僕の失敗 ~自分が研究者として生き残れなかった20の理由~

      2018/11/11




研究の世界を辞するにあたり、思うところを書いておこうと思う。自分が研究に向いているかを知る20の質問に沿って、自分が研究者としてこの世界に残れなかった理由を考えていきたい。

 

1. 運がいいか?

自分は運が良いとか悪いとか、これまであまり考えたことはなかった。自分の人生は研究をやるためにあるのか応募書類を書くためにあるのかわからなくなるくらいにたくさんの応募書類を書き送ったが、パーマネントのポジションが結局得られなかった。だから、運がなかったのだろう。自分の人生は始まらないうちに、終わってしまったと感じる。

自分の答え → 運は悪かった

2. 褒められるのが嬉しいからという理由で道を選ぼうとしてはいないか?

自分は誰かに褒められた記憶がそもそもない。親は子供が100点をとってこないといつも怒っていた。だから毎日怒られていた記憶しかない。「学校で習ったことがテストに出るんだから100点が取れないのはおかしい」というのが親の言い分だった。だから、たとえ100点を実際にとっても褒められることは決してなかった。学校が上がるとそもそも平均点を取るのすら危うい状態になったから、褒められるという経験は本当にしてこなかった。

しかし、大人になった今、誰かからお世辞であっても「すごいですね。」と言われて嫌な気持ちはしないから、どこかに褒められたいという気持ちはあるのかもしれない。

自分の答え → そんなことはないと思いたいが、わからない

3. 大学までの勉強と、大学院における研究との違いを理解できているか?

大学院時代に思ったことだが、たかが一行程度で言い尽くせるような結論を得るために、日夜馬車馬のように働いて何年も費やして、研究って本当に、得られるものに対して必要な労力の大きさが半端ないなあと思っていた。3年とか5年かかって、言えることは、何か1行程度。それも、さほど重要ではなければ、教科書に載るわけでもない。

ところで、サイエンスというのは、別に自然現象がこうなってますと記載するだけでは不十分で、人間がそれをどう解釈するかまで含めてがサイエンスなんだと思う。人間の自然に対する理解の仕方がサイエンスであり、そういう意味では大学までの勉強と大学院でやることは実は「同じ」とも言える。そういう勉強の本質、研究の本質がわかっていないまま学生時代を過ごし、研究生活を過ごしてきてしまったのかもしれない。

自分の答え → わかってたつもりだがわかってなかったのかも

4. 良いメンター(師匠)を見つけられるか?

自分が大学院が選ぶときは、正直言って研究のなんたるかも全くわかっていなかったので、良い指導が受けられるかどうかなどと考えもしなかった。結局、工場のような体制に組み込まれて歯車のように働かされた。ポスドクでアメリカに行ってみて、大学院教育が全然違うことに愕然とした。一人一テーマを持っていて、下の学年の人間が上の人間のお手伝いと位置付けられることはない。博士研究を始める前にはTestable Hypothesisを練り上げて、コミッティーメンバーのチェックを受ける。だから、仮説を持たずに研究を始めるということは起こり得ない。自分はhypothesisという言葉を意識したのは、いざ論文を書き始める段階になってからであった。ラボ内で生活していて、「仮説」という言葉を口にする人がいた記憶がない。自分が注意を払っていなかっただけかもしれないが。

そうはいっても、自分が大学院を過ごしたラボのメンバーの多くは順調にメジャーな大学の教授になっているので、メンターが悪かったとは言えない。ただ、自分個人に関して言えば、あまり科学者になるためのトレーニングをきっちり受けたという気がしない。自分の意識が低すぎために、大学院時代をしっかりと過ごせなかっただけかもしれない。

自分の答え → 甘えかもしれないが、もっと教育的な大学院を選ぶべきだった

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5. 人一倍強い好奇心があるか?

大学院に入ったときラボの人たちの研究テーマを聞いて、なぜそれが面白いのかがちっとも理解できなかった。自分のテーマも、上から与えらえて有無を言わさずやらされたが、これって本当にやる意味あるの?と思っていた。テーマを与えてくれた人に聞いても自分が満足できる答えは返ってこなかった。自分が心から面白いと思えるテーマをやれている気がしたのは、「研究代表者」として自分で研究費を獲得し、テーマに関して100%の自由を得てからだったと思う。好奇心が強いかどうかは、面白いと思えるテーマがやれる環境にいるかどうかによっても答えが変わってくるのかもしれない。大学院に進学したり、ポスドクをやったりするときのラボ選びは、自分が心から面白いと思えるようなことができるラボに行かないといけない。

自然現象に対する漠然とした興味はあったが、あまり強烈な興味とかがあったわけでもなくて、実際のところ、好奇心が強いわけではなかったのかもしれない。

自分の答え → あまりなかったのかも

6. 自分の頭を使ってものを考えているか?

大学までは勉強が大変だったが、大学院に入るといきなり肉体労働になってしまい、頭を使う機会がめったになかったように思う。生命科学研究における一つ一つの実験の作業は小学生でもできることだから、よっぽど自分がしっかりしてあれこれ物を考えていないと、頭が錆びつく。

自分の答え → 自分の頭を使っていなかった

7. コミュニケーションの大切さを理解しているか? 人と関わることの重要性を認識し、実践できるか?

自分は子供のときからいつも孤独を感じて生きてきた。他人と関わることや、友達をつくることは非常に苦手な人間だと思う。人と関わるのがうまいひとがうらやましい。

自分の答え → 人との関わり方が全然ダメだった

8. 競争に勝つマインド(心構え)があるか?

自分は他人と競争したいと思ったことがない。だから競争に勝たなきゃと思ったこともない。就職はポジションが一人分のところに数百人が殺到するから、競争に勝たなきゃ職が獲れないんだよね。研究に関して言えば、後追いでもない限り、自分のペースで実験して負ける気がしたことはないのだけれど。

自分の答え → 競争心がなかった

9. 頑張ってしまわないか?

結果がなかなかでなくて焦ってばかりいたのは、悪循環を生み出したと思う。研究はうまくいかないときはうまくいかないが、何かの拍子にうまくいきだすと、しばらくは自分がふぬけた状態でも勝手に周りの状況が良い方向に向かったりする。だから、程よくリラックスした態度でいるほうが良かったのかもしれない。夜中まで頑張ったり、土日を潰してまで頑張る必要なんて実は全くなかった。そういう無駄な頑張りは不幸を呼び込んだような気がする。

自分の答え → 頑張っちゃいけないところで頑張ってしまった

10. 研究に没入し、解決すべき問題に集中し続けることができるか?

自分が一番ダメだったのは、集中し続けていなかったことだと思う。いつも何かほかのことが気になったり、興味がそれたりしてた。研究がしんどいから趣味を持ってバランスのいい生活をしたいなどと思っていた。今から振り返ると、研究で結果を出すまでは、趣味の時間なんて取る必要がなかった。ワールドトレードセンターに旅客機が突っ込んだり、福島の原発がメルトダウンしたりして、自分の心は激しく揺り動かされたが、自分の仕事や職探しがうまくいかない状況は、その前後で何も変わらなかった。天変地異が起きようとも、世の中でどれほどショッキングなことが起きようとも、自分の目の前のやるべきことに集中しているべきだった。

自分の答え → ダメダメだった

11. 職業選択に迷いはないか?

自分が研究者の道に入ったのは、消去法だったのかもしれない。大学4年のときに、なぜみんなは会社に就職したがっているのかが全く理解できなかった。一企業を選んでその会社のために生涯を費やすって、意味あんのかなあと思っていた。サラリーマンの生活がどんなものかそもそも想像がついていなかったのだが。研究はその点、わかりやすかった。自分の努力次第でどこまでも上にいける、青天井の世界。他の職業を考えたことはない。

「大学出るときになぜみんなが就職するのかがわからなかった」と人に言ってみたことがあるのだが、その人は呆れて、「何言ってんの?食べるために決まってるじゃん。」と返してきた。研究で食えない状態に陥った今なら、その人の答えが正しかったことがわかる。

自分の答え → 迷いはなかったが、消去法で決めたのは消極的すぎたかも

12. 正念場で頑張れるだけの体力、気力、忍耐力、意志の強さはあるか?

そもそも論文をサブミットするところまで漕ぎ着けるだけでも、すでに肉体的にも精神的にもすっかり参ってしまってやっとの思いでそこまで来ている状態なので、その論文がリジェクトされて戦うだけの気力も体力も残っていない。ジャーナルを下げたら人生終わるのに、結局、戦えなかったなあ。トップジャーナルにコンスタントに出すラボというのは、最初からそのジャーナルに出すことしか考えていなくて、そのジャーナルに通るまでずっと戦って、そして、きっちりと通している。この感覚がないと、戦えない。

自分の答え → 頑張りどころで頑張れなくて、下げちゃいけないハードルを下げてしまった

13. 素直さがあるか?

自分では素直な人間だと思って生きてきたが、客観的にみたら偏屈なやつなんだろう。

自分の答え → 多分素直さが足りない

14. 野心はあるか?

海外でPIになっているような人をみて、そんな可能性があり得たのかと驚いたくらいだから、野心が全然足りなかったのだと思う。野心がないと、日々の生活で自分に要求する水準も下がるし、実際、下がってしまった。

自分の答え → 野心が全然足りなかった

15. 緻密な論理的思考能力があるか?

論理的にものを考えるのは自分ははなはだ苦手である。これは結構致命的。実験結果について、論理的思考能力が高い同僚と話したりすると、その頭脳の明晰さに驚かされることが多かった。

自分の答え → 論理的思考能力が足りなかった

16. 楽天的か?

先が見えなくても、そこまで歩いていけばその先の道が見えてくると思って生きてきたから、楽天的な人間だったと自分では思い込んでいたのだが、「いつも暗い表情をしている」と人から指摘されることも多かったから、全然、楽天的な性格じゃないのだろう。

自分の答え → 楽天的ではなかった

17. 孤独に耐えて、自分の価値を信じ切れるか?

若いころは、「あなたがいるから頑張れる」みたいな言葉に強く共感していた。常に自分を応援してくれる存在を近くに求めていたと思う。実際、灰色のラボの生活の中に楽しみを見出せたのは、誰かしら一緒にいて楽しい人、気が許せる人がいたからかもしれない。ところが、ラボや環境が変わると、いつもいつもそういう存在になってくれる人がいるとは限らない。だから精神的に誰かに頼らないと仕事ができないような人間は成功できないということに気付いたときは手遅れだったと思う。

仕事を頑張れるのはその仕事が面白いから。つまり、仕事をするエネルギーはその仕事そのものから得るべきだった。そうなるような面白い研究テーマを選んで研究をやらないと、話にならない。

自分の答え → 頑張るための根拠として、人への甘えがあった

18. 人間力があるか?

学校時代、なんでこいつはこんなに魅力的なんだろうと思えるやつが大抵クラスに何人かいて、そういう人間がうらやましかった。自分は人間力は全然足りてなかったんだろうなあ。

自分の答え → 人間力なさすぎた

19. 一生スキルアップが必要と心得ているか?

常に何か新しいことを学ぶのは当然のつもりだった。でもちゃんと毎日の生活にそういう必要な努力を組みこめてなかった気がする。

自分の答え → そのつもりでいたけど、たぶん全然不十分だった

 

20. 百人百様の中に潜む共通項:単純さ、純粋さがあるか?

教授のポジションにいる人たちを見ていて気付くのは、自分の研究のことにのみ興味があって、他のことは気にしない純粋さです。自分のラボの学生が博士課程何年めかを把握していなかったり、最終学年の学生がいるのに博士論文の提出日を気にも留めていなかったり、ポスドクや学生の研究がポシャって、しまいには居なくなったとしても全く気にしていなかったり、期限付きの部下がまるでいつまでもラボに居てくれるかのように遠大な研究プロジェクトを語ってみたり。PIになるような人は人の心がない人ばかりという不満の声を実際に聞いたこともありますし、ネットの書き込みでも見かけます。しかし、下の立場から見ると鬼かと思うような振る舞いも、見方を変えれば、単純な話、自分の研究以外のことには興味がない、それくらい自分の研究のことばかり純粋に考えているということなのでしょう。これが自分に一番欠けていたのかもしれません。一つ言い訳がましいことを言うならば、パーマネントな職にいれば、そうやってゆったり考えられるかもしれませんが、1年後の保証が全くない状態を何回も繰り返し続けて、年中、生活の不安に苛まされながら、研究に対する純粋さを保ち続けるのは、自分にはかなり困難なことのように思えます。

自分の答え → 研究に対する純粋さが足りなかったかも

 

結局、20項目全部がダメダメという結論になりました。人生の半分を費やしてから、ようやく自分が研究に向いていなかったことを知るのは、かなりマヌケだと思います。

 

終わりに

自分が職探しのための応募書類を初めて書いたときは、外部資金獲得実績のページが空欄だった。それじゃお話にならなくて、論文実績と研究費獲得実績は鎖のようにつながって続いて行く必要がある。今、自分がこれまで研究代表者として獲得した研究費の総額(間接経費も含めて)を足し合わせてみたら、6000万円を超えていた。これが人と比べて多いのか少ないのかわからないが、自分たったひとりに研究費6000万円も助成してもらっていたのかと、ちょっと驚いた。行きたい学会に海外でもどこでも行けたし、高価な教科書でも自由に買えたし、アイデアを実現するための装置は大抵買えたし、高価なソフトも買えたし、技術員の人件費も出せたし、必要な性能のパソコンも買えたし、試薬でもDNA合成でもなんでも買えたし、バカ高い論文掲載料も払えたし、本当にありがたい話だと思う。日本の研究助成制度に関して言えば、感謝の気持ちしかない。ラボヘッドの身分でなくても、これだけの研究費を受けることができたのだから。

恨み言を言っても仕方がないのだが、これだけの研究費を稼いできて、その研究費獲得の裏付けとなる程度の論文業績があったとしても、任期が来た研究者は人生の途中でばっさりと切り捨てられるという今の日本の科学研究の制度は、やはり何か異常なんじゃないか。自分の研究者人生を振り返ると、確かに努力が実を結ばない期間が長かったが、ここ数年の自分の研究自体は順調にきてたと思うし、もっともっとこれから面白いことができたと思う。

 

さて、 これから、 どこに向かって歩いていこう?

 

 

記事更新メモ 20181111 フォント変更 20181107 補足事項を20番目の項目に格上げ

参考

  1. 『全児童フォント(フェルトペン)』(無料版・有料版)を公開しました。 たぬきフォント
  2. WordPress でカスタムフォントを利用する 読書なり

 - 研究者の雇用問題, 研究者のキャリアパス, 研究生活