手は、進化的には魚の胸鰭(むなびれ)の部分に相当すると考えられています。しかし、魚の鰭には鰭条(きじょう)と呼ばれるスジが多数ありますが、指があるわけでもなく、その構造は手とは似ても似つかぬものです。そのため、手のどの部分が鰭のどの部分に対応するのかはわかりません。
シカゴ大学ニール・シュービン博士の研究グループがマウスの前肢やゼブラフィッシュの胸鰭の形成に関与する遺伝子の発現機構を調べたところ、そこに一つの共通性が浮かびあがってきました。
これまでの研究でシュービン博士らは、ゼブラフィッシュよりも進化の過程でゲノムの変化が少ないスポッテッド・ガーという魚のゲノムを調べ、マウスの”手”になる部分で遺伝子の発現を制御することができる特定のゲノム領域(エンハンサー)を見つけていました。スポッテッド・ガーの「手のエンハンサー」をゼブラフィッシュに導入し、発生の時期にこのエンハンサーが働いた細胞がその後何になるのか追跡調査してみたところ、鰭のスジの部分になっていることがわかったのです(下の写真)。
マウスの”手”の部分の形成には、Hoxa13とHoxd13という2つの遺伝子関わっており、この2つの遺伝子の働きをなくすと、手の部分が形成されなくなることが知られています。そこで、ゼブラフィッシュでも同様にHoxa13とHoxd13の遺伝子の働きをなくしてみたところ、鰭のスジがある部分が小さくなり、かわりに、鰭の根元の部分の硬い骨からなる領域が増大することがわかりました。指=ヒレのスジの部分というわけでは決してありませんが、形がまったく異なっていても、遺伝子の働きという視点でみると共通性が見えてくるのは面白いものです。
研究チームの中村哲也研究員:「魚が陸上生物へ進化したメカニズムの解明に向け、大きな一歩だ」(魚のひれにある骨、哺乳類の手に進化 シカゴ大確認 日経新聞 2016/8/20)
参考
- Tetsuya Nakamura, Andrew R. Gehrke, Justin Lemberg, Julie Szymaszek & Neil H. Shubin. Digits and fin rays share common developmental histories. Nature Published online 17 August 2016
- Evolutionary biology: Fin to limb within our grasp. By Aditya Saxena and Kimberly L. Cooper Nature News & Views 17 August 2016
- Discovery reveals evolutionary path from fins to fingers — New gene-editing methods help map cells linking fish fins and mammal limbs. (By John Easton. U Chicago News August 18, 2016)
- シュービン研究室ウェブサイト(シカゴ大学)
- ニール・シュービン(ウィキペディア)
- Andrew R. Gehrke, Igor Schneider, Elisa de la Calle-Mustienes, Juan J. Tena, Carlos Gomez-Marin, Mayuri Chandran, Tetsuya Nakamura, Ingo Braasch, John H. Postlethwait, José Luis Gómez-Skarmeta, and Neil H. Shubin. Deep conservation of wrist and digit enhancers in fish. PNAS U.S.A. January 20, 2015
vol. 112 no. 3 - Marcus C. Davis, Randall D. Dahn & Neil H. Shubin. An autopodial-like pattern of Hox expression in the fins of a basal actinopterygian fish. Nature 24 May 2007;Vol447
-
Neil Shubin (U. Chicago): Finding Tiktaalik, the Fossil Link Between Fish and Land Animals