以前、研究者として成功するための実験ノートの付け方を記事にしました。
それ以前の話として、もっと基本的な実験ノートの書き方に関して纏めておきます。
目次
実験ノートをつける必要性
以前STAP細胞の事件で実験ノートの重要性が注目を集めました。論文報告した内容に再現性はあるのか?再現するためにはどんな実験条件がCRITICALなのか、そもそも本当に著者は実験したのか?などなどあらゆる疑問や疑惑に答えるのが実験ノートです。再現性がないことを論文報告するわけにはいかないので、自分で実験を再現するためにも、他人に再現してもらうためにも、実験条件や結果の記録を残すことが必要になります。
どんなノートを使うべきか
実験ノートには、実験をちゃんと行って、そのような結果を得たという物的証拠の役割があります。そのため、あとからページを差し込めるようなバインダー式のもの(ルーズリーフ)は不適切です。データを保存するためのクリアファイルを後から差し込めたりする利便性からルーズリーフのノートを使う人がいまだにいるかもしれませんが、やはり時代の要請に合わせて現在の公的なガイドラインに従うのが良いでしょう。研究不正に関してあらぬ疑いをかけられたときに、証拠として実験ノートを即時公開できるくらいにきっちりとしたほうが良いと思います。
コクヨや他のラボノート
研究機関やラボによっては、研究員に同じラボノートを使わせるところもあります。5年、10年(あるいはそれ以上)保存する必要があることを考えると、普通の大学生が使うようなキャンパスノートでなく、定番のコクヨのラボノートがお勧め。
実験ノートはプロジェクトごとに分ける?
違う種類の実験を同時並行して進める場合には、ノートを分けるべきかどうかという疑問が湧きます。自分は昔は分けていましたが、2つの実験が収斂して一つのプロジェクト(論文)になることもありますので、そうなると次の新しい実験はどっちのノートに付けるべきかと迷う状況も起こり得ます。自分の場合、ノートは一冊だけにしてただひたすら時間軸に沿って書くことに落ちつきました。
タイトル
日々の実験をどう管理するかよくよく考えたほうが良い事柄です。何年間にもわたって様々な実験結果が膨大なデータ量になったときに、いつのどの実験データが論文に使えるのかがわかりやすくなっていないと、論文の図をつくるときに手間取ることになります。図を作り直す必要が生じたときにいつでも元データに戻れること、そのときの実験条件が直ちにわかることが大切。
日付
実験ノートの日付は決定的に重要です。実験を始めた時刻や終了時刻なども書くと信頼性が高まって良いと思います。あとから予想外なこととして概日周期の影響が疑われないとも限らないので、実験した時刻を細かく書いておくことも有意義です。温度が影響する実験を室温で行った場合には、当然室温、(場合によっては湿度)なども重要な因子です。
実験目的
研究は紆余曲折を経て進展していくものなので、後から考えたときに、なぜその実験をその当時したのかがしばらくすると忘れたりすることがあります。ノートを見た瞬間に、実験目的がわかるように、きちんと実験ごとに目的を書く必要があります。
材料・方法、実際に行ったこと
いつも使っている試薬キットを使う場合、細かいことを書く必要はないかもしれません。しかし、キットも改良版が出たりして何年か経つと条件が曖昧にならないとも限りません。できるだけ使った製品情報もわかるように記録した方が良いでしょう。一番大事なポイントは、論文を書く際に必要となる情報を全て記録することです。論文のMaterials and Methodsセクションに書く必要がないくらいのどうでもよい細かいことであれば、必ずしも書かなくてもよいでしょう。
しかし、実験が上手くいかなかった場合に、試薬のロットのせいではないかとかいろいろ気になることがでてきますので、詳細に記録するにこしたことはありません。
方法や手順に関しては、実験を始める前にノートに書き出しておくのが普通です。実験の手順は事前のノートに記しておいてからは実験を始めないと、最中にあれが足りないこれが足りないということになります。最初から最後まで実験を頭の中でリハーサルしておくことが必要です。実際に実験したときに思い通りに行かないこともあるわけで、うまくいかなかったことは、ことこまかにメモする必要があります。実験操作のちょっとしたことが結果に大きな影響を与えるかもしれないので、後から分析が可能なように、実験中に気付いたことや気になったことは何でも書き留めましょう。
実験結果
実験結果が測定装置から電子データとして吐き出されることも多いので、そのときのファイルの保存場所やファイル名と実験ノートの記録とが紐づけされていることが大切になります。
データの整理は、「年月日時刻」ー「動物などの個体番号」ー「調整サンプルの番号」ー「実験記録測定番号」などをしっかりと実験ノートに記して、PC上に蓄えられた電子データと対応付ける必要があります。有意差のありなしをいうときに、例数(n=いくつ)が問題になりますが、例数が、同じ調整サンプルを用いた実験回数なのか、動物個体数なのかでは全く意味が異なってきます。その辺が曖昧になるような実験ノート記録だと、記録としての意味を成しません。
実験結果に関する考察
実験ノートは実験の記録だけでなく、その実験をやったときの自分の頭の中の思考過程の記録でもあります。何を考えてその実験をしたのか、その実験結果を見てどう考えたのか、次にどんな実験をすべきだと考えてたのか、最終的にどんなストーリーの論文にまとめたいと思っているのかを書き記しておけば、数年後に見返しても、自分の辿ってきた道のりがよくわかります。
実験のやりっぱなしは、時間と労力の無駄です。実験データを解析して、実験結果をまとめて、考察までしっかり行うということを習慣づけることが大事。考察を毎回しっかりと行っていれば論文化までの道のりが最短になるはず。
実験ノートは誰のもの?
落書きとか教授への愚痴とか落書きとか就活がうまくいかない悩みとか落書きとか落書きとか、見られたら都合の悪いことをたくさん書いてしまった末に、最後に「それ置いていってね」と言われて血の気が引く思いがしたのを今でも覚えている。ああ神様、あのノートが開かれる日が永遠に来ませんように!
— 木登りヤギ@貝の幽霊 (@kinoboriyagi) 2014年4月2日
実験ノートの実例(生物系)
ネット上で実験ノートを披露されている方がいるので、良さげなものを紹介します。字がキレイで第三者がちゃんと読めて、実験を始める前に手順が書かれており、実験中に起きたことがリアルタイムでメモされていて、結果や考察が書いてあるのがお手本と言えます。
うちの実験ノート例。試薬を何μL加えた、温度は何度、処理時間は何分など具体的な数値を書く。ゲル写真やDNA定量データのプリントなどを順次糊付て証拠とし、実験結果の考察も書き添える。各頁、日付と署名をする。年あたり数百ページになる。 pic.twitter.com/lZAWdXX7Pb
— Keiko Torii (@KeikoUTorii) 2014年5月10日
実験ノートの実例(化学系)
キュリー夫人の実験ノート
雅すぎる。某リーダーのノートとの比較だにした日にゃ、キュリー夫人が天国からラジウム投げ込んできても文句言えない “@citron3525: キュリー夫人のノートすげええええ#実験ノート pic.twitter.com/k4Rqd54psb”
— Ippei Nishida/西田 一平 (@inishidas) 2014年5月8日
- 実験室ノート/キュリー夫人 明星大学 貴重書コレクション
- 学生時代の実験ノート(穐田宗隆)
- 筆者の実験ノート(1991年-1992年) 2017-07-01 Life + Chemistry 化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・野島 高彦)
- TVのおかげで「実験ノートの人」になっちゃった私が考えてること 2014-04-06 Life + Chemistry 化学の講義録+大学を楽しく面白い学びの場に変える試みの記録 (北里大学・野島 高彦)
実験ノートに何をどう書くか【静岡県立大学 薬化】 眞鍋敬 2016/04/08
実験ノートの実例(物理系)
- ロバート・ミリカンの実験ノート In Defense of Robert Andrews Millikan
by David Goodstein
電子実験ノート vs. 紙の実験ノート
自分は詳しく知りませんが最近は電子実験ノートというものもあるようです。これも、後から変更できない、もしくは編国履歴まで記録として残すことにより、物的証拠としての実験ノートの役目を担保しているようです。企業だと電子実験ノートの導入が進んでいるらしいですが(ChemStation)、自分の知るかぎり大学の研究室で電子実験ノートを使っている人にはまだ会ったことがありません(生物系)。
紙のノートだと検索機能がないため、何冊もたまった実験ノートの中から、あの実験はどこに書いてあったっけ?と探すのは大変になります。ノートをサーっとめくったときに欲しい情報がすぐに飛び込んでくるように、論文の図になるようなメジャーな結果は印刷してノートに貼り付けておくなどの工夫をしておくとよいです。あるいは、PC上で、行った実験項目の日付順または実験カテゴリー順一覧を作っておくと便利。
- 電子実験ノートとは Waters 昨今、実験ノートの電子化も進んできました。電子化するメリットとして、検索性が一番に挙げられます。
実験ノートに関する各大学、研究機関の取り組み
京都大学
これまでのiPS細胞研究所独自の取り組みとしては、担当部署(医療応用推進室知財グループ)による実験ノートの定期的(3か月に一度)な検認、論文の最終稿に関するデータ提出のルール化、相談室の設置による内部組織課題への対応、研究不正の防止や早期発見に努めてきた。これらに加え、次の取り組みにより不正防止対応を強化する。
1)実験ノートの提出について
・各研究室の実験ノート提出率を100%にするために必要な措置を講じる。
・担当部署が実験ノートを確認後、主任研究者が複層的に確認し、指導する。
2) 論文データの提出について
・データ保存ルールの明確化により、適正な研究情報の確認と保管を徹底する体制を構築する。(以下割愛 引用元:文部科学省)
CiRAの研究従事者約300名の実験ノートを確認することでも研究の進行を把握することを試みております.なお,実験ノートを確認した後は,その証としてノートに署名をしております.(京都大学iPS細胞研究所における知的財産権に対する取組み 高尾 幸成 生物工学 第92巻)
東京大学
3)データ登録スキャンシステムの整備と運用 画像データスキャンによる不適切画像の洗い出し 論文生データの管理登録および公開 (定量生命学研究所 研究倫理推進室 研究倫理部門)
参考
- 実験ノートの書き方、まとめ方 http://www.shiga-med.ac.jp/~tnaka/HTM/3.PDF
- 実験ノート(ウィキペディア)「どのような実験を行ったときどのような結果が得られた」といった実験の一次的データの記録や、場合によっては「研究の過程での議論」、「データの一次的な解析(計算など)」「実験及び解析中などに思いついた事柄」など実験に関わる様々な事柄を記録、処理するためのノートブック
- Ten Simple Rules for a Computational Biologist’s Laboratory Notebook. Santiago Schnell. September 10, 2015https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1004385
- 実験ノートとは shinshu-u.ac.jp
- 小保方リーダー&若手研究者必読!今さら人に聞けない「正しい実験ノート」の書き方 中山敬一 [日本分子生物学会副理事長、九州大学教授] 2014.4.23 DIAMOND online
- 確実に成果をうむ実験の考え方と記録・実験ノートの取り方 セミナーID:100671 日本能率協会が主催する公開セミナー