日本の科学と技術

ポスドクとは?年収、結婚、任期の問題

ポスドクは研究者にとって当たり前過ぎる言葉ですが、一般の人にはよくわからない職種だと思います。withNewsに、その理解のズレを示した小話が紹介されていました。

ポスドクは任期があります。だいたいポスドクを雇用する財源に依存するので数年程度で、ボスが研究費を獲得できればもう少し伸びるというのが実際のところです。数年といっても実際の雇用契約は1年ごとの更新が多く、基本的にボスから使えないやつと思われたら翌年の職はなくなる恐れがあるという、なんとも恐ろしい状態です。ボスから気に入られていたとしても、ボスがポスドクを雇えるだけの研究費を獲りそこなうとやはりクビになる恐れが大です。まあこれはラボのボスが雇用する場合で、もし大学が財源を持っていて大学のお金で雇用する場合には、もう少し経済的、気分的な安定が見込まれます。

さて、そもそもポスドクとは何かについて、自分も長いことポスドクをやって「高齢ポスドク」まで行ったので、自分の経験を踏まえてまとめておきたいと思います。人それぞれ置かれた状況によって、多少事情が異なるかもしれません。

ポスドクとは

ポスドク(Postdoc)は、英語のポストドクトラルフェロー(postdoctoral fellow)の略で、大学院で博士号を取得した後、大学教員の職を得る前の、通常数年程度の一時的な研究職のことです。次に大学教員として就職するために必要な研究者としての実績を積むための数年間という位置づけです。このポスドクの時期に、しっかりと研究して成果を挙げ、いい論文にまとめないと、次にステップアップできません。東大や京大、阪大、ハーバードやスタンフォードなど一流の大学にポスドクから教員の職を獲った人の業績を見てみると、ほぼ例外なくポスドクの時期にトップジャーナル(セル、ネイチャー、サイエンス、およびそれらの姉妹紙の最上位のジャーナル)に論文を複数出しています。別にこのようなメジャーな大学でなくても、今のご時世はもっと普通の大学であってもやはりこれらのレベルのジャーナルに論文を出したことがある人しか、研究ができるような大学の教員にはなれていないように思います。研究者の業績をどう評価するかは大学の考え方次第なので、100%そうとまでは言いませんが。

ポストドクトラルトレーニング

日本では博士号を取得したら一人前の研究者と見なされるべきだという風潮を感じますが、アメリカに行って驚いたのはポスドクは、postdoctral trainingという言葉があるくらいで、PIになる前のトレーニング期間という位置づけでした。別に半人前に扱われるわけではないのですが。実際には自分で学ぶしかありませんが、建前としてはアメリカは非常に教育的な国だと思います。

最近、日本でもこのポスドクという名前が知られるようになって来たが、博士号取得者の就職困難という負の文脈で用いられることが多く、誤解を与えているようだ。(誤解されていないか、ポスドクという職業 須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学) 2012年05月05日 論座RONZA)

ポスドクの期間

ポスドクは博士をとった人間が、大学教員の職をゲットするための機関なので、早い人だと2年くらい、望ましくは3年くらいで終わらせるものだったはずです。なかなか良い論文が出せずに5年くらいかかってというのもあり。しかし、これは理想的な話であって、近年のいわゆる「ポスドク問題」という言葉が示すように、大学に空きポジションがあまりにも少ないために多少の業績がある人でも教員職にありつけず、ズルズルとポスドクを続けて高齢化していきますます就職に不利になってしまうという状況が頻繁に見られます。

自分の経験を言うと、日本で博士号を取得して数年間ポスドクをやってから、さらにアメリカに行ってポスドクをやりましたが、アメリカのボスが自分に会うなり最初に言った言葉が、「なんでお前はこんなに長くポスドクをやってるんだ?」というものでした。ポスドクを数年やったら、さっさと次にステップアップするのが通常なので、自分の行動はすでにキャリアパスから足を踏み外していたのかもしれません。自分はそれから職探し(=大学の教員のポジション探し)を始めましたがどうにもこうにも見つからず、結局ズルズルと10年以上もポスドクをやってしまいました。研究者のキャリアパスとしては、最悪のパターンです。

ポスドクの仕事は誰のもの?

生命科学の業界では、ラボの仕事は全部ラボヘッドの仕事と見なされます。ポスドクがファーストオーサー(筆頭著者)として論文を書いても、外からみるとそれはラボの教授(あるいはPI)の仕事でしかありません。それが証拠に、せっかく良い研究テーマを当てたとしても、ラボを出るときにその研究テーマを持って出られるとは限りません。

テーマののれん分けは、ボスの考え方次第ですので、テーマを持ち出して競合相手になることを気にしないボスもいれば、テーマの持ち出しを絶対に許さないボスもいますし、うまくテーマを住み分けて協調するボスもいます。

 

ポスドクの給料・年収

ポスドクは何年やっても普通の会社のような昇給はありません。何歳であっても考慮されません。30歳のポスドクも40歳のポスドクも50歳のポスドクも給与に差はつきません。差が出るとしたらそのポスドクを雇用する制度が異なる場合だけです。ボスが科研費で雇うのか、大学が雇うのか、日本学術振興会特別研究員 (PD)(通称、学振)での雇用なのか、CRESTなどのプロジェクトでの雇用なのかで差はあると思います。ボスが科研費で雇用する場合は、たいていかつかつなので最低金額しかもらえないでしょう。高齢ポスドクでも、企業の新入社員なみの低さです。ポスドクは常勤職ではないのでボーナスはありません。

ポスドクの年収に関してネイチャーに記事がありました。国や研究分野、および個人によって大きな差があるようです。

  • 年間の収入が5万ドル以上8万ドル未満(約515万円以上825万円未満)になると報告した人は半数以下(42%)
  • 米国立衛生研究所(NIH)の所内研究訓練奨学金(Intramural Research Training Awards:IRTA)を受けている新しいポスドクは、少なくとも年間5万2850ドル(約545万円
  • 回答者の38%が年収3万ドル以上5万ドル未満(約310万円以上515万円未満)
  • 15%が年収3万ドル未満と答えている。
  • 欧州では、欧州ポスドク協会ネットワーク(European Network of Postdoctoral Associations;ポルトガル・コインブラ)が2019年に実施した調査の結果、ポスドクの収入には大きな格差があり、中央値が約3万8000ドル(約390万円)と示されたことと一致している。
  • 生物医学分野では、過半数をわずかに上回る人(51%)が、年間5万ドル以上の収入があると回答している。

(学術界のプレカリアート、ポスドク Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210226

ポスドクの貧困度合い

ポスドクの給与、特に科研費雇委の場合はボスにも余裕がないので、ボスがケチだからというわけではなく、非常に低い金額しか期待できません。自分の経験を語るなら、毎日、缶コーヒー一本が買えず、一番安い野菜、一番安い果物、一番安いお肉を買って同じような食事を食べ続ける毎日で、生活の余裕は全くなくただ生きながらえているだけのような状態でした。こんな生活を何年も続けていると、精神的にやられます。

 

ポスドクの恋愛・結婚

ポスドクは大学で職を獲るまでの修行期間なのでたいていの人は研究に100%の労力をつぎ込んでいます。なので恋愛する余裕はあまりないのではないでしょうか。しかし学生時代からつきあっている人がいたりした場合には、結婚をどうするのかという問題も生じます。男性の心理としては、自分の職がどうなるかわからない状態ではとても結婚などできないと思う人がほとんどでしょう。必然的に女性は待たされることになります。しかし、ポスドク問題が示す通り、いつまでたっても職にありつけないで高齢化するポスドクが大量に生まれている状況ですので、いつまで待っても結婚のタイミングは来ないと思ったほうがよいです。結婚するならする、しないならしない。次の職が取れたらと考えても無意味ではないでしょうか。

ポスドクの人生

本来はほんの数年で次にステップアップしなければならないポスドクなのですが、ポスドクから抜け出せなくなる人が多いです。

高齢化するポスドクの人生を描写した「白木屋コピペ」を読んだときに、ポスドクを長くやっていた自分は本当に惨めな気分になりました。実際にはもっと悪い状況で、友達関係も全部途切れて、向こうからすれば音信不通になった奴状態だったので、安い居酒屋で飲む機会すらありませんでしたが、それでもこのストーリーはリアリティがあって身に応えます。

なあ、お前と飲むときはいつも白木屋だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。 俺もお前も理学部の学生だったとき、一緒に飲みに行ったのも白木屋だったな。

「俺はいつか生命科学者になってCNSで一報取ってアカポスに付くんだ」

お前はそういって笑ってたっけな。

(中略)

あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱり白木屋だ。
ここ何年か、こういう安い居酒屋に行くのはお前と一緒のときだけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。

(中略)

お前が前の研究室のポスドク任期切れになったの聞いたよ。奨学金の返済も国民年金も払えないのも聞いたよ。
新しく入った技術者派遣で、一回りも歳の違う、20代の若い専門卒や主婦の中に混じって、使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になってテクニシャン続ているのもわかってる。

だけど、もういいだろ。
十年前と同じ白木屋で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。

(以下略)

(出典:白木屋コピペ アカポス編

  1. 白木屋コピペ(ニコニコ大百科)

ポスドクの末路

ポスドクをやって華々しい成果を挙げた人は、テニュアトラック助教、テニュアトラック准教授といったPI職を得るチャンスが出てきます。あまり成果が得られなかった場合でも、どこかの助教になれる可能性はあります(人との繋がりが必要)。成果が出ず、ボスがもうこれ以上雇いきれなくなると、辞めざるを得ませんが次に行く場所もないので、アカデミアを去る決断が必要になります。しかし年齢がいっていると、民間に行く選択肢はありません。自分がこのパターンでした。人材登録会社に相談しましたが、まともな職は紹介してもらえず、結局、アカデミアでさらにがんばる以外の選択肢がありませんでした。高齢ポスドクのさらなる高齢ポスドク化です。

  1. 悲惨なポスドク…東大博士号でも非正規、40代で就職活動、夢は中国で研究者 (奥田壮/清談社 2019.07.01 07:00 Business Journal

ポスドクのキャリア

もちろん一部のポスドクは順調にステップアップしていきますが、ポスドクの期間で思わしい論文業績を作れなかった場合には、アカデミア以外のキャリアパスのオプションを考えたほうがよいかもしれません。

  1. 理学博士KOTORAのキャリア相談室〜博士・ポスドクから企業への転職:年収は?年齢は?〜(2020.08.25 リケラボ
  2. ポスドク街道11年の果てで進退窮ま……らなかった話〈アカデミアを離れてみたら〉(2020.04.22 岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

 

ポスドクという非常勤職を長く続けてチャンスを伺うよりも、なにはともあれ若いうちに助教などの常勤職でどこかに潜り込んでそこでステップアップしたほうが確実性が高く、経済的にも安定した人生になるような気がします。いくらポスドクで業績があったとしても、内部昇進する人が決まっているポジションの”公募”で勝つことはできません。助教も任期付きがほとんどですが、一部の大学では定年制の場合があります。

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