、【Q4405】のとおり取り扱うこととなります。
https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_faq/kakenhi_faq.pdf
科研費の使用にあたっては、「基金」と「補助金」の区別が大事です。研究者はあまり普段意識しないかもしれませんが、事務処理上大きな問題になります。補助金は年度ごと、基金は研究機関をまたいでOKというのが基本です。
質問番号 Q4439
質問 年度をまたいでの出張を行う場合に、科研費から旅費を支出できますか。
回答 科研費(補助金分)にあっては、年度をまたぐ旅費のうち当該年度分を支出することはできますが、次年度に係る出張の経費を、前年度の補助金から支出することはできませんので注意してください。一方、科研費(基金分)にあっては、年度をまたぐ支出について制約はありませんので、旅費を年度によって分けて支出する必要はありません。 https://kakenhi.jsps.go.jp/
特に海外の学会では、懇親会でアルコールが提供されることが多いと思いますが、科研費でアルコール飲料を購入するわけにはいかないため、この可否が問題になります。懇親会費用のうちアルコール飲料代とその他を分けた明細を出せと事務にいわれたことが自分はありますが、学会主催者に問い合わせてもだいたいそういうことまでは対応してもらえません。これに関してもルールの適用に時代の変化があるかもしれませんので、最新のルールやルールの実施基準を確認することが大事です。
質問番号 Q4474
質問 学会への出席にあたって、学会参加費の中に夕食のレセプション(アルコール類も提供される)費用が含まれており、この部分だけ切り離すことはできないとのことでした。こうした場合に、学会参加費を科研費から支出することはできませんか。
回答 学会参加費の中にその費用が組み込まれ不可分となっているようなレセプションは、学会活動の一環として企画されていると考えられますので、その際にアルコールが供されるか否かを問わず、参加費を科研費から支出することは可能と考えます。なお、実際には、様々なケースがあると思われますので、社会通念上、学会活動を超えるようなケースまで支出を可能とするものではありません。https://kakenhi.jsps.go.jp/
上の回答は微妙で、実際には大学の判断・ローカルルールに従うことになるのだろうと思います。