日本の科学と技術

井本陽久氏の教育に対する信念と方法論 「いま、ここで輝く。」【書評】

ジュンク堂に無性に行きたくなって、寄り道してジュンク堂に行った。お店に入ってすぐの正面の棚にはベストセラーの本たちが表紙をこちらに向けて出迎えてくれる(面陳列)。面陳列された本は、平積みにもされて並べられており、購買意欲が著しく掻き立てられる。

そんな中で、「いま、ここで輝く。」という書名に惹かれて、その本を手に取った。人間、今いる場所で頑張るしかないよなあという自分の今の心境にピッタリのタイトルだった。

いま、ここで輝く。 超進学校を飛び出したカリスマ教師「イモニイ」と奇跡の教室

という副題からして、学校の先生のユニークな授業スタイルに関する本らしい、と思いながら「はじめに」のところを読み始めた。

どんな大学を出たなんてことはまったく重要じゃありません。

そりゃそうだ。実力社会においては。

これからの社会ではこんな力が必要だから、それを身に付けさせるための教育をしよう

ふむふむ。

なんてことすら、僕は考えていません」とイモ二イは断言する。

えっ?と思った。じゃあ、何を考えているの?と興味を持たされて、この本を買うことに決めた。

 

[プロフェッショナル] 数学教師 井本陽久 | 答えは、子どもの中に | カリスマ教師 | プロフェッショナル 仕事の流儀 | NHK 2019/12/25 NHK

質問者:「成績は上がるんですか?」

井本先生:「知りません。そこは、たいして、大事と思っていないので。勉強なんて別に、できても、できていなくてもいいんで。全然、いい、全然、いいです。幸せには関係ないです。」

 

私立の進学校で教師をやっているのに、「勉強なんてできなくてもいい」という考えで大丈夫なのか心配になります。だったら、イモニイこと井本陽久氏は何を考えて授業を行っているのか?

”論理的に考え、手を動かし、間違え、根拠を疑い、試行錯誤して、思い込みをひとつずつ捨て去ることで、ひとは再び少しずつ自由になれる。”(221ページ)

というのがこの本の中に書かれている、彼の答えでした。それを実現できるような授業の設計を考えるのだそうです。徹底的に自分の頭で考えていれば自由になれるし、幸せになれるというのが彼の信念。進学率の良さで名を馳せる私立の中高一貫校で教えていながら、大学受験での成功をゴールにしているわけではないというところに驚きました。

よく受験勉強の弊害として、正解のある問題に慣れすぎてしまい、世の中に出てから正解があるかどうかもわからない問題に対処できなくなるという言われ方をします。しかし、この本の中で、イモニイは試行錯誤するためには正解のある問いで試行錯誤する必要があると言います。正解があるからこそ間違っているかどうかもわかる、だからこそ試行錯誤が可能なのだというのです。この本を一冊読んで、自分が一番感銘を受けたのはこの考え方でした。

 

急激なグローバリゼーションだとか、情報技術の発展だとか、AI(人工知能)の進歩だとか、たしかに世の中は大きく変化している。だから教育も変化しなければいけないとも叫ばれている。しかしともすると、そのような言説をもとに繰り広げられる教育論議は、世の中の変化に、どうやって子供たちを対応させるのかという話に陥りがちだ。まったくあべこべだ。子供たちが未来をつくるのであって、当たりっこない未来予想図に合わせた子供たちをつくるのではない教育の役割は、子供たちに未来をつくる力を携えさせることであり、未来に怯えさせることではない。(はじめに おおたとしまさ『いま、ここで輝く。』エッセンシャル出版社

 

『いま、ここで輝く。』の著者は教育ジャーナリストの、おおたとしまさ氏。井本陽久氏へのインタビューや取材をもとに、井本陽久氏の教育に対する信念やその方法を伝える本でした。一冊読み終えてからよく考えたらこの書籍のタイトル「いま、ここで輝く。」は自分が本を手に取るというトリガーになったのですが、全然、本の中身をあらわしていませんでした。別に、今いる場所で頑張って結果を出せば、いいことがあるよという本ではありません。

 

参考

  1. おおたとしまさ『いま、ここで輝く。』エッセンシャル出版社 2019年5月20日
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