大林素子 (1967-) 元女子バレーボール日本代表・女優

   




女子バレーのアタッカーだった大林素子選手は、新聞などの報道で知っていただけでした。悪く書かれたら、そのイメージのまま受け入れてしまっていました。しかし、インタビュー記事を読むと、大林選手に対する印象がかなり変わりました。

研究者とスポーツ選手は、実力主義の世界で戦っているという点で共通する部分が多いと思います。職業によるわけではありませんが、24時間365日のめりこんでいないと、そうそう芽が出ないという点も。そんなわけで、大林選手の言葉や行動には、研究者にも響くものが多いのではないでしょうか?

大林選手は、中学2年のときに山田重雄監督にいきなり手紙を書いたのだそうです。

小平市立第二中学校2年生の大林素子と申します。176cmの左利きでバレーボールをしています。将来は全国大会に出場して、オリンピック選手になりたいです。どうすればなれるか教えてください! P.S.選手のサインをください (五輪の逆境 バレーボール大林素子「私を奮起させた監督の苦言」 ノンフィクション作家・小松成美が迫ったオリンピアンの栄光と苦悩 第5回 2020年03月21日  FRIDAY DIGITAL

求めよ、さらば、与えられん、ですね。研究者も、行きたい大学院のラボや、留学したい海外のラボなどがあれば、直接、そのラボの教授とコンタクトをとることが多いと思います。その研究分野で世界的に有名な大御所であった場合、忙しいので完全に無視されることもあれば、丁寧な返事がもらえることもあります。

実は、大林さんは憧れる江上由美選手のサインが欲しかったそうですが、戦略的に山田監督に手紙を書いたのだそう。

雑誌を見たら、1日に100通近いファンレターが届くと書いてあったので、これは読んでもらえない、と。ならば、と山田監督に「私は日立の江上さんのファンで、将来オリンピックに出たいです。中学2年生で左利き、身長は176㎝です」とアピールして、最後に「選手のサインを下さい」とお手紙に書いて出したんです。(アスリートインタビュー 金メダル以外は許されなかった生活。元バレーボール選手の大林素子が語る当時の思い 2020年4月8日 11:54配信 sports.smt.docomo.ne.jp

100通以上の応募がある公募に出しても無駄だから、違ったルートを考えなきゃいけないということは、中学2年でもわかることだったんですね。

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大林さんの青春時代はバレー一色だったそうです。研究者も、大学院時代からジョブを獲るまでは研究一色だと思います。

昭和の私たちの時代は「気合」と「根性」。あの当時は恋愛だったり遊びだったり、甘いもの食べたりとか映画みたりとか、全部なし! バレーのみ!(2018.1.22 月曜日02:30 放送ログ 苦しくったって、オリンピックがあれば平気なの ~大林素子さん コシノジュンコ MASACA TBSラジオ

昭和のやり方といえば、思い出すのは沼研究室。

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女子バレーボールのエースアタッカーとして君臨した大林選手ですが、実はもともとは女優やアイドルにあこがれていたのだそうです。

子供の頃から女優やアイドルに憧れていて、幼稚園のときからお芝居をやりたかったんです。でも、小学生になると背がどんどん伸びてきて。

バレーボールを引退して、『じゃあ、これから何をする?』というときに真っ先に頭に浮かんだのが、芝居だったんです。

(元バレー選手大林素子、「デカい女は無理」一度あきらめた女優の夢を掴むまで 2017/9/26(火) 17:28配信 THE PAGE YAHOO!JAPAN

大林選手というと、バレーボールの選手なのか芸能人なのか、自分の中ではよくわからない印象があったのですが、こういういきさつがあったのかとスッキリしました。


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