日本の科学と技術

体の細胞の遺伝情報を直接書き換える初の試み

人間の体の構造や機能の設計図となるのが遺伝子配列です。この配列の一部が通常と異なると、正常に機能するたんぱく質が作られなくて遺伝的な病気になることがあります。アリゾナ州出身のブライアン・マデュー(Brian Madeux)さん(44)は、イズロン酸-2-スルファターゼ (iduronate–2-sulfatase)という酵素の遺伝子にそうした異常があり、ハンター(Hunter)症候群と呼ばれる遺伝性代謝異常症に悩まされてきました。症状が広範囲にわたるため、2年に一回はなにかしらの手術を受けなければならないような生活をおくってきたそうです。

MPS II (Hunter syndrome) is a progressive disorder that primarily affects males and is caused by mutations in the gene encoding the iduronate-2-sulfatase (IDS) enzyme which is also required for the degradation of GAGs. Children with MPS II begin showing symptoms of developmental delay by age 2 – 3 years. Depending on the severity of the mutation and degree of residual enzyme activity, affected individuals may experience delayed development and develop enlarged internal organs, cardiovascular disorders, stunted growth, skeletal abnormalities and hearing loss. (About MPSI and MPI IIsangamo.com)

ムコ多糖症Ⅱ型 (Mucopolysaccharidosis)
グリコサミノグリカンのデルマタン硫酸(DS)とヘパラン硫酸(HS)の分解に必要なライソゾーム酵素であるIduronate-2-sulfatase の先天的欠損により発症するX連鎖劣性遺伝性疾患である。発症頻度は、約5万人にひとりとされている。日本では、約200症例が報告されている。(小児慢性特定疾病情報センター)

現在の遺伝子工学の技術を用いると、人間の遺伝子の本体であるDNAの塩基配列を「書き換える」ことが可能になっています。ゲノム編集と呼ばれるこのような「書き換え」は、すでに遺伝学的な病気の治療に用いられてきましたが、遺伝子を正常に書き換えた細胞を体内に戻すという方法でした。今回、マデューさんの治療にあたって、ゲノム編集のための道具を体内に送り込んで、マデューさんの体の中の細胞の中のDNAを直接、書き換えてしまおうという戦略が用いられました。ゲノム編集技術のやり方に関しては、現在CRISPR-CAS9という最新の方法が世を席捲していますが、今回の遺伝子治療にあたってはCRISPR-CAS9が登場する以前から研究が進められてきていたジンクフィンガーヌクレアーゼ (Zinc Finger Nucleases, ZFNs) というゲノム編集技術およびウイルスベクターを用いた技術が用いられています。遺伝子書き換えのターゲットとなるのは、今回の治療では肝細胞で、肝細胞のなかのわずかな割合でもゲノム改変に成功できれば、治療効果が期待できるのだそうです。

今回の臨床試験がうまくいけば、マデューさんは、人類が初めて、ゲノム編集技術を用いて体内の細胞の遺伝子を書き換えた例となります。成功しそうかどうかがわかるのに少なくとも1ヶ月はかかるそうです。

人間は自分の両親から受け継いだ遺伝的な性質には抗えないというのが、これまでの一般的な認識だったと思います。今回は、肝臓の細胞のごく一部とはいえ、生まれ持っている遺伝情報を人為的に書き換える最初の例になるという点において、非常に画期的なことだと思います。

 

参考

  1. About MPS I and MPS II (Sangamo Therapeutics)
  2. AP Exclusive: US Scientists Try 1st Gene Editing in the Body (VOA NEWS November 15, 2017 11:14 AM Associated Press)
  3. A human has been injected with gene editing tools to cure his disabling disease. Here’s what you need to know (By Jocelyn Kaiser Science News Nov. 15, 2017 , 6:01 PM)
  4.  遺伝子修復治療 世界初の臨床試験開始 (毎日新聞 2017年11月16日 20時25分 最終更新 11月16日 20時25分)
  5. 人間の体内で遺伝子編集する初の試みが実施へ (MIT Technology Review)
  6. For the First Time, Gene Editing Is Taking Place Inside the Human Body (MIT Technology Review)
  7. US scientists try 1st gene editing in the body (SciPol November 15, 2017)
  8. In a first, scientists edit genes inside a man’s body to try to cure a disease. What’s next? (By Ariana Eunjung Cha, Washington Post November 16 at 7:00 AM)
  9. The First Man to Have His Genes Edited Inside His Body (By Sarah Zhang, The Atlantic Nov 15, 2017)
  10. In a Major First, Scientists Edit DNA Within the Human Body (Kristen V. Brown GIZMODO)
  11. Experimental new technique aims to edit man’s DNA inside his own body (
    by Alessandra Potenza THE VERGE Nov 15, 2017, 3:33pm EST)
  12. Scientists Have Tried First-Ever Gene Editing Directly Inside a Patient’s Body (PETER DOCKRILL Science Alert 16 NOV 2017
  13. Method of the Year 2011: Gene-editing nucleases – by Nature Video
  14. 患者のゲノム、直接書き換え 米で世界初の臨床試験(朝日新聞DIGITAL ワシントン=香取啓介 2017年11月16日23時25分 閲覧は要登録)
  15. 体内で直接ゲノム編集 米国で初の臨床試験 (東京新聞 2017年11月17日 10時05分
Exit mobile version